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048話 とんがり山 前編

 妾が目指す魔族の国ジャジャムは目前じゃ。しかし、ニーデンの町で壮年男性の足を治すと決めたがゆえに、妾たちはとんがり山へと赴いた。


「あの山に違いないよ」


「四角錐なのです」


 いくつか丘のような個所を縫うように進むと、前方に四角錐と呼ぶのが相応しいくらいの、不自然な形状の山が見えた。それがとんがり山じゃ。

 背後に大きな山々を控え、手前の平野部から山頂にかけて森林に覆われておる。


「単独で存在する小高い山という感じかの」


「お花が少なくて寂しいです♪」


 森林に入り、とんがり山を目指す。

 とんがり山の周辺には固有の魔物が多く存在すると聞いており、注意を払いながら進んで行く。地域固有の魔物は独特な戦い方をすることが多く、気が抜けないのじゃ。


「サーチ……。前方にフラフラフロート三体。固有種のようじゃの」


 とんがりフロート種?

 聞いたことのない種族の魔物じゃの。

 警戒するに越したことはないのじゃ。

 レティシアが盾を構え、接敵に備える。


「見えたのです」


 なんじゃあれは。

 空中に浮かぶクラゲのような存在じゃの。

 三体とも、透明な体で向こうが透けておる。


「先制攻撃するよ! プリムローズ・ブラスト!」


「うむ。凍てつく魔王の矢、メガ・アイシクルアロー」


「受け止めたのです!?」


 十分に距離のある状態でエムが放った闘気玉は、半球状の胴体が大きく開いて触手に抱え込まれる形で受け止められ、まるで吸収されておるかのように消えていく。

 スティックを構えて妾が撃ち出した氷の矢は、触手に吸着するように掴まれ、地面へと投げ捨てられた。


「わわ、大きくなったよ」


 闘気玉を吸収した個体は、やや大きく膨らみ触手も長くなった。

 残る二体が前に出て、触手をゆらゆら前に伸ばしながら水平になる。


「ぐががががが……」


「レティちゃん!?」


「雷撃じゃの」


 触手の先から飛び出したのは小さな雷。

 レティシアの盾を貫通し、体から地面へと抜けて行く。


「よくもレティちゃんを!」 


「エム、待つのじゃ! ……遅かったの」


「エムさーん♪ 返事がありません。痺れているようです♪」


 レイピアで上段から切り込んだエムは、その刃先があと指一本ほどでフラフラフロートに届こうとした瞬間に雷に包まれ、口から煙を吐いた。

 雷をまとう魔物。直接触れるのは危険じゃ。触れなくとも、触れそうになるほど近くに行くと雷にやられるのじゃ。


「立ち塞がる者すべてを薙ぎ払う魔王の刃、メガ・エアスラッシュ」


 妾の魔法なら、接触せずとも攻撃することができる。

 スティックを斜めに振り抜いて出現させた空気の刃は、手前の一体をあっけなく切り裂いた。

 刃で切りかかるような魔法は雷撃で反撃できると考えておるようで、避けることすらしなかったのじゃ。

 これは、うまく立ち回れば簡単に倒せそうじゃの。

 それでも、レティシアとエムの両者は雷撃による痺れがまだ続いておるようで動くことはできぬ。今すぐ魔物の意識を引きつけないと危ないのぅ。


「ピオピオや。魔物の動きを遅くしてくれるかの」


「はーい。ディレイの旋律、奏でますよ。今度はどんな副作用になりますか、楽しみです♪」


「副作用は、前と同じではないのかえ?」


「はい。魔物が異なりますから副作用も異なります♪」


 ピオピオが演奏を始めた。

 妾はエムとは反対側を通り、魔物の背後へと向かう。

 先ほど一体を仕留めた結果、魔物は妾の動きを注視しておる。

 妾を追うように魔物の向きがゆっくりと変わっていく。

 よし、魔物の動きは緩慢なのじゃ。

 ここで狙い撃てば……、むむむ、かゆい、背中がかゆいのじゃ。


「くー。背中がかゆくてたまらぬのじゃ」


 魔法を発動させるはずのスティックで背中をかく。

 おおう。せっかく魔物の背後をとったはずなのに、既に魔物はこちらを向いておる。


「なんという副作用じゃ。むぅ、我慢じゃ、ぬ、ぬぬ、ぬ~」


 早く発動せねば、大きくなった魔物の触手が妾に向かって伸ばされておる。

 とにかくかゆいのは我慢。我慢が肝要じゃ。


「うむむむぅ、メガ・エアスラッシュ! ……ぬお~、かゆいのう」


 詠唱を省いた弱めの刃で大きな一体を切り裂き、続けて背中をかく。

 この副作用はたまらぬのじゃ。


「ピオピオや。もう演奏を止めてくれぬか。かゆくてたまらぬ」


「はーい。面白いところ、見ることができました♪」


 ピオピオは楽しんでおるようじゃが、こちらは真剣なのじゃ。

 痺れから復帰したエムとレティシアは魔物の背後におるのじゃが、おびえて近づこうともしておらぬ。

 今の二人では打つ手がないゆえに、仕方がないことかもしれぬがの。


「さて、止めじゃ。立ち塞がる者を穿つ魔王の槍、メガ・エアランス!」


 空気の槍は最後の一体を貫いた。

 やはり、槍で攻めても刃と同様、避けようとはせなんだ。

 習性さえ理解しておれば、どうってことのない魔物じゃった。


「マオちゃん大活躍だよ」


「たまにはマオリーもいいところを見ることがあるのです」


「お主、もっと素直に褒めることはできぬのか」


 ただ、二人が身動きのとれぬ状態となり、非常に危険な戦いでもあった。反撃主体で積極的に攻めようとしない魔物じゃったから助かったのじゃ。

 エムとレティシアはポーションを飲んで回復に努め、魔石を拾ってから先に進む。

 フラフラフロートを倒してからは魔物に遭うことはなく、今は他愛もない話をしながら森の中を歩いておる。


「去年優勝したニーデンの町の人って、優勝そのものを祝っていたし、クロワセル杯には反対していなかったね」


「そうじゃの。クロワセル杯の良い面だけを享受しておるからの。町民の活気そのものが、クロワセル杯の影響じゃろうの」


 ニーデンでは、皆、良い顔をしておった。一部、いじめに遭う者がおったが、それはクロワセル杯とは無関係じゃった。女王繋がりではあるがの。


「でもですね、税が安くなっているのに、露店に並んでいる品は大して安くなかったのです」


「商品の値段のう。ニーデンでは、安くなっておったのかもしれぬが、店舗ごとの値段の差ぐらいにしか感じられなんだのじゃろうのぅ。それに対し、最下位の町ドベチではどの店も高かったのじゃが、レティシアは買い物に出ておらぬから知らぬかもしれぬのぅ」


 店舗ごとの値段のバラツキが大きいゆえに、ニーデンでは、はっきりと感じることができなかったのじゃ。値段は商品の質でも大きく変わるからの。

 それでも、最下位の町ドベチでは明らかに値段が上がっておった。


「あれれ? 商人の税って商業ギルドが決めるって、誰かが言ってなかったっけ? 領主様は変更できないんだよね?」


「うむ。商取引に関わる税の決定権は商業ギルドにあって、領主には変更の権限がないと聞いたの」


 大会期間中に領主から聞いた話では、領主が変更できる税は住民税であって、商取引に関わる税は商業ギルドが管轄しておって領主には変更の権限がないということじゃった。

 おそらくは店舗の規模で決まる税なのじゃろう。露店だと安く、大規模店舗では高い。それを月間や年間などの定額で支払う。そのような仕組みなのじゃろうな。

 そもそも、冒険者ギルドなり商業ギルドなどといった仕組みは人族固有の物じゃからの。魔族の国ジャジャムにはない仕組みじゃ。


「商取引に関わる税が変わらなくても、商品の値段は変わるのです。住民税は全住民が支払わないといけないのです。商人も支払わないといけないのです。ですから、住民税が上がると、商品の値段を上げないといけないのです」


「住民税の他にも、仕入れ値も上がっておるじゃろうからの」


 買い叩かれてはおるじゃろうが、農民も住民税が上がった分だけ高く売らねば釣り合わぬからの。よって仕入れ値が上がり、必然的に店先の商品の値段が上がるのじゃ。

 いずれにせよ、レティシアは領主の娘じゃったか。幼い頃から税の仕組みなど、教育されておったのじゃろうな。

 妾は魔王ゆえにいろいろ知識はあるが、魔族の国と人族の国とで仕組みが異なっておるから、正確なところは分からぬのじゃ。


「んん? 値段を上げたのなら、誰も損をしていないんじゃないの?」


「それが住民税の上昇分と一致するのなら、の。実際はそれよりも低い額にしないと商品自体が売れなくなるであろう? 住民の所持金は従来のままじゃからの」


「そうなんだー。結局誰かが損をしているんだね」


 誰かというより、おそらくは末端の者ほど割を食っておるじゃろうな。


「税とかメンドクサイのです。それに、食べ物を買う文化自体がいけないのです。食べたくなったら畑に行って食べればいいのです。ジューシーはうまそうだったのです……」


「うむ、自給自足じゃな。それはそれで一理あるの。もちろん、勝手に食べてもよいのは自分で栽培した物のみじゃぞ。それと、ジューシー族は食い物ではないのじゃ」


「ということは、女王様には、自給自足のお願いをすればいいんだね!」


「女王が自給自足しても、何も変わらぬがの。それに、町の民は畑仕事など……」


「魔物の匂いがするのです!」


 レティシアが前方の斜面を指差した。

 つい話に夢中になって、魔物探索を怠っておったわ。

 妾たちはとんがり山の斜面にちょうど足を踏み入れたところじゃった。


「あれじゃな。ロリポリボール、大きなダンゴムシじゃ」


 腰ぐらいの大きさのボールが、斜面を転がり下りてくる。

 切らしていた探索魔法を発動し、続けて魔物を凝視して識別の魔法を発動して詳細を確認すると、やはりこの山の固有種のようじゃった。


「斜面を転がって体当たりしてくるの!?」


「エム、我が受け止めるから切り裂くのです」


 この見た目じゃと、雷撃はしてこぬじゃろう。

 受け止めることができるのであれば、それが有効な手段じゃ。

 丸く転がるロリポリボールは木々を薙ぎ倒すわけでもなく、透過するように真っ直ぐに通り抜けてくる。

 接敵。

 ロリポリボールはレティシアの盾に阻まれ、その場で回転するだけになった。


「プリムローズ・スプラッシュ!」


 側面から、エムの花びらを舞わせる連続刺突が入る。

 以前より鋭さが増しておるようじゃの。

 無数に突かれたロリポリボールは、あっけなく魔石となった。

 レティシアの要求した切り裂きではなかったが、簡単に倒すことができたのじゃ。


「む。まだ安心するのは早いのじゃ。次の魔物が接近しておる」


 つい先ほど発動した探索魔法が持続しており、ここに魔物が迫っておることを探知した。

 連戦となるが、来るのは一体だけじゃ。大丈夫じゃろう。


「何、あの姿。気持ちわるーい」


「ぶよぶよな人形なのです」


「シリコンダディ。シリコンのゴーレムじゃ」


 斜面の木々の間から、接近してくる魔物の姿が見えた。

 妾たちよりやや高い背丈。

 乳白色の体は弾力があるようで、動くたびに足が撓んでおる。

 それと、名前のダディの由来なのか腹がたるんでおって、そちらも揺れておる。


「ゴーレムって、岩とかの硬い素材でできているのではないのですか?」


「あやつはゴーレムに相違ないのじゃ。ガラスの原料と同じ素材でできておるからの」


 レティシアはゴーレムが苦手なのかの?

 何か苦い物でも食べたかのように、口をへの字状にしておる。


「ガラスってあんなに弾まないよね?」


「うむ。ガラスの原料は、配合次第であのようにもなる、としか言えぬの」


 妾だって初見なのじゃ。凝視することで識別の魔法が自動発動し、詳細を知ることができただけじゃからの。


「来るよ!」


 向こうは山の斜面の高い位置におる。

 そこから両腕を伸ばして弾むように跳躍!


「イージス!」


 レティシアが盾技を発動し、盾の有効範囲を広げると、その透明な盾にシリコンダディの両拳が当たった。


「遠くから跳んできたのに、すごく弾かれて戻って行ったね」


 シリコンダディは盾に当たると伸ばした腕から順に圧縮されるように縮んでいき、足先まで縮んだら、よく弾むボールのように、元いた方向へ勢いよく弾かれて飛んで行った。


「また来るのです!」


 その途中、木の幹に当たり体全体がぐしゃりとなりおったが、そこで弾んでまたこちらに向かってきた。


「万物を裂く魔王の氷刃、メガ・アイススラッシュ」


 再びレティシアの盾に体当たりする前に、一撃喰らわせてやるのじゃ。

 ぬう! 妾がスティックを斜めに振り下げて発動した氷の刃は、シリコンダディに当たると砕けて消滅した。こやつ、水属性の耐性が高いようじゃ。

 かといって、森の中で火属性魔法を使うのは気が引けるのう。


「間抜けな奴なのです」


 シリコンダディは飛翔中にレティシアを殴ろうと、片腕をぐにゃりと湾曲させて盾を迂回するように伸ばしたのじゃが、それは広がっておる盾の透明な部分に阻まれて叶わなかった。


「プリムローズ・ブラスト!」


 エムが一歩前に出て放った闘気玉は、透明な盾にぶつかって潰れておる腕に当たり、その腕を消滅させることに成功した。

 片腕を失ったシリコンダディは、胴体が盾に当たると、また縮んで弾かれて遠くに飛んで行ったのじゃが、


「懲りずに跳ねて来るのです。貴様ら、どんどん攻撃しやがれ、なのです!」


 今度は枝に弾かれて上下に弾みながら迫って来るではないか。

 たるんだ腹によるボディプレスじゃな。


「言われるまでもないのじゃ。有象無象を押し潰す魔王の岩、メガ・ロックプレス」


 潰される前に妾が潰してやるのじゃ。

 見上げる高さで、左右に現れた岩盤がシリコンダディを挟み込む。

 潰したのか、縮んだだけなのか、怪しいところではあるがの。


「私が仕留めるよ、プリムローズ・セイバー!」


 岩盤が消え、落下してくるぺちゃんこなシリコンダディに、Z字状の切り込みが入った。

 レイピアはあの弾力で弾かれると思ったのじゃが、杞憂じゃった。

 シリコンダディは切り裂かれ、魔石へと変わった。


「この山は、変な魔物しかいないのです」


「そうよのう。独特な魔物ばかりじゃのう」

改訂歴:

誤:シュガートの町

正:ニーデンの町

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