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033話 放火犯を捕まえるのです!

 ワンコの都ソルを出た次の日。

 乗合馬車は街道上の中規模の町に入った。

 今日の移動はここまでで、宿をとって休むことになる。


「そろそろ何か稼ぎに行かないといけないよね」


「他人に稼げと言った手前なのです。自ら率先して働くのです」


「そうじゃの。冒険者ギルドにでも寄ってみるかの」


 旅の資金にはまだ余裕がある。でも、ワンコの都でお姉さんに働けと諭した身分としては、移動だけして稼ぎに行かないのは格好が悪い。

 それで冒険者ギルドに何か適当な依頼がないか見に行った。


「都合よく稼げる依頼なんて、そうそうないよね」


「遠出して狩りをするか、あるいは異次元迷宮に潜るしかなさそうじゃのぅ」


 掲示板を眺めてこれといった依頼はなく、受付のお姉さんに尋ねてみても、近場には儲けが出るような魔物はいないことが分かった。

 指名依頼を二回も受けたことがあるから、三人の金銭感覚がちょっとだけマヒしていることも関係している。薬草の納品や、ゴブリンなどを規定数討伐する常設の依頼はあるんだよ。


「勇者様、凄かったなー」


「ああ。凶変魔物をズババッと両断しやがったぜ」


 仕事を終えて入ってきた冒険者が勇者の噂話をしている。

 以前の私の戦いがこの町にまで広がっているのかな?

 でも、あのときは両断はしなかったよ。

 きっと話が大きくなっているんだね。


「この間、北の村の民が、勇者様に小屋を建てるのを手伝ってもらったって自慢してたよな?」


「南の村の民は金を恵んでもらったって言ってたし、勇者様ってやつぁ、金持ちなのか?」


 はへ?

 私は小屋なんて建ててないし、どこかの村でお金を恵んであげたこともない。犬の都のお姉さんには恵んであげたけど。


「む? なんですか。エムはいつの間にこの国で活躍していたのですか?」


「私は、みんなと来たのが初めてだよ。初クロワセル王国だよ」


「噂などという物は、嘘かもしれぬし真かもしれぬ。勇者のエムがここにおるのじゃ。嘘として聞き流せばよかろう」


 噂話かあ。

 今流れているのは私のしたことではないけれど、いずれ、私の活躍が広く語られるようにしないとね。

 冒険者ギルドを出て、町の中を見て歩く。

 大きな町を多く見てきたから、ここは閑散としているような気分になる。

 広さはそれなりにあるんだよ。でも、通りを歩く人は少ないし、露店の数も少ない。


「旅の消耗品を買い込んでから、宿屋に行こう」


 特別変わった物もなく、普通の町。

 魔物狩りに行かないことにしたから、買い物を済ませれば本日の業務は完了となる。

 干し肉、塩漬け野菜、干し果物、それと乾パンを買い、魔法収納にしまう。

 新鮮な果物も買っておいた。こちらは、馬車での移動中にも食べるからそれなりに消費している。


「今日は、あの宿がいいのです」


「また高そうな宿を選んだものよのう」


 レティちゃんは貴族様だから安宿を嫌がる。だけど、高すぎる宿は資金の都合で泊まれないから、いつも見た目が高そうで実は安価な宿屋を探している。

 今夜は大通りに面した、白い漆喰が小奇麗な三階建ての宿屋に泊まることにした。

 一度宿屋に入ると、夕食はここの食堂で食べるほうが割引がきいて安く済むので、外には行かない。


「はいよ。本当は当宿一推しの三角パン定食を出したいところなんだがね、あいにく懇意のパン屋が燃えちまってな。今は自家製の丸いパンで我慢してくれな」


 宿屋の食堂。

 女将が、なんだか申し訳なさそうに夕食を運んできてくれた。


「職人が職場を燃やすとは不憫じゃのう。何か事故でもあったのかえ?」


 パン屋も鍛冶屋も、火を使う職業の人たちは、火の扱いには十分注意している。それでも燃えたのなら、窯の故障とかが原因だったのかな?


「いやね、事故ではないのさ。ここのところ不審火が続いていて、そのパン屋も放火だったのだろうって話になっているのさ」


 この町では四日連続で夜間に火事が起きているそうで。

 最初は玄関の扉を焼くなどの小火ボヤが二日続き、三日目に一軒全焼、昨夜は四軒全焼の大火となった。

 今のところ、放火の標的となった家々に関連性は認められていなくて、犯人の目的は不明のままなんだとか。


「放火とは許せないのです」


「そうだよ。みんなで犯人を捕まえようよ」


「まあ、聞いた情報だけじゃと、犯人が何らかの動きを見せるまで、手の打ちようがないがの。無闇に町中を歩き回って探したところで、他の場所で火災が起これば捕まえる機会を喪失することになるでの」


「あんたら、旅人なのにこの町のことを気にかけてくれてありがとな。デザートをおまけしてやるよ」


「わあ、ありがとうなのです」


 この後も放火事件について少々話をして夕食を終え、宛がわれた部屋へと入った。


「暗くなると、衛兵の見回りを増やしておるようじゃな。あれは自警団かの? 町民も混ざっておるようじゃ」


 窓の外を眺めるマオちゃん。

 私も隣に行く。

 暗くなった大通りには、ランタンや明かりの魔道具を持って左右を確認するように歩く衛兵の姿がチラホラ見られる。


「あれ? あの衛兵、何か叫んでない?」


 ランタンを持つ手で西のほうを指差し、もう片手を口に添えて大声を出しているような仕草をしている。


「西のほうじゃな……、おおぅ、火事じゃ。煙が上がっておるぞ」


「どこどこ?」


「ほれ、あの屋根の向こうが赤っぽく染まっており、黒い煙が見えるじゃろ?」


 マオちゃんが指で視線を誘導してくれた先をよく見ると、家々の屋根の向こう側が明るくなっていることが分かった。煙は、火の明るさによって下から照らされるような形で上がっている。


「犯人を捕まえに行くのです。げっぷ」


 女将がデザートのおかわりを出してくれて、食べすぎちゃったレティちゃん。今の今までソファーで両手を広げてぐったり休んでいたのに、立ち上がってキリリとした表情を見せている。


「うん、行こう」


 私たちは宿屋から外に出て大通りを西へと向かった。

 裏通りに入り、赤黒く昇る煙を目印に進んで行くと、やがて家屋が燃えているのが目に入った。

 バチバチとはじけるような音が聞こえ、叫び声が飛び交っている。

 水路まで走ってバケツで水を運ぶ人、水魔法で消そうとする人、そしてそれらを囲むようにして見ている多くの人がいる。

 火災現場に近づくにつれ顔に熱が伝わるようになり、焦げる匂いも強くなった。


「サーチ」


 マオちゃんが何かを探す魔法を唱えた。

 私は大きな炎を見ているだけで不安になって、無意識に右手で胸元のペンダントを握り締めていた。こうすると少し落ち着くんだよ。


「何を探しているのですか? 逃げ遅れた人なのですか?」


「うむ。それも兼ねておるが、犯人を捕まえることが第一の目的じゃ。妾たちがバケツで水を運んだところで、すぐには効果は現れまい」


「マオちゃんって水魔法を使えたよね? 私たちはバケツで運ぶから、マオちゃんは魔法で先に消火にあたってよ」


「水魔法のう……。はぁ……。苦い思いが込み上げてくるのぅ」


 マオちゃんは、俯いてため息をついた。


「マオリーは妹メルリーを火災で亡くしたのです。ここでも同じことになりたいのですか? メルリーはへこたれたマオリーを望んでいるのですか?」


「そんなはずは、ない、のじゃ。妾だって、できれば……、あのとき、できていれば、メルリーを、うぅっ……」


「辛い昔を思い出させちゃって、ごめんね。マオちゃんはちょっとここで休んでいてよ。私たちが走って行ってくるよ」


 涙を流すマオちゃんの肩を優しく叩き、その場を離れようとすると。


「ぬおぉ? この感覚!? できる、今ならできるのじゃ……。万物を激しく濡らす魔王の雨、メガ・ヘビーレイン」


 マオちゃんはスティックを手にし、それを前方高くに掲げて魔法を唱えた。


「空に雲が湧いたのです」


「雨だよ、大雨だよ!」


 空には、炎に照らされた分厚い雲が現れた。

 そして火災現場周辺に、ザーッの域を超え、ドドドッと大粒の雨が降り注ぐ。

 私たちの頭上には雨は降っていない。

 マオちゃんの頬を濡らす涙を輝かせていた炎の明かりはどんどん暗くなり、やがてマオちゃんの顔が見えないくらいに真っ暗になった。

 急に暗くなったから、目が慣れていないのかも。


「できた……、できたのじゃ……。あのとき、詠唱さえ許されなかったこの魔法が……」


 やがて雨が弱くなり、激しい雨の音が消えていくと、それと入れ替わるように大きな歓声に包まれる。

 それでも、さっきの雨がここにいるマオちゃんの魔法だと気づいている人はいない。みんな火が消えたことに喜び、安堵しているだけ。


「マオリー、感傷に浸っている暇はないのです。犯人はどこにいるのですか?」


 レティちゃんはマオちゃんの肩を掴んで揺らし、意識をこちらへと向けさせる。もう暗さに目が慣れて、顔を認識できるようになっている。


「おおう、そうじゃった。まだサーチは続行中じゃ。そうじゃの。怪しい動きをしておるのは数人おるが、レティシアよ、どの方角が一番怪しいと思うかの?」


「我に尋ねるのですか? うーん……、南なのです」


 レティちゃんが思いついた方向。とりあえず私たちは犯人を捕まえるため、南へと向かうことにした。

 マオちゃんが先導し、私とレティちゃんがその後ろを走る。

 大通りから外れ、小通り、裏通りへとどんどん狭い通りを進んで行く。

 怪しいと目星をつけているのは、さっきの火事を見物に来ていた野次馬の中で、途中であの場を離れ、それでも家路につかずに通りをふらついている者。


「あやつじゃ」


「捕まえるのです!」


 前方の軒下にしゃがみ込み、怪しい仕草をしている人物を発見した。

 それは紙片と木片に生活魔法で火をつけようとしているように見える。


「逃がさないよ!」


 私たちの接近に気づき、立ち上がって逃げようとした怪しい人物。

 私は走りを速め、一気に間合いを詰めて怪しい人物の左腕を掴んだ。


「放せよ!」


「悪者は成敗するのです」


 追いついたレティちゃんが怪しい人物をロープでぐるぐる巻きにする。

 捕まえたのは若い男。少年と言っていい。


「お主、なぜ放火などしようとするのじゃ?」


 放火未遂の現場の状況を目視確認してから、やや遅れて到着したマオちゃん。


「ああん? んだっていーだろォ!」


「貴様っ、素直に答えるのです」


「ひょ、ひょええぇ! い、言います! 実は……」


 レティちゃんが顔を近づけて言葉をかけると、少年は突然素直に話しだした。

 彼は西の方角にある村の出身で、今年に入ってから税が五割増しになって生活が苦しくなった。とてもこのままでは生きてはいけない。

 税が五割増しになるって、例のクロワセル杯の結果が最下位だったってことだね。

 それに対して、この町が所属する領地は三位入賞で税が一割減になっていて、それがうらめしくて犯行に及んだとのこと。

 最初はワンコの都に行き、そこではワンコに吠えられてうまく放火できず、この町に標的を変更したそうで。

 そして何回か放火を重ねるうちに、だんだんそれが楽しくなってやめられなくなった。つまり、連続放火の犯人だと自供した。

 手元に食べる物がないから、この町で盗みもしているとも。


「それにしてもクロワセル杯の結果がこのような犯行の動機になっておるとはのぅ」


「放火をしても、税は変わらないのです。家を失い、貴様以上に苦しむ者が出てくるのです。貴様、それを分かっての犯行だったのですか?」


「す、すみませんでした……」


「ここで謝っても仕方があるまい。しかるべき時にしかるべき場所で謝罪するのじゃ。相応の償いもするのじゃぞ。では、衛兵を呼んでくるからお主らはここで待っておれ。未遂現場は大事な証拠じゃ。触らんようにするのじゃぞ」


 マオちゃんはこの場から反転し、大きな通りへと向かった。

 しばらく経って、衛兵三人を連れて戻ってきた。

 衛兵たちは現場を確認し、少年をこの場における放火未遂の犯人だと断定した。

 その際、メモリートレーサーで見せた未遂動作および自供が決定的な証拠となった。

 この現場の状況がここ数日間の火災の発火状況と同じだったこともあり、今回の犯人はほぼほぼ連続放火の犯人だろうとも言っていた。連続放火犯だと断定するのはこれからの取り調べが終わってからだね。

 少年は衛兵に引き取られ、近くの詰め所に連れて行かれた。


「マオちゃんって凄いよねー。火災を一瞬で鎮火させて、放火しようとしている犯人まで捕まえちゃうんだから」


「あの魔法かえ? あれは妾が苦心して長年かけて独自に開発したものじゃ。町での火災は大火になる場合が多いからの。不幸な火災が後を絶たぬのじゃ」


「我もこの体でなければ、あのような火災、踏み潰してやったのです……、って独り言なのです」


「犯人を特定したのは、妾よりもレティシアの野生の勘のほうが功績が大きかろう。妾はあくまでもサンプルを提示したまでじゃ。その中から選んだのはレティシアじゃからのぅ」


「野生の勘? なんだかよく分からないけど、二人とも大手柄だよ!」


 この後も私たちは数日間この町に滞在し、他に放火が起こらないよう、町中を見回った。

 マオちゃんが言うには、模倣犯ってのが現れることもあるらしく、念には念を入れたそうで。

 結局、捕まえた少年は連続放火の犯人だと断定され、投獄されることになった。

 大きな事件が落着し、私たちは北西へと向かう旅を再開した。

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