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040話 異次元迷宮、ガラクタ世界 中編

 隠し部屋から出た私たちは、再び尖った山に向かって進んでいる。

 いろいろ障害物があって真っ直ぐには進めていない。それでも概ね順調だよ。


「そろそろ、確認するとするかの。サーチ……」


 隠し部屋から出て以降、初めての発動。

 ある程度の範囲をカバーでき、まあまあの持続時間があるから、ほぼ一定間隔で発動している。


「ここからではよく見えぬが、右の方向、そちらは谷のようになって大地が途切れておる。一言で言うと崖じゃの。その下に魔物が五体、潜んでおるのじゃ」


 半透明な岩が転がっていたり、ピンク色の木々があったりして、ここからではこの先の地形はよく見えない。


「崖の下なら、放っておいても大丈夫なのです」


「無視して進むのは、ちと危険かもしれぬの。二体はウッドバードで、空を飛ぶ魔物なのじゃ。通り過ぎてから、後ろから襲ってくるやもしれぬじゃろ?」


 魔物はまだこちらに気づいていない。それでも、もしも私たちのことに気づいたら、崖の下から飛び上がってくるかもしれない。


「それなら、我らのほうから接近して、そいつだけを誘いだしてやればいいのです」


「いいね! そうしようか」


 こんな流れで、私たちは崖に向かうことになった。

 いくつか岩が邪魔をしていて真っ直ぐに行くことはできない。しかしそれほど遠くはない。

 岩を避け、白い草を踏み分けて進むと、すぐに崖の先端が見えた。

 崖の下から魔物が飛び上がってこないかと、身構えながら先端へと向かう。


「あれ? 魔物どうしで戦っているように見えない?」


 崖の先端まで行き、恐る恐る下を覗き込むと、崖下ではピンク色の樹木を小さくしたような鳥形の魔物二体と、水晶でできたうさぎ形の魔物二体が、扉の形をした魔物に、くちばしで突いたり体当たりしたりしている。


「うむ。ウッドバードとクリスタルラビットが、CDをいじめておるようじゃの」


 鳥のような魔物がウッドバードで、うさぎみたいなのがクリスタルラビットに違いない。残りの……、


「扉の魔物がCDなの?」


「きしむ扉と言うほうが分かりやすいかの」


「また、テキトーな名前のガラクタなのですか」


「ここはガラクタ世界ですから、きっと他にもたくさんいますよ♪」


「彫刻をしてある、高そうな扉だよ? まだ使えそうなのに、誰が捨てたんだろうね」


「貴族屋敷を中古で買って、紋章付き扉が不要だった者か、あるいは、きしむ音が嫌いな王侯貴族じゃろうな」


 扉を捨てるなんて、お金持ちの考えることはよく分からないね。

 魔物は全部で五体。それが仲間割れしていて、きしむ扉に残りの四体が攻撃をしている状態。

 まずは当初の目的通り、ウッドバードだけをおびき寄せよう。


「レティちゃん。ウッドバードを挑発してみて」


「承知したのです。そこの鳥、掛かってきやがれなのです!」


 レティちゃんは、さっき入手した盾をバシバシ叩き、ウッドバードを指差した。これは技名を声に出さなくても発動する、標的を固定する盾技。

 ウッドバード二体の視線がレティちゃんに向き、大きく羽ばたいて飛び上がり……。


 ギギギーッ。


 きしむ扉が大きな音を立てたせいで、ウッドバードの標的固定が解けてしまった。

 ウッドバードはきしむ扉に向かって急降下。


「これなら、相手にしないで通り過ぎても大丈夫そうじゃない?」


「ダメですよ。聞こえませんか? 助けを求める声が♪」


 キィー、ギギギィ。

『誰かぁ、助けてくれダス~』


 結構前にピオちゃんが唱えた魔法がまだ効いているようで、耳を傾けることで、きしむ扉の声がなんとなく聞こえた。


「また魔物を助けるのですか? ピオピオは物好きなのです」


「マオさんなら、直せますよね?」


「今度も妾かえ? きしみ音ぐらいなら、道具さえあれば誰でも簡単に直せるじゃろ?」


 片眉を上げて答えたマオちゃん。乗り気ではなさそう。


「はい、決まりです。皆さん、崖の下へ向かいましょう♪」


 それでもピオちゃんは行く気満々。

 魔物のようで魔物じゃない、きしむ扉。

 魔物にいじめられているから助けてあげようか。

 私たちは、ここに魔物を倒しに来たんだから。


「向こうまで行けば、下りられそうだね」


「道具があるとは、言っておらぬのじゃが……」


 崖の延長線、やや遠くまで行けば崖の高さはどんどん低くなり、私の身長ぐらいの、下りられる高さになっている。

 みんなでそこまで移動し、崖の斜面を滑り下りる。

 そして下り立った者から順に武器を構える。


「いいですか? 行くのです」


 みんなが揃ったのを確認し、魔物の群れに向かって駆けだす。

 しばらく走り、まだ剣が届かない、魔物との間合いが広い位置で、


「あのウッドバードは挑発が解除されたばかりじゃから、まだ挑発は効かぬのじゃろ?」


「そうなのです。もうしばらく待たないといけないのです。今ならクリスタルラビットしか挑発できないのです」


 挑発って、一度解除されるとその魔物に対してしばらく効果がなくなるみたい。


「それならば一旦ここで停止じゃ。エムや、これからウッドバードを呼び寄せるゆえ、心して戦うのじゃぞ」


 走るのを止め、ここで武器を構え直す。


「え? 呼び寄せるの? それなら短期勝負しないとだね。ピオちゃん、力がみなぎる曲、お願い!」


「はーい。パワーアップの旋律、奏でまーす♪」


 ピオちゃんの演奏が始まると、マオちゃんが「すべてを穿つ魔王の炎、メガ・フレイムランス!」と炎の槍を撃ち出した。

 炎の槍は真っ直ぐに飛んで行き、途中でそれに気づいたウッドバードが回避動作をしたため、その羽を掠めるにとどまった。


「もう少しだったのに!」


 それでも、ウッドバード二体の意識を完全にこちらに向けさせることには成功している。

 ウッドバード二体がくちばしを尖らせ、急速飛来!


「ボボッ、ビーボ!」


 このままだと私の上を通り過ぎる。ウッドバードが狙っているのはやっぱりマオちゃん。


「届いて!」


 腕を伸ばし上げると、私の頭上を通り過ぎようとした一体がレイピアに激突して魔石に変わった。意外と弱い魔物だったのかも。


「立ち塞がる者すべてを薙ぎ払う魔王の刃、メガ・エアスラッシュなのじゃ!」


 もう一体はマオちゃんの正面で斜めに切り裂かれ、魔石となった。


「貴様ら、まだ気を抜くな、なのです。イージス!」


 レティちゃんの足元を狙ってクリスタルラビットが牙を剝く。それをレティちゃんは盾技で盾の有効範囲を広げて弾き返した。

 ウッドバードに気を取られている間に、クリスタルラビットが接近していたんだね。


「うん、今から攻撃するよ」


 一歩前に踏み出して右膝を折り、左足を後ろに伸ばしてレイピアを低く水平に振る。

 あ! 跳んで避けられたよ!

 レイピアの上を舞うクリスタルラビットは、空中に浮かんでいる状態で右手から砂粒のような物を大量に吹きかけてきた。


「甘いのです。我の盾を通過できると思ったのですか」


 砂粒は広がっている透明な盾に当たってすべてが消えていく。盾の位置が私の前になるよう、レティちゃんが一歩前進してくれたみたい。


「二体まとめて屠るのじゃ。存在する者すべてを巻き込む魔王の渦、メガ・トルネード!」


 レティちゃんの前に大きな竜巻が現れ、クリスタルラビット二体を浮かび上がらせて巻き込んだ。

 高速な渦の流れはクリスタルラビットの体を分解していき、足、耳、腕が千切れ、胴体がねじれて割れたところで魔石になって地面に落ちた。

 マオちゃん大活躍。マオちゃんって、戦うごとに強くなっているような気がするよ。


「なんとか無事に倒せたね」


 ギ、ギギ、キー、バタン。

『ふぅー。助かったダス』


「マオリーさん、出番です。ほら、あの草の種を集めると、きっと役に立ちますよ♪」


「結局妾なのかえ……。なになに、あの草のぅ」


 演奏を停止し、ピオちゃんが草原に飛んで行った。

 そして白い草の中でも、親指ぐらいの実をつけている物の傍を舞う。


「実を集めても、すり潰す道具も、ろ過する布も持ち合わせておらぬのじゃ」


 実を手に取り、顔の高さに上げてよく観察し、それからいくつかを集めたマオちゃん。その手の平の近くまでピオちゃんが飛んで行き、


「ミカラビン、アブラビン♪」


 呪文を唱えると、実が集まってビンのような形に変わった。

 その中には、実から絞り出したような油が溜まっている。


「おおぅ。これなら、きしみ音が改善するかもしれぬの」


『直してくれるダス?』


 近くの草の葉を一枚千切り取ると、マオちゃんはきしむ扉の前に行って、葉に油をつけてハケのように扱い、上下の蝶番に油を塗り始めた。


「どうじゃ? 直ったかえ?」


 キィー……、キュー、バタン。


 きしむ扉が、ゆっくり扉を開け、次に速く閉めた。


「うーむ。改善はしたようじゃが、建て付けがよくないようじゃの。少々荒療治になるが、我慢するのじゃぞ。レティシアよ、これから分解修理するゆえ、扉が倒れないよう支えてくれぬかの」


 レティちゃんが扉を抱えるように持つと、マオちゃんは蝶番部分のピンを抜いて石で叩いたり、削ったり。葉っぱで綺麗にしたらピンを挿して油を塗布。それからレティちゃんごと扉を動かし、音と動きを確認する。

 これを三回繰り返すことで、きしみ音がしなくなった。


『音が、音がしなくなったダス! ワイ、ご主人様に愛される扉になれるダス! ほんに、ありがとダス!』


「うむ。立派な扉として精進するのじゃぞ」


 きしむ扉は、きしまない扉になり、パカパカ扉を開閉しながら消えていく。


「マオリーは扉職人だったのですか?」


「昔は物資の乏しい生活をしておったから、なんでも直すのが当たりま……、いや、話せば長くなるゆえ、昔話は省略するのじゃ」


 そして、きしまなくなった扉が消えた場所に現れた黄色い円環。


「おおぅ、隠し部屋へのゲートが現れたのじゃ」


「また隠し部屋なのですか?」


「隠し部屋の中に、また宝箱があるのかな」


「円環の先に進みましょう♪」


 円環に触れると、そこは半透明な岩でできた狭い洞窟の中。

 足元には宝箱がある。


「罠はないようじゃの」


「開けるのです」


 最初に円環に触れたレティちゃんが宝箱に近く、そのまま腰を落として宝箱を開いた。


「紙切れとスティックが入っているのです」


「これはまた可愛らしいスティックじゃのぅ……」


「もちろんそれは、マオちゃんのだよ」


「威厳が、妾の威厳がさらにとんでもないことになりそうじゃ」


 宝箱の中からスティックを掴み上げるマオちゃん。

 困惑したように眉毛を寄せている。


「最初からマオさんに威厳なんて、これっぽっちもありませんよ♪」


「うぬぅ……」


 先端には月と星々のような形の宝石があり、以前の物よりも装飾が増えているスティック。

 赤い蝶結びのリボンがとっても可愛くて、マオちゃんにお似合いだと思うよ?


「この紙切れって何か絵が描いてあるよね? 宝の地図だったりするのかな?」


「きっとそうに違いありません♪」


 紙切れには、木や山、川などの絵が描いてあり、その上に道順のように矢印が描かれている。そして矢印の終端にはバツ印がある。

 これはきっと宝物の場所を示す地図なんだよ。


「む? まだ何かあるのです。……この小さいのは、何なのですか?」


 レティちゃんが、宝箱の中にまだ何か残っていることに気づき、それを摘まみ上げる。

 指先で摘まんだ小さな物体。小さすぎてよく見えない。


「そ、それは私の、私専用の宝物です!」


 ピオちゃんがレティちゃんの指先に飛びついた。

 マオちゃんの鑑定によると、どうやら登録した者以外から姿を隠すことのできる、認識阻害の魔道具のようだった。小さすぎるから、ピオちゃんしか使えない。腕輪の形をしていて、ピオちゃんが早速嵌めた。


「およ? ピオピオが消えたのです。って、我を早く登録するのです!」


 ピオちゃんは、登録しないと見えないことを実証してから、魔道具に三人を登録した。

 今まではある程度離れている人の目にはピオちゃんの姿が映らなかった。今後、この便利な魔道具があれば接近されてもピオちゃんの姿が見えなくなる。

 もう、ピオちゃんはポケットに隠れていなくても大丈夫なんだね。


「宝物を全部手に入れたのなら、もうここに用はないよね。先に進もう」


 黄色い円環に触れて隠し部屋から出ると、私たちは尖った山を目指して進みだした。

 宝の地図を片手に、歩きながら風景を眺めてみる。

 地図と合致する地形は見当たらないね。もっと遠くなのか、それか第二階層以降の地図なんだろうね。


「サーチ……。第二階層へのゲートが近いのじゃ」


「そっかあ。この辺に宝はなさそうだし、先に第二階層に行ってみようか」


 私たちは路銀を稼ぐために異次元迷宮に入っているのだから、このまま第一階層で宝の地図と合致する地形を探し続けてもよかったんだけど、第二階層へのゲートが見つかったから、まずはそちらに行くことにした。

 マオちゃんの導きで平原を進んで行く。

 道中、クリスタルラビット三体に襲われてそれを倒したところで、前方に緑色の円環が目に入った。


「あれが第二階層へのゲートかな?」


「うむ。ここ第一階層よりも魔物が強力になるゆえ、心して進むのじゃぞ」


 私たちは緑色の円環に触れ、第二階層へと進んだ。

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