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050話 闇堕ちした妖精

 私たちは次の素材を集めるべく、カレア王国のベリポークの町へと転移した。

 ここは、私がマオちゃんやレティちゃん、ミリアちゃんと出逢った思い出深い町。


「今から行くと遅くなりますから、今日はここで宿泊して、明日の朝、妖精の国に向かいましょう♪」


 目的の素材は妖精の国にあり、ベリポークはその入り口に最も近い町。

 まだ周囲は明るい。それでも、今から妖精の国に行くと日が沈んでしまうので、素材集めは明日することにした。


「宿屋に行くには早いから、久しぶりに、ここの冒険者ギルドに寄ってみようか」


 とくに行くあてもなかったので、私にとっての思い出の場所、冒険者ギルドに行くことにした。


「あら? エムさんではありませんか。もう魔王に会ってきたのですか?」


 受付のアメリアさんは、私のことを覚えてくれていた。


「まだだよ。でも、もうすぐ会いに行くよ」


「ここにおるでは……、むごっ、なんじゃレティシア。突然押し退けおって」


 掲示板を見に行っていたレティちゃんが、慌ててこちらにやって来た。

 何か凄い依頼でもあったのかな?


「この緊急依頼はなんなのですか? 我らが倒したはずなのです」


 その手には、掲示してあった依頼書が掴まれている。


「なになに? なんのこと?」


 受付のテーブルに置かれた依頼書を見ると。


「緊急依頼。ふむ。ベリポークの町周辺に現れるイビルバグベア討伐とな」


「たしか、イビルバグベアって、聖クリム神国に入ってすぐの街道上で倒した凶変魔物だよね?」


 マオちゃんの知り合いが凶変魔物に襲われていたのを助けたんだよね。どちらかというと負けた後だったかもしれないけど、助けたのは事実。

 闇落ちした妖精が魔物になって、それが凶変化したのが凶変魔物イビルバグベア。


「聖クリム神国で? まさかそんな場所に行ってしまうなんて……。そしてそれを、あなた方が倒したですって?」


 アメリアさんは、これまでの温和な姿からは想像できないような鋭い目つきで問い返した。


「我らがバッチリ倒したのです。イビルバグベアはとても珍しい存在だと聞いていたのです。それがここで緊急依頼になっているのがおかしいのです」


「レティちゃん。この依頼書は取り下げればいいだけだから、そうムキにならなくても……」


「いや、エムや。この依頼書の発行は三日前じゃ。妾たちが退治したのはずいぶん前じゃろ? そう考えると、イビルバグベアはもう一体存在すると考えるのが妥当じゃ」


 えっと。ずいぶん昔に絶滅した妖精が闇落ちして魔物になって現れること自体が珍しいのに、それが凶変化しちゃったなんて、そんな偶然、二回もあるのかな?

 この間私たちが倒したと思っていた個体が、実は生きていたとか?

 う~ん……。魔石を拾ったから、確実に仕留めたはずだよね?


「二体目がいるなんて信じられないよ。その確認も含めて、また私たちで倒しちゃおうか。もう倒し方も分かってるし」


「あらまあ、まさか倒し方があるのですか。それは困、いえ、驚きました」


「目撃情報が広範囲に渡っておるのぅ。これは捜索するのに時間がかかりそうじゃ」


 依頼書にはイビルバグベアの出現場所が特定されていなくて、「ベリポークの町周辺で神出鬼没」と書いてある。捜索だけでも数日かかりそう。


「エム。今日はもう遅いですし、明日は素材採取しないといけないのです。討伐に行くのは明後日にするのです」


「そうだね。捜索に時間をかけるよりも、先に素材を集めて、困っている人を治療するほうがいいね」


 このような流れで、明日妖精の国で素材を集めてから、明後日討伐を行うことにした。

 緊急依頼は受注形式ではなく、倒して魔石を持ち込めば完了となる形式のものだったので、受注の手続きはしていない。

 妖精の国から帰ってくるまでに誰かが倒してくれていれば、それはそれで平和になっていいと思う。

 冒険者ギルドから出ると。


「今時になって妖精が闇堕ちした魔物、バグベアが二体も出現するなんて、納得がいきません♪」


「そうじゃのう。妖精が絶滅したと言われておるのはおよそ四百年前じゃ。当時ならともかく、なぜ今なのじゃろうのう」


「それが凶変化しているのです。イビルバグベアなのです」


 魔物が凶変化すると、名前の頭に「イビル」がつく。

 凶変魔物は元の魔物と比べて、容姿、戦闘能力、戦闘技能が大きく変わっている。

 分かりやすいところだと、妖精のピオちゃんは手の平ぐらいの大きさなのに、先日倒したイビルバグベアは私の腕の長さくらいの大きさだった。見た目も黒い子グマに蝶のような羽をつけた感じになっていて、言われなければ元が妖精だったとは分からない。


「元は妖精なのに、倒すしかないのかな?」


「はい。残念ですが、魔物になった時点で救う手立てはありません。これ以上他者に危害を加えないよう、魔石に変えてあげるしかないのです」


 ピオちゃんは胸の内が苦しいようで、俯いてしまった。

 かけてあげられる言葉がみつからないまま宿屋に入り、おとなしく一晩を過ごした。

 ここは、以前みんなで捕まえた猫を引き取ってもらった宿だから、猫が怖いピオちゃんはいつも以上におとなしくしていたのかも。


「妖精の国へ、しゅっぱーつ♪」


 翌朝、いつもの元気に戻っているピオちゃんの号令で宿を出て、町も出る。

 さらに森を通過して薬草群生地へと向かう。そこにあるゲートを通って妖精の国に入る予定なんだよ。


「くんくん、臭うのです。魔物がいるのです。強い魔物の臭いなのです」


「おおう。ゴブリンぐらいしかおらぬ森じゃったから、探索魔法を発動しておらなんだわい」


 初めてゴブリンと戦ったときは、激戦だった。でもそれは昔の話。今では、ゴブリンが視界に入ってから武器を構えても簡単に倒すことができるようになっていて、全然警戒していなかった。

 レティちゃんが強そうな魔物の気配を察知したから、みんな心を入れ替え、武器を構えてゆっくりと進んで行く。

 森の切れ目から薬草の群生地が目に入ると。


「闇堕ちした妖精がいます♪」


「うむ、イビルバグベアじゃな」


「こんな所にいたんだね」


 この間遭遇した個体にそっくりな、黒い子グマに羽を生やした魔物が、薬草の上を飛んでいる。

 本当は明日、探し出して討伐する予定だったから、手間が省けたよ。


「ピオピオ、とっととやっちゃうのです」


 今の私たちは以前よりも成長している。だから、このまま正面から戦っても勝てるかもしれない。それでも、前回の戦いでは痛い目に遭ったので、楽をしたいのが本音だよ。

 ピオちゃんの魔法があれば、簡単に勝てるようになるんだから使わない手はない。


「もう少し近づかないと魔法が届きません♪」


 みんなで戦闘態勢をとったまま魔法の射程に入れようと接近する。

 五歩進んだところでイビルバグベアはこちらに気づき、羽をぱたぱたさせて着地するように薬草の上に降り、体を左右交互に振る歩みでこちらに向かってきた。その姿はぬいぐるみのよう。

 そのまま飛翔して移動すれば速いのに、どうして歩いているのかな?

 飛んでいる間は攻撃魔法が使えないとか、何らかの制約があるのかもしれない。

 とにかく、草花や地面に足をつけるのがこの魔物の戦闘態勢のよう。


「射程に入りました。行きますよ。マブシク・ニッコーリ♪」


 イビルバグベアがスティックを振って魔法を発動しようとしたその行動より早く、ピオちゃんがスティックを掲げて魔法を発動すると、イビルバグベアはまるで金縛りにあっているかのように動かなくなった。


「今じゃ。すべてを穿つ魔王の炎、メガ・フレイムランス」


「私もやるよ。プリムローズ・セイバー!」


 後ろから飛んでくるマオちゃんの炎の槍の着弾に合わせて、私は前に飛び出し、レイピアでZ字状に切りつける。

 動かないイビルバグベアには、これ以上ないくらいに深い切り込みが入った。


「あっけなかったのです」


 今回は労することなく、イビルバグベアは魔石に変わった。

 ピオちゃんのあの魔法は草花を元気にするだけでなく、呪いを解くような作用があって、闇堕ちした妖精が元となっている魔物が動けなくなる効果をもっている。


「やはりこやつは二体目のイビルバグベアだったようじゃの」


「そうだね、魔石になったから二体目だね」


 消滅して魔石になったのは、確実に討伐した証。前回も魔石になったんだから、やっぱりこれは二体目で間違いないよ。


「どうして二体も出現したのでしょうね♪」


「妾の頭では、理由が思いつかぬ。限りなくゼロに等しい偶然が重なったとしか考えられぬのう」


 私たちはとても珍しい魔物に二回も遭遇した。

 もう一生分の運を使い果たしちゃったのかもしれないね。

 魔王と戦う前に運が尽きちゃったらダメだよ。

 私たちにはもっと運がある、幸運に恵まれる、そう願い……、


「エム、どうするのですか? 依頼を達成したから行き先を変更するのですか?」


「うむ。魔石を届ければ緊急依頼達成にはなるの。ま、それは妖精の国で用事を済ませてからでよいのではないかの」


「そうだね。目の前にゲートがあるし、先に妖精の国に行こう」


 妖精の国へのゲートはすぐそこにある。

 せっかくここまで来ているんだから、このまま素材を集めに行こう。

 人に危害を加える魔物はもう倒したし、これ以上の被害者はでないはず。依頼の達成報告なんて遅れてもいいよね。


「それでは素材集めの旅に行きましょう。妖精変化ようせいへんげ♪」


 私たちは妖精の姿になって宙を舞い、木の枝の上に設置してあるゲートを通過した。

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