037話 エムが攫われたのです 後編
さっきから、我をつけ回している者がいます。
我の気配察知を甘く見る下衆なのです。
今のところ、距離を取っているから問題はありません。
早く宿を探すのです。
「この宿で決まりなのです」
第一候補と、それが満室だった際の第二候補を決め、中央広場へと向かいます。
むむ、まだ追ってくるのです。
全部で三人のようです。
あえて奴らの動きやすい場所に行って、どんな奴か確かめてやるのです。
途中で小通りに入ると、距離を一気に縮めてきたことが確認できました。
「貴様! 我をつけ回して、何を企んでいるのですか!」
振り向きざまに、急接近してきた者の手を掴んで地面にねじ伏せてやりました。
他の二人はどこかに逃げて行きましたが、一人を捕まえたから、これに凝りてもう我に挑もうなどとは思わないはずなのです。
「あたっ、あたたた、いてえよ、放せよ」
「貴様、何の目的で我の背後を取ろうとしたのですか? 正直に答えやがれなのです」
腕を掴んだまましゃがんで男の顔を覗き込みました。
若いです。成人したばかりという感じがするのです。
「怖っ!」
「貴様、我の可愛い顔が怖いとは、最上級の侮辱なのですか? この場で死にたいのですか?」
「ヒエエェェェ!」
汚いのです。股間の辺りを濡らして、気を失ってしまったのです。
仕方ありませんから、引きずって大通りに行き、衛兵に引き渡すことにしました。レディの背後から襲い掛かってきた時点で犯罪なのです。
衛兵の詰め所に寄って男を突き出し、改めて中央広場に向かいました。
「エムはまだ来ていないのです」
中央広場の空いているベンチに座ってエムたちを待ちます。
………………。
…………。
……。
むぅ……。どれだけ待っても来ないのです。
他のベンチを見回しても、どこにも座っていません。
迷子になっても、向こうにはマオリーがいますから、魔法で我の場所を探せるはずなのです。
だから、我はここで待っていればいいはずなのです。
「遅すぎるのです」
とっくに日が沈んでしまいました。
それでもエムは来ません。
どんな買い物をしているのですか?
少しイライラしてきたのです。
「レティシアさーん♪」
「む? その声はピオピオ?」
上を向くと、暗い空からピオピオが舞い降りてきました。
「大変です! エムさんとマオリーさんが、攫われました♪」
「エムとマオリーが攫われたのですか? それなりに戦える二人が揃っていたのに攫われたというのですか」
すぐに助けに行くのです。
「人攫いはですね、十人くらいいましたよ♪ 一人で向かいますか?」
む? 人攫いは十人前後いるのですか?
それは困りました。
ピオピオはエムが捕まっている部屋から逃げ出してきたのです。
その詳細を聞くにつれ、我一人で乗り込んでも救出は困難だと思うようになりました。
「さっきの衛兵に相談するのです。……いやダメなのです。やっぱりニセ勇者に頼むのです」
衛兵に頼んでもすぐには動き出してくれません。人数が揃うまでに時間がかかるのです。
今すぐ救出に向かうには、身軽な仲間を揃えるしかないのです。
そう考えると、ニセ勇者の存在が頭に思い浮かんだのです。
我は早速行動に移しました。
「あの宿屋なのです」
先ほど我は、ニセ勇者がどの宿屋に泊まるのか見ていたのです。
そこに行き、受付の紳士に呼び出してもらいます。女将ではなく、紳士です。
ここは高級宿。エムだったら絶対に敬遠します。少しはニセ勇者を見習って欲しいのです。
「あら。『うさぎの夢』の方ですね。どうされましたか?」
マントのニセ勇者が従者を連れて階段を下りて来たのです。
「緊急事態なのです。エムとマオリーが攫われたのです。助けて欲しいのです」
「それは大変な事件です。デクシア、ラブロス。事情は聞きましたね? 今から向かいましょう」
「「はい!」」
事情を話すとすぐに動いてくれました。
ニセとはいえ、勇者は困りごとに弱いのです。
宿から出て大通りを走ります。
街灯の間隔が広く、時々暗がりから現れる人とぶつかりそうになりながら。
途中、ちょっとだけ寄り道をし、一応、衛兵詰め所に助けを求め、我らは先に行くと言って事件現場に向かいます。
「あの建物です♪」
「どう見ても骨董品店ですね。うまく偽装していますね」
「そうなのです。賊のアジトには見えないのです」
小通りにある、表向きは骨董品店。
ニセ勇者でさえも騙されるような完璧な偽装なのです。
でも、その地下では人身売買をしているようなのです。
我が本来の竜王の姿であれば、このような小店、踏み潰してやるのですが、今のこの体ではそれは無理です。
「乗り込みます。準備はいいですか?」
「「はい!」」
ニセ勇者のマントの女は一旦店の前で立ち止まり、みんなの態勢を整えました。
「我が先頭となって押しまくるのです。貴様らはその勢いが途絶えたときに飛び出すのです。行きます、シールドチャージ!」
我は盾を前に出し、突進系の盾技を発動して店の扉を押し破り、そのまま突入して行きます。
骨董品が少々壊れていますが、我は賊の持ち物を気にかけるほどのお人好しではありません。
大きな音に気づいたのでしょう。奥のほうから、階段を駆け上がって来る足音が聞こえてきます。
そちらに行けばいいのですね。
「ぐわっ」
「がはっ」
「ぐへっ」
盾技を発動したまま薄暗い階段を駆け下ります。
盾にぶつかって転がり落ちる賊を踏みつけてどんどん進みます。
駆け下りるほうが圧倒的に有利なのです。
「何事だ!?」
階段を下りきった所には左右に広がる廊下があって、一番近くの扉の向こうから叫び声が聞こえました。
「今声がした部屋にマオリーさんがいます。エムさんは向こうの部屋です♪」
目の前の部屋にマオリーが捕らわれているのです。
さらに右奥の部屋にエムがいるのです。
うーむ。賊のほうが多いのですから、二手に分かれるのは危険なのです。
「この部屋から突破するのです。貴様ら、行くのです!」
目の前の扉を盾で押し破り、突入しました。
一人、扉を開けようとしていた賊を巻き込んで突き飛ばしたのです。
「あがー、あがー!」
マオリーが床の上に転がっているではないですか。
口には破れた布が当てられてさらにロープで縛ってあります。それで声を出せないようです。
腕も、破れた布を当てる形で腹と一緒に縛られています。
「か弱い乙女を誘拐する賊、許せません!」
この部屋の賊は三人。さっき殴り飛ばした一人は気絶しているので数には含めていません。
賊に、ニセ勇者一行が襲い掛かります。
「ル……、アルテルの手を汚すまでもありませんわ」
る? 凶変魔物と戦っているときにも「ル、アルテル」とか言ってたのです。方言か何かなのでしょうか?
荷馬車の中で聞いたのですが、あの女は魔法剣士だったのです。
魔法剣士ラブロスがニセ勇者アルテルの前に出ると、剣に氷を纏わせて水平に一閃。
「「「どへっ」」」
「他愛もありませんわ」
賊三人が腹を押さえて倒れ込んだのです。
我はその隙にマオリーの前に行き、無事確保しました。
「マオリー、貴様が賊に捕まるとは、情けないのです」
これまで一緒に旅をしていて、マオリーはひとかどの魔法使いだと認識していました。
それがこのように簡単に賊の手の内に落ちるとは、過大評価だったのです。やっぱりムカツクだけの、ただのロリババアだったのです。
「はぁ。首輪も外してくれなのじゃ。お主の力があればできるじゃろ?」
口を縛っていたロープを指で千切ると、首の金属の輪っかも壊せと言ってきました。
このようなクズ、我の指にかかれば、ひとたまりもありません。人差し指と親指でつまんで左右に開くだけで簡単に壊せたのです。
「うむ。感謝するのじゃ。これで魔法が使えるようになったのじゃ」
続けて手足のロープも千切ってやりました。
この間に、ニセ勇者一行は賊を縛り上げていました。
「エムさんを助けに、次の部屋に向かいましょう♪」
「エムよ待っておれ、今すぐ助け出してやるのじゃ」
ガッ。
マオリーは立ち上がると、近くの賊を思い切り蹴り上げました。
「壁とはなんじゃ、壁とは……」
独り言が聞こえましたが、今はそれを気にしている余裕はありません。
一刻も早くエムを救出するのです。
この部屋を出て、廊下を走ります。
エムの捕らわれている部屋が目前に迫ると、ニセ勇者が扉目掛けて魔法で火球を飛ばし、扉を破壊してそのまま突入しました。
「魔物がいるわ!?」
「アルテル様、お任せください!」
なんと、この部屋では賊が魔物と戦っているではないですか。捕獲した魔物が暴れだしたに違いないのです。
既に二人、賊が床に転がっていますから、この魔物は強力だと予想できます。
「うぐぅ! あががが……」
もう一人、床に転がっているのは、口を縛られて声を出せないエム。
魔物が怖いのですか。涙が出ているのです。
「キョエェー!」
魔法剣士のラブロスがマントの女アルテルの前に出て、剣に氷をまとわせて一閃。
魔物の胴体が二つに裂けたのです。
「人々の居住地区に入り込んだ魔物、成敗しましたわ」
「なんじゃ? 魔物がおったのかえ?」
最後に部屋に入ったマオリーが魔物の姿を目に入れる前に、魔物は叫び声とともにその姿を消したのです。魔物は小さかったので、我と盾の女の盾が邪魔で見えなかったのかもしれません。
「てめえら、何ボサっとしてやがる。早うタマ取ったれや」
「オゥ」
立っている賊は三人。指示を出した奴が首領なのでしょうか。
さっきまで魔物と戦っていた、モヒカン刈りの痩せた男と丸刈りの小太りの男が、ニセ勇者に切り掛かりました。
「させない!」
我が出るまでもなく、盾の女が盾を割り込ませて防ぎ、すぐにしゃがんで空間を空けると、魔法剣士ラブロスが炎をまとわせた剣をひと振り。
「ぐはっ」
「どひゃっ」
剣で一人を仕留め、さらに返す刃から飛び出す炎でもう一人を仕留めました。
「賊の分際で、わたくしの相手になるとお思いでして?」
魔法剣士ラブロスが粋がっています。
やはりニセ勇者一行は、我が見込んだ通りの強さを持っていたのです。
今朝、凶変魔物との戦いで早々に退場したのは、魔物のほうが強すぎただけなのです。
「お、おい! てめえら、この女がどうなってもいいのか? ああん?」
「うぐぐぐぅ」
汚いのです。
最後に残った首領がエムを引きずり起こし、短剣を首に突きつけたのです。
エムには金属の首輪が嵌められていますから、短剣は少々高めの位置を狙っています。あれでは下手に首領の腕を動かすとアゴを貫通してしまいます。
「おら! 武器を捨てて、そこをどけ。そこをどけって言ってんだよ!」
エムを人質に取られては、手出しができません。
くやしいですが、今は首領の言いなりになるしかありません。
ニセ勇者一行は、顔を見合わせると武器を床に投げ捨て、口をぎゅっと固く結んで道を空けます。
「変なマネすんじゃねえぞ。少しでも動いてみろ。こいつがどうなるか分かってんだろうな」
我らが空けた場所を、首領はエムを引きずって進んで行きます。
そのとき、首領を挟んで向かい側に立っている盾の女が我に目くばせをしました。立ち位置は、我がエムに近い側で、盾の女は短剣に近い側なのです。
動いた!
盾の女が動いたのです。
無理やり首領の腕を掴んで首から短剣を遠ざけました。
マントの女アルテルも動き、首領の顔を平手打ち。
我はエムを掴んで引きはがします。
「んのォ!」
人質を奪われ、さらに武器を持つ手を掴まれた状態で、蹴りに出た首領。
盾の女は掴んだ腕を押し出して蹴りの向きをずらし、
「ご愁傷様ですわ」
魔法剣士のラブロスが背後に回って手の平を背に当てると、そこから炎を噴出させました。
「ギャアアアァァ!」
「妾からも仕返しじゃ。万物を穿つ魔王の氷柱、アイシクルランス! この程度で済んだこと、幸運だと思うがよいのじゃ」
「あなたが今までしてきたこと、その罪の重さを思い知りなさい」
背中が焦げ、床に転がってもがき苦しむ首領。
さらにマオリーがどさくさに紛れて氷の槍で首領の足を貫きました。
それをマントの女アルテルが蔑むように睨みつけています。
「君たち、無事か!」
このタイミングで、背後から衛兵が三人、部屋に入ってきました。
衛兵の到着は、思っていたよりもずいぶん早いのです。
「俺は、女の子だけで人攫い集団のアジトに飛び込むと聞いて、冷や汗をかいた」
「隊長、私は止めたんですよ。それでも言うことを聞かないから……」
たしかに、詰め所で応対してくれた衛兵は、我らに行くなと止めたのです。でも、どんな言葉をかけられても行かない選択肢はなかったのです。
「何よりも、被害者も、突入者も無事でよかった。今回、たまたまうまくいったみたいだが、こんな無茶な真似、今後しないでくれよな」
隊長が胸に手を当てて息を吐く周りで、衛兵たちが転がっている賊を次々と縛り上げていきます。
我はエムのロープと首輪を外しました。
「レディぢゃ~ん。ごわがっだよおぉ~」
「よしよしなのです」
抱きついてきたエムは震えているのです。
我はエムの背中を軽く叩いてやりました。
「ぐすっ。みんな、ありがとう。ずずっ。一時はどうなるかと思ったよ……」
「そうじゃ。妾もこのような屈辱、初めてなのじゃ」
「礼はニセ勇……、自称勇者に言うのです。自称勇者が助けてくれたのです。我一人では何もできなかったのですから」
今この瞬間から、「ニセ勇者」は「自称勇者」に格上げになったのです。
「アルテルちゃん、デクシアちゃん、ラブロスちゃん、ありがとう!」
「いいえ、感謝したいのは私たちのほうです。この国を蝕む賊のアジトの一つを暴き、賊を一網打尽にできたのですから」
マントの女アルテルは、やっぱり自称勇者なのです。考え方がひねくれているのです。
廊下に出ると、数人の衛兵が賊を連行していました。
さらに、隣の部屋からは女の子が二人、助け出されています。賊に捕らわれていたようです。
「隊長! 賊の捕縛、完了しました!」
賊どもは全員、衛兵に縛り上げられたようです。
もうここに用はありません。我らは骨董品店から出ることにしました。
その際、衛兵の隊長からは、明日、事件の詳細を調査するから現場に立ち会ってくれと頼まれました。
エムは自ら進んで骨董品店に行ったのではないはずなのです。
事件の真相を明らかにするためにも、エムは調査に立ち会う必要があります。
「シャバの空気はうまいのじゃ」
いざ外に出ると辺りは真っ暗で、今から我が目をつけていた宿に向かっても、もう泊まれないかもしれません。……これはチャンスなのです。
「今日は自称勇者の宿に泊まるのです。そこで自称勇者にお礼をするといいのです」
「そうだね。それがいいね!」
「お礼なんて必要ないですよ。当然のことをしただけですから」
「今朝の魔物といい、今宵の人攫いといい、言葉では言い表せないぐらいの世話になったのじゃ。お礼ぐらいさせるのじゃ」
無理やり自称勇者を納得させて、自称勇者の泊まる宿に向かいます。
これまでの旅で、高級宿は満室になりにくいことを、我は学んでいました。高級っぽくみせた安宿が、早く満室になることもです。
自称勇者が泊まる宿に行くと、案の定、空いていました。
「高いのじゃ……」
マオリーが小さな声を漏らしましたが、エムの気が変わらないうちに宿泊の手続きを済ませるのです。
なっしんぐ☆です。へっぽこです。
9月4日に、035話と036話が同日投稿になりました(深夜0時と午後9時)。ごめんなさい。
036話の予約投稿を解除したつもりだったのに、投稿になったのです。
さて、解除して下書きに戻すにはどう操作すれば……。
試すと、また失敗しそうです。
「予約解除」を選択後に、「保存実行」した記憶。




