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044話 新都セレーネ

 あれからもいくつか初心者向けの異次元迷宮に通い、路銀を稼いだ私たちは、ピオちゃんの転移でクロワセル王国に戻り、数日間乗合馬車に揺られて新都セレーネにやって来た。

 町の中央が高台になっていて、そこに石造りの大きな城が建っているのが見える。

 町並みに目をやると、ここは比較的新しい町で、どの建物もまるで新築のように輝いている。


挿絵(By みてみん)


「わあ。お祭りをやっているのかな? 多くの人であふれているよ」


 町の中は活気に満ち溢れていて、とても広い大通りには飾りつけがあちこちにみられ、多くの人が行き交っている。露店の数も多い。


「あの横断幕を見るのじゃ。クロワセル杯争奪戦と書いてあるのじゃ」


 クロワセル杯争奪戦、夏季大会。

 この国の各領地が指定競技で競い合い、年間の総合順位で、翌年の税区分が決まる大会。

 私たちは、この大会で最下位になった領地の町や村を訪れ、住民の疲弊した姿を目の当たりにしてきた。


「くだらない大会は、この都ごとぶっ潰すのです! 我のブレスで灰塵に……」


「都ごとって、とても衛兵の集団には敵わないよ」


 この町は人が多いだけでなく、衛兵の見回りも多い。


「この都には女王の居城があるゆえ、衛兵はおろか、正規兵も大挙して押し寄せることになるのじゃ。レティシアよ。つまらぬ諍いを起こしてはならぬぞ」


 私たちがこの町に来た目的は、女王様に一言苦言を入れること。

 それで説得に失敗しても、暴徒になってはいけないよね。

 しばらく大通りを進み、高台にある城の区画に向かっている途中で。


「おお! あんたら、この間の勇者様の仲間の方ではないがけ?」


 知らないおばさんが声をかけてきた。

 この間の勇者様って、アルテルちゃんのことだよね?


「あ、ウチはフロリカ村であんたらのお世話になった、畑の主ぃね」


 きょとんとしていたら、自己紹介が始まった。

 巨大なアヒルに荒らされた畑の耕作主だったんだね。


「うむ。当時は、酷い目に遭ってさぞ落胆したことじゃろう」


「いえいえいえ! 酷いどころか、とんでもねえことになっとるんやわぁ」


 とんでもないこと? 何かやらかしちゃった? やば。

 折れた花を元通りにしたつもりだったけど、失敗してたのかな?

 私たちはすぐにあの場を去ったから、あれから畑がどうなったのかは知らない。


「ちょっと寄って、見ていってくれんけ?」


 おばさんに引っ張られるように、近くの屋敷の庭に連れて行かれる。

 ここってどう見ても貴族様の屋敷だよね?

 勝手に入ってもいいのかな?

 手入れの行き届いた庭を通り過ぎ、屋敷の日当たりの良い側面に設けられた、ガラス張りの小部屋に入る。


「ほら、これや。これこれ」


 六つ並べられている鉢。そこに咲いているのは立派な花。

 赤紫とオレンジ色の物、ピンクと赤の物。黄色とオレンジ色の物。

 どの花もキラキラ輝いているような感じがする。

 草丈は手の平縦に二つ分ぐらい。それぞれ花を四つずつ垂れるように咲かせている。

 この出来栄えなら、踏みつけられた花の復活には失敗はしてなさそう。じゃあ、何がとんでもないことなんだろう?


「見事なガートレアです。花びらが六枚あるように見えて、実は上側左右に開いた大きな二枚と、中央下側のラッパのような形の一枚の合わせて三枚だけが花びらで、真上と下側左右の三枚はガクなんですよ♪」


 私の肩の辺りで浮かんでいるピオちゃんが説明をしてくれた。

 ラッパのような立体的な形状の花びらは、色も他とは違っていて、それが鮮やかさを際立せているよ。


「ん? あんたら、ガートレアに詳しいがやねぇ」


「独り言だよ。詳しくなんてないから気にしないで」


 ピオちゃんの声に感心したかのように振り向いたおばさんの顔がこちらに向いた。もちろんピオちゃんの姿は認識できていない。


「綺麗に咲いておるだけで、とんでもないことにはなっておらぬではないか」


「あんたぁ、このとんでもねーのが、わからんがけ?」


「元気すぎるガートレアです♪」


 ピオちゃんが花の近くに行って、それからすぐに戻って答えた。

 え? 元気すぎるの?

 鉢から出て散歩しちゃうとか?


「そうながやちゃ。大きく見栄えよく、を通り越してなぁ、生き生きと輝きまで放っとるがやって」


「綺麗ならいいと思うよ」


 よかった。綺麗すぎるだけなんだね。ピオちゃんの行き過ぎた魔法で化け物になっていなくて。

 大会に出品するんだから、綺麗に越したことはないよね。


「よくねえがやって。これはウチの力で栽培したがと違う。ウチは花職人や。嘘はつけんがや。ウチが出品したらアカン。だから、これを出品するのは、本当にこの花を育てたあんたらじゃないとアカンがや」


 困ったね。

 よく分からない理屈だよ。職人の矜持ってやつなのかな?

 マオちゃん、レティちゃんの顔を順に見る。


「我らが出品するとは、我らが大会に参加するということなのですか?」


「そうながや。ぜひ頼むがやちゃ」


「私たちはちょうど女王様に会いに行こうと思っていたんだよ。その口実になるなら受けてもいいかな」


 女王様に苦言を伝えて機嫌を損ねると、投獄では済まなくなるってアルテルちゃんが言っていた。

 ただ苦情だけを言いに行くのは止めるようにとも言っていたし、大会に参加すれば女王様と顔を合わせることになるだろうから、そのときについでに苦情を言えばいいよね?

 綺麗な花に見惚れている間に伝えれば、機嫌が悪くなることもないよ。


「エムや、待つのじゃ。この大会は領地対抗の意味があるじゃろ? 流れ者の我らが参加してもよいのじゃろうか?」


「もちろん、参加には制限があります」


 驚いた。

 後ろから突然男の人の声が聞こえた。


「領主様。こちらが、この花を育てた、真の職人ながやちゃ」


「はい、話は聞いていましたよ」


 領主様!?

 体の向きを変え、一礼する。


「ああ、畏まる必要はありません。自然に。ぜひ自然にしていてください」


 慌てるようにヒラヒラと手振りながら私たち三人に順に腕を向けた領主様。


「それで制限とは、領地外からの助っ人に関する大会規定になります」


 そのまま話を聞き続けると、制限とは次のようなことだった。

 領民以外の助っ人は、季節ごとの各大会に一人だけ起用できる。

 助っ人は、他領地の同一の競技に参加できない。つまり、掛け持ちできない。

 採点の際、領民には無条件で基礎点数が加算される。しかし、助っ人には基礎点数が加算されない。


「基礎点数が加算されないのなら、代わりに出場すると損にならない?」


「いえいえ。作品の説明を上手にしないと、そちらでの加算が望めませんから、基礎点数どころではありません」


 あ。領主様に対して敬語を使うのを忘れてた。でも大丈夫みたい。

 女王様と話すときには気をつけよう。そのときは、できるだけレティちゃんに任せて黙っていようか。


「手塩にかけて育てた花は、鑑定すれば産地や職人名まで分かるからの。下手なことは言えぬの」


「はい。それに、女王様は、花の気持ちを汲み取ることができます。ですから、ぜひ、あなた方に出場をお任せしたいのです」


 ピオちゃんが小声で「参加しましょう♪」と言ったので、その意思も踏まえて、出場要請を受けちゃった。

 大会日時と集合場所を確認し、私たちは領主様の屋敷の敷地から出た。


「今日は城に行く予定がなくなったのです。ふっふっふ、この町には宿屋がたくさんあるのです。今から宿屋を決めに行くのです!」


 城のある高台の途中にある貴族区画。

 私たちは坂を下り、商店や共同住宅などが並ぶ平民区画へと向かう。


「あらあらあら。お嬢ちゃんたちは、この間の。まあ。おまえたち、礼儀正しいねえ」


 横道から、ぬっと姿を現したのは、八匹のワンコとおばあちゃん。


「おばあちゃん、おひさ。こんな所で会うなんて、奇遇だね」


「元気そうで何よりじゃ」


 ワンコの都ソルの町のおばあちゃん。

 初めて会ったときは倒れていて心配したよね。今は元気みたい。

 ワンコたちは、なぜかレティちゃんの前で二列に整列し、おすわりしている。

 その頭を順に撫でているおばあちゃん。


「ババア。こんな所まで犬の散歩なのですか?」


「あらまあ、いやだわぁ。今、犬の散歩をしているけど、ばあやはクロワセル杯に参加しに来たのよ。散歩するために来たのじゃないからねえ」


「おばあちゃんもクロワセル杯に参加するの? もしかして犬芸披露?」


「そうそう。犬芸披露やねえ。ばあやの退院の日、お嬢ちゃんたちが病院の前で犬芸を披露してくれたでしょ。あれを見ていた通行人から領主様に話が行ったみたいでねえ」


 あれはおばあちゃん退院祝いの芸だったのに、退院したばかりのおばあちゃんをクロワセル杯に巻き込んでしまうなんて、とんでもないことになっちゃったね。


「ちょうどよかった。お嬢ちゃんたち、ばあやの代わりに犬芸披露に出てもらえないかねえ」


 へ?

 ついさっきも、同じような依頼を受けたような気が……。


「犬に芸をさせるだけじゃろ? 代わりたいなら領民の者を選ぶがよかろうて」


 そうだよね。領民以外だと基礎点数が加算されないって話だったよね。


「ほら、この子たちをよーく見てもらえないかい? どう? 理解してもらえたかねえ? きっとお嬢ちゃんたちのほうが、この子たちの魅力を存分に引き出せるさねえ」


 この子たち?

 おすわりしているワンコたちのほうに目を向ける。

 全員、純真な目でレティちゃんを見つめているよ!

 これは、ワンコの総意だね。


「レティちゃん、出てあげようよ。ワンコたちがそれを望んでいるよ」


「助っ人は、別競技なら領地を跨いで出場してもいいのかえ? 妾たちは、既に麗花披露の助っ人になることが決まっておるのじゃ」


 言われてみれば、たしかにそうだよね。

 さっきのドベチの町の領主様と、ワンコの都ソルの町の領主様は別領地の別人。クロワセル杯は領地対抗戦なんだし、私たちはドベチの町の領主様に加担することが決まっている。


「ありがとね。そもそも助っ人なんだから領地に縛られることはないからねえ。それに競技が違うから、掛け持ちしても大丈夫さね。もちろん、どの競技も女王様がご覧になられるから、開催時間が重なることはないからねえ。さあ、領主様に話しに行こうさねえ」


 この後、ソルの町の領主様の屋敷に赴き、レティちゃんが実際に犬芸を仕切って見せることで、おばあちゃんの助っ人案は快く承認された。

 決め手は、おばあちゃんが仕切るよりも、ワンコたちが緊張感をもってキビキビ動いているように見えたこと。

 ワンコたちの真剣さが違う。短い間だったのに餌付けしたからかな?

 それなら、私もエサやりをしていたから私の指示にも真剣に従いそうだよね。しかし実際はワンコたちの意識はレティちゃんだけに向いていて、私に対しては上の空。なんでだろうねー。


「私たちがクロワセル杯に参加することになるなんて、思ってもなかったよね」


 平民区画に下りて宿屋を探しながら、クロワセル杯のことを想像する。


「ピオピオが張り切り過ぎた花と、レティシアが余計なことを仕込んだ犬なのじゃ。妾はとんだとばっちりじゃ」


「私が手掛けたお花は、ピッカピカに育ちました♪」


「クソ女王をギャフンと言わせてやるのです」


「ギャフンはダメだって! 会場でワンコを仕向けたらダメだからね!」


 レティちゃんならやりかねない。

 あれ? むしろ女王様の頬を一斉に舐めさせて機嫌を取るほうがいいのかな?

 でもでもでも、潔癖症だったら逆効果になるよね。やっぱりダメだよ。


「それと、ここでクソ発言はダメなのじゃ。衛兵がいくらでもおるからの。詰め所で夜を過ごしたくはなかろう?」


「牢獄はうんざりなのです」


 脱獄犯だったレティちゃん。もし捕まっても、また脱獄しちゃうのかな?

 ……そんなことしたら、私たち魔王を倒しに行くどころか、魔族の国に亡命することになっちゃうよ。

 今後、レティちゃんの言動は厳しくチェックしないとだね。

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