039話 異次元迷宮、ガラクタ世界 前編
聖クリム神国北部にあるダウ・ダウの町。
今、私たちがいるのは冒険者ギルドの受付の前。
「お前ら、また来たのか? しばらく見なかったから、どこかに行ったと思ってたのにさ」
受付の小柄な女の子が、以前のようにぶっきらぼうな態度で応対してくれている。
「クロワセル王国に行ってたからね」
「そんなことはどうでもいいのです。手軽に稼ぐことのできる異次元迷宮はどれか教えやがれなのです」
「おめーなあ。それが人に物を尋ねる態度……。いや、はい、こちらになります!」
レティちゃんの視線が強まると、受付の女の子はすぐに地図を取り出して、いくつかの異次元迷宮の場所を教えてくれた。
「いろいろあって迷うのう」
この町の近くには異次元迷宮が数多くあるって本当の話だったんだね。
「お前ら、三人だけで挑むんだろ? 魔物を探知する魔法、サーチを使える奴はいるのか?」
「サーチなら妾が使えるのじゃ」
「そうか。なら、ここ、ガラクタ世界に行きゃあいいだろ」
受付の子は、地図の一点を指差した。
それは、ここからそう遠くはない場所。
「ガラクタ世界とは、ダサイ名前なのです」
「てめえ、また喧嘩売ってんのか? ……いえ、はい、さーせんでした。異次元迷宮はな、最初から名前がついているものと、名無しのものがあるんだ。で、ガラクタ世界は、この冒険者ギルドが名付けた異次元迷宮なのさ」
「へー、そうなんだ。異次元迷宮ガラクタ世界。明日、そこに行ってみるよ」
私たちの目的地が決まった。
明日早朝に町を出る予定だよ。
★ ★ ★
「あそこが教えてもらった場所だよね」
林を抜けた先に見える山肌。その下端に、クマが住んでいそうな小さな洞窟がある。
とても狭そうで、異次元迷宮の入り口には見えない。でも、その近くに看板が立ててあるから、冒険者ギルド公認の異次元迷宮に間違いないよ。
「狭そうじゃのう。這って入るしかなさそうじゃ」
「皆さん、早く入ってください♪」
洞窟の前まで行って地面に手をつき、四つん這いで中へと入る。
中からクマが出てきたりしないよね?
「この異次元迷宮を発見したのは、きっと冒険者ではなくてクマだったのです」
そんな狭い洞窟を進むと、いきなり視界が明るくなり、天井がなくなった。
「不思議な場所だねー。洞窟でも迷路でもないよ」
洞窟の先では青と緑が混ざりあった色の空が広がっていて、白い草原の所々にピンク色の木々や水晶のような岩が見えている。
広い、とても広い空間。洞窟や迷路ではない、広大な大地。
どこを見ても、何を見ても、色も形も、ここは完全に別世界だよ。
「フィールド型の異次元迷宮じゃな。ここでは、どこかに存在する第二階層へのゲートを探して進むことになるじゃろう」
ここが第一階層で、ゲートに触れて進む先が第二階層というらしい。
第二階層のことを下層ということもあるんだとか。
「受付でサーチを使えるか尋ねられた理由が理解できたのです」
「ここだと、いつ、どこから魔物が向かって来るか分からないからだよね?」
前も後ろも、右も左も、広く開けた大地。
所々に存在する障害物を利用しても、壁に沿って歩くような安心感は得られそうにない。
「もちろんそうじゃろうが、妾ほどになると、探索魔法サーチで第二階層へのゲートも探すことができるのじゃ」
「自慢げに言うな、なのです」
洞窟や迷路状の異次元迷宮だと、探索魔法ではちょっと先までしか把握できない。しかし、ここではそれなりに遠くまで察知できるみたい。
「早速、調べてみてよ」
「うむ。言われるまでもないのじゃ。サーチ……。左手の方向から魔物が二体、接近してきておるのじゃ」
「うそ? どこ、どこ?」
「今、我にも気配を察知できたのです。あの岩の向こう側にいるのです」
透き通るような岩の向こう側に魔物が?
完全に透明なわけではなくて、空の色を映し込んでいたりするから、向こう側にいれば見えないよ。それに、岩自体が遠くにあるから、目を凝らしても気づけないよね。
「魔物はBPじゃ」
「びーぴぃ? 何それ?」
「魔物の名前なのじゃが、それではよく分からぬゆえ、見た目の特徴で呼ぶことにするのじゃ。魔物は割れた皿じゃ」
岩の陰から姿を現し、割れた皿の集合体が浮かんでこちらに向かってくる。集合体は二つあって、それぞれが魔物一体の扱いになっているんだって。
「ガラクタなのです……」
「うふふ。名称が略称のようになっているのは、魔物自体には割れて廃棄された自覚がないからです。それで正式名称を拒否しているのです♪」
私はいつも木皿を使っているから、皿を割ったことなんてないよ。貴族様の屋敷とか、高級宿では陶器の皿を使っているから、割れることもあるんだね。
「魔物なのに魔物の自覚がないのですか? 意味不明なのです」
「識別魔法チェックの結果によると、魔物のようで魔物ではなく、死霊系のようで死霊系ではない存在のようじゃの。以前、持ち主に愛されていた家具の意識体、と言えばよいのかのぅ」
「し、死霊じゃ、ないん、だよ、ね?」
「エム、怖がるな、なのです。来るのです!」
ささっと聖水を取り出してひと振り。
あれれ? まったく効果がないよ?
「死霊系ではないと言っておろうに。当然、聖水は効かぬのじゃ」
「で、でもさ、壊れた家具の意識体なんだよね? ゆーれいみたいな物なんだよね?」
「それはですね。できたての皿に対して、誰かが綺麗な皿だと意識し続けたから、意識体が芽生えたのです。幽霊とは根本的に違いますよ♪」
死霊系魔物を怖がるピオちゃんが平然としているから、やっぱり大丈夫なんだね。
「むむ、攻撃してこないのです」
魔物は自ら接近してきたのに、レティちゃんの前まで来てゆらゆら浮かんでいるだけ。
「先制攻撃で粉砕してやるのじゃ。有象無象を押し潰す魔王の岩、メガ・ロックプレ……」
「待ってください! カイワ・セイリーツ♪」
出現した岩の壁で魔物二体を左右から挟み込む間際で魔法は止まり、壁は消え去った。
『ご主人様、ご主人様はどちらにいらっしゃいますかー? 私はここにいますー』
『私の居場所、大きな棚は、どちらに?』
わわっ。今のは魔物の声?
ピオちゃんが魔法を唱えたら、魔物の声が聞こえるようになったよ。
なんとなく、ただ何かを探しているだけのように聞こえるし、そのように見える。
「戦う意思がなさそうだよ?」
「迷い皿なのです」
「ふー。困ったのう。倒さねば金にはならぬのじゃ。でものぅ。後味が悪そうじゃのぅ」
頬にスティックを当てて考え込むマオちゃん。
「マオさん。あなたは割れた皿を修復できるのではないですか?」
「なんじゃ突飛に。できることはできるのじゃが、接合剤を持ち合わせておらぬから今は無理じゃ」
割れて完全に分離しちゃっているのに、直せるんだ?
「捨てずに直すのですか。マオリーは貧乏クサイのです」
貴族様は買い替えればいいもんねー。
でも、直せないからやっぱり私も捨てちゃうかも。
「昔は木皿など使っておらなんだからのぅ。それに資源が乏しく、割れたら直すしかなかったのじゃ……」
「近くの木で、接合剤を採取できそうですよ♪」
マオちゃんが小さな声でブツブツ言っている間に、ピオちゃんが左後方にあるピンク色の木の傍に飛んで行った。
「そう都合よく固まる樹液が……。おおう、これは! 使える、使えるのじゃ」
マオちゃんは鑑定の魔法を自動発動したようで、樹液の成分を鑑定したみたい。鑑定の魔法は、唱えなくても、意識して見つめるだけで発動するんだよ。
「でものぅ、乾いたら紫色になるのも品がないのぅ。そうじゃ、エムや。金貨を一枚出すのじゃ」
「金貨? はい」
魔法収納から金貨を一枚取り出し、マオちゃんに渡した。
マオちゃんはそれを左手の平にのせ、すぐに「有象無象を粉砕する魔王の鉄槌、メガ・クラッシュ」と魔法を唱えた。
ああっ、金貨が金色の粉に変わっちゃったよ!
なんてことをするの!
金貨を粉にするのなら、パーティー資金じゃなくってマオちゃん個人の金貨を使ってほしかったよ。一枚ぐらいなら持っているはずだから。
「ちょ。マオちゃん、お金を無駄にしたらダメだよ」
「まあ、見ておれ。そこのBPや。こっちに来るのじゃ」
マオちゃんは、金色の粉を右手で取り出したハンカチに包み、それから手招きをすると、言葉が通じたのか、魔物二体はマオちゃんの隣に移動した。
「お主ら、今から直してやるから、じっとしておるのじゃぞ」
『直してくれるの?』
『わーい、わーい』
マオちゃんは、ピンク色の木の樹皮に草刈り鎌で深めの傷を入れた。
すると、その傷から白っぽい粘り気のある樹液が滴り出る。それを千切った木の葉に塗りつけた。
「これと……、うむ、そいつならピッタリ合うかのぅ」
マオちゃんは浮かんでいる割れた皿から、それぞれが本体と破片だと思われる物を選んで抜き出し、割れ目に木の葉を滑らせて樹液を塗った。
すぐにそれぞれを接合して皿の形にし、今度はその接合部分からはみだしている樹液の上に金色の粉を振りかけていく。
「ふむ、マオリーにしては、粋な計らいなのです」
「この、はみだした樹液は乾くと紫色になるからのぅ。金色の方が見栄えが良かろう?」
『わーい、わーい』
割れた皿の集合体は、小さく跳躍した。
「昔鍛えた腕がなるのぅ……」
割れた皿って、本当に直すことができるんだね。ジンジャー村の技術なのかな?
マオちゃんは次々と割れた皿を直していく。
それに伴って、割れた皿の集合体は、修復された皿の集合体となっていく。
大体、十枚くらいを直したところで。
『ご主人様のもとへ……』
『私の、居場所……』
「魔物が消えたのです」
突然眩しく輝いたかと思ったら、修復された皿の集合体はどんどん透明になっていき、そして消えてしまった。
「意識体でしたから、本来の居場所に帰ったのでしょう♪」
「魔石にならなかったよ……」
魔石を残さず、消えてしまった魔物。
これだと収支は金貨一枚の赤字。
「さて、先に進むとするかの」
マオちゃん、今、誤魔化したよね?
やり遂げた感を顔に出し、遠くを見つめた。
「それで、レティシアよ。どの方向に行くと第二階層へのゲートがあると思うかの?」
「さっきの探索魔法で見つけられなかったのですか。仕方ないのです。我はあっちにあると思うのです」
最初の探索魔法では魔物を発見し、ゲートは見つけられなかった。
この周辺にゲートはないってことになるから、どこかに移動して再び探すことになる。でもここは広大な空間だから闇雲に移動すると時間の無駄になっちゃう。
それでレティちゃんの勘を頼ったんだね。レティちゃんの勘は結構当たるからね。
「あの尖った山を目指して、しゅっぱーつ!」
レティちゃんが指差した方向には尖った山が見えている。
私たちはそれに向かって歩きだした。
草原の所々にやや濁りのある水晶のような岩が落ちていて、それを避けるように曲がりくねって行く。
「行き止まりじゃの」
いくつかの岩の間を通ると、その先を塞ぐように、大きな岩が立ち塞がっていた。
迂回するには左右に広く、登って越えるには少々急斜面。
「戻ろうか」
「この岩、邪魔なのです。シールドチャージ!」
レティちゃんは盾を前方に構え、ドカッと突撃した。
そんなことをすると、怪我するよ……。
ええ!? 大きな岩にヒビが入り、どんどんそれが進展していく!
「わわっ、黄色い円環が現れたよ!?」
遂に大きな岩が砕け散ると、そこには黄色い円環が現れた。
これまでの異次元迷宮で見てきた物と形がそっくりで、色違い。
異次元迷宮の外に出る物なのかな?
「これは隠し部屋に通じるゲートのようじゃの」
「そうなんだー」
いつものことだけど、マオちゃんって本当に物知りだよね。
ジンジャー村の近くにも異次元迷宮があったのかな? それとも、元冒険者のおじいちゃんとかがいて、若いころの武勇伝とかを聞かされて育ったのかな?
「早く行きましょう♪」
「ピオピオは何を期待しているのですか?」
ピオちゃんを先頭に、みんなが黄色い円環に触れる。
転送された先は、半透明な岩で囲まれた狭い空間。
「宝箱があるよ?」
「うむ。あれは目先の箱じゃの」
「目先の箱? それは何なのですか?」
マオちゃんが言うには、この間、小人の国の異次元迷宮にあった宝箱、あれが目先の箱だったんだって。
その名前の通り、手にしたパーティーが目先に必要になる物が入っている不思議な宝箱。確実に役に立つ物が入っている。
欠点は、近い将来を意識し過ぎていて、特出して高価な物は入っていないこと。銅の剣を持っていたら鉄の剣が入っているみたいな。
「それでしたら、新しい楽器が入っているに違いありませんよ♪」
「ピオピオの演奏は今でも十分に間に合っておろうに」
「鍵がかかってなさそうだし、開けちゃうよ?」
ミリアちゃんがいなくなったから、鍵を開ける人も罠を解除する人もいない。だから私が、罠のリスクを負いながら率先して開けることにした。
誰からも異論は上がらず、宝箱の前で片膝をついてフタを開ける。
「大きい盾……、ちょっと重いよ」
最初、盾のミニチュアが入っているように見えた。
それを取り出そうと片手で持ち上げたら、どんどん大きく重くなっていった。
途中からは両手で掴み上げている。長さも長いので、立ち上がった。
「うむ。ミドルランク・タワーシールドじゃの。そこそこの防御性能の鉄の大盾じゃ」
「なかなかの出来栄えの盾なのです」
「ちょ、のんきに鑑定してないで、持ってよ。これ、レティちゃんしか使わないからさあ」
重たい盾をレティちゃんに引き取ってもらい、腕と足が解放感と疲労感の混ざった状態になる。
「どうじゃ、使えそうかの?」
「バッチリ使えるのです。防御力も上がっているのです」
役に立つ品を手に入れ、私たちは黄色い円環に触れて隠し部屋から出た。
元いた場所に戻っただけだね。
塞がっていた岩を壊したから、引き返すこともなく、再び尖った山に向かって進む。




