055話 帝都に帰還したぞ
久しぶりに登場となるミリア視点のお話です。
ふー。なんとか帝都ゼトラまで戻ってきたぞ。
ここは重厚な壁に囲まれていて、その上を何人もの兵士が行き交っている。
いつものことだけど、一体、何を警戒しているんだろう。誰かが外から侵入して来るとでも思っているんだろうか。盗賊団なのか? あれはベーグ帝国が仕組んだものだったし、そんなことをするのもこの国ぐらいだと思うけどな。
なんといっても、ベーグ帝国は国境からの他国出身者の流入を禁止しているくらいだし、単に排他的なだけかもしれない。
私はベーグ帝国を出てカレア帝国で諜報活動を行っていたから、そのことは肌で感じることができた。
「本部かあ。ここに来るのも久しぶりだなあ」
帝城の敷地には裏門から入り、練兵場を横目に裏庭の中を進むと、兵舎の隣に大きな屋敷のような建物がある。それが諜報機関本部。内部には本部事務所や会議室などの事務スペースのほかに、訓練施設や諜報員の宿舎などが設けられている。
裏庭を挟んで向かいに建っている離宮と比べれば、諜報機関の建物は質素に見える。しかし、隣の兵舎よりは立派。中に入る人の地位を反映させているんだろうな。
「さて、どんな仕事が待っているのやら」
カレア王国にいた私を急に呼び戻すなんて、無駄なことをしているよな。私じゃなくても、諜報員なんて他にたくさんいるのにさ。
ひょっとして、私の諜報活動が評価されたのか?
ないない。それはないわー。
もっとも、任務らしい任務を与えられていなかった私は、本部のお偉いさんからすれば一番ヒマな奴だと思われての抜擢なんだろうな。
「Bの39、ミリア。要請に従い帰還した」
本部事務所の中に入って手続きを済ませ、事務所に隣接するように設けられている小間で担当者を待つ。ここは報告用に仕切られた小部屋だ。
「ミリア君だね? あなたには、私、アルファ・ゼロが直接指令を与えます」
「はあ? 本部長!?」
少々待っていると、アルファ・ゼロと名乗る担当者が小間に入ってきた。アルファとは本部における役職者を示す符号。そしてゼロはその頂点……。つまり、諜報機関の本部長だ。
マジで? 本部長なんて偉い奴が、私なんかの下っ端に直接指示を与えるのか?
まずい。驚きが声に出てしまった。
「よろしいですか? あなたへの次なる任務は自室待機です。あなたがいつ戻ってくるか分かりませんでしたから、本来の任務の段取りはこれからとなります。その日時が決まり次第追って連絡します。以上」
「はあ……」
訳の分からないまま自室待機となった。そんな指令だったらわざわざ本部長が出てこなくても、事務員に伝えておけばいいじゃないか。
まあ、こんなことがなければ本部長なんてお偉いさんと話すことなんてなかっただろうし、いい経験にはなったかもな。
………………。
…………。
……。
丸一日、自室で待機した。
これはこれでキツイ任務だ。
せめて、訓練施設への出入りの許可を取っておくべきだった。
二日目の朝。
自室の扉がノックされた。
扉を開けると、なんと、本部長がそこに立っていて、今から帝城の応接室に行くよう指示が出た。次の任務はそこで与えられるとも。
これこそ事務員でいいだろ? と思いつつ、諜報機関の建物から外に出て、帝城の裏口から内部へと入る。
「応接室、ルビーの間ってどれだ?」
一階の東の廊下を歩いて行く。
応接室はいくつもあって、それぞれに名前がつけられている。
どの部屋もトパーズとかアクアマリンなんて名前だから宝石からつけられているんだろうな。
この間、マオリーの妹とかとカレア王国の王都のアクセサリー屋に寄っていろいろ見たから、元孤児の私でも分かるぞ。どれも高いってことぐらいはな。
「お、これだこれだ。結構奥まで来たな」
最奥から二番目の部屋。それがルビーの間。
時間の指定はなかったし、早速入ってみるか。
ノックすると、「入りたまえ」と返事があった。
「Bの39、ミリアだ」
扉を開くと……、うわっ、めっちゃ豪華な部屋だぞ?
広い室内は煌びやかな装飾品で埋め尽くされていて、眩暈がしそうだ。
対面の大きな窓に設えてあるカーテンにしてみても意匠に凝っていて物凄く高そうに見える。
「おほん。知っておると思うが、念のため自己紹介をしておこう。ワシは宰相のクリストフだ」
綺麗な中庭を背景に、テーブルの向こう側に座るやや年配のおっさんが名乗った。
はい? 宰相? 宰相閣下!?
全然知らなかったぞ。
なんで宰相閣下が私に任務を?
滅茶苦茶場違いだ。
「まずは座りたまえ」
「は、はい……」
恐る恐る、高そうなソファーに腰かける。
それと同時に、この部屋と繋がっている給湯室からメイドが出てきてテーブルの上にティーカップを置いた。
「どうだ、ベーグ帝国から出て、知見は広がったか?」
「それはもう、いろいろ見てきたぞ……、いいえ、見てきました」
「ふははは。そう畏まるな。普段のままでよい」
いやいや、不敬罪になるだろ?
だって、こいつはクリストフ・ベーグ。つまりベーグ帝国の皇族で、たしか、皇帝陛下の叔父だったはずだ。一応、諜報機関で習った名前だ。もちろん、顔を見るのは初めてだ。
皇族だと知っていても、丁寧な言葉なんて普段使わないから無理なんだよな~。
ええい、流れに身を任せてしまえ!
「そうか、じゃあ遠慮しない。私はカレア王国を見てきた。基本、平和な国だったけどさ、どこの国にも悪い奴がいるってことは理解した」
メルトルーの町の領主が商人の娘を誘拐していたしな。
あと、盗賊団がマオリーの出身村を焼き討ちしたり、キャロンの町に襲撃をかけたりもしていたが、それについてはここベーグ帝国が絡んでいるらしいから、言わなくても知っているだろ。キャロンのほうは私たちが情報提供して襲撃を阻止したから言い出しにくいってのもあるけどさ。
「ふむ、結構。我々ベーグ帝国はカレア王国に対して多大な関心を持っておる。残念ながら同盟締結はできなかったのだが、今後も調査は進むだろう」
うわ。もう同盟締結失敗の情報が伝えられているんだな。
私は寄り道せずにベーグ帝国に帰還したつもりだったが、やっぱり乗合馬車だと途中で追い越されたんだろうな。
とりあえずこのことは黙っていよう。私が暗躍して同盟締結の機運を潰したってバレたら、もれなく牢獄行きになるだろうしな。
ここはうまく誤魔化そう。
「なんでカレア王国と同盟を結ぼうとしたんだ? あっちは、領土拡張なんて望んでいないだろ?」
あ。つい興味本位で深堀りしてしまった。ぜんぜん誤魔化せていないじゃん。
「ほおぅ。よく調べておるな。それには、隣国クロワセル王国が深く関わっておる……」
宰相閣下が言うには、クロワセル王国が現女王になってから、急に軍国化が進み、兵数はおろか、兵の練度も上がりだした。国力もうなぎのぼり状態だ。新都セレーネを築き、兵力はそこに集中させている。
さらに最近になって突然、第一王女とカレア王国の第二王子との婚約までとりつけた。
急激な兵力増強と、背後の国との縁組。これらには何の目的があるのか。
もし、北の魔族の国に攻め込むのであれば、ベーグ帝国に事前の通達があるはずだ。両国が歩調を合わせて攻め込まないと、戦後の国境線がらみで禍根を残してしまう。それは、現在でも、両国間の国境線が東か西に寄るだけで大事になっているからだ。
また、魔族の国に攻め込んで領土を拡張しても、毒に侵された土地は農耕にも居住にも適さない。維持管理費ばかりが嵩むことになる。
これらのことから、魔族の国に侵攻するとは考えられない。
それで結局、クロワセル王国がベーグ帝国に侵攻してくる前触れだと判断した。
姻戚関係となるカレア王国は、その際援軍を差し向けるだろうと。
「近年、クロワセル王国に配置してあった諜報機関支部は、多くが摘発されて潰されておる」
へー。クロワセル王国では税から逃れられないよう住民の移住を厳格化しているのかあ。その結果、各町に密かに設置していた帝国の諜報機関の支部の多くが摘発されてなくなったんだとか。今後の新規進出も絶望的だと。
「クロワセル王国って、凄えな」
だからか。
正攻法ではうまくいかない、あるいは被害が大きくなるから、先に帝国が盗賊団などの搦め手でカレア王国内を混乱させ、クロワセル王国との縁組を阻止しようとしたんだな。
私は帝国から給料をもらっている手前、カレア王国で暗躍した真実は口が裂けても言えない。それでもさ、帝国はもっとマシな手段、つまり民間人に被害の出ない方法を採れなかったんだろうか。
「おほん。敵国を称賛するのはどうかと思うが、侮って敗れるよりは遥かにマシではあるな」
「で、今日の私の任務は、宰相閣下とクロワセル王国の話をすることなのか?」
あまり長話をしているとボロが出そうだ。そろそろ話を逸らしておこう。
「ふむ、それも一つと捉えればよかろう。今の話を聞いて、ベーグ帝国がクロワセル王国に負けぬよう、お前がより一層の努力をしないといけないと感じておれば合格だ」
「そりゃあ、負けてしまったら帰る所がなくなるからな。私にできることがあるのなら、やってやるぞ」
一応、この国に雇われ、給料をもらっているんだ。
できることなら、なんでもやってやるぞ。
ただ、私にできることなんて、知れてるけどな。
「そうか。それでこそ、この国の諜報員。では、その意気込みを神の前で誓ってもらうこととしよう」
神様に誓いを立てないといけないことなのか?
しゃあねーなあ。
両手を組み合わせて目を閉じると……。
「待て。誓いを立てるには相応の場所があろう? 今からそこに向かう。ついて参れ」
宰相閣下が席を立ち、応接室から出る。私はその後ろを歩いて行く。
わざわざ教会にでも向かうのか?
廊下を奥へと進むと階段があり、そこで廊下は突き当りとなっていて、宰相閣下は左へと曲がった。
「この先だ」
応接室の並びから外れているから、違う用途の部屋だとは思うが、ここに祭壇でも設置してあるのか?
宰相閣下が扉を開けると、そこは書斎のような部屋で、祭壇はどこにもない。
「こんな場所で?」
「早く扉を閉めたまえ」
おっと。
あっけにとられていて、まだ扉を持ったままだった。
扉を閉め、手を放す。
すると、宰相閣下は部屋の奥へと歩いて行き、本棚に手をかけた。
その手に少し力を加えると、本棚はそのまま横にスライドする。
「隠し通路か!」
「これは隠し通路と呼ぶほどの物ではないが、離宮に行くための通路だ」
宰相閣下は暗い通路へと下りて行く。
あ。明かりが灯されたぞ。
ここは階段になっていて、その先は地下通路だ。
「今日は晴れておるが、雨の日であれば、濡れずに移動できて便利な通路なのだ」
地下通路は一本道で、すぐに上りの階段が見えた。
そのまま階段を上って行く。
「ここが離宮?」
眩しいくらいの明るさに、目を細めて周囲を確認する。
宮殿というよりは、どこかの教会の中みたいだ。
ステンドグラスだっけ、窓がそんなのでできている。
奥には大きな女神像があって、いつものクリム神様とは顔つきが異なっているようか気がする。
やや離れてはいるが、離宮の向かいには諜報機関本部の建物がある。このような目立つ窓の建物ならこれまで気づかないはずがない。きっと、離宮に囲まれるように設けられた中庭に、この建物が建てられているのだろう。
「ここは離宮であって、アンヌ神様を祀る神殿でもある」
「アンヌ神? クリム神様じゃないのか?」
私は、アンヌ神なんて聞いたこともないぞ。
邪神信仰じゃないのか?
「今、邪神信仰だと思わなんだか? それは違う。アンヌ神様は古来よりベーグ帝国で信仰されておる神であり、クリム神様と同系統の神だ。聖クリム神国においても神として認められておる」
「クリム神様と同系統?」
「ふむ。世の中に神は数多と存在する。神には創造神系と破壊神系の二つの系統があってだな、いずれの神も、そのどちらかに属しておるのだ。聖クリム神国では破壊神系に属する神を『邪神』として崇めることを禁止しておる。クリム神様とアンヌ神様はどちらも創造神系であるから、信仰することに何の問題もない。また各神には序列があってだな……」
なんだか難しい話が始まったぞ。要するに、世の中には神様がたくさんいて、創造神系に属していれば信仰を許されるってことだ。序列についてはスルーな。
「へー。邪神ってそういう考えだったのか」
邪神崇拝者とか言葉では聞くけど、実際どのようなものかは知らなかった。
「アンヌ神様は由緒正しき創造神系の神なのだが、比較的新しい神であるがゆえに、お前が最初に思ったのと同じように世間に広く認知されてはおらぬ。それで、こうして目立たぬように信仰しておるのだ。それは聖クリム神国の意向でもある」
今聞いたようなことを、会う人に毎回いちいち説明するのも面倒だろうしな。目立たないのが一番だ。
「で、ここで誓えばいいんだな?」
「うむ。ベーグ帝国が負けぬよう、お前はできる限りのことを尽くす。そう誓ってもらおう」
祭壇の前まで行って片膝をつき、両手を組み合わせて目を閉じる。
アンヌ神様。私の誓い、ちゃんと聞けよ。
私はベーグ帝国が負けないよう、私にできることならなんでもやってやる!
……ついこの間、クリム神様の男神カスタ様になりきったばかりだけど、今日はアンヌ神様に誓いを立てている。問題ないよな?
『その誓い、聞き届けました――』
おわ!?
誰か女性の声が、心の中に響いたような気がする。
「おお、アンヌ神様。もったいなきお言葉……」
「あんたにも何か聞こえたのか」
宰相閣下はさっきまで突っ立っていたのに、今は片膝をつき、両手を組み合わせて目を潤ませている。
「ミリア。やはり、お前は……。ごほっ。それでは、正式に次の任務を与えよう」
感動の面持ちから体裁を整えて普段通りの顔に戻して立ち上がると、魔法収納から封書を二つ取り出して私に渡した。
「一通はお前宛の辞令で、もう一通は現地の指揮官宛だ。赴任後に直接手渡しするように」
「辞令? 中を見ればいいのか。なになに……」
私宛の封書を破り、中身を読む。
辞令。帝国軍第三師団、兵站部隊への配属を命ず。
ただし、諜報本部、諜報部調査課と兼務のこと。
「へ? 情報収集の任務じゃなくって、今度は兵士になれってか」
「うむ。次なる任地は、クロワセル王国との国境に近いアイン砦。兵站部隊はその後方の陣地に滞在することになるだろう」
「はあ……。あれ? クロワセル王国が攻めてくるのは半年ぐらい後の話じゃなかったのか?」
「ふははは。よく調べておるな。当初はその予定であったが、いささかきな臭いのだ。よって防衛部隊を前倒しで展開する必要があると判断したのだ。お前には、そんな最前線の部隊で多くを学んでもらう。任務はあくまでも後方支援。先走って周囲に迷惑をかけぬよう、くれぐれも留意することだ」
私は諜報員でありながら、兵士としてアイン砦に展開する部隊に配属されることになった。
その帝国軍第三師団は既に帝都を発っていて、任地に向けて移動中とのこと。私はそれに合流することになる。
ただ、宰相閣下からは、移動する部隊を追いかけるのではなく、部隊が現地に到着た後に合流するよう指示が出されたので、私はしばらくの間、練兵所で対人戦の訓練をすることになった。




