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057話 アルテルの慈善活動 前編

 魔法剣士のラブロス、それと大盾を自在に操るデクシアを引き連れ、国民から親しみをもって勇者と呼ばれる私は今、淋しい街道を進んでいます。普段、乗合馬車などで移動することが多いのですが、あえて徒歩を選びました。

 向かっているのは、昨年のクロワセル杯で下から二番目になった領地。


「ルナ様、危険ですわ。不穏な空気を感じましてよ」


 ラブロスが私の前に出ました。すぐにデクシアも前に立ちます。


「ラブロス、いけない。ここではルナ様ではなく、アルテル様だ。隠れている賊に聞こえたら大事になる」


「過ぎたことはもういいでしょう。次からは気をつけてください。それと、『様』はいりませんよ、デクシア」


 クロワセル王国内を見て回るようになって、今年で三年目。

 治安の悪い街道は、たとえ賊が視界に入っていなくても肌で感じるようになりました。

 賊が潜んでいるのは少し先にある林と、その手前の大きな岩の後ろ。

 デクシアが大きな盾と槍を構えました。魔法収納から取り出しましたから賊はさぞかし驚いたのではないでしょうか?

 これまで、無防備な少女三人が歩いているようにしか見えなかったのですから。


「来ますわ。まだ油断しているようですわ」


「生け捕りにして奴隷商にでも売ろうって魂胆なのだろう。矢を射てこないのがその証拠だ」


 殺す気があるのなら、遠方から矢を射ればいいのです。木の上にいるのでしょうから。

 傷がつくと、奴隷の価値が下がります。

 それで、賊は闇雲に矢を射ることはせずに、大勢で囲んで私たちを取り押さえようとしているようです。


「ここにも、クロワセル杯で税を払えなくなった者が多くいるのかしら?」


「数だけ多い烏合の衆。武器もろくな物を持っていない。間違いなく近くの村で食いはぐれた者たちだろう」


 賊が動き出しました。やはり、私たちを取り囲もうとしているようです。

 クワや草刈り鎌、包丁やハンマーを持つ者が多い。

 剣や弓を持つ者は少数ですね。


「税を払えなくても、人から盗んではいけませんわ。今度は盗まれた人が払えなくなりましてよ。やあ!」


 横に広く振ったラブロスの魔法剣から火が噴き出し、賊の大半はそれを見て驚いて立ち止まりました。

 それでもまだ接近する賊がいます。デクシアの槍の石突きが的確に賊の鳩尾を狙い、連続で三人突き倒しました。


「こ、こいつら強ええ!」

「に、逃げろー!」

「ひゃああぁぁ!」


 結局、賊の半数は背中を見せて逃げ出しました。

 残った者が慌てて指笛を吹くと、その後方から、身なりのいい賊が出てきました。


「おい、なんだこのザマあよォ! ガキ三人にビビってんじゃねえよ!」


 この集団の長でしょうか?

 胸元から何かを取り出すと、小声で呪文を唱え始めました。


「あれは魔物召喚石ですわ!?」


「アルテル、下がって!」


 デクシアの盾に守られる形で、現れた人型の魔物と対峙します。

 人? それともネコ?

 頭がネコで、体の形は人のよう。

 私よりも頭二つ分ほど身長が大きく、肩幅の広い逆三角形の筋肉質の体をしています。


「ネコタウロス! 聞いたことのない魔物です」


 魔物を凝視していたため、識別の魔法が作動しました。

 この魔物は格上で危険だと知らせています。


「そりゃあ、そうだ。クックック。冥土の土産に教えてやるぜ。こりゃあよォ、オレたちのボスが造って命名したんだからよォ。なんでもミノタウロスとネコを掛け合……、ボゴッ!?」


 ああ……。

 この集団の長は、自らが放った魔物に殴られて白目を剥いて倒れました。

 見境のない魔物のようです。


「魔物召喚石から呼び出した者さえも攻撃する魔物か。気性の荒さはズバ抜けているようだな」


「ブニャーーゴ!」


 速い!

 十歩ほどの間合いを一瞬で詰めてきました。

 デクシアの盾がなければ、あの長いツメで切り裂かれていたことでしょう。


「ぐへっ」

「ぼはぁ!」


 ネコタウロスは盾をツメで裂いた後、くるりと空中で回転して盾を足蹴にし、後方へと跳躍。

 その勢いのまま両腕を広げ、付近にいる賊たちを切り裂いたではありませんか。


「や、やべえ。のわーっ!」

「ぐぎゃあ!」


 残っていた賊もこれには驚いたようで、ネコタウロスに背中を見せて逃げ始めました。

 それを追うようにネコタウロスが跳躍し、ツメで賊を切り裂きます。次々と倒れていく賊の姿は、まるで屈強なミノタウロスに襲われているようです。


「無惨ですわ……、きゃっ、何しますの!」


 私たちは、暴れるネコタウロスの後ろ姿を見ていたはず。

 それなのに突然、賊を横蹴りして向きを変え、ラブロスに向かって何か丸い物体を吐き出したのです。


「毛玉か、これは……」


 魔法剣で叩き落としたその物体はデクシアの足元に転がり、槍で突いて潰されました。

 どうやら、飛んで来たのは毛玉だったようです。

 今、毛玉を飛ばした当事者は、戦闘そっちのけで手の平をペロリペロリと舐めています。


「戦闘中なのに余裕のようですね。そのままおとなしくしていてください。フレイムフラッグ」


 私は魔法使い。腰の剣は飾り物。

 ネコタウロスに狙いを定め、囲むように燃える軍旗を四本出現させました。


「もう逃げられません。そのまま燃えてください」


 それは炎の檻。

 ネコタウロスは異変に気づいて脱出を試みようとしますが、もう手遅れです。炎の勢いは増し続け、倒れ掛かる軍旗はやがてすべてを焼き尽くしました。


「アルテル様、素敵ですわ」


「なんともあっけない幕引きだ」


 気まぐれなネコの習性が表に出ていて助かりました。

 お陰で、本来の強さで翻弄される前に倒せたのです。


「汚らわしい賊は、町の衛兵に引き取ってもらいましてよ」


 倒れている賊は、この魔物が倒した者ばかり。

 気を失っているうちに縛り上げて行きます。

 縛りながら賊を観察すると、誰もが痩せていて貧しさが浮き彫りになっているように感じます。賊として成功はしていないようですね。

 きっと、賊なんてやりたくなかったのでしょう。それでも賊をしないと生きていけない、そのような事情があったのだと……。


「けっ。だからオレは嫌だったんだよ。試作品を使わせるなんてひでえぜ」


 縛り上げて木陰に移したところで正気に戻ったようですね。

 集団の長が不平を漏らし始めました。


「おいお前。今、試作品と言ったな。誰が作ったんだ? そいつはどこにいるんだ?」


「痛ててて……。姉ちゃんよォ、優しく扱えよ。さっき言っただろ? 試作品を作ったのはボスだって」


「ボスとは誰のことですの?」


「ぐほっ、ごほっ。ボ、ボスはボスだ。それ以上もそれ以下も知らねえ。がはっ」


 デクシアとラブロスに揺さぶられ、咳込みながらも話した長は、最後に思い切り突き落とされて木の幹に頭をぶつけました。


「あなた方は後ほど、町の衛兵に引き取ってもらいます。そこで正直に話してください。おそらく痛い目に遭いますが……」


「お、おい。知らねえもんは知らねえよ。なんとかしてくれよぉ」


 縛り上げた賊の集団の近く、木陰の下で待っていると、町の方面から衛兵の集団が馬に乗って駆けつけました。


「緊急信号を受けたのだが、ここで間違いないか?」


「はい」


「君たちが発したのかね? ……よく見れば勇者アルテル様ではありませんか。納得しました。この賊は我々が預かります」


 今、賊を油断させる目的でマントをつけていません。

 それで、衛兵は結構近寄るまで私のことをアルテルだと気づかなかったのでしょう。何度か顔を合わせたことがあるのですけどね。


「発信元がアルテル様なら納得だ。それにしても、たった三人でこれだけの賊を退治するとは、素晴らしい腕前としかいいようがない」


 緊急信号の魔道具は、国に許された特別な者しか所持できません。

 皆さんが勝手に勇者だと崇めているお陰で、私がこの魔道具を使っても怪しまれることはありません。今はそれに甘えましょう。賊を処理するために必要だったのです。

 縛り上げたまま放置しておくと、逃げた賊が戻ってきて解放する恐れがありますし、また、これだけの数の賊を町まで連行させることもできません。魔道具を使うしかなかったのです。


 賊はすべて衛兵に任せました。私たちは先に進みましょう。


「ここも寂れていますわ」


 賊騒動の現場から歩いて半日もしない位置に、大きな町がありました。

 ここは去年のクロワセル杯で、下から二番目だった領地の領都。

 人通りが少なく淋しい感じがします。

 そんな静けさの中、少々前方から、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。


「はぁい、よしよし。いい子だから泣かないでー」


「あっ! 今、あの子供が商品を盗んだぞ」


「追いかけましょう」


 店番をしている女性が赤ちゃんをあやしている隙に、子供が走り寄せて店先の商品を掴んでそのままどこかに逃げて行きました。

 子供とはいえ、盗みは見逃せません。私たちはすぐに追いかけます。


「おい、止まれ!」


「おとなしく代金を支払うべきですわ」


「な、なんだよ、お前ら! 来るな、来るなよ!」


 声から、男の子のようです。

 精一杯走って逃げているのでしょう。

 それは私たちにしてみれば、余裕の走り。歩幅が違います。

 二度、路地を曲がり、それでもすぐに追いついて取り押さえることに成功しました。


「捕まえた!」


「なにすんだよ! 放せよ!」


 男の子は地面に尻をつけた状態で激しくもがいていますが、よく鍛えられているデクシアの押さえはびくともしません。


「あなたが手に持っているのは商品です。お店に戻って、代金を支払いましょう」


 盗んだ物は、燻製肉。それほど高い物でもなく、庶民の食卓に上がる物です。


「そうでしてよ。ほら、立って……」


「ぐすっ、うわぁーん……」


 あぁ、どうしましょう。男の子が泣き出しました。

 事情を知らない人が見れば、私たちがいじめているように感じることでしょう。


「おい、泣くな」


「困りましたわあ」


 えっと、このような時には、目線を低くすればいいと聞いたことがあります。とにかくやってみましょう。

 しゃがみ込み、男の子の頭に手を乗せて話しかけてみます。


「坊や。どうして盗んだのかしら? お店の人に悪いと思わなかったのかしら?」


 男の子は下唇を噛むような仕草をし、何かを言おうとしている風に見えます。私はそれが声になるまで待ちます。


「……オレだって、ぐす、オレだって、食べたいんだよ。うあぁあ……」


 はぁ……。また大泣きですか。

 この三人に泣く子をあやした経験などはありません。

 どうしたらよいのでしょう……。


「きっと、お腹がすいているのですわ。デクシアのお菓子を分けて差し上げたらいかがでして?」


「ラブロス、ずるいぞ。お前も持っているだろ? お前も出せ」


 二人は顔を見合わせ、渋々、それから無理に作り笑いに変えて、お菓子を差し出しました。


「ずずっ。ありがと。でも、違うんだ。オレは肉が食いてぇんだ」

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