045話 クロワセル杯夏季大会 前編
今日からクロワセル杯の夏季大会が始まる。
私たちは助っ人として大会に出場することになっていて、今、麗花披露出場に向けて、領主様の屋敷に集まった。
「勇者様の仲間の方、おはようながやちゃ。さあて。どの花にすりゃあいいがかねえ」
「あれ? 全部持って行くんじゃないの?」
ガラス張りの部屋に入り、そこに並べられている鉢を見比べているおばさん。フロリカ村から運んできた鉢は六つあって、私はそれらすべてを大会に出品するものだと思っていた。
「出品制限は、二株までながやちゃ」
そういえば、フロリカ村で村長がそんなことを言っていたのを思い出した。
「二株なら鉢二個でもよいということじゃな。適当に選べばよかろうて」
「ピ……、エムが選べばいいのです」
「そうだね、私が選ぶよ」
妖精のピオちゃんなら、確実にいい物を選んでくれる。
他の人からは見えないピオちゃんと目を合わせてから答えた。
「どれにしようかな~」
私は近くの花から順番に見定めるようなフリをし、実はピオちゃんが花の前で指差していて、どれにするかはもう既に決まっている。
このようにして出品する花を二株、決めた。
赤紫とオレンジ色の物、ピンクと赤の物。どちらもとても綺麗。
「ほほぅ。それで行きますか。では諸君、馬車に乗りたまえ」
領主様が手配してくれた馬車に乗り、二台の馬車で会場へと向かう。
さすがに領主様の乗る馬車に同乗することはなかった。
会場は、町の西部。高台の上ではなく、平地にある。
「立派な建物じゃのう」
クロワセル杯の会場は、外から見ると丸く囲った石造りの建物。
その関係者専用入り口前で馬車を降り、領主様と連れ立って内部へと入る。
「エム、優勝するのです」
「ほどほどにするのじゃぞ」
「どっちなの!」
「もちろん、優勝していただかないと困ります。その美しい花には、それだけの魅力があります。昨年の麗花披露は十位、年間総合では最下位でしたから、今年こそは良い夢を見させてもらいたいものです。はっはっは」
領主様の目が怖い。
私は係の者に控室へと案内され、他のみんなは領主様に割り当てられている専用の観覧席に行く。
馬車の中で詳細を聞くまでは、レティちゃんとマオちゃんも一緒に出場するものだと思っていたよ。
出場できる選手は一人だけなんだって。そうだよねー。だから「代わりに出場」って依頼されたんだよねー。「一緒に出場」じゃなかったからね。
「ローラン領の方、出番です」
控室でしばらく待っていると、私が舞台に上がる順番がやって来た。
鉢を載せたワゴンを押し、暗い通路を進むと、前方に眩しい日の光が見え、人々のざわつく声が聞こえてきた。
遠くに見える、石でできた正方形の舞台はとても広く、その右半分には机が二十ぐらい並んでいて、先に出場した選手が出品した花が飾られている。
「ローラン領代表、エム選手の入場です」
「わわっ!?」
完全に通路から出ると名前が呼ばれ、舞台の上に大きく、ワゴンを押す私の姿が映し出された。
それと同時に大きな歓声が上がる。
「き、緊張してきたよ」
右手で胸元のペンダントを握り締め、深呼吸。
少し、落ち着けたかも。
歩きながら周囲を見渡すと、巨大な会場は舞台を囲むように階段状に観客席が設けられていて、見渡す限り観客で一杯になっている。
舞台の左半分には、高そうなソファーに座る、おそらく女王様を中心とした審査員が何人も並んでいる。
傾斜を上り、さらに舞台上を歩き、舞台の中央に辿り着くと、それらの視線が一斉に私に向く。
「ローラン領代表のエムだよ……、あっ、エムです」
「よいよい。大会参加中は普段通り話せ。そうしないと公平な審査ができぬからな」
つい、女王様にタメ口で話し、あやうく罪に問われるところだった。
ふー。助かったよ。普段通りの話し方でいいって女王様が言うからそのようにするね。
よく考えたら、私、領主様にもタメ口で話していたよ。そちらでも咎められることはなかったから、同じような理由で許容されているのかもしれないね。
領主様の屋敷は選手の宿泊先にもなっているし、ガチガチになってたら大会どころじゃなくなっちゃうからね。
「嗚呼、なんて綺麗な……」
「ですな」
綺麗……? 私のこと?
女王様の熱い視線が私に……、は向いていなくて、その前の花に注がれていた!
だよねー。
女王様はソファーから立ち上がり、こちらに近づいてくる。
その後ろをぞろぞろと、高そうな服を着た審査員のおじさん、おばさんがついてきている。
白いシーツを敷いてあるワゴンは、それ自体が審査台。もう審査が始まっている。
頭上の絵も、私ではなく花を映している。
「ガートレアと呼ぶのがもったいない出来だな」
「女王陛下、鑑定の結果がでました。勇者ガートレア、超S級です」
審査員の一人が鑑定の魔法で花を鑑定していた。
そっか、マオちゃんも鑑定できるから、先にマオちゃんに見てもらっておけばよかった。
頭上の絵に超S級と追加で表示されると、場内は一瞬どよめき、それから大きな歓声へと変わった。
超S級って、何?
それに勇者ガートレアって、どういうこと?
「余がその方に問う。まずは、この色の花を選んだ理由を述べよ。ガートレアにはいろいろ種類があろう?」
「えっとね、大会期間中に大きく花開く物を畑の中から選んで、さらにその中から、形の良い物を選び抜いた結果だよ」
女王様の質問タイムが始まった。
あらかじめ、質問される内容についての答えをおばさんから聞いていたから、正直に答えた。
「大きく開いた花弁、それにこの艶と輝き。これを育てるのには大層苦労したことであろう。何かと掛け合わせたものなのか、それとも、何か特別な肥料を与えたのか?」
「掛け合わせ? してないよ。肥料もいつも通りだよ。特別な肥料なんて使ってないよ」
これも、おばさんが用意した答え。
例年、職人に答えられないような難しいことは尋ねられないらしい。
「おーほほほほ。余に嘘を言うことは罪になるぞ? よいか、いつも通りでこの出来栄えになるのであれば、国中が美麗な花で満たされるはず。さあ、正直に答えよ」
嘘なんか言ってないって。
出品用だから手塩にかけて育てたとは聞いているよ。でも、肥料はいつも通りだったって。
いつもとの違いは、巨大アヒルに踏まれて瀕死になり、それをピオちゃんが治癒したことぐらい。
「特別な肥料は使っていないけど、この花のために踊ってあげたんだよ」
「はぁ? 踊った?」
女王様の凛とした顔が崩れた。
事情を知らない人が聞いたらそうなるよね。
「ピオちゃん、行ける?」
「いつでも行けますよ♪」
小声で確認し、右腕を上げる。
「マブシク、ニッコーリ♪」
ワゴンの前で踊ると、その上に載っているガートレアの茎がニョキニョキ伸び、その垂れる部分に次々とつぼみが生まれ、花が咲いた。
「な、なんと! ……ごほん。素晴らしい。とても素晴らしい。先ほどまで四輪の花だったが、踊るだけで、八輪にまで増えたではないか! これは魔法なのか? いや、このような魔法が存在するとは聞いたこともない。エルフでもできるはずがない」
女王様は一瞬変なポーズで驚きを表し、すぐに体裁を整えて早口に話した。
会場中が、驚きと感嘆の入り混じった声であふれかえっている。
「エム殿は、女王陛下に立派な花を披露するために、真心込めて独自に魔法を開発されたのでしょうなあ」
「魔法なら踊る必要はなかろう。いや、踊ることでその熱意が花に伝わるのか……」
「その熱意、忠誠心やよし」
なんか、審査員のみんなが勝手に魔法だってことで結論づけているよ。
もちろん魔法で、しかも妖精にしかできない魔法だよ。
「そうか、魔法か。これは国の役に立つ……。褒美は存分に用意するゆえ、その方、余に仕えよ。余の専属庭師、いや、専属植物魔法士に任命してやろう」
えええ~!?
女王様専属の庭師って、物凄く地位の高い職業だよね?
この間会った、カレア王国の王城の筆頭庭師よりもきっと上の待遇だよ。
少々顔に迷いをにじませていると、どこからか強い視線を感じ、そちらを見る。
「マ、マオちゃん!」
高い位置にある領主様の観覧席、その中で腕を組んで見下ろすマオちゃんの姿が目に入った。
なぜか鋭い目をし、魔物と全力で戦うような気迫が感じられる。闘気が体からあふれ出ているよ。
「そ、そうだよね……。ごめんなさい。私は勇者だから、魔王を討伐しに行かないといけないの。だから、ここに留まることはできないよ」
会場内が「おおー!」とか「勇者様!?」の声に包まれる。「アルテル様の他にも勇者様が!?」などのアルテルちゃん推しの叫び声も混ざっている。
「ほおぅ、その方勇者か。どこぞの小娘も勇者とか言われておったな。勇者が魔法をかけると勇者ガートレアになる、か。まあ、よかろう。その方が魔王を討伐した暁には、改めて専属植物魔法士に任命してやろうではないか」
ワゴンの上に、女王様と審査員によって金貨が積まれていく。
詰まれたお金は、審査員それぞれが認めた価値で、その合計が得点になる。
既に審査済みの他の選手の花の前には銀貨しか載せられていなかったから、金貨が載せられるたびに観客からどよめきが起きている。
「ローラン領、エム選手の記録は、金貨百三十三枚と銀貨十二枚。合計千三百四十二点。大会新記録更新です」
「うおおおー!」
「大会新記録だ!」
「サイコー!」
「素晴らしいわ!」
得点が読み上げられると、会場内は耳が痛くなるくらいの歓声と拍手に包まれた。
これで私の出番は終わりとなり、私は係の人に連れられて舞台を下り、そのすぐ近くにある席へと案内された。
「ふー、終わった、終わったあ」
席に着いてから不思議なことに気がついた。
舞台の上に映し出されている絵って、どこにいても私の真正面の方向にあるように見えるんだね。入場するとき、審査中、そして舞台の下の今。私がどこにいても舞台の上、真正面を向いている。
これって、他の観客席から見ても真正面に見えるのかな?
きっと、高価な魔道具を使っているんだろうね。
「綺麗な花。でも、何かが物足りないよ」
次の選手が持ち込んだ花を見てそう感じた。
私が代わりとなった花職人のおばさんは、腕利きの職人だったんだね。
元がいい物に、さらにピオちゃんが魔法で仕上げちゃったから、とんでもない一品に育ったんだよ。
今さらながらおばさんの凄さを実感し、その名誉を傷つけることなく大役を果たせて安心した。
私はやり切った。花職人のおばさんの代わりを立派に務めたよ!
「あ。でも、おばさんの花、去年は十位だったんだ。他にも凄腕の職人がいるんだね。私はおばさんの代わりなんだから、他の選手の花をじっくり目に焼き付けておかないといけないよね」
競技が終わるまで、代役は終わらない。
私は目を見開き、以降に登場する花をじっくり観察することにした。




