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047話 北の町ニーデン

 魔族の国ジャジャムを目指し、妾たちは北上を続けておる。

 クロワセル杯では、犬芸披露で優勝したレティシアが夏季大会最優秀選手に選ばれ、女王に願い事を一つ叶えてもらえる権利を得たのじゃが、それは事前に相談しておった通り、先送りにしたのじゃ。

 実際にクロワセル杯に参加するまで、妾たちの願いは、つまらぬクロワセル杯を廃止にすることだったのじゃが、どうも、それは偏った考えの可能性があるらしいからの。


「見えてきたよ。あそこが総合一位の町、ニーデンだね」


 ちょうどこれから訪れる町が、昨年度の総合一位を獲得した領地の領都じゃ。そこで見聞を広め、女王への願いを決めるのじゃ。

 クロワセル杯を廃止するのか、順位に関わる税率を見直すのか。今のところ妾たちの腹案はその二つなのじゃが、さらに良い願いを思いつくやもしれぬしの。

 もっとも、妾はこのまま北上してジャジャム入りするがゆえ、女王に進言するのはレティシアとエムの仕事になるがの。


挿絵(By みてみん)


「活気は、新都セレーネには負けるのです」


 乗合馬車から降り、ニーデンの町の大通りを歩く。

 往来の人の数、露店の数は新都セレーネにはおよばない。それは当然のことであって、


「あちらは、クロワセル杯の夏季大会を開催しておる真っ只中だったじゃろ? つまり、祭り状態だったのじゃ。それと比べるのは酷じゃろうて」


「そうだよねー。会場にはめっちゃたくさんの観客がいたから、きっといろいろな町から見に来ていたんだよ」


 エムのほうに顔を向けると、その先の露店の品揃えが目に入った。

 お? あの露店で売っておるのはジャガイモじゃな。

 ジャジャムでは高級食材じゃ。土産として持ち帰ってやるかの。


「店主。それを一袋、買うのじゃ」


「まいどあり!」 


 その露店に寄り、ジャガイモを一袋買う。

 手持ちの金は、エムが一元管理しておる討伐報酬から、その一部を小遣いとして支給されるようになったものじゃ。

 それはミリアがいなくなってからの変更であって、エムはミリアに金をほとんど渡せなかったことを悔いておるようなのじゃ。

 さて、ジャガイモは魔法収納にしまうとするかのう。日光に当てさえしなければ日持ちするものじゃからのぅ。


「マオちゃん、ジャガイモなんて買っても野営では調理できないよ」


「これは野営では使わぬ。妾自身の土産物じゃ」


 野営時には煮込みに時間のかかる素材は使わぬのが冒険者の常識じゃ。

 それと、この三人では、まともに料理できる者がおらぬからのう。


「我にはどこにでもある物と同じに見えたのです。わざわざ土産にするような特別な物だったのですか?」


「鑑定しても、普通のジャガイモじゃぞ」


「レティちゃん。きっと、ジンジャー村に眠っているジャガイモ好きな家族に届けるんだよ……」


 そのように同情を誘うような顔をせんでもよかろうに。

 妾の心の内では、既にジンジャー村での悲劇は乗り越えておるのじゃ。

 話をしながら大通りを少々進んでおると、どこからともなく罵声のようなものが耳に届いた。


「今、男どもが何かを罵るような声がせなんだかの?」


「うん。何か聞こえたよね?」


「たぶんあっちなのです。気になるなら覗いてみるのですか?」


 レティシアの先導で、右手の小通りに入り、さらに左に曲がって裏通りに至る。

 そこは日当たりが悪くて夕暮れ時のように暗く、足元には杖が落ちておった。

 もう少し先を見ると、地面に尻をつけ建物に背を預ける壮年男性を囲むように、青年と思われる男が三人、立っておる。

 どうも、壮年男性をいびっておるようじゃの。

 壮年男性は片足がなく、立つことも逃げることもできぬ状態じゃ。


「君たち、何してるの? いじめは良くないよ」


 これが勇者ゆえの、自然の行動なのかの。

 妾はこの間の拉致事件のこともあって、男どもに声を出すことができなんだ。


「ああん? おい、ガキィ。俺たちにケチをつけんのか、ああ?」


「ガ、ガキって……、私……」


「ま、魔王たる妾は、弱い者をいびる者は、ゆ、許さないのじゃ」


「アーハッハッハ。なんだこいつら。超笑えるー」

「イーヒヒヒ。ガキども、びびってやがんの」

「ぷー。魔王だってよ。ぐふふふ。魔王ごっこかよ。ひゃはははは」


 男どもは額に手を当て、空を仰ぐように大笑い。

 ぐぬぅ。妾としては滑らかに言葉にしたつもりだったのじゃ。

 野蛮な男どもを目にすると、この間の拉致のときの恐怖心が甦り、体が勝手に硬直して言葉を途切れさせたのじゃ。当時は魔王の威厳を損ねぬよう、恐怖心を面に出さないように必死に取り繕っておったがの。

 とにかくじゃ。言葉で制止できぬのなら、実力行使あるのみ。魔王の力をもって制裁をしてや……、


「貴様ら、恥ずかしくないのですか。弱者を救うことこそ誇り。虐げて何になるのですか!」


 レティシアが割り込むように妾の前に立ち、大きな声で叫びおった。

 妾は何か大きなものに抱擁されておるような錯覚に抱まれた。

 レティシアの背中は、こんなにも大きかったかの?


「何言ってんだ、こいつ。働けねえ片足者は、この国では排除していいって決められているんだ。それさえ知らねえのか、おチビさんよ。ああん?」


「イーヒッヒッヒ。無知なお子様は黙っていやがれ」


「黙って見てな。ひゃーはっはっは」


 ガツッ!

 壮年男性を蹴り上げ、ツバを吐きかけた。


「やめろ、なのです! 貴様ら、我の忠告を無視するのですか。後悔しても遅いのです!」


「忠告ぅ? ああん? ひ、ひえー!」

「ど、どどどど、どしぇー!」

「あば、あばばば」


 レティシアが睨み、殺気を放つと、男どもは血相を変え、股間を濡らして走って逃げた。


「ふー。レティちゃん、ありがとう。私では止められなかったよ」


 エムにもやはりこの間の後遺症があるようじゃの。足が震えておる。

 それにしても、レティは大手柄じゃった。

 妾が魔法を放って大事になる前に解決できてよかったのじゃ。


「貴様、大丈夫なのですか? 立てるのですか?」


「これはお主の物じゃろ?」


「ああ、助けてくれて、ありがとう」


 杖を後方から拾ってきて渡すと、壮年男性は痛みを堪えながら壁にもたれかかるようにして立ち上がった。エムとレティシアがそれを手伝ったことは言うまでもない。


「おじさん、さっきの人たちに何かしたの?」


「何もしてないさ。俺はあいつらとは知り合いでもなんでもない。ただ、この町ではこのようなことはよくあることさ……」


「どういうことなのですか? 理解できないのです。詳しく教えるのです」


 レティシアが乞うと、壮年男性は徐に口を開いた。


「この国ではな、俺みたいに片足のない奴は存在する価値がないとみなされていて、やりたい放題さ。明確な物的証拠を提示できない限り、領主に訴えたところで何もしてくれやしない。だから、平然と先ほどのようなことが起こるのさ」


「それなら、このような暗い通りではなく、人通りの多い所におればよかろう。大勢の目があれば、物的証拠の代わりになるじゃろ?」


 誰も見ておらぬような場所におるから、悪さをされるのじゃ。

 もっと明るい通りに行けばよかろうに。


「もちろん、町には俺の味方をしてくれる奴もいる。でも、俺は息子に内緒にしていることがあって、大通りに行くことはできないのさ」


「内緒? それほど大事なことなのですか?」


「ああ。話せば長くなる。それでも聞きたいか?」


「うん。聞かせてよ」


 壮年男性は一度目線を空に送り、何かを思い出すように話しだした。

 こやつは二年前、東のベーグ帝国との国境付近における領主間の小競り合いに参加し、片足を失った。

 その際、運の悪いことに、こやつは傭兵だった。

 この国、この領地においては、正規兵の負傷であれば、その後の生活は手厚く保障される。

 しかし、傭兵には何の保障もない。

 よって、片足を失った今でも、自ら働いて金を稼ぐしかないのじゃ。

 さらに悪いことに、この国には、手足の不自由な者であっても健常者と同等の労働をしないといけない定めがある。

 実際は健常者と同じ仕事ができる者はまれで、例えば宿屋の食堂で皿洗いをするにしても、片手で杖を持っておるから同じ仕事はできぬ。

 片手でできる動きの少ない仕事か、あるいは座ってできる仕事。仕事は非常に限られてしまうのじゃ。

 だからといって、雇い主が気を利かせて特別に仕事を用意すると、その雇い主は罰せられることになる。

 その結果、適した仕事はほぼ存在せず、どこに行っても健常者と同じ仕事しか用意されておらぬのが実情じゃ。

 現在、こやつの働き先はない。それでも、息子にはそれを隠しておる。息子には日々暇を持て余すような格好の悪い姿を見せられないのじゃ。

 今日も仕事に行くと言って家を出た。

 裏路地におるのは、息子や知り合いに見つからないよう、身を隠すためなのじゃ。


「不自由な人と、不自由でない人を平等に扱っているように見えて、実はそれが不平等なんだね。どうしてこの国にはそんな酷い決まりがあるの? おかしいよ」


「女王陛下の政策さ」


「またクソ女王のせいなのですか。末端の民に無理を押し付けているのです」


 クロワセル杯では税率をもてあそび、ここでは手足の不自由な者をないがしろにしておる。

 やはり、この国の女王は腐っておるのう。


「俺にとっては悪いことかもしれないが、国全体で見れば、女王陛下の采配には目を見張るものがある。そもそも国民全員が満足する政策を打てる王族なんて、どの世界にもいやしない。誰かが割を食うのは仕方のないことなのさ」


 痛いところを突かれた気分になるのう。

 妾も魔王として長年政策に携わっておったが、全国民を余すことなく幸せにするというのは無理なこと。恥ずかしながら、やはりどこかで損をする者は存在しておったのも事実じゃ。


「おじさん、諦めたらダメだよ。きっと私たちがなんとかしてみせるよ」


「クソ女王のどこが目を見張るのですか? いいことなんて何もないのです」


「女王陛下が即位なされてから、この国は大きく変わった。ベーグ帝国と渡り合えるほどに兵は強くなり、まるでここが王都であるかのように民は裕福になった。民の娯楽も増えた。領主様が民のことを気にかけるようになり、町の発展が加速した。すべて、女王陛下による変革の賜物なのさ」


「もしや、クロワセル杯が、その変革の一つなのかえ?」


「ああ。クロワセル杯もそうだし、俺みたいのが排除されるのもそうだ。他に目立つものとしては、同性愛者も排除されているな」


「あ、この前の! ドベチの冒険者ギルドの女の人、あれ? 男の人だったかな? その人のことだね」


「女装した男じゃな。たしかに衛兵に捕まるとか言っておったのう」


 アゴが二つに割れておったが、心は乙女とか言っておったの。

 小指を噛むクセのある輩じゃった。


「排除して誰かが得をするのですか?」


「例えば片足の俺は、健常者よりも生産性が劣る。つまり、国にとっての荷物になっているだろ? また、同性愛者は子供を産まない。それは国民が増えないことを意味している」


「なるほど。すなわち女王は効率重視で国を発展させてきたということじゃな」


「効率重視? そんなの、認められないよ。このおじさんも、女装してた人も、みんな国民だよ。排除したらいけないよ」


 女王の国策における光と闇。

 効率を重んじるがゆえに生じる歪。


「ベーグ帝国における兵力の増強が、予断を許さない状態になっているから、効率を重視せざるを得ないのも、また事実なのさ」


「お主。これだけ酷い目に遭っておっても、まだ女王を擁護するのじゃな?」


「まだ足があった頃。俺は新都セレーネに行ったことがある。あそこは女王陛下がベーグ帝国と戦うために築いた町なのさ。詳しく言うと……」


 王都クレッセンは奥地にあって、守りに適している。

 しかし国境からは遠く、国境における有事への対応に日数がかかり過ぎる。

 それゆえに、女王は国境に睨みを利かせる地に新しく城を築いた。そこが新都セレーネじゃ。

 さらに、第一王女をカレア王国の王子と婚約させ、南の備えを盤石のものとした。

 なお、北の魔族の国については近年は動きはなく、監視するにとどめておる。

 それもそのはずじゃ。転生した妾が魔王城に帰還するまでの間、代理の者が国をまとめておる。そやつには攻勢に出るなと言い含めてあるからの。


「うーん。女王様のしてることって悪いことばかりじゃないんだね」


「クロワセル杯をなくしても、苦しむ民は救われないのです……」


「急激な変革は、どこかにしわ寄せがくるものじゃ。お主の言いたいことは理解した。お主は身を隠せればどこでもよいのじゃろ? お主の家から離れた場所で、もっと明るい通りで時間を潰せば安全じゃろうて」


 片足がないがゆえに、遠くまで歩きたくはないのじゃろうが、これ以上痛い目に遭いたくはなかろう?


「そうだね。おじさん、手伝うから移動しよう」


「場所を移すことは、承知した。だが、手伝いはダメだ。人通りの多い場所で誰かに見られると、あんたらが衛兵に連行されてしうまう」


「まじなのですか? 弱者の手助けが罪になるのですか。クソ女王はどこまで腐っているのですか」


 エムとレティシアが肩を貸そうとして断られたのじゃ。

 仕方なく、見守る形で少し離れた通りへと移動することにした。

 身を隠している手前、大通りは行けぬから、小通りを歩く。

 人通りは少なめじゃが、これだけの人の目があれば襲ってくる輩もおらぬじゃろう。


「ありがとう。家からこれくらい離れていれば大丈夫だ」


 明るい通りの一角で、壮年男性が休まりそうな場所を見つけ、歩くのを止めた。


「うん。おじさん、気をつけてね」


「達者にするのじゃぞ」


 壮年男性と別れ、少々歩いた所で。


「人族同士がいじめあう闇を、また見てしまいました……。エムさん、さっきの人、治してあげましょう♪」


 存在を察知されないよう、これまで黙っておったピオピオが、人気のないことを確認し、提案を投げかけた。

 治すじゃと? 今の妾は回復魔法を使えぬから無理じゃ。いや、魔王城に帰還しても失われた足を治すのは無理じゃ。どこかに足が落ちておれば、くっつけることはできるがの。それでもじゃ、この人族の体では魔力が弱まっておるゆえにそれさえも保証はできぬ。


「ん? もしかしてピオちゃん、治す魔法を使えるの?」


「少し違いますが、概ね合っています♪」


 ピオピオの説明によると、失われた足が生えてくるのではなく、新しく足を製作するのだとか。

 よく分からぬが、製作するには素材が必要で、その在り処を尋ねに妾たちは冒険者ギルドに行くことになった。


「高級丸太ねえ……。近くだと、北西のとんがり山に棲息するカッシートレントが時々落とすわ。でも、カッシートレントは硬くて頑丈な樹皮に覆われているから倒すのは大変よ」


 冒険者ギルドの受付で、素材の高級丸太をドロップする魔物を教えてもらい、妾たちは北西のとんがり山に行くことに決めたのじゃ。

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