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056話 帝国軍第三師団に配属だ!

「ここが新しい赴任の地かあ」


 アイン砦と最寄りの町との中間地点となる街道沿いに建設中の陣地。

 木の柵で囲われていて、その内側には白いテントが無数に並んでいる。

 木製の門をくぐると、東側では大勢の兵士が作業者として行き交い、木の小屋をいくつも建てている。既に多くの小屋が完成しているから、この兵士たちは働き通しなんだろうな。


「まるで新しい村を築いているみたいだぞ」


 部隊に遅れて合流するよう指示が出されて助かったぞ。

 一緒に行動していたら、もれなく建設作業に駆り出されるところだった。


「この部隊の将軍はどこにいるんだろう?」


 まずは新任の挨拶と、それから宰相閣下に託された手紙を渡さないといけない。

 行き交う兵士の間を縫うように歩き、うろうろして探す。


「すみませーん。アーデルハイト将軍ですか?」


 完成した小屋の隣に、マントをつけた若い女性の姿を発見した。

 建設作業の監督をしているようだ。


「そうだ。何か用か?」


 女性は振り向くと睨むような目で私を見、ぶっきらぼうに返した。


「あ、私はここに新しく配属されたミリアだ、です。こいつを、いや、こちらを宰相閣下から預かってきた、きました」


 丁寧に話すのは慣れていないから舌を噛みそうだぞ。


「ふふふ。気にせず普通に話せ。いちいち取り繕っていては意味が通じぬし、第一、時間がかかる。戦場では命取りになる。私はアーデルハイト。兵站部隊を預かる将軍だ」


 手紙をアーデルハイト将軍に渡すと、彼女はすぐに封を破った。

 そして読み進めると目を丸くして私を見、すぐに目線を手紙に戻した。


「クリストフ宰相閣下からのご命令、承知した。ミリア君には私直属の配置についてもらう」


 宰相閣下が兵站部隊にわざわざ命令を出すなんて、一体何が書いてあったんだろう?

 そんな疑問もすぐに吹き飛ぶように、私はあちこちに移動させられて現場の指揮を学ぶことになった。


「見張っているだけなのに、なんでこんなに気疲れするんだよ……」


 小屋を建てるにしても、床と柱の傾き具合や途切れない資材の搬入など、見張っていないとすぐに手を抜くか暇を持て余す作業者が出てしまう。

 小屋を建てるための資材を並べてある資材置き場では、ただ資材を置いてあるのではなく、運びやすいよう使う順番に並べたり、作業者どうしがぶつからないよう歩く向きを制限したり、足りなくなりそうな物資を予測し、近くの町に買い出しに行く段取りをしたり。

 完成した小屋には順次、荷馬車から降ろした木箱が入れられていく。そして空になった荷馬車は所定の場所に戻す。空の荷馬車が数台集まったら、新たな物資を積み込むため後方の町に向かわせる。

 さらにどの現場でも、作業者が疲弊しているようなら交代させる。

 常に多くのことを気に掛け、全作業者が効率よく動けるように指示を出し続ける。


「今日は駐屯地の建設に主眼を当てて見てもらったが、本来はアイン砦に入った第三師団本隊の物資の管理こそが、この部隊の存在意義。明日からはそちらについても学んでもらう」


「まだやることがあるのか」


 赴任してから日が沈みかけるまで、何カ所もの現場を見て回った。

 今日の目的は全体像を大まかに覚えることとされていたから、細かいことまでは覚えていない。そういうのは実際に配属されてから身につけろと。


「ふふふ。今日という日はまだ終わっていない。ミリア君にはこれから食料の配給についても見てもらう」


 そろそろ全兵士に料理を振る舞う時間になる。それも兵站部隊の仕事だ。

 第三師団本隊はアイン砦に入っているから、ここにはそのごく一部の兵士しかいない。それでも、多くの兵士が大きな鍋に並んで熱々のスープを木皿に入れ、隣のテーブルの上の硬いパンを一個掴んでどこかに消えて行く。

 干し肉や乾燥野菜でスープを煮たり、パンを並べたりする者は兵站部隊の中でも専門職となっていて料理小隊って言うらしい。アイン砦に入っている本隊側にも料理小隊が割り当てられているとのこと。

 建設作業に携わっている者のほとんどは兼務で、普段は兵士あるいは物資運搬作業などをしている。それに対して、料理小隊や物資管理小隊の者は他の仕事を兼務していない。


「ふぅー。長い一日だったぞ」


 こんな見習いの日が数日続き、今日はアイン砦への物資輸送隊に護衛として参加することになった。物資輸送隊がアイン砦に向かうのは三~五日間隔で、ちょうどタイミングが合ったんだ。


「物資輸送隊、出発!」


 多くの兵士に先導され、木箱を満載した幌の荷馬車十台がアイン砦へと向かう。荷馬車の隣にも兵士が数人歩いていて、大掛かりな輸送となっている。

 現時点でクロワセル王国と戦争状態になっているわけでもなく、またここはベーグ帝国の領土内だ。同行する兵士がこんなに何人もいなくてもいいんじゃないのか?

 その辺りは、先を見越した演習を兼ねていると、アーデルハイト将軍が言っていたな。先とはなんだよ? やっぱり戦争になるのか?


「やべえ。砦の外にたくさんのテントが並んでいるぞ」


 石造りのアイン砦が視界に入ると、その手前にはおびただしい数の白いテントが並んでいた。


「ミリア君。味方のテントが並んでいて、やばいことなどどこにもないだろう? あるとしたら、兵站部隊の仕事が増えることぐらいだ」


 今日もアーデルハイト将軍が私の傍にいる。終日つきっきりだったのは初日だけだった。でも、それからも結構な時間、彼女は私の近くにいる。

 駐屯地では忙しそうだったのに、物資輸送隊と一緒に移動して大丈夫なんだろうか?


「宰相閣下からは、クロワセル王国がきな臭いから前倒しでアイン砦に部隊を移動させたと聞いていたけどさ、あれだけ大勢の兵士がいると、こちらから逆に攻め込みそうに見えるんだよな」


 諜報機関のAの17が漏らした極秘情報が気になる。

 その極秘情報では、ベーグ帝国がクロワセル王国に侵攻し、さらにカレア王国がクロワセル王国の背後を突くことになっていた。

 そうならないよう、エムたちと一緒に暗躍してベーグ帝国とカレア王国との同盟締結を阻止したんだからな。

 極秘情報を知っている手前、ここの兵士の多さを見ると、ベーグ帝国がクロワセル王国に攻め込むようにしか考えられない。


「ふふふ。作戦指示にないことは声に出して言わないように。作戦上では、あれはこちらから侵攻するための兵ではない。国土を守るための兵だ」


「作戦指示?」


「ああそうか、悪かった。途中参加の君は作戦指示書を見ていないのだったな。諜報機関から寄せられた情報によると、クロワセル王国がアイン砦に向かって軍を動かしていることが判明している。そのため帝国軍がアイン砦に集結し、クロワセル王国軍に国境を越えられないようにするのが、今回の作戦の概要となる」


 国境の防衛が作戦指示書に明記されているんだな。安心したぞ。

 それにしても、あんな大勢の守兵が必要なのか?

 守兵が砦の上に並んでいるだけでも敵は撤退してくれそうだし、外にあふれるまでは要らないんじゃないのか。


「守るにしても、砦からあふれるくらいの兵が必要な状況なのか?」


「通常時であれば、アイン砦は援軍到着までの間、国境を守るに適した人数を収容できる設計にはなっている。しかし今回、こちらに向かっている敵の数が第三師団と同程度だと報告を受けているから、収容数を超える兵を守りに就かせているのだ」


 国境の向こうから、今見えている以上の数の敵兵が来るのか!

 今見えているのは、砦に入りきらなかった兵のさらに一部だしな。

 アイン砦に近づけば近づくほど、周辺にいる兵士の数がはっきりと分かるようになり、実際に戦端が開かれれば大事になると予想がつく。


「アーデルハイト将軍閣下直々の輸送、痛み入ります!」


 アイン砦の入り口を守る守兵二人が胸に拳を当て、砦に入る物資輸送隊を見ている。

 荷馬車が重厚な鉄の扉を通り抜ける頃には、砦の中から兵士が十数人集まってきていて、停車した荷馬車から順に積み荷を一斉に降ろし始めた。


「なんだ? 魔物がいるぞ?」


 巨大なリンゴとレモンに、ロープのような手足が生えた魔物。ぶどう、メロンもいる。


「ふふふ。あれは魔物ではない。今からこの物資輸送隊に転属となる者たちだ」


「魔物ではない? んー……、思い出した! 聞いたことがあるぞ。隣のバタロン王国の少数民族、ジューシー族だっけか?」


 諜報機関で学んだことがある。でも、実物を見るのは初めてだ。


彼女らも・・・・いわくつきでな……。傭兵として参加しているのだが、上の意向ですぐに最前線から外されたのだ」


 リンゴ姿の者を先頭に、レモン、ぶどう、メロンが近づいてきた。


「あんたが後方部隊の将軍かい? あたいらは、そっちに配属になったジューシーレインボーさ」


「君たちのことは聞いている。私は兵站部隊を率いる将軍アーデルハイトだ。以降は私の指示に従ってもらう」


 ん? おかしくないか? ベーグ帝国は鎖国をしているはずだよな?

 私が帝国に戻る際にも証明書を提示したし、持っていない奴は入国を断られていた。

 どうして隣国の者がここで傭兵なんてできるんだよ。


「お前ら、外国の者だよな? どうやってここに来たんだ? 国境を通る許可を得られたのか?」


「はあん? あたいらにケチをつけるのかい? あたいらだって好きでこんな所にいるわけじゃないよ。ケッ」


 異次元迷宮内で盗人を追いかけて出口ゲートに触れてしまい、聖クリム神国に出てしまった。バタロン王国から異次元迷宮に入ったのに、出口ゲートで出たのは聖クリム神国。

 通常、異次元迷宮内の出口ゲートを使うと、入口に戻る。まさか別の場所に出るとは露知らずで、なんとしてもバタロン王国に戻りたいとのことだ。


「ふん。関所のいけ好かない奴に何度も断られて、ラチが明かないから上司を呼べって暴れてやったのさ」


「そしたらよォ。近くの町に連行されて牢屋に入れられたんだ、ごるぁ!」


「ぶぼぼぼ。でも、そこの領主は理解ある人で、すぐに放免されたぼん。ジューシーレインボーはバタロン王国ジューシー族の由緒正しき勇者ぼん。牢屋に入れたら国際問題になるぼん」


「と、領主は言ってたろぉー。助かったろー」


 とりあえず、国際問題になるから国外追放すらできず、放免されたってところか。こいつら、きっと特別な存在なんだな。

 んんん? 勇者? ジューシー族にも勇者がいるのか?


「お前ら、勇者なのか? なら、お前らも魔王を倒しに行くのか?」


「はあ? 魔王? 知らないねえ。あたいらはもっと強い奴を……、いや、思い出しただけで寒気がしたじゃないか」


「オレたちは世界最強の奴を倒す使命を帯びているんだ、ごるぁ」


「まろは修行中だろぉー。倒しに行くのはまだまだ先になるろー」


 リンゴ姿の者はロープのような両腕を組み合わせて身震いし、レモン姿の者は力を込めるように両手を握り締めている。

 メロンの姿の者は普段通り?


「で、誰なんだよ、その世界最強の奴って。寒気がするほど強いのに倒さないといけないのか?」


「ぶぼぼぼ。奪われた伝説の剣を取り返すぼん」


「パープル! それは極秘事項だ、ごるぁ!」


「ジューシー族の汚点は明かせないろー」


「そうさ。これは赤の他人に漏らしていいじ話じゃあない。あんた、分かったかい? この話は聞かなかったことにしな! さもないと、痛い目に遭うよ」


 伝説の剣? ジューシー族にはそんな物があるのか。

 こいつらのことだ。どうせリンゴの木で作った木剣とかのことだろ?


「分かった分かった。ジューシー族の伝説なんて、興味ないからな。せいぜい、修行を頑張れよ」


 興味はないけど、秘密にされると逆に気になるよな。ま、触れないでおくけどさ。

 もう少し話を続けた結果、こいつらはこれまで異次元迷宮に籠って宝探しを兼ねて修行していたとのことだ。その宝を盗んだ奴らを追いかけた結果、ここで傭兵をすることになったらしい。

 ベーグ帝国内で自由の身になった際、手元に路銀がなく、手っ取り早く稼ごうとたまたま発見した募集の張り紙を見て傭兵に応募したそうで。


「親睦が深まっているようでなによりだ。君たちはしばらくここで待機していてくれ。私は師団長に話をしてくる」


 そう言うと、しばらく会話を眺めていたアーデルハイト将軍は、近くの石の階段を上って行った。

 まだ荷降ろしには時間がかかる。木箱を運ぶ砦の兵士たちを見ていると手伝いたくなるよなー。でも、アーデルハイト将軍から手伝う必要はないと言われているのでじっとしている。

 荷馬車護衛の兵士は有事でよほど急いでいる場合を除いて、護衛に専念しないといけない。砦に入った今は体を休める時間らしい。


「なあ。お前らその細い腕で本当に戦えるのか?」


 ロープを太くしたような手足。そもそも関節なんてあるのか?


「なんだ、ごるぁ! オレを馬鹿にすんのかぁ?」


「あたいらは人間のような無駄な造りにはなっていないのさ」


「ほら、見るろー」


 メロンの容姿の者が盾と槍を魔法収納から取り出して演武を始めた。

 危ないからよせって。


「坂道を転がるのも得意だぼん」


「なにしやがる、ごるぁ!」


 ぶどうの姿の者がレモンの姿の者を押し倒して転がした。

 まじで荷降ろし作業の邪魔になっているぞ。


「坂を転がるのは、愛嬌さ。あたいらは魔法生命体だからねえ。あんたみたいに骨とか筋肉とかがなくても力が出せるのさ」


 へー。魔法生命体かあ。

 もう少し話を聞いたところ、こいつらは食事をしなくても生きていけるらしい。頭の上ある葉っぱに日を当てて、口などから水を補充するだけでいいんだって。安上がりでいいじゃないか。

 あれ? それならバタロン王国に帰るための路銀なんて要らないんじゃないのか?

 そう思ったら、体を綺麗な状態に保つことが重要なようで、野宿は極力避けたいらしい。ここで傭兵をしているのが野宿とそう変わらないと思っているのは、私だけなのか?


「待たせた。荷降ろしも終わったようだな。駐屯地に帰ろう」


 長話をしていたらアーデルハイト将軍が現れ、物資輸送隊は帰路に就くことになった。

 ジューシーレインボーの四人が加わり、今後、兵站部隊は騒がしくなりそうだ。

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