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054話 師匠、ごめんなさいなのです 後編

 メドウさんにはこれからちょうどセリナさんの屋敷に食料品を届けに行く予定があり、私たちはその荷馬車に便乗させてもらえることになった。

 みんなで荷馬車に木箱を積み込み、出発。


「お嬢、この屋敷がセリナの家っス」


「これが師匠の屋敷……」


 セリナさんの家は中級の貴族様で、それに見合う敷地の広さ。屋敷の大きさも大きすぎず、小さすぎず。

 中級の身分だと、超上級のレティちゃんの家には頭が上がらないから、セリナさんのことは、当時受け取ったお金を和解金とみなして処理されているらしい。

 そもそもの話だと、セリナさんは貴族様の娘だってことを隠して冒険者をしていたから、レティちゃんの父さんがそのことを知っているはずもない。


「会えるよう話をつけてみるから、荷物の搬出が終わるまで荷台から降りずに待つッスよ」


 屋敷の側面に回り込み、そこにある勝手口から荷物を搬入する。

 その最中に、メドウさんが屋敷の中でメイドにアポイントを取ってくれることになっていて、私たちは荷馬車の中で前向きな返事を待つことになった。

 すべての荷物を降ろして終えてから少々待っていると、メイドがやって来て、応接室まで案内してくれることになった。


「会えるのです、師匠に、会えるのです!」


「お嬢、慌てるなッス。まだお嬢の名前は伏せてあるッス。だから私から入室の合図があるまで、黙って廊下で待つッス」


 メドウさんとしては、レティちゃんの名前を告げると自身の面会さえ叶わないと判断していて、敢えて伏せておいたそうで。

 メドウさんだけが入室し、私たちは廊下で立って待つことに。


「お嬢。会ってくれるって。よかったッスね」


 扉から顔だけを出して結果を伝えたメドウさん。

 その扉を掴み、ガバッと開け広げてレティちゃんが乗り込む。


「師匠! ごめんなさいなのです!」


「お嬢。まずは座るッス」


 メドウさんは、立ったままいきなり頭を下げたレティちゃんに座るよう促した。

 ここは飾り気のない質素な応接室で、ソファーと私の身長ぐらいあるテーブルが設えてある。

 正面の三人掛けのソファーの真ん中に、話の流れからセリナさんと思われる人が座っていて、その背後の窓からは隣の屋敷との境界に植えてある木々が見えている。

 メドウさんは向かって右の一人掛けのソファーに座っている。

 レティちゃんはセリナさんの対面になるよう、三人掛けの真ん中に座り……。

 えっと、おまけで来た私はどこに座ればいいのかな? レティちゃんを挟むように三人で並ぶのがいいのかな?

 と、思った矢先、マオちゃんが左手の一人掛けソファーに腰かけた。仕方がないので、私はレティちゃんの左隣に座った。


「失礼します」


 さっきのメイドがワゴンを押して入ってきた。そしてテーブルの上に手早くティーカップを並べ、出て行った。


「改めて、師匠、ごめんなさいなのです」


「久しぶりね。平穏な日々を最後に送った日以来だわ。あなたが謝っているのは建前上では済んだ話。今ここで振り返ってもらっても、何も変わることなんてないわ」


 セリナさんは失われた腕があったであろう肩を押さえ、白けた顔で返した。


「我は、我には剣技を発動した記憶がないのです。それでも我がしたことだと深く反省しているのです。剣は人を殺めるためにあらず、人を活かすためにあり。意識がなかったといっても、我は師匠の教えを破ったのです。師匠の人生を台無しにしたと、後悔しているのです」


「あなたが後悔して、あなたの人生の重荷になっているのなら、私にとって、二重の苦痛になるでしょう?」


 正面を向いて堂々と話すレティちゃんとは対照的に、セリナさんは伏目がちに言葉を紡いでいる。


「重荷ではないのです。我は冒険者として旅に出て、何人もの弱き者を剣を使わずに救ってきたのです。師匠の教えを実践することで、師匠の崇高な考えを理解できたのです。これを続けることが素晴らしいことだと思えたのです」


「レティシアは、凶変魔物と対峙しても剣を抜かなかったからの。失礼。妾はレティシアの冒険者仲間のマオリーじゃ。同じくこやつはエムじゃ」


 マオちゃんに名前を紹介されたので、一礼する。


「常に勇敢で名誉を重んじる行動をすることッスね」


「そう……。あなたが人生を良好に送ることができているのなら、失われた腕も無駄にはなっていないってことね」


「師匠! 提案があるのです。その腕を治療したいのです。動く腕を魔法で再現したいと思うのです。了承してほしいのです」


「魔法で再現? そんなことをして、一時の慰めにでもなるのかしら?」


 必死の形相のレティちゃん。その熱意を受け流すようにセリナさんは落ち着いて左手でティーカップを持ち上げ、紅茶を一口含み、ため息のように息を吐いた。


「魔法の持続時間は百年以上じゃ。本物の腕のように自在に動き、他者からは本物の腕にしか見えぬ、一種の魔道具じゃな」


「左腕の複製になるから、最初はちょっと違和感があるよ。でもね、すぐに慣れるよ」


 ピオちゃんから聞いた話だと、あくまでも残っている腕の複製になるから、筋肉のつき具合が元の腕とは異なって、違和感を抱くことがあるんだって。

 それと、右利き左利きに関しては、脳内で管理されているそうなので、実際に動かしてみれば案外すぐに慣れるらしい。


「私の家には、高価な魔道具を購入する資金なんてないわ。あったとして、私なんかのために使ってくれるはずもない……」


 眉を寄せ、斜め下を流し見るような哀しそうな顔。

 言われる通り、自在に動く腕や足なんて、お金で買おうと思ったらとんでもない金額になると思う。それだけ価値のある物だよ。


「大丈夫なのです。素材は我らが集め、魔法はここにいるエムが発動するのです。ですから、全部無料なのです」


「セリナ、ここは乗ってみるのが賢明ッス。試して気に食わなければ外してもらえばいいだけッス」


 メドウさんの勧めもあり、セリナさんは腕の治療を了承してくれた。


「ちょ、なんで私は廊下で待っていないといけないッスか?」


「秘匿中の極秘の魔法ゆえに、誰にも見せられぬのじゃ」


「しゃーないッスね……」


 ピオちゃんの存在を隠すため、メドウさんは廊下で待ってもらうことになった。

 テーブルの上を片付け、セリナさんはそこに横になってもらう。

 目を閉じた時点で、ピオちゃんがセリナさんの頭の隣に飛んで行き、魔法を唱えて深い眠りへと誘った。

 それからは、前回と同じように素材を並べて腕を復元する。

 その最中、レティちゃんは魔法収納から木剣を取り出して、復元中の腕にそっと触れさせた。それは、レティちゃんがセリナさんとの訓練で使っていた大切な物。その品への思い入れが強ければ強いほど魔法は強力になり、元の腕そっくりに、そしてそれ以上の能力を発揮できるようになる。

 木剣が輝き、腕の復元に合わせてどんどん眩しくなっていく。


「眩しいね……」


「この輝きは、師匠に対するレティシアの熱い想いの表れじゃな」


 やがて木剣の輝きが失われると、セリナさんの右腕は完全に復元していた。


「師匠の、師匠の腕なのです……」


「これ。本人が目覚める前に頬ずりするのはどうかと思うのじゃ」


 マオちゃんが注意してもレティちゃんは腕を掴んだまま。

 私の肩の傍に戻ったピオちゃんはそのまま目覚めの魔法を唱えた。


「ん……。もう、終わったのかしら? んんん! 腕だわ。これは紛れもなく、私の腕……」


 左手を支えとして腰を起こすと、レティちゃんごと持ち上げるように右肘を曲げ、


「この重み、この感覚……。まるで、あの日に戻ったみたい……」


 レティちゃんが重い、というより、重さそのものを感じとっているよう。

 セリナさんの瞳には涙があふれんばかりに溜まっていく。

 さっきまでの重苦しい雰囲気は消え、今は明るい顔になっている。そしてその顔が嬉し涙で歪む。


「う、ううぅ……」


「正真正銘、師匠の腕なのです」


「魔道具じゃながな」


「ありがとう……」


 セリナさんは隣に立ち上がったレティちゃんの胸に顔を埋めるように背中に手を回し、抱き寄せた。


「ここでも、剣は人を活かすために使ったのです」


「あなたは、私が認める、唯一の弟子よ……」


 ここで、扉がノックされた。

 あ! 感動に浸っている二人を見ていて、廊下で待っているメドウさんを呼び戻すのを忘れていた。


「盛り上がっているようだから、そうじゃないかと思ったッスけど、もう魔法は完了しているッスね……。セ、セリナ!? そ、そ、それは、それは本物の腕ッス! 腕が生えたッス!」


 肩を小刻みに揺らすレティちゃんとセリナさん。それにさらにメドウさんまで抱きついてわんわんと泣き始めた。


「お嬢……。最高の罪滅ぼしっス……」


 しばらくの間、三人は抱き合ったまま涙を流し続ける。

 よかった、よかった。本当によかったよ。

 セリナさんはレティちゃんの罪滅ぼしに納得し、感謝の涙さえ流している。

 このまま気が済むまで泣き続けるのかと思っていたら、


「むむむむむ……」


 突然、レティちゃんが唸り、ビクッと肩を震わせた。


「し、師匠! 我は今、我の中に眠る謎の剣技ドラゴニック・スラッシュを認識できたのです」


 頬を涙で濡らしたままでの宣言。

 剣技ドラゴニック・スラッシュは、これまで無意識に発動していて、レティちゃんはそれが自身の剣技だという認識を持っていなかった。

 メモリートレーサーの絵を見せられて、自身が発動していると思うようになった反面、頭の片隅にも剣技の記憶がなく、謎の剣技状態だった。

 それが今、自身の剣技として認識できたみたい。


「でも、この剣技は意識して自在に発動することはできないのです。発動できなくても、剣は人を切るためにあらずの精神に則っていますから、我には十分なのです」


 存在を認識できたのに、自由に発動できないそうで。結局、今までと変わんないのかな?


「そう……。しかし、それではあなたが身を滅ぼしてしまうかもしれません。先ほど、凶変魔物と対峙しても剣を抜かなかったと聞いたわ。人を活かすため、そしてあなた自身を活かすためになら、剣を使うことを躊躇してはいけません」


「お嬢。臨機応変ッス。身の危険を前にして剣を抜かないのは蛮勇ッス。死んでしまっては身もふたもないッス」


 三人それぞれ、涙を拭ってから言葉を紡いでいる。


「蛮勇……」


「意識がなかったとはいえ、お主の剣は、多くの村人を救ったじゃろ? あのとき、お主が動かなければ妾はおろか、村人も皆死んでおったことじゃろう。ゆえに、有事の際には剣を抜くのが正解なのじゃ」


「レティちゃんが村人を活かしたんだよ。救われたんだよ」


「常に勇敢で名誉を重んじる行動をしてください。それこそが私の弟子である証です」


「はい、師匠!」


 みんな落ち着いたようなので、ソファーに戻ってこれから先の話を少しだけした。

 セリナさんは、この屋敷を出て自立するそうで。やっぱり冒険者に戻るみたい。

 そんなセリナさんのことはメドウさんも応援していて、元の仲間を再び集めることを目標としていた。


「これで、我の心残りが薄まったのです」


「まあ、過去の出来事を消すことはできぬじゃろうが、お主がこれ以上思い悩む必要はなくなったのじゃ」


「明日から、心置きなく魔王を倒しに行けるね! でも、その前に女王様をなんとかしないといけないよね」


 やや名残惜しそうにしながらも、レティちゃんがセリナさんに別れの挨拶をし、みんなで応接室を出た。

 帰りの荷馬車の中、レティちゃんは明るい顔をしていた。

 レティちゃんの心の中にあった暗い過去が、明るい未来で塗り替えられたんだから。セリナさんも、きっと第二の冒険者生活を楽しく過ごすことになるよ。

 それで、未来ついでに女王様に叶えてもらうことをいろいろ考えてもらったのに、結局何も決まらなかった。残念。

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