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031話 クロワセル王国のワンコ 前編

挿絵(By みてみん)


 乗合馬車に乗り、国境を越えてクロワセル王国に入った私たち。

 終点のソルの町で降り、南門に立ててある案内地図を見る。


「大通りが八方向に伸びておる。変わった構造の町じゃの」


「城壁が八角形になっているのです」


「北に向かったつもりが、北東だったってなりそうだね」


 四角か丸。今まで見てきた町の形はそうだった。

 ここソルの町は、その中間の八角形をしている。

 とくに何かを買い込まないといけない状態でもないので、南北を貫いている大通りを進むことにした。

 パン屋と肉屋、それと土産物屋がやや多い感じのする町の中を見て歩く。


「犬を連れておる者が多いのぅ」


「さっきの看板に、ワンコの都へようこそって書いてあったよね?」


 大通りを歩いていると、ワンコの散歩をしている人とよくすれ違う。

 それは、落ちているフンの数も多いということで。


「ぐは! 踏んだのです、汚いのです」


「そこの水路で靴を洗おう」


 レティちゃんは、通りに沿うように設置してある水路に足を突っ込んで靴を洗う。

 見回りの衛兵が、ほうきとちりとりを持ってフンを拾っている。それでも、落ちている数が多くて追いついていない。


「それぐらいの汚れなら魔法で落とせたのじゃがの。まあ、過ぎたことは仕方あるまい。向こうにはもっと大量に落ちておるからの。気をつけて歩くのじゃぞ」


 マオちゃんが眺める方向には中央広場があり、そこには芝が植えられている。他の町の広場は全部石畳だったから、珍しいよね。

 そして、芝の上を、何匹もの犬が走っている。


「犬を飼うの、流行っているのかな?」


「いい迷惑なのです」


 中央広場に足を踏み入れると、大勢の人が犬と戯れていた。

 戯れる、というより、一生懸命に何かを教え込んでいるようにも見える。


「あれを見るのじゃ」


 少し離れた場所に設置してある掲示板。そこには町民への連絡事項など、いろいろな紙が張り出されている。

 文字が読める位置まで近づくと。


『クロワセル杯争奪戦、夏季大会参加者募集。

 犬芸披露、麗花披露、草刈り競争、剣技披露。

 腕に覚えのある者を募集する。

 参加希望者は領主館まで参られよ。

 上位入賞者には賞金をはずむ。

 領主エッジ・ヨウドウ』


「クロワセル杯争奪戦? なんのことだろう?」


「人間は祭りが好きですから、きっと集まって騒ぐだけなのです」


 お祭りかあ。故郷の村でも秋祭りとかあったよね。そうだね、あの日はみんな騒いでいたよ。


「おやまあ。あなたたちご存じないザマスか? 女王陛下主催のクロワセル杯争奪戦。季節ごとに違う競技が開催されていますのよ」


 三角メガネで髪の毛がクルクルしているおばさんが話しかけてきた。

 腰下からは大きめのワンコのハッハッハッという息遣いが聞こえてくる。

 レティちゃんが、そのワンコの頭をちょんと触ってみた。毛並みはすこぶる良好のよう。


「なんじゃ。女王の暇潰しのぅ」


 この国の女王様が、余興の一環で競技を中心とした祭りを主催しているんだね。

 お祭りをすれば町が賑やかになって活気が出るだろうし、暇も潰せていいこと尽くめなんだろうね。

 で、お祭りの内容は、


「犬芸披露……。これも競技なの? もしかしてここの人たちって、その競技に参加しようとして犬を訓練しているのかな?」


「そうザマスよ。優勝すれば賞金がたんまりもらえるザマス。領主様からも賞金が出て二重にもらえるザマスから」


「賞金目当ての祭りなのです。どうでもいいのです」


「ほんの一握りの者しかもらえない賞金目当てに、やたら大勢が挑んでおるのは、皆、飢えておるのかの?」


 きっと上位に入賞しないと、賞金なんて出ないよね。それに、この町だけでも参加しようとしている人が大勢いるから、この国の上位に入るのって物凄く大変なことだと思うよ。


「あらまあ。このクロワセル杯は、町民にとっては死活問題ザマス。真剣に取り組んで当然ザマスよ」


 三角メガネのおばさんが言うには、年四回開催されるクロワセル杯で、年間を通して上位入賞者が最も多かった領地は、翌年の納税額が半分になるんだって。

 そして、最下位になると、納税額が五割増しになっちゃう。

 それは大変だよ。

 同様に、二位は三割、三位は一割、納税額に差がつけられる。

 下位の領地に住んでる人は、他の領地に引っ越すことが禁止され、逃げ出すこともできなくなる。


「それはけしからぬの。くだらぬ余興の結果で領地の全住民の課税を決めるのは、不公平極まりないのじゃ」


「クソな女王なのです」


「踏んだの、根に持ってるよね」


「声を落としてくださいまし。衛兵の耳に入ったら牢獄に連行されるザマスわ。女王陛下の悪口はご法度ザマス」


 おばさんはそそくさと逃げて行った。

 女王様の悪口を言うだけで牢獄行きなんだね。


「悪口でなければいいのです。王都に行ってクソ女王に文句を言ってやるのです」


「レ、レティちゃんが言わなくても、きっと誰かが……」


「為政者が課税を遊びで決めることは断じて許されぬ。この国の王都に行くべきじゃ」


 もうマオちゃんまでムキになっちゃって。

 魔王のいる魔族の国ジャジャムに行くには真っ直ぐ北に向かえばいい。しかし、この国の王都クレッセンに行くには北西に進むことになる。

 少々の寄り道になるよね。まあ、それで二人の気が済むのなら、行くしかないのかな。

 二人の言葉を聞いて、私もなんとなく女王様を許せない気持ちになってきたから。


「分かったよ。とりあえず次の目的地は王都クレッセンに変更だね」


 ワンコたちを眺めながら中央広場の外周を通り過ぎ、大通りを北西に向かって進む。

 とりあえず乗合馬車の時刻表を見ておけば次の行動が決めやすくなる。もしも出発時刻が近くて今すぐ出発できればラッキーだよね。


「ワンワン! ウー! ワンワンワン!」

「キュウゥーン」

「ワワワワン! ワワワワワン!」


「騒々しいのぅ」


「ははは。とっても元気だね」


「この家は何匹も犬を飼っているのです」


 大通りに面するやや大き目な民家の前を通りかかると、中から何匹ものワンコの鳴き声が聞こえてきた。とても騒がしい。


「皆さん、止まってください♪」


「どうしたの、ピオちゃん?」


 その家を通り過ぎようとしたところ、ポケットの中のピオちゃんが停止を求めた。


「よく聞き取れませんでしたが、何か助けを求めている感じがしました♪」


「む? 助けを求める者がいるのですか! どこですか、すぐに行くのです!」


 レティちゃんは体を大きく左右に回し、さらに頭も動かして救助を求めている人を探し始めた。


「そこの家の中です♪」


「妾たちが外におるだけでこれだけ吠えておるのじゃ。扉を開けて中に入ろうものなら、跳び掛かってくるやもしれぬぞ」


「ノックして誰かが出てくるのを待てばいいよ」


 民家の正面に立ち、扉をノックしてみた。

 ……反応がないね。ワンコの鳴き声だけが響いている。

 しばらく待って再びノック。


「すみませーん。誰かいませんかー?」


「ウー! ギャワワワワン!」

「バウッバウッ! ウウウゥー、バウッ!」


「さっきよりも鳴き声がひどくなったのじゃ。歓迎されておらぬようじゃぞ?」


 どれだけ待っても、聞こえてくるのはワンコの鳴き声だけ。

 扉を開けてワンコに跳び掛かられるのも嫌だし、どうしよう?

 もう、この場はスルーして先に行っちゃおうか。


「通り過ぎるのはダメなのです。助けを求めている者は、きっと返事ができなくて、扉なども開けられないのです」


 扉の前から離れようとした私に、レティちゃんがまだ諦めるなと言う。


「うーん。それなら、あの高い窓からこっそり入ってみようか」


 採光窓なのか、ワンコが逃げ出さないように高い位置に窓を設置してあるのか、普通の家よりも高い位置に窓があり、それが開いている。

 私たちは少し離れた裏通りに入り、ピオちゃんに妖精の姿にしてもらう。


「行くのです」


 家々の壁際を飛び、目的の窓へとまっしぐら。

 窓から中に入ると、一瞬視界が暗くなって、すぐに目が慣れた。


「ケージがいくつも並んでおるのぅ」


「へぇ。あれってケージって言うんだ。故郷だとみんな外に繋いで飼っていたから、家の中で飼うときはワンコをケージに入れるんだね」


「家の中で放し飼いにしてもいいのです。ただ、ここは犬が多すぎてそれができないと思うのです」


「ウゥー、バウバウッ!」

「ワワワワワワン、ワン、ワン!」

「キャイーィン、クゥーン」

「ギャフ、ギュゥウン」


『助けて! 主が倒れているバウ』

『飯、飯、飯、はよ飯寄こせ!』

『外行きてー、漏れそうー』

『ウンコ、くせー』


「誰じゃ!?」


 今、誰かが話しかけてきたようで、それでいて空耳だったような不思議な感じがした。

 耳に聞こえているのはワンコの鳴き声だけ。

 でも、頭の中では誰かが話しかけている。


「そこの犬ですよ♪」


「犬が話すのですか? 本当なのですか?」


「え? ワンコが話しかけているの?」


「それはですね、こういうことです♪」


 ピオちゃんが言うには、妖精の姿になると、ピオちゃんみたいに動物の声が聞こえるようになるんだって。

 それは耳が音として捉えるのではなくって、近くに行き、念波を感じることで私たちの頭が念波を言葉に翻訳してくれるんだそうで。

 だから、決してワンコが言葉を話しているのではなくって、ワンコの考えていることが念波として外に出ていて、それを私たちが受けて言葉として感じ取っているらしい。

 ちょっと難しいね。でも、


「ワンコとお話ができるんだね! 凄いよ」


「こちらも上手に念波を飛ばせば、できますよ♪ ただし、相当近づかないと届きませんから。今回に限っては、ここの犬たちが必死で訴えていたため、離れていても届いたのです♪」


 あくまでも耳に聞こえるのは「ワンワン」という鳴き声。

 ワンコのほうも耳では人の言葉を会話として理解できないから、お互いに念波を飛ばし合って話をするんだって。

 妖精の姿でいれば、念波を感じることも、放つことも容易とのこと。


「この間の猫は何も言っておらなんだ気がするがの」


「あれは、眠っちゃってたからね」


 妖精の国から猫を外に連れ出す際、妖精の姿になって猫を抱きかかえてた。猫も妖精の姿になっていて、暴れ疲れたのかそれともミリアちゃんの腕の中が心地良かったのか、ぐっすり眠ってたからね。


「それよりも、あの大きな犬が主を助けろと叫んでいるのが気になるのです」


「バウッバウッ、ウゥー、バウッ!」

『主が倒れている。向こうバウ』


 ケージから鼻を出すような形で話しかける大きなワンコ。

 近づこうとすると、隣のケージのワンコが腕を伸ばしてパンチしようとするので、やや遠巻きに近寄る。


『キッチン、バウ、急げ、バウ』

『飯、飯寄こせ。今朝から何も……』

『ウンコ片付けてくれよー』


 他のワンコも自己主張を止めない。


「キッチンだね。行ってみよう」


 キッチンの扉を開けるには不便なので人間の姿に戻る。

 そして開けた扉の向こうでは。


「大変! おばあちゃんが倒れているよ!」


 床に倒れているおばあちゃん。微動だにしていない。

 どうしよう、どうしよう?


「ババア、生きているのですか!?」


「ば、ぶ、び、でぇ」


 レティちゃんが揺さぶると、喚き声をあげたおばあちゃん。

 とりあえず生きていた。


「足が折れておるのじゃ。意識は戻ったようじゃの」


「さっきの犬が言うにはですね、この方は、早朝にここで倒れて足の骨を折り、あまりの痛さで気を失っていたのです♪」


「ど、どうすればいい?」


 肩を貸して歩くわけにもいかないし、負ぶって歩くと折れた足が揺れて激痛を伴いそう。


「うむ、エムや。予備の毛布を一枚出すのじゃ。よし、今度はそれを広げて床に敷くのじゃ。万物を生成する魔王の奇跡、メガ・ジェネレイト!」


 言われた通り、床に毛布を広げて敷くと、マオちゃんが魔法を唱えて、長い石の棒を二本、生成した。

 それぞれを毛布の三分の一ぐらいの位置に置き、毛布を畳んでぐるりとすると。


「担架になったのです。マオリー、たまには役に立つのです」


「ほれ。三人で乗せるのじゃ」


 痛がるおばあちゃんを担架に乗せ、ケージに接触しないよう注意しながら運ぶ。

 外に出て、通りすがりの人に病院の場所を尋ね、南西大通りへと向かう。


「あれだね」


 病院の中はそれほど混雑はしていなくて、状況を見た受付のお姉さんが、最優先で順番を割り込ませてくれた。

 なんでも、もう少しここに来るのが遅かったら命の危険があったそうで。そうとは知らずに運んできて、間に合ってよかったと思うよ。

 そして、おばあちゃんはこの病院に引き取ってもらうことになった。


「どうするのですか?」


「どうするって、何をどうするのじゃ?」


「もしかして、ワンコのこと?」


 おばあちゃんについては、ここがかかりつけの病院だったらしく、任せておけばどうにかなる。でも、それだとワンコの世話はできない。


「もちろん犬のことなのです」


 家の中ではたくさんのワンコが自己主張をしていた。

 まずはエサをあげて、フンの始末をして、それから散歩をすればいいのかな?


「放ってはおけないから、世話をしに戻ろう」


 おばあちゃんの家に戻ると。

 そこはやはりワンコが吠えまくっている状態のままで。


「とんだ災難じゃのぅ」


 ワンコの世話はマオちゃんもしたことはなく、近所の人が飼っているのを見たことがあるだけ。

 想像力を奮い立たせ、パンと干し肉を薄味のスープに浸し、ある程度冷めたらワンコに与える。


「バウッバウッ」

「ワワワンワンンワン!」

「キャンキャン」


 今は何を言っているのか翻訳はされないけど、ワンコたちの飛び跳ねて喜ぶ姿を見れば、言いたいことは理解できる。


「クサイのです……」


 エサに夢中になっている間に、フンを拾って袋に入れる。

 これをケージの数だけ済ませると、次は散歩。

 ロープの先についた金具を首輪に……。


「ひゃっ」


 顔を近づけたら、ペロリと頬を舐められ手先が見えなくなる。

 次の小さなワンコは動き回ってなかなか捕まえられない。遊んでもらっているのと勘違いしているみたい。

 とにかく、私、マオちゃん、レティちゃんそれぞれが三匹ずつ外へと連れだす。


「むお! これ、走るな、走るでない!」


「マオちゃん、先に行っちゃったね」


「ふん。犬ごときに我は負けないのです」


 外に出ると、突然ワンコが走り出してマオちゃんは前方遠くへと消えて行った。

 私の隣では、同じく走りだそうとしているワンコを、平気な顔で片手で抑えているレティちゃんの姿が。

 私の担当しているワンコは比較的小さくて、三匹どうしがじゃれあっているので引っ張られることもない。

 そろそろマオちゃんは今日四度目となる中央広場に入った頃かな。そこに行くのがワンコたちの日課みたい。

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