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036話 エムが攫われたのです 前編

本日は035話と036話の二話投稿です。

予約投稿を解除したらそのまま投稿になっちゃいました。

お手数ですが、最新話指定でお読みの方は、一度035話にお戻りください。

 我らは今、領都ドベチに向かって歩いているのです。

 それはフロリカ村から南に行った所にあります。


 我らはマントの勇者風情アルテルに追いつき、凶変魔物の魔石の報酬について相談してやったのです。最寄りの冒険者ギルドで報告することで話はまとまり、それで領都に向かっているのです。

 最初は、勇者の馬鹿が報酬の受け取りは不要だって言っていたのですが、マオリーが無理に畳み込んで五対五の報酬配分に持ち込んだのです。炎の旗で凶変魔物を焦がしたとか、高級ポーションを提供してくれたとかで。

 高級ポーションなんて実家に行けばいっぱい転がっているのです。だから、気にすることなんてないのです。とくに、どの時代でも勇者は竜王に挑もうとする馬鹿なのですから、相手にしないほうがいいのです。


「戦闘中、お主らが目にした妖精のことは、内密にするのじゃぞ」


「え? 妖精ですか? 魔物に集中していましたから、まったく気づきませんでした」


「ピオピオでーす♪」


「なんて可愛らしい……。もちろん、誰にも言うことはありません」


 わざわざピオピオのことを内緒にするように話を振ったら、実は気づいていなかったのです。これだから勇者って奴はムカつくのです。

 それとは別に、我らの後ろで観戦していた村人たちについてなのですが、奴らは離れた位置にいましたから、ピオピオの姿は見えていないはずなのです。

 とりあえずピオピオの秘密は守られているのです。


「馬に跨った集団が駆けて来るのじゃ」


「あれは、さっき見た巡回兵なのです」


 話し込んでいて気づくのが遅れたのですが、前方から、馬に跨った十人ぐらいの集団が駆けて来ています。

 あの顔には見覚えがあるのです。

 さっき領都に応援を呼びに行くとか言っていた奴なのです。ですから、これから大きな魔物を倒しに行くに違いないのです。無駄なことなのです。


「お主ら、止まれ、止まるのじゃ!」


 マオリーが手を振り、大きな声で呼びかけました。


「どけ、どけー! 急ぎの用だ! 止まる暇などない!」


「魔物はもう倒したのです。エム、見せてやるのです」


「そうだね。これを見てよ!」


 エムは魔石ではなく、メモリートレーサーを取り出して、大きな魔物が二つに裂かれる場面を映し出したのです。

 マジですか!


「なんと!」


 こちらをチラ見した兵士は驚き、馬を急減速させて止まりました。

 我も驚きました。

 どう見ても我が剣技を発動しているではないですか!


「これから領都に巨大アヒル討伐の報告に行くところなんだよ」


「正確には、イビルジャイアントダックじゃがの」


「そうか。お前らがあの脅威を排除してくれたのか……。荷馬車でよかったら、乗せてってやるぞ」


 兵士たちは倒す魔物がいなくなり、領都に戻ることになりました。

 我らは、後続の荷馬車に乗せてもらえることになったのです。

 荷馬車には、大きな魔物と戦えるよう、いろいろな長柄武器が乱雑に積んでありました。それらをどかして座ったのです。


「楽じゃのぅ」


 荷馬車に揺られながら、後方に流れて行く風景を眺めます。

 結構速いのです。

 この兵士、やたら急いでいるのです。


「我が剣技を……」


 流れる景色を見ていると、さっきの剣技が頭に甦り、信じられなくなります。

 やはり、我が大きな魔物を倒していたのです。我が剣技を……。

 今は荷馬車の中なのでここで再現することはできませんが、そもそも、あの剣技を意識して発動することは無理そうです。感覚が掴めないのです。

 それにしてもあの剣技は、師匠を切り裂いたものと特徴がそっくりだったのです。あのときも我はただ必死になっていて、意識が飛んだ瞬間に発動していたのです。もちろんまったく覚えていないのですが、見ていた者どもが執拗に我の剣技だったと言い募ったのです。

 我は師匠との約束を、また破ってしまいました。

 エムやマオリーは、それで良かったと言いますが、まだ我は心から良かったとは思えていません。

 結果として村は救えましたが、我の心はスッキリしないのです。


「アルテルちゃんは、あのフロリカって村、前にも行ったことがあるの?」


「はい。最近でしたら、ふた月くらい前に、食料品の援助に行きました」


「もしかすると、最下位の領地の村々を回っておるのかえ?」


「そうです。民が貧困にあえいでいる姿は見過ごせませんから」


「勇者様って、そんなこともしないといけないんだ?」


 勇者という奴は、自分の食べる物よりも他人のことを心配する大馬鹿者なのです。


「ふふ。一緒に戦った皆さんだから正直に話しますが、村人や冒険者たちが勝手に私たちのことを勇者って呼んでいるだけですよ。私たちはただの旅人なのですから」


「そうなんだー。よかったー。当面、村人に恵みを与えることなんてできそうにないよ」


「ただ、勇者と呼ばれているほうが活動しやすいですから、表向きでは否定はしていません」


 エムも馬鹿勇者なのです。む、アルテルは勇者とは違うと告白したから、エムだけ馬鹿勇者なのです。


「おい、到着だ。冒険者ギルドはその建物だ。私は領主様に報告に行く」


 荷馬車は領都ドベチに入り、さらに冒険者ギルドの手前で止まってくれました。

 荷馬車から降りると、冒険者ギルドは大通りと細い通りが交差する場所に建っていました。その細い通りの奥の方には、教会のような建物が見えています。

 兵士と別れ、我らは冒険者ギルドに入りました。


「あんらあ、大きな魔石よねえ。これはギルマス案件だわ。応接室を用意するから、待っててちょうだぁい」


 そこでは、ヒゲを剃った男のような女が受付をしていました。違うのです。女のような男なのです。やっぱり我はどっちでもいいのです。

 すぐに奥に行き、なにやら手続きをして戻ってきました。


「あんたたち、アタシを見て驚かないの?」


「どうして驚くの?」


「あんたたち、いい子ねえ。いやねえ、時々気持ち悪いって言う冒険者がいるのよぉ。それにぃ、ここクロワセル王国だと男の女装って禁止なのよ。アタシは心がレディだから女装じゃないって突っぱねているし、ギルマスも助けてくれているけど、いつ衛兵にしょっぴかれてもおかしくないのよ」


 小指を噛んで話しているのです。そういう仕草をしなければいいのではないですか?


「この国特有の法なのかえ?」 


「女王様そのものが法なのよ。女王様がダメって言ったらダメなのよぉ」


「またクソ女王なのですか」


 クソ女王は、ここでも国民を生きづらくしているのです。


「準備ができたわ。二階の応接室よ。階段は、あ・ち・ら」


 二階の応接室へと向かいます。その途中、まだ一階にいる間に複数の目線が我らを見定めている感じがしたのですが、弱き者の視線など、いちいち気にしていられませんから、無視して進みました。


「ガッハッッハ。お前たちが倒してくれたのか。二つのパーティー合同か。『うさぎの夢』と『セーラス』……。巷で噂の勇者パーティーか。納得したぜ。両者で等分でいいんだな?」


 応接室に入ると、すぐに話が始まりました。

 威勢のいい、筋肉の塊のようなギルドマスターなのです。

 この前の、メルトルーの町のギルドマスターのように紳士然とした者は珍しいのかもしれません。


「うん、それで」


「等分でお願いします」


 ようやく全員がソファーに座れたのです。


「最近は農民から冒険者に転職する者が多くてよォ、冒険者の質が下がっているんだ。あいつらはとにかくカネ、カネ、カネで、背伸びしやがるから危なっかしくて下手な依頼は出せねーしよ」


「税を払うのが大変だから?」


「おうよ。どうやってんだか知らねえが、冒険者ランクの高いパーティーに潜り込んで、いろいろ、まあ、な」


 きっと、自滅していると言いたいのです。

 クソ女王が税をおかしなことにしたから、農民にしわ寄せが行っているのです。全部、クソ女王の仕業なのです。


「ついさっき、イビルジャイアントダック討伐の依頼が領主から持ち込まれて、その冒険者ランク制限をどうするか悩んでいたところなんだ。高すぎると誰もいねえし、少し低くすると、元農民が混ざりやがる。お前らが早急に倒してくれて本当に助かったぜ」


 ここで事務員が入ってきました。

 討伐報酬を持ってきてくれたようです。


「お、世間話はここまでだ。また何かあったら頼むぜ」


 エムとアルテルが、ぱんぱんの皮袋を一つずつ魔法収納へとしまい、用紙にサインしてギルドマスターへの報告は終了となりました。

 我らは応接室を出て、さらに冒険者ギルドからも出ます。


「『うさぎの夢』の皆さん、またどこかで会いましょう」


「そうだね。また一緒に戦えるといいね」


 ニセ勇者が手を振って別れました。

 我らも早く宿を探さないと、日が沈んでしまうのです。


「もうすぐ暗くなっちゃうね。レティちゃん、先に宿屋を探しておいてくれる? 私とマオちゃんで買い出しに行ってくるよ」


「承知したのです。中央広場で待ち合わせするのです」


 これが、我がエムを見た最後の瞬間だったのです。


  ★  ★  ★


 冒険者ギルドを出ると、空は茜色で暗くなりかけていた。

 アルテルちゃんと別れた私たちは、これから今日の宿屋探しと買い出しをしないといけない。


「もうすぐ暗くなっちゃうね。レティちゃん、先に宿屋を探しておいてくれる? 私とマオちゃんで買い出しに行ってくるよ」


 宿屋にこだわりを持っているのはレティちゃんだから、今日はもうレティちゃんに決めてもらうことにした。

 ちょっと高めの宿屋を選ぶのは分かっているよ。でもね、巨大アヒル討伐の報酬をもらったばかりだし、なんとかなるよ。


「承知したのです。中央広場で待ち合わせするのです」


 レティちゃんは大通りに面する宿屋を見比べようと、走って行った。

 私とマオちゃんは中央広場に向かって歩き、適当な店に入る。

 消費した干し果物などを補充し、大通りに戻ると。


「すみませーん。教会を探しているのですが、どこにあるか教えてもらえませんか?」


 旅の人なのかな?

 ややくたびれた服を着た少年が話しかけてきた。


「教会? それなら、冒険者ギルドと接する小通りの奥のほうにあったのじゃ」


「冒険者ギルド? どれのことですか?」


「ついてきて。教えてあげるよ」


 ここは私にとって初めての町。でも、道案内ぐらいならできる。

 だって、さっき行ったばかりなんだもん。

 大通りを戻り、冒険者ギルドの前に行く。


「ほら。ここが冒険者ギルド。そして、その小道の先に見えるのが教会だよ」


「どれが教会ですか?」


「あれじゃ。クリム神とやらの像があるじゃろ? ん? お主、分からぬのか?」


 目を細め、首を傾げている少年。


「生まれつき、目が弱くて、すみません……」


「そっかー。気にしないで。教会の前まで案内してあげるよ」


 私たちは小通りに入り、教会へと向かう。

 家々を五、六軒ほど過ぎた所で。


「きゃ!?」

「むお!?」


 突然、背後から袋のような物をかぶせられ、視界を奪われた。

 すぐに口を押さえるように顔を縛られ、声を出せなくなった。

 手首の周辺も縛られて、手を動かすこともできなくなった。

 そのまま何人かに担がれて運ばれて行く。

 これって人攫い?

 どうして私が?


「あが、あがが?」


 どれだけ運ばれたんだろう?

 どこかの建物の中、階段を下りて行く足音が聞こえる。


「てめえら、上出来だ」


 床の上に転がすように降ろされた。

 そこで、バサバサッと麻袋に切れ目が入り、視界が開けた。

 盗賊団?

 どこの国にもいるんだね。

 貧相な男たちが私を囲み、見下すように立ち並んでいる。


「ちっ。しけたペンダントしてやがるなあ」


「金にならねえぜ」


「むごごご!」


 大事なペンダントを奪われないよう、声を上げる。しかしそれは声にはならなかった。


「ボス。魔法妨害の首輪、キッチリ嵌めやしたぜ」


 首に冷たくて重い輪っかが取りつけられた。


「お前、これで魔法は使えないぜ? 身動きもできない。さあ、おとなしく金を出せ」


「むご、むごごごっ」


「魔法収納にしまってあるんだろ? 早く出しやがれ。手を使わなくても魔法収納から出せることは知ってんだよ」


 足で軽く踏みつける男。

 私は手足を縛られていて、ここから逃げ出すことも、声を出すこともできない。

 恐怖心だけが募る。

 お金目的の拉致なの?

 魔法妨害の首輪は魔法収納には影響ないってことなのかな。

 それなら、意識すれば手を使わなくても取り出すことはできる。

 でも、取り出したところで助かる保証はない。

 お金じゃなくレイピアを取り出しても、振ることはできないし、爆発する魔道具を持っているわけでもない。


「お前、仕事を終えてしこたま金を持ってんだろ? 早く出したほうがいいぜ? それとも、その体で払ってもらおうかぁ?」


 手の平をくねくねさせているモヒカン刈りの男。目つきがいやらしい。

 あんな目立つ髪型で盗賊なんてやってたら、すぐに捕まるよ。


「やめろ。こりゃあ上玉だ。とある貴族に高く売れるから手を出すな」


「ヘイ……」


 少し離れた所に立っているあいつがボス?

 少なくとも、この部屋の中では最上位の存在だね。

 今の会話から、お金を渡しても人身売買までされるのがオチだと理解したよ。

 これからは、全力で脱出することを考えよう。


「ボスぅ。こっちの娘は強情でして、金を出そうとしないんでさぁ」


 部屋の扉が開き、小太りな男が入ってきた。

 捕まっているのはマオちゃんだよね?

 別の部屋にいるんだね。

 どうしよう、どうしよう……。

 二人がうまく逃げ出すにはどうしたらいいんだろう?

 男たちに囲まれている状況で、縛られていて動くこともできない。

 怖いだけで、頭が回らない。


「ちょっと体を触って脅してやりゃあ、すぐ言いなりになるさ。ちょっとだけだぞ。商品の価値が下がるからな」


「ヘイ」


 小太りの男が部屋から出て行く。

 その瞬間を狙って、ピオちゃんがポケットから飛び出し、開いた扉を抜けてどこかに消えた。


「なんだ、今のは? 魔法だったのか? それとも新手の魔道具か?」


「おい、危ねえから、首輪を交換しろ! すぐにだ! てめえ、舐めた真似すんじゃねえぞ!」


「うがっ」


 いてて。肩を蹴られた。

 縛られているから避けることも、もちろん反抗することもできない。

 賊はピオちゃんのことを魔法だと思い込んだようで、一人がどこかに走って行った。交換する首輪を取りに行ったみたい。


「ボスぅ。さっきの魔法でここを知らせることは、ないですよねぇ?」


「たりめーだ。そんな便利な魔法があってたまっかよ」


 きっとピオちゃんが助けを呼んで来てくれる。

 来てくれるよ……。

 ポケットのピオちゃんの温もりがなくなって、とても心細くなった。

 早く誰か助けて!

 心が折れそうだよ……。


「キキッ! タスケニ、キタ」


 な、なに?

 今度は魔物!?

 突然、部屋の入り口付近に、膝下ぐらいの背丈の魔物が現れた。

 黒く、背中には羽が生えている。

 どこかで見たことのある容姿……。


「ま、魔物だ!」


「けっ。どっから来やがった! お前ら早く始末しろや!」


「ヘイ、ボス!」


「んのォ! こいつ、すばしっこい」


 パーマ頭の男のダガーをヒラリと躱して爪で割いた魔物。

 続けてモヒカン男を蹴り飛ばした。

 それを見て、過去の記憶、深夜の暗闇の中、炎に照らされた魔物の姿が甦る。

 思い出した!

 あれは、父さんと母さんを傷つけた魔物!

 どうしてこんな所に!?

 抵抗できない今、私はここで殺されるかもしれない。

 怖いよ……。自然と目が大きく見開き、体が震える。

 逃げることも戦うこともできない。体を揺らしても転がることさえできない。

 できるのは、魔物と賊がやり合うのを、ただ見つめることだけ。

 どんどん恐怖心が募っていく……。

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