表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/185

052話 足を治そう

「おじさん、今日もこの間の場所にいるかな?」


「他に行く場所がなければ、おるじゃろうのぅ」


 私たちはニーデンの町に入り、大通りを歩きながらそこから分岐する小通りを観察する。

 五本、小通りを過ぎ、六本目の小通りが見えると右折してそこに入る。

 十歩ほど進んだ角が広場のようになっていて、そこにはレンガが膝上ぐらいの高さに積み上げられている。


「見つけたのです」


 レンガをベンチの代わりとして座っているおじさん。

 片足がない。


「おじさん、おひさ~。元気にしてた?」


「やあ、君たちか。この間はありがとう」


 今日は荒くれ者に囲まれるようなこともなく、おじさんは静かに座っている。


「お主、このような場所で日々を過ごすより、昔のような生活に戻りたいとは思わぬかの?」


「昔に……。戻れるものなら戻りたいさ。でもそれは話した通り、無理なんだ」


「うむ。戻る希望はあるのじゃな。よかろう。これからお主の足を治してやるのじゃ」


 私たちは苦労して素材を集めた。でも、小人の国から飛んで戻る際にみんなで相談した結果、本人に治す希望がなければ見送ろうってことになっていたんだ。


「足を治す? そのようなことができる魔法使いなんて、存在していないさ。もっとも、存在していても、働いていない俺には金が払えない」


「我らが無料で治してやるのです。ただし、初めてなので実験台……、むごもご」


「あ。治すって言っても、足が生えてくるわけじゃないよ。魔道具の足を試してみようと思うんだ」


 レティちゃんの口を押さえて誤魔化す。ほぼできるってピオちゃんは言っていた。つまり、確実にできるってわけじゃないからね。その辺りは、まだ人間で試したことがないから不確定なんだって。

 それでも歩けるようになる可能性があるんだから、試さない手はない。


「魔道具なら、なおさら無料ってわけにはいかないだろ?」


「素材は妾たちで集めたのじゃ。気にせずともよい」


「さ、宿屋に行こう!」


 おじさんの家ではなく宿屋にしたのは、おじさんの家には子供がいるためピオちゃんの存在を隠すことが難しいと判断したから。これもみんなと相談した結果だよ。

 大通りに戻り、近くの宿屋に入る。


「らっしゃい……。うちはあんたに便宜は図れない。頼むからよそへ行っておくれ」


 宿屋のおばさんが軽蔑するような目でおじさんを見ている。

 この国では不自由な人に便宜を図ったことが衛兵に漏れると処罰されるみたいだから、客として利用されると困るのかもしれない。


「大丈夫。泊まるのは私たち三人だけで、このおじさんは用事が済めばすぐに帰ることになっているから」


「そうかい……。汚すんじゃねえよ」


「ち、違うのじゃ」


 今度は細めた目で私たち三人の顔をじとーっと順番に見ていく。

 マオちゃんが頬を染めて慌てて否定しているのは、どうしてだろう?

 手続きを済ませ、二階への階段を上が……。


「手出しは不要だ。人目につく所で手伝うとあんたらが罰せられる」


 一段一段、壁にもたれ掛かりながら階段を上がるおじさんの姿に、つい手を差し伸べようとして断られた。

 困っている人を手伝ってあげると罰せられるなんて、酷い決まりだよ。

 なんとか上がりきって部屋に入る。


「じゃあ、始めよう」


「魔道具は精巧にできておるゆえ、取りつける際に痛みを伴うのじゃ。ゆえに、深く眠ってもらうことになるがよいの?」


「眠ることは構わないが、朝までだと困る。子供の面倒をみないといけないからな」


「眠らせるのも、起こすのも魔法を使うのです。さらに取り付けはあっという間に完了するのです。だから心配は要らないのです」


 了承を得たので、ベッドに仰向けになって目を閉じてもらう。

 ピオちゃんがおじさんの頭上に飛んで行った。


「ネ・ムーレ・ア・モーレ♪」


 スティックを振って魔法を発動すると、おじさんは深い眠りへと誘われた。

 この魔法、魔物との戦闘中にも使えれば心強いのに、頭上の至近距離じゃないと発動できないから難しいとのことだった。


「皆さん、手筈通り配置してください♪」


 ピオちゃんが私の肩の上に飛んできた。

 私たちは、あらかじめこれから行う作業の手順を大まかに聞いて知っている。

 私は高級丸太を失われた足の位置に配置して、クネクネの枝を手にした。


「今、床に足がついているのです。ピリピリ草は、本当に触っても大丈夫なのですか?」


 ピリピリ草を採取するときに雷撃を喰らったレティちゃんは、まだ魔法収納から取り出していない。


「地面から抜いてしまえば、雷撃はできなくなります。安心して高級丸太の上に配置してください♪」


「妾はアングリの油を丸太に塗っておるからの。ピリピリ草の配置はレティシアの役割じゃ。早うせい」


「むう……」


 レティちゃんは、ビクビクしながらピリピリ草を人差し指と親指で摘まんで高級丸太の上に置いた。


「エムさん、準備はいいですか? 行きますよ。ニョキニョキニョッキリ・ウツシテハンテンウツクシク♪」


 ピオちゃんの魔法発動に合わせ、私はクネクネの枝を、おじさんの健常な足の付け根からつま先まで、軽く触れる高さを維持してゆっくりと移動させる。

 それが終わると、失われた足の付け根にクネクネの枝を移動させ、本来つま先があるはずの位置までゆっくりと移動させる。


「おおう。高級丸太が足の形になっていくのじゃ……」


 クネクネの枝が通り過ぎた部分は、高級丸太が足の形になり、ピリピリ草がその内部に取り込まれていく。

 アングリの油は高級丸太を変形させる素材。今回、足の形にしたいから、最初にクネクネの枝に健常な足の形状を覚え込ませ、それを再現するようにクネクネの枝を動かして高級丸太を変形させていく。

 ピリピリ草は神経の役割になるらしい。


「まるしかく茸の出番なのです」


 ピリピリ草が沈み込んだ部分にまるしかく茸を置くと、やはり沈み込んでいく。

 その部分は、それまでの木彫りのような外観から、人肌の足そのものになる。


「わあ。本物の足にしか見えないよ」


 クネクネの枝を移動させながら、形になった部分の出来栄えに驚く。

 まるしかく茸の幻影だって言われなければ、絶対に本物の足だよ。

 最後に、おじさんの思い入れのある杖を足に触れさせ、これで作業は完了となる。


「完成♪ 起こしましょう。オ・キーレ・ア・モーレ♪」


 クネクネの枝がつま先の位置を通り過ぎると、完全な足が完成していた。

 ピオちゃんが、私の肩の傍に戻ってから魔法でおじさんを起こす。

 起こす場合は、自身がかけた魔法を解除するだけなので離れていても大丈夫みたい。


「ん……、まだ明るいが、終わったのか……。おわっ! 足だ! 足が生えている! 魔道具ではない、足だ!」


 おじさんは目覚めると一度私たちの顔を見て、それから右足へと視線を移す。

 すぐに目玉が落っこちそうなくらいに大きく目を見開いて驚いた。


「足のように見えておるのは幻影じゃ。実体は木製の魔道具じゃからの」


「貴様、立ってみるのです」


 おじさんは上半身を起こし、体を回して足をベッドから下ろす。

 その姿勢から腕に力を入れ、立ち上がろうと試みる。

 私たちはおじさんがよろけたり倒れたりしてもいいよう、おじさんの周囲に集まり、ベッドから起き上がるのを見守っている。


「おお! これは足だ。正真正銘、俺の足だ!」


 膝を曲げたり、指を動かしたり。さらに腿を上下に動かし、片足立ちもしてみる。どれも自在にできているようで、おじさんは満足げ。


「素晴らしい……。己の意思で歩けるというのは、こんなにも幸せなことだったんだ……」


 数歩、歩いて止まると握った拳をプルプル震わせ、それから肩まで震わせて感動に打ち震えている。


「ありがとう……、本当にありがとう。今日まで生きてきて、これほど嬉しく幸せに思ったことがないよ……、ぐすっ」


 一度天井を見上げて涙を拭い、鼻をすすってからこちらに向き直る。

 その涙が、今回の対価だよ。

 涙を流すほど喜んでもらえれば、素材を集めた苦労も報われるよ。


「それで申し訳ないが、俺はあんたらに感謝することしかできない。ぐすっ。何も返すことができないんだ。それなのに、どうしてここまでしてくれたんだ?」


「それは、エムが勇者だからなのです」


「勇者はおせっかいじゃからの」


 困っている人を助けるのは当然のことだよ。それは勇者とは関係ないと思うよ。


「聞いたことがある。貧しい村に施しをし、屋根に上って雨漏りを修理し、泥棒を追い詰めて盗品を取り返す……」


「それ、別の勇者の話だね。たぶんアルテルちゃん」


「妾たちは貧乏ゆえに、施しはできぬ……」


「そう! 勇者アルテル様。あんたらは違う勇者様なのか」


「弱き者を救うのは同じなのです。我らはまた一人、弱き者を救ったのです」


 それから、おじさんを宿の外まで送り、その途中、宿のおばさんが「おや、休憩は終わりかい? ええ!? あ、あんた、足、足が……」と驚いていた。

 靴とズボンを用意しなかったから、片足は裸足で生足のままなんだよね。

 本人はそんなことを一切気にせず喜び勇んで家路へとついたよ。

 これからまっとうな生活ができる、働くことができる、子供にも苦労をかけなくて済むようになると、見えなくなるまで何度も振り返って感謝を述べていたのが印象深かった。


「ピオピオ。結局素材が余りまくっているのです。これはまだ使えるのですか?」


「はい。まだ使えますよ♪」


 部屋に戻ると、レティちゃんが余った素材について尋ねた。

 たとえば三個用意した高級丸太は一個しか使っていない。

 まるしかく茸は二個、おじさんに渡した。万一、幻影の効果が切れそうになったら、木の足に押し当てれば幻影が復活するそうで。ただし、ピオちゃんの見立てでは幻影効果は百年はもつらしいから、あくまでも予備として。

 せっかく集めたんだから、残りの素材をそのままにしておくのがもったいないとレティちゃんは思ったんだね。

 とりあえず、クネクネの枝は枯れるまで使えるみたい。

 枯れないよう、水を染み込ませた布で切り口を覆うことになった。


「それなら、師匠の腕も治せるのですか?」


「師匠とは誰のことか存じませんが、たった今、足を治せましたから、腕も治せますよ♪」


「レティシアが腕を切り落とした女子おなごじゃったかのう」


「うう……。我には切った記憶がないのですが、そう言われているのです」


「うん、治しちゃおう。でも、今日はもう活動するには遅いから、明日だね。明日、レティちゃんの師匠に会いに行こう」


 レティちゃんの師匠の腕を治すことが決まった。

 ずっと気にかけていたようだから、治るといいね。

なっしんぐ☆です。

投稿済み部分で、気になっていた個所を修正しました。

以下、詳細です。

レティシアの初登場を001話から003話に変更しました。

001話:終盤部分改訂

003話:序盤と終盤部分改訂

004話:アメリアとの会話直後部分を微小改訂


※レティシアの登場の仕方が変わりましたが、以降の展開に影響はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ