005話 妖精の国
私たちの冒険者パーティー「うさぎの夢」は新しい仲間を迎え、改めて魔物狩りに出ることにした。
朝早くに町を出て、西へと向かう。
「今日は先に薬草を摘みに行こうか?」
「なんじゃ? 戦う前から撤退の準備をするのかえ?」
「いや、私が見たいと言ったからだ。薬草の群生地なんて珍しいだろ? 早く見たかったんだ」
「戦い疲れてから屈むのは、嫌なのです。だから、朝がいいのです」
「お主ら。しっかり魔物を倒せば、宿代稼ぎに薬草摘みなどしなくてよいことを忘れておらぬか?」
仲間が四人になって、今まで泊まっていた部屋では手狭になったので、少々広い部屋に変更し、宿代も上がった。それで、宿代を割り勘にしたんだよね。
レティちゃんとマオちゃんは、今まで宿代を払ってなかったから、出費が増えて稼ぐことに躍起になっている。資金を管理するのは私だけどねー。
「あの林を越えると、草原が広がっていて、薬草がたっくさん生えているんだよ」
ミリアちゃんに目的地が近づいていることを教えてあげる。
そのまま谷間に差し掛かり、林を抜け、草原が目に入ると。
「うわっ、本当に凄えなあ。滅茶苦茶生えているぞ」
「薬草の他にも、色とりどりの花が並んでいて、綺麗だよね」
草原に駆け入り、それぞれ手分けして薬草を摘み始める。
ここって、薬草が群生しているんだよね。
薬草は逃げて行かないから、時々手を休めて綺麗な花に見入る。
「山盛りに摘んで、魔王の馬鹿を殴りに行くための資金を稼ぐのです」
その心意気大切に、だよ。レティちゃんは一文無しだったから稼がないといけないよね。
「レティシアよ、魔王は馬鹿ではないのじゃ。魔族を統べる立派な王じゃぞ」
「魔王は、隣国に侵入して盗みを働く大馬鹿者なのです」
そうなんだ?
魔王って本当に悪者なんだね!
「隣国に侵入して盗み? ひょっとして、水のことかえ? それには訳があるのじゃ。魔族の国は毒沼ばかりで水に乏しいことは知っておるじゃろ? それで魔王は民を思い、ドラゴンの領域にある山から湧き水を失敬する政策を採っていたにすぎないのじゃ」
「正式に断ったのです。それでも盗んでいったのです」
「湧き水くらい寄こせ、なのじゃ。竜王を筆頭に、本当にドラゴンどもは融通が利かぬ愚か者ばかりじゃからのぅ」
うーん……。生活に必要な水。少しだけなら分けてあげるのが正解のような気がするよ。
だとすると、魔王よりも竜王のほうが悪者だったりするのかな?
「ドラゴンは知勇兼備、才色兼備の優れた種族なのです。融通が利かないのは魔王の馬鹿のほうなのです」
「いや、ドラゴンのほうが頭の固い阿呆の集団じゃ。せっかく造った水路を踏み潰しおって」
「へー。お前らやけに詳しいな。まるで近くに行ったことがあるみたいだぞ」
「妾は魔王じゃからの」
「でたー。いつもの魔王ごっこだよ。魔法を発動するときとか、マオちゃん魔王になりきっているからね」
「人族の魔王なんて、いるわけがないのです。いたら、恥ずかしいニセ魔王なのです」
「うむむ……」
ごっこだとしても、魔王について詳しい仲間がいれば、戦うとき有利になるよね。
本当にいい仲間が揃ったと思うよ。
「そこの方、助けてください!」
突然、後方から女性の声が届けられた。
体をひねって顔を後ろに向けると。
「え? 妖精なの?」
「おおう、妖精じゃ。四百年前に絶滅したはずじゃが?」
手の平ほどの大きさの妖精が、後方から私の前に飛んで来て、私の顔もつられて前に向き直る。
「お願いです、助けてください! 私たちの国が存亡の危機にあります!」
妖精は空中で停止し、浮かんだまま両手を合わせて懇願している。この妖精は女の子だね。
「で、存亡の危機とは、いかなることなのじゃ? 金なら援助はできぬぞ」
私たちは毎日の宿代を稼ぐことで精一杯。とても誰かにお金を貸すことなんてできないよ。
「実は今、妖精の国で、魔導戦士が暴れています。止めようとした、多くの仲間が犠牲になりました。魔導戦士は大きく、妖精族の手には負えないのです」
「それは! 師匠の教えその2を実践する時が来たのです。常に勇敢で名誉を重んじる行動をすること、なのです!」
レティちゃんの師匠って、立派な考えを持っているんだね。
「名誉を得るために戦うのかの?」
「違うのです。弱き者を勇敢に守ることが重要なのです。それで名誉は自然に得られるのです。で、得られた名誉に恥じない行動をするためには、やっぱりどこかで弱き者を勇敢に守らないといけないのです」
「大勢の妖精が困っているんだろ? 理由なんてどうでもいいから、行けばいいじゃん」
「そうだよ、行こう」
「ありがとうございまーす。こちらです。ついてきてください♪」
妖精は後ろの林の中へと飛んで行った。
私たちはその後を追いかけて走る。
やがて妖精に追いつき、一本の木の前で、全員が止まった。
「ミ・エール。あれです。あそこから妖精の国に行けます」
妖精が呪文を唱えると、枝の上に地面に垂直な白い渦が出現した。
レティちゃんはそれを物珍しそうな顔で眺めている。
「なんですか、あれは? 渦を巻いているのです」
「あれはゲートです♪」
「次元世界間を繋ぐゲート……。先ほどの呪文は可視化のものじゃな? つまりゲートはもともとそこにあった。そのような物がこんな所にあるとは、初めて聞いたのじゃ」
「それはそうです。最近作りましたから……、って急いでください。行きますよ!」
「あそこから妖精の国に行くんだね? 私、登れるかなあ」
ゲートがあるのは一番下の枝の根元付近。それでも、ジャンプして届くような高さではないし、私にはあの高さまで登れる自信はないよ。
「それでは、皆さんを妖精に変えます。妖精変化♪」
「うはっ、小さくなったぞ!?」
「飛んでるよ、浮かんでるよ」
「このような術が存在するなど、見たことも聞いたこともないのじゃ」
妖精がスティックを振って魔法を発動すると、私たちは小さくなり、妖精の姿になった。背中には羽が生えていて、宙に浮いている。
「お花を踏んでもらっては困りますから。この姿で移動してもらいます♪」
「一番乗りなのです!」
羽を羽ばたかせ、レティちゃんが真っ先にゲートへと突入した。
レティちゃんは練習もしないでうまく飛んで行けた。でも、残る三名はこの場で少々羽ならし。
大まかに羽を使った動きを理解した時点で、続けてみんなもゲートに入って行く。
白いゲートを抜けた先では。
「うわあ、ここが妖精の国!?」
「綺麗なのです」
青い空、白い雲の下、見渡す限り色とりどりの花が咲き乱れる丘が連なっている。
草花、木の花。
風もないのに緩やかに揺れていて、それぞれが何かをささやき合っているようにも感じられる。
「あの丘の向こう側で、魔導戦士が暴れています。行きましょう♪」
花の絨毯の上を飛んで行く。
人の姿だとこんなことはできないから、とても貴重な体験だと思うよ。
丘の頂上まで行くと、その先が見えるようになった。
「これは酷いね」
「無惨じゃのぅ」
花は広範囲に渡って踏み潰され、花びらが散っている。
その中央では大きな木人形が暴れていた。
大きな、といっても今は妖精の姿だから凄く大きく見えるだけで、実際は人間よりちょっと大きいくらいかな。
「変化解除♪」
「わわっ!?」
変身が解けて人間の姿に戻っちゃった。
降り立ったのは、既に折れてたり切られたりして倒れている花が重なり積もっている場所。
あの木人形が踏み荒らしたに違いないね。
「あれをぶっ壊せばいいのですか、いいのですね、壊すのです! エムとマオリー、早く戦うのです」
「人型が相手だから、お主は盾役に徹するのかえ? ブレない奴よのう」
「私のデビュー戦だ! やるぞ、やるぞ!」
そうだった。これはミリアちゃんが加入して初めての戦闘になるんだった。
「レティちゃんの後ろに私とミリアちゃん。マオちゃんは最後尾で魔法を撃って!」
「おっし、いつでもいいぞ!」
私が指示を出すとすぐに隊列は整い、木人形の近くへと向かう。
「おふっ! 腕が飛んで来たのです」
飛来した木人形の拳がレティちゃんの盾に当たり、盾の表面を滑るようにして上昇し、本体のほうへと戻って行った。
「こちらもばっちり射程に入ったのじゃ。すべてを焼き尽くす魔王の炎、メガ・ファイ……」
「ダメー! 火は使ったらいけません。燃やしたら再起不能になっちゃいますー」
妖精がストップをかけ、マオちゃんは魔法の発動を中断した。
「妖精の国が存亡の危機にあるのじゃろう? なぜ再起不能にしたらいけないのじゃ?」
「そ、それはですね……」
妖精の目が泳いでいるよ?
「魔導戦士は、妖精の国で製作したクリーチャーだからです。順を追って説明すると……」
魔導戦士が暴走するに至った経緯は次の通りなんだって。
最初、ここに、ゲートを通って猫が入ってきた。
私たちが通ったのと同じゲートだね。
で、猫は妖精を見るなり獲物だと思い込み、妖精を狩り始めたんだって。
猫は狩りを止めることはなく、時間とともに妖精の犠牲者が増えていく。
「たくさん、たくさんの仲間が、猫パンチの餌食になりました」
猫を倒そうと、戦うことのできる妖精が集まり、挑んだ。
しかし、動くモノに多大な興味を示す猫に対して接近戦は惨敗し、遠距離戦でも、猫を魔法の射程に入れようと近づく者が次々に襲われて、それでも発動できた数発の魔法は当てるまでには至らなかった。
「妖精族にとっての猫は、人族にしてみれば巨大なドラゴンみたいな存在です。とても勝てそうにありません。ですので、このまま戦い続けても勝ち目はないと判断しました」
戦士でも手に負えず、被害者が増える一方となり、止むを得ず試作段階の魔導戦士を起動し、猫に向かわせることにした。
魔導戦士とは、木人形のことだね。
この場所で魔導戦士は猫と対峙し、思いきり戦った。暴れ回った。
暴れに暴れた結果、周辺の花は薙ぎ倒され、切り刻まれ、踏み潰され、それでも猫をどこかに追い払うことには成功した。
「しかーし。魔導戦士は暴走したままで、停止させることができなくなったのです♪」
魔導戦士を停止させようと近寄る妖精はことごとく殴られ、蹴られ、魔法で切り刻まれる。
誰も魔導戦士に近づくことができない。
このままでは、魔導戦士の暴走によって、この国中の花が荒らされてしまう。
「ならば、ますますもって、燃やしてもよいのではないのかの?」
「ですからー、魔導戦士は私たち妖精が技術の粋をもって作成したとても大事な物なのです。燃やすなんてとんでもありません♪」
「貴様ら、そろそろ戦列に戻るのです! いい加減盾で受け続けるのも疲れたのです」
「あっ、ごめんねー。で、魔導戦士を止めるにはどうしたらいいのかな?」
止めればいいんだよね、止めれば。
動かしたのなら、止める方法もあるはずだよね。
「それはですねー。とっぷしーくれっとなのですが……、うーん、仕方ありません。でも、どうしましょう。うーん……、ズバリ教えて差し上げましょう♪」
「もったいぶらずに、早く言え!」
妖精は宙に浮いたまま人差し指を立てて頭を横に振り、なかなか答えを言わないから、ミリアちゃんがハリセンをプルプル震わせている。
「実はですね、内緒なのですが、魔導戦士の頭の後ろ側に停止ボタンがあります。それを押すと動作を止めることができます♪」
「頭の後ろだね! みんな、やっちゃおう!」
「おっし、目標が決まれば、私の出番だ、って、うわっ!」
前に飛び出したミリアちゃん。足元から尖った根っこが突き上がり、それを紙一重で跳躍して右に躱した。
「上からも来るから、油断してはいけないのです」
レティちゃんが注意喚起すると、それを聞いていたかのように、頭上に大きなタネのような物体が降ってきた。
私はタネのような物体を鍋のフタで受け流し、包丁で割く。
「きゃっ」
タネの中から苦い汁が飛散し、両腕をクロスさせてそれを凌ぐ。
「我が盾で気を引きますから、その間に、貴様らは急いで回り込むのです」
レティちゃんが盾をグイグイ押し出すように動かしながら接近し、魔導戦士の注意を引くことに専念する。
その隙に私とミリアちゃんがそれぞれ左と右前方に駆け出し、魔導戦士の背後に行く。
「よっし、押し……、おわっ!?」
「いたたた……」
背後をとり、ミリアちゃんが魔導戦士の後頭部に向かって腕を伸ばした瞬間。
突然、魔導戦士の頭がくるりと回転してこちらに向き、その口が開いてクルミのような物体を何発も高速に射出した。
ミリアちゃんはバック転からの横跳びで躱し、私は体に数発当たってよろけている。
「ちょ、たんま! 腕まで後ろを向くのは反則だぞ」
さらに魔導戦士の腕が、生き物の関節だと無理な角度に回転して完全に背中側に来て、
「ぎゃ!」
右手だか左手だか分からなくなった拳が私目掛けて飛んで来た。
続けて、もう片手の先が輝き、そこから魔法が飛び出そうとしたところで。
「ギュイィィン……」
「動きが止まったぞ!?」
魔導戦士の動きが止まり、両腕がだらりと垂れ下がった。
「我が停止ボタンを押してやったのです。感謝するのです」
頭がこちらを向いたことで、後頭部はレティちゃんのいる側に向いていた。
それで、盾を構えて接近していたレティちゃんが、腕を伸ばして停止ボタンを押したみたい。
「背面に気を取られると、弱点を庇えなくなりますか……。これは、修正しないといけない案件です……」
妖精の女の子が小声で何か言っているよ?
もう魔導戦士を停止させたから私たちの役目は終わりで、この国は救われたんだよね?
遠巻きに見守っていた妖精たちが一斉に飛んで集まってくる。
「試作機の暴走が止まった!」
「おー、ピオピオは妖精の誇りじゃ」
「ピオピオっちが世界を救った!」
実際に動きを止めたレティちゃんの前には集まらず、その後ろのマオちゃんもスルーして、さらに後ろにいる、私たちを呼びに来た妖精を取り囲んで称えている。
あの子は、ピオピオって名前らしい。
時々、「あれは憐花の……」とか「まさかぁ」とか言ってこちらをチラ見する妖精もいるけれど、感謝の向け先は変わらない。
「終わったのです。帰るのです」
「帰ろうにも、歩いてゲートに行くと花を踏んでしまうからのぅ。あやつらの興奮が収まるまで待つしかなかろう」
停止している魔導戦士の向こう側から、レティちゃんとマオちゃんが歩いて私の隣に合流してきた。その途中、マオちゃんが魔導戦士にデコピンを入れた。それでも、コツンといい音がしただけで、魔導戦士が動くことはなかった。
「それにしても、なんで実際に戦った私たちではなく、あの妖精が称えられているんだ? まあ、私はほとんど活躍してないから大きな声では言えないけどさ」
「それはの。長い歴史を振り返れば自然と分かることじゃ」
マオちゃんが言うには、この妖精の国は私たちが住んでいる世界とは異なる世界だから今でも妖精が大勢住んでいて、それでもむかーし、私たちの世界でも妖精が暮らしていたんだって。
その数は少なく、とても珍しい存在だったそうな。
あるとき。そんな妖精を捕まえて見世物にする悪い商人が現れ、それを皮切りとして、世界中で妖精を捕まえて貴族や王族に高値で売りさばくことが流行となった。
妖精は綺麗な花が咲いている場所でしか生活できなくて、隠れる場所もなく、すぐに狩りつくされてしまったの。
「昔の人間は、とっても悪いことをしたのです」
「その結果、およそ四百年前に捕獲された妖精を最後に、妾たちの世界では妖精は絶滅したとされておるのじゃ。それでも当時、この世界に逃げ込んだ者がおったのじゃろうな」
「なるほどな。それで、人間は嫌われている、ということなのか」
「きちんと謝らないといけないね」
「お主が謝ったところで、なんの解決にもならぬがの」
マオちゃんと長話をしているうちに、妖精たちの興奮はだいぶ冷めたようで、ピオちゃんを取り囲んでいた妖精たちは、まるで私たちを恐れるかのように、遠くへと後ずさって行く。
「おまたせー。私はピオピオ。魔導戦士よりも強い皆さんを監視、いいえ観察するため、ついて行くことになりましたー。よろしくです♪」
「そうなんだー。ピオちゃんは今日から私たちの仲間になるんだね」
「うむ、ピオピオよ。お主は人族が怖くないのかえ? 妾たちは元の世界に戻るのじゃぞ?」
「ビンボーそうなので、ちょっと不安ですが、悪意はなさそうなので大丈夫です♪」
「正直な奴だな!」
それからみんなで自己紹介をして、ピオちゃんが簡単な補助魔法を使えることを知った。
元の世界に帰ろうと、みんなが妖精の姿に変身したところで。
「おーい、そこのでかいのー! おねげーだ。タスケテけれー、って、消えたべ?」