053話 師匠、ごめんなさいなのです 前編
私たちは、レティちゃんの剣の師匠であるセリナさんに会うため、カレア王国のキャロンの町に飛んだ。
ここはレティちゃんの故郷であり、セリナさんを最後に見かけた場所。
「師匠、待っているのです。必ず腕を治してみせるのです」
「そのためにも、早く居場所を明らかにせんとのう」
セリナさんは右腕を失ってすぐにこの町を去ったってことまで把握している。でも、現在どこにいるのかは分からない。
そのため、ここで聞き取り調査をして居場所を突き止めることにしたんだ。
「門衛がキリリとしているよ?」
いきなり城の庭には転移せず、まず初めに冒険者ギルドに寄ってみようと決めていたので、わざわざ町の城壁の外に転移した。
「レティシアお嬢様、それと町を救われた尊敬すべき冒険者の方々、どうぞお通り下さい」
門衛は、レティちゃんだけでなく私たちの顔も覚えていて、胸に拳を当てて敬意を表している。うーん。その態度がこそばゆい。
大通りを進み、町並みを見ながら歩く。
この町では、ベーグ帝国に雇われた盗賊団による襲撃を防ぎ、逆に盗賊団全員を捕らえることに成功したんだよね。
もし、私たちが襲撃の情報を得ていなかったら、今頃は焼け野原になっていたのかもしれない。
「うむ。この町は平和なままじゃの」
「それは、我らの誇りなのです」
すべては、ここにはいないミリアちゃんのお陰で達成できたことなんだし、私たちは当たり前のことをしただけだから、ね。
ミリアちゃん、今、どこで何をしているんだろう。元気にしているかな?
「ここの冒険者ギルドに入るのは初めてだね」
「師匠は冒険者だったのです。ですから、必ず情報があるのです」
期待を込めて寄った冒険者ギルド。
その結果は残念としか言いようがなく、何の情報も得られなかった。
受付のお姉さんが言うには、冒険者ギルドでは他の冒険者の情報を教えることは禁止されているそうで。冒険者間のトラブルってのが昔からよくあって、所在なんて教えたら無理な勧誘とか報復とかいろいろあるみたい。
「冒険者ギルドは無駄足じゃったな。さて、次は誰に尋ねればよいのかの?」
「城に帰って、父に尋ねるのです」
結局、城の誰かに尋ねることになり、大通りを真っ直ぐ進んで城の中へと入った。
そのまま領主様の執務室へと向かう。
それは二階の奥のほうにあった。
「父、剣の師匠がどこにいるのか教えるのです」
レティちゃんは扉をノックし、返事が聞こえたと同時にがばっと扉を開いた。
その、開ききった直後の、部屋に一歩踏み込んだ状態で声を上げた。
「ふぅー。レティシアよ。帰ってきたかと思えば、そんな話か。もっとこう、土産話とか、他に話すことがいろいろあるだろ? 淑女の嗜みからやり直しだな」
口を挟むと面倒なことになりそうなので、私とマオちゃんは黙って成り行きを見守る。
「父と話すのはまた今度なのです。今は、師匠の居場所が知りたいのです」
「そうか、また今度か。よかろう、楽しみにしておこう。それで、お前につけた教育係の行方を知りたいのか。ふむ。残念だが、それは私は知らない。執事にでも聞いてくれ」
「役立たずでしたが、ありがとう存じますなのです」
「一言余分だ」
踵を返し、執務室から出た。
次に執事の部屋に行き、やはりそこでも居場所は突き止められなかった。しかし、
「師匠が練兵場で兵士に混ざって鍛錬していたと聞いたのです」
「練兵場とは、裏庭にあるアレかの? 行ってみるしかあるまい」
廊下の狭い窓から見える練兵場。この城は石造りで防衛面を重視しているみたいでどの窓も狭い。
一階へと下り、裏庭に出ると、多くの兵士が訓練する声や音が聞こえてきた。今は練兵場で訓練をする時間みたい。
花壇の間を通って練兵場へと赴く。
「あそこにいるの、王子様だね」
「カレア王国の第二王子じゃな。クロワセル王国の王女と婚約しておるのじゃったかの」
領主会議で見かけた顔。
今でも兵士に混ざって訓練をしているみたい。
レティちゃんの姿に気がつくと、王子様は訓練の手を止め、剣を鞘に収めてこちらに歩いてきた。
「やあ、君たち。旅から帰ったのかい? 君たちの実力はオークジェネラルとの戦いで誰もが知るところではあるけれど、アルグレン卿が心配しているから、冒険はほどほどにするといいよ」
「父は過保護なのです。我は旅をしたいから旅をしているだけなのです。ところで、マイルド王子こそ、どうしてここにいるのですか? 訓練なら王都ですればいいのです」
レティちゃんの態度は王子様に対して失礼な気もするけど、この王子様はそういうの気にしないみたい。王都で会ったときもそんな感じだった。
「ははは。ここアルグレン領は、カレア王国一の精鋭揃い。ここで訓練するのが最も効率がいいのさ」
王子様は左手に装着している盾を振ってみせた。
「それに、僕はクロワセル王国に婿入りすることが決まっている。クロワセル王国は北の魔族の国と事を構えていて、さらに東のベーグ帝国とも小競り合いが多い。いつ有事になってもおかしくない状態さ。だから、鍛錬は欠かせない」
「師匠の教えによると、マイルド王子は最前線で剣を振ることはないのです」
「ははは、そうだね。僕が剣を振るうことはないかもしれない。でも僕はカレア王国とクロワセル王国とを繋ぐ架け橋なのさ。もしも婿入り後に僕がカレア王国に救援を依頼したら、誰が駆けつけてくれると思うかい?」
「王都の騎士団ですか?」
「もちろんそうだね。それよりも早く駆けつけてくれるのが、国境に近いここアルグレン領の兵士なのさ」
「つまり、有事の際にはここキャロンの兵士に奮闘してもらう必要があるがゆえに、ここの兵士と仲良くしておるのじゃな。見事な打算じゃな……。失礼、つい口を挟んでしもうたわ」
マオちゃんは、はっとした顔になって口に手を当てている。
「僕は王子として生まれたんだ。だから、王子としての務めを全うする。それが打算だと捉えられても、仕方のないことさ」
「王子にも、いろいろな事情があるのです……」
「ね、レティちゃん。王子様にも師匠のこと、聞いてみたら?」
レティちゃんの師匠って、ここで兵士に混ざって鍛錬していたんだよね?
きっと見かけているはずだよ。
「王子、我の師匠を見たことはないのですか? どこに行ったのか教えてほしいのです」
「君の師匠? ああ、冒険者の方たちか。ここで剣を交えて訓練をしたことがある。僕もいろいろ学ばせてもらったよ」
師匠は常時レティちゃんの相手をしていたわけではなく、ダンスやお茶会のレッスンなどのときは、ここによく来ていたそうで。
「で、今、どこにおるのか知らぬのかえ?」
「そうだなあ。腕を失ってすぐだったかな。ここに挨拶に来て、たしか王都に行くと言っていたと思う。盾の、えーっと、メドウ嬢だったかな。彼女は実家が商家で、そこで働くと聞いた気がするよ」
「盾のメドウ師匠は王都にいるのですか。王子、ありがとう存じますなのです」
「ははは。あいまいな記憶でも役に立てたのなら光栄だよ」
レティちゃんには剣の他に、盾、弓、魔法の師匠がいて、メドウさんは、盾の師匠なんだって。
いつものレティちゃんは盾役だから、メドウさんが真の師匠なのかも。
で、探しているのは剣の師匠。今、盾の師匠の居場所が判明したから、レティちゃんがすぐにそこに行きたいと言い、私たちは人目につかない所まで行ってから、王都ポワテへと飛んだ。
「必ずセリナ師匠を見つけるのです」
ここは背の高い建物が並ぶ、大きな都市。
すぐに門をくぐり、大通りから周辺を見回す。
「王都で商家をやっておるとして、この中から探し出すのは難儀しそうじゃの」
大通りにはたくさんの店が並んでいて、そこから剣の師匠セリナさんまたは盾の師匠メドウさんを探すのはとても大変そう。店が大通りにあるとも限らないわけだし。
「片っ端から探すのです」
近い店から順に覗いて、知った顔がないか調べる。私とマオちゃんはセリナさんとメドウさんの顔を知らないから、ただレティちゃんの後ろをついて回るだけ。
「城へと向かう大通りは、この間メルリーと一緒に歩いておるじゃろ? 見知った顔なら、そのときに見かけておっても不思議ではないと思わぬかの?」
「見かけてはいないのです」
当時、すべての店をじっくりと観察したわけではないけど、眺めた店も多い。そのときにレティちゃんが見かけていないのなら、今いる城への大通りで探すことは後回しにして、それと交差する通りで調査するほうがいいという話になった。
私たちは城への大通りと交差する通りへと入り込み、調査を続行する。
いくつもの店に入り、顔確認だけだと見逃すかもしれないから、セリナさんとメドウさんの名前を挙げて所在を尋ねる。
三本目の通りにある雑貨店で。
「セリナ? そいつは知らないが、メドウちゃんなら、斜め向かいの店の娘じゃないか?」
「ありがとうなのです」
木製のコップを買い、礼を言って店から出る。
「メドウ師匠! 探したのです」
「げっ。お嬢、何しに来たッスか?」
斜め向かいの食料品の店に入ると、そこで商品を箱詰めしているメドウさんを発見した。
「我はセリナ師匠に会いに来たのです。どこにいるか教えるのです」
「お嬢。本気で言っているッスか? あれから、セリナがどんな思いでいるのか、考えたことあるッスか?」
レティちゃんの剣技で片腕を失ったセリナさん。今までできていたことができなくなって不自由していると思う。
「もちろん、謝罪から始まるのです。師匠とは、まともに話すこともないまま、別れたのです。だから、謝ることが必要なのです」
「領主様から大金を握らされた後とはいえ、謝って済むことじゃないッス。セリナはな……」
セリナさんは、なんと貴族様の三女。
屋敷での生活は窮屈で、さらに将来どこかの貴族様の妾になることまで決められていた。
自由のない日々。自身の未来さえ決めることのできない境遇に嫌気がさし、ある日、屋敷を飛び出した。
「そんなセリナが、この店に逃げ込んで来たッス。当時の私は、セリナの屋敷に定期的に商品を届ける仕事をしていて、互いに顔見知りだっから、そりゃあ凄く驚いたッス」
当然、メドウさんは驚き、屋敷に戻るように説得した。
それでも頑として屋敷に戻りたがらず、逆にこれまでの境遇を聞かされて妙に納得してしまった。貴族令嬢様って、可愛そうなんだなと。
だからといって協力できることとしては、この店で働くことぐらいしか提案できなかった。
「ここで働いてもすぐに見つかってしまう。だからセリナは王都から出たいって言い出したッス」
王都から出て生活を続けるにはどうしたらいいのか、悩みに悩んだ。そんなとき、屋敷から持ち出した剣をセリナさんから見せられ、ピンときた。
「もう、王都を出るには冒険者になるしかないッス」
セリナさんは剣を扱えた。メドウさんは剣を扱ったことはないけれど、荷物の搬入搬出を生業としていてそれなりに体が鍛えられていた。これなら冒険者としてやっていけそうだと。
ただ、王都で仲間を募る暇はないので、隣町に行って仲間を探すことになった。
その結果、レティちゃんが師匠と仰いでいる四人のパーティーが結成されたんだって。
「最初、私の得物は木槍だったッス。でも、誰かが魔物の攻撃受け止めないと戦いが安定しないと気づいたッス。そんで、稼いだ金で盾を購入し、その日から盾役になったッス。懐かしいッスね~」
「メドウ師匠の思い出話は、どうでもいいのです」
「おっといけねえ。セリナは覚悟を持って屋敷を飛び出したッス。で、冒険者としてうまくやっていたッス。将来はSランク冒険者にさえなれそう、皆そう思っていたッス。それが、お嬢の、お嬢による剣技で……、くっ」
メドウさんは俯いて目を閉じ、拳を握った。
「我は記憶にないのですが、ごめんなさい、なのです」
「分かっているとは思うけど、片腕を失ったセリナは冒険者としてはやっていけないッス。それでパーティーを解散する決意をしたッス。私は冒険者に未練はないし、ここ王都に戻れば働き口があるから問題はなかったッスけど、片腕のセリナには働き口がなかったッス。両親の庇護下に戻る以外、生きる術が思いつかなかったッス」
「セリナ師匠は、師匠は、屋敷にいるのですか! どの屋敷かすぐに教えるのです」
「落ち着け、お嬢。セリナが屋敷に戻ることで、どれだけの苦痛を味わっているのか、想像できていないッスね」
「貴族の娘がめんどくさいのは、我もよく理解しているのです」
「そんな簡単なことじゃねえッス! セリナはな、セリナはな、親姉弟に白い目で見られ、王都を飛び出す以前よりも過酷な毎日を送っているッス」
どこかの貴族様の妾になる話はなくなり、かといって、片腕の三女はどこの貴族様からも関心はもたれなくなった。
貴族令嬢様としての存在価値が失われ、屋敷内においても親や兄、姉、弟たちから嫌がらせを受ける日々を送っているみたい。
絶望の毎日。それでもセリナさんには行き先がないから、屋敷に留まっている。
「師匠……」
「ここまで聞いて、まだセリナに会おうと思うッスか? 一体、どんな顔して会うつもりなんスかねえ」
「会って、誠心誠意謝るのです。会わないと何もできないのです」
「セリナは謝罪なんて望んでいねえッス。キャロンを出る際にお嬢に挨拶に行かなかったのがその証拠ッス」
「お主、そう頑なにならず、レティシアの気持ちも汲んでやるのじゃ。会う会わぬは、第三者ではなく、セリナとレティシアの双方で決めればよいことじゃろう?」
結局、マオちゃんのこの言葉が決め手となり、メドウさんはしぶしぶといった態で折れた。




