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030話 別々の道へ

 凶変魔物イビルバグベアを倒した私たちは、怪我人を乗合馬車に乗せ、目的地ダウ・ダウの町へと入った。

 巡回兵の乗っていた馬がどこかに逃げていなくなっていたから、怪我をした巡回兵も乗合馬車に乗せたよ。

 町まではそれほど遠くはなく、乗客はお年寄りを除いて皆、歩いて向かった。誰も文句は言わなかった。怪我人に席を譲るのがマナーなんだって。

 怪我をした「浮雲の集い」の人たちは、その場で乗車料金を支払っていて、巡回兵の分は、後で町に請求が行くらしい。


挿絵(By みてみん)


「あれってクリム神様の像かな?」


「夫婦像なのです」


「聖クリム神国の大きな町では、どこでもクリム神様の像が設置されているぞ」


 中央広場の泉の中央に立っている石像。それはクリム神様の像で、夫のカスタ様と妻のクリム様が肩を支え合って遠く未来を指差している。


「ここでみんなとお別れだ」


 ミリアちゃんは夫婦像の正面に立ってからこちらに向き直り、やや寂し気な表情を一瞬浮かべてそれを隠すように無理やり笑顔を見せる。


「ミリアちゃんとの旅はとっても楽しかったよ」


「そうじゃの。ミリアがおったからこそ、妾はジンジャー村の雪辱を晴らすことができた。感謝してもしきれないくらいじゃ」


「我の故郷が盗賊団に襲われなくて済んだのも、ミリアの働きがあったからこそなのです」


「猫を捕まえたのもミリアさんですよ♪」


 よく考えれば、ミリアちゃん大活躍だね!


「どれも、みんながいてくれたからこそ実現できたことだ。私一人の功績じゃないさ……」


 このタイミングで夫婦像の周囲から噴水が上がり、その霧が光を反射してミリアちゃんを輝かせる。


「もう、ミリアちゃんの旅が終わっちゃうんだね」


「ミリアの旅は終わらないのです。ミリアは戦争を止めに帝国に行くのです。我らの誇りになるのです」


「うん。必ず止めてみせる。お前たちも、魔王を倒してみせろよな」


「もちろんだよ。ミリアちゃんの分まで殴ってあげるからね」


「お主は刺突剣じゃから殴れないがの」


わりぃ。ゆっくり話している暇はなさそうだ。とにかく、これまでいろいろ楽しかった。今までで一番のいい思い出さ。じゃあ、みんな元気でな」


 片手をひらりと振り、ミリアちゃんは東を向いた。

 私たちは笑顔で手を振り返し、東門へと走るミリアちゃんを見送る。

 東に向かう乗合馬車は、今からならまだ間に合うって言ってた。

 ミリアちゃんが人々の流れの先に消えると、私たちは北門のほうへと向かう。

 それぞれの目的に向かって、別れの道を進む。


「ミリアちゃんがいなくなると寂しくなるね」


「旅には出逢いと別れがつきものじゃ」


 時々振り返ってみても、もうミリアちゃんの後ろ姿は見えない。

 夫婦像も見えなくなった。

 私たちは、とぼとぼと歩き続ける。


「うわ。クロワセル王国に向かう乗合馬車は、明日の早朝まで待たないといけないんだね」


 北門の近くに設置してある乗合馬車の看板を見て、ガックリ肩を落とす。


「我らにも時刻表を提供してくれる諜報機関があってもいいのです」


「ミリアは仕事での移動じゃからの。事務の者が気を利かせて乗り継ぎ時刻表を用意してくれておるのじゃろうて」


 乗り継ぎの必要な町の名前、乗り場となる門、それと出発時刻を記したメモをミリアちゃんは持っていた。それはもちろんベーグ帝国に戻るための物で、クロワセル王国に向かう馬車の情報なんて書いてなかった。


「時間が空いたし、冒険者ギルドに行って凶変魔物の討伐報告でもしてこよう」


 この町の冒険者ギルドは中央広場の近くにあったから、さっき目にしていた。

 私たちは踵を返し、中央広場へと戻る。


「おい、用件を早く言え」


 冒険者ギルドに入り、受付の前まで行くと、カウンターの向こう側にいる小柄な女の子が強気な態度で接してきた。


「えっと。凶変魔物を倒したから、ギルドマスターに報告を」


「はぁ? なんで凶変魔物でギルマスを呼ばないといけないんだ? おい、早く魔石を出せ。こちとら忙しいんだ」


 魔石を魔法収納から取り出して渡すと、受付の女の子はぶっきらぼうに掴み取って、鑑定の魔道具の上に置いた。


「まあ、珍しいっちゃあ、珍しい系統の凶変魔物だわな。でもそんなことでいちいちギルマスを呼んでたら、業務がパンクしちまうぜ。ったくよォ」


 私から見たら左前方。鑑定の魔道具の上に表示されている文字を見ながら女の子はブツブツ小言を漏らしている。


「メルトルーの町だと、凶変魔物を倒したらギルドマスターに報告だったよ?」


「あぁ? そりゃあ、そこだけの特別ルールだ。世界共通ルールだとな、異次元迷宮を新しく発見したときや、特別な脅威に遭遇した場合にギルマスが直接対応することになってんだぞ」


「あとはギルドマスターによる指名依頼の達成報告のときかの」


「そうそう。てめえ、分かってんな」


 メルトルーのギルドマスター、ヘレンクさんって、やっぱり変わり者だったんだね。

 討伐報酬を受け取り、受付から離れる。


「ここの掲示板は、張り出しが多いのです」


「異次元迷宮の魔物討伐って依頼が多いね」


「この町の周辺には異次元迷宮が数多くあるようじゃの」


 今まで見てきた掲示板の中でも張り紙がダントツに多い。

 依頼だと異次元迷宮の攻略が多くて、適度に魔物を討伐しないと、魔物が外にあふれるようになるみたい。もちろん、ボスを倒せるなら倒して欲しいようで、ボスを倒すと特別報酬が出るとも書いてある。


「エムも仲間を募集するのですか?」


 その他に多い張り紙は仲間の募集で、異次元迷宮の攻略で仲間を失ったパーティーがそれなりにあることが分かる。


「どーしようかなー」


「そう慌てて募集をせんでもよかろう。妾たちは何度も強敵とまみえることで、以前とは比べ物にならないくらいに強くなっておるからの」


「そっかー。そうだね、私たちは強くなった。だからこのまま、この三人で魔王を倒しに行くよ」


「まあ、倒さずとも行くだけでよいのじゃ。行くだけでの」


 初めてゴブリンと戦ったときは包丁と草刈り鎌だった。

 でも、今の私たちは立派な武器を持っている。

 だからもう、ゴブリンなんかに負けることなんてないよ。

 あれ? 魔王ってゴブリン級?


「それなら、今日はもう宿屋で休むのです。今日の分は十分働いたのです」


「そうだね。イビルバグベアと戦って結構疲れたから、早く休もう」


 冒険者ギルドを後にし、少々ポーションとかを買い込んでから、中央広場に面した宿屋に入る。

 これで本日の活動は終了となった。


 深夜。

 ベッドの上で眠っていると、何か音が聞こえてきて目が覚めた。


「う、ううん……。なに? なんだろう?」


「むぅ。なんじゃ、騒々しい」


「ふん。小物が鳴らす音など、我には効かないので……、うへぇ、うるさいのです」


 窓の外から、何か金物を叩く音、それと叫び声が聞こえてくる。

 寝ぼけ眼でよろりとベッドから降りて窓辺へと向かう。


 ガンガンガンッ!


「冒険者なんて出ていけ! お前らうざいんだ! 今度アタシの悪口言ったらぶっ殺してやるからな!」


 ガンガンガン……。


 少ない街灯の下、初老のおばさんが鍋を木片で叩いて騒いでいる。

 中央広場を歩いて回り、さらに遠くの大通りの方向へ音は遠くなっていった。


「ふあぁ。冒険者と何かひと悶着あったのかのぅ」


「我には関係ないことなのです。直接決闘すればいいのです」


「おばさんと冒険者が決闘したら、おばさん負けちゃうよ?」


 こんなことがあったけど、しばらく見ていてもおばさんはもう戻ってこなかったので、安心してベッドに潜り込んだ。


「朝ですよー。みなさーん、起きてくださーい♪」


「むにゃ? 朝? え? えええ? ピオちゃんに起こしてもらったよ!? 夢だよね? うん、これは夢。すややぁ……」


「うぬぅ。これは夢に違いないのです。もうひと眠り……」


「二度寝できるとは、お主ら若いのぅ」


 朝遅く。

 最悪の一歩手前の気分で起床。

 昨日は戦闘で疲れていたこともあって、寝不足感が物凄い。

 背伸びしてから部屋を出る。


「嬢ちゃんたち、よく眠れたかい?」


「見ての通りなのです」


「深夜のアレは何だったのじゃ? 知っておる者なら注意してくれぬかの?」


「あー、ごめんねえ。本当に気の毒だったねえ。お嬢ちゃんたちが悪いわけじゃないからねえ。深夜に出没するのは騒音おばさんで、中央広場付近では有名なのさ」


 宿の女将は、眉毛を寄せて話し出した。

 なんでも、一年ぐらい前から時々出没していて、衛兵が何度も捕らえている。それでも教会の裁断では注意喚起なだけで無罪放免になっているんだって。

 あ、ここ聖クリム神国では、領主様はいなくて教会が町を治めているんだよ。だから、悪人を裁くのも教会なんだ。


「どうして無罪なのです? おかしいのです」


「そりゃあ、騒音おばさんとしては、冒険者にののしられたからやり返しているって主張してんだからねえ。まあ、昔からの住民だしさ、教会はそっちの言い分を重く受けとめているんだろうよ」


 これだけ聞いて、一つ納得できたよ。

 だから、冒険者ギルドの掲示板に「住民とは仲良くしましょう。住民と諍いを起こしたら除名処分となる可能性があります」なんて張り紙が何枚もしてあったんだね。


「その罵る冒険者を特定すればいいのです」


「どうせ馬車には乗り遅れたしのぅ」


 北に向かう乗合馬車は、とっくの昔に出発している。今日は乗り遅れちゃった。


「あんたら関係ないんだろ? なら首を突っ込まないほうがいいよ。顔を覚えられると、騒音おばさんの標的にされちまうよ」


「ありがとう。それでもみんなが困っていることを放置なんてできないよ」


 私たちは宿から出て、事情を聞くため冒険者ギルドに向かった。


「お前ら、暇なのか?」


 受付は昨日と同じ女の子。

 騒音おばさんのことを尋ねてみたら、


「あれは一年以上前から続いている。つまり、犯人がいるとしたら、この町にずっといる冒険者ってことになる」


「そこまで分かっておるなら、早く処分するのじゃ」


「お前ら分かってないな。この町に長く居続ける冒険者ってのは、ベテランだ。皆、異次元迷宮狙いだからな。半端な奴らは長くは続かねえ。要するにだ。そんなオバサンに構っている暇があったら異次元迷宮に潜ってるってことさ。夜中にオバサンを罵ってる暇なんてねーのさ。分かったか!」


「じゃあ、誰が犯人なのです?」


「そりゃあ、衛兵かオバサン本人に聞けばいいだろ。冒険者ギルドは濡れ衣だ。だから関わらねえよ」


 うーん。ここまで首を突っ込んでしまったし、犯人を特定しないと気が済まないなあ。


「騒音おばさんの家はどこにあるのじゃ?」


「早く言うのです」


「ギルドは関わら……、ひえっ!? てんめえ! 誰に向かって殺気を……、いえいえ、はい、どうぞこちらです。さーせんでした!」


 レティちゃんが凝視してたら、受付の女の子は突然従順になって騒音おばさんの家の位置を教えてくれた。


「騒音おばさんに会ってみよう」


 冒険者ギルドから出て中央広場に行く。

 簡単に書かれた地図では、えーっと、中央広場から大通りを南に向かい、そこから……。


「いたのです」


 中央広場の南側。

 泉の前をうろうろしているおばさんを指差したレティちゃん。

 夜は暗かったのに顔が見えていたんだね?


「クソガキども! 今、アタシを馬鹿にしたね!」


「ば、馬鹿になんてしてないよ。そもそもまだ何も話……」


 ずかずかと肩で風を切って迫って来る。

 この態度、間違いなく騒音おばさんだよ。


「おだまり! その汚い口に泥を詰め込んで、川に放り投げてやる!」


「まあ、落ち着くのじゃ。妾たちはの、お主を馬鹿にする者を捕らえるために事情を尋ねにきたのじゃ」


「ふんっ! そんなこと言ってもあたしゃ騙されないよ! いろいろ聞いたフリをしてさ、嘘をばら撒くんだろうが、ああ? お前らの手口は分かってんだよ!」


 一方的にまくし立てて、こちらの話は全然聞いてもらえない。

 これだと冒険者ギルドが関わらない方針にしたことにも頷けるよ。


「エムさん、少し話があります。この場はマオさんに任せて、向こうで私の話を聞いてください♪」


 ポケットの中から、ピオちゃんが声をかけてきた。


「マオちゃん、レティちゃん、少しだけ席を外すから、このままここで待ってて」


「エム!?」


「馬鹿にして逃げるのかい? 小賢しい冒険者だね! お前らは衛兵に差し出してやる」


「だから、落ち着くのじゃ。落ち着いて話を聞くのじゃ……」


 騒音おばさんから少々離れた位置でベンチに座りピオちゃんの話に耳を傾ける。


「エムさん。さっきの人にはですね、幻の声が聞こえています」


「幻なの? それなら薬草屋に連れてってあげないとね」


「えっとですね。おそらく、幻惑防止薬とか痛み止め薬、傷薬などでは治りません。もっと詳しく調べるため、向こうに戻ったら私が落ち着かせますので、魔法を唱えるフリをしてください。それと、念のため聖水も準備しておいてください♪」


 ピオちゃんには何か秘策があるみたいなので、すべてを任せることにした。

 え? 聖水を準備? どういうことなの?


「エム、何をしていたのですか」


「ちょっとね」


「ヘイキー・オチツキー・ヘイジョウシン♪」


 い、いきなり!?


「それは、草花を元気にするのと振り付けが同じじゃ」


 そんなこと言っても、すぐには新しい踊りなんて思いつかないよ。

 それでも、ちょっとだけアレンジしてあるんだよ。

 詠唱が単語一つ分長くなっているから、その分踊りも追加になっているし。


「ああぁぁ……」


 突然、騒音おばさんは両手を顔に当てて座り込んだ。

 ……しばらくして、そのまま顔だけを上げて私たちを見る。

 おばさん、おとなしくなっているよ!


「えっとね。私たちはおばさんを罵っている犯人を特定するためにここに来たんだよ。だから、当時の状況をいろいろ教えてよ」


「そうかい、悪かったね。って、今も聞こえるだろ?」


「今ですか? 雑踏の他は、何も聞こえないのです」


 人々が道行く音、露店の店主さんが客寄せをしている声、噴水の音、遠くで馬車が走る音、風の音……。


「ほら、目を閉じて耳を澄ませな。『まーたあのクソババア、泉に犬のフンを入れやがった』、『やだあ。ババア、臭い。近づかないで。ろうそく持ち歩いてんじゃないわよ』って、聞こえたでしょ。ほら、ほらあ。こんなハッキリと」


 騒音おばさんは立ち上がり、目を閉じて耳に手を当て体を左右にゆっくり回転させる。


「全然、聞こえぬのじゃ」


 私にも何も聞こえない。

 どうしてこのおばさんにだけ聞こえるのかな?

 これがピオちゃんが言っていた幻の声ってやつなんだね。


「お前たち、あっち、あっち。早く、捕まえて! 逃げてしまうわ」


 泉の向こう側を歩く誰かを指差して叫ぶおばさん。

 誰も何も言ってないと思うよ?


「特定しました♪ エムさん、いいですか。マブシク・ニッコーリ♪」


「わわっ」


 片手に聖水の瓶を持ったまま慌てて踊る。


「あら? 聞こえなくなったわ? 逃げたのね? もう少しで捕まえることができたのに。逃げ足の速いクソガキどもめ」


「えっとね、今は誰も声なんて出してなかったよ。おばさんに聞こえていたのは幻の声。だから、今唱えた魔法で治してあげたんだよ」


「ああ? 幻の声だって? 馬鹿にすんじゃないわよ。この耳でハッキリと聞いたんだからね」


「エムよ。それが本当のことなら、もうこやつには幻の声は届かぬようになったのじゃな?」


「そうでーす♪」


「う、うん、そうだよ。おばさんはもう、綺麗さっぱり幻の声で悩まされることはなくなったよ」


 よく分からないけど、ピオちゃんが治したって言うから、私はそれを信じる。


「貴様、治ってよかったのです。今後は夜中に騒いではいけないのです」


「ふん。あたしを騙そうなんてそうはいかないから。ま、今日の所は引き下がってやるよ。冒険者のガキどもには逃げられてしまったから、仕方ないさ」


 騒音おばさんは、普通に歩いて南の方へと消えて行った。おばさんにとっては今日から始まる静かな道に向かって。

 一年以上続いていた騒動が、ピオちゃんの魔法だけで解決しちゃうなんて、凄いよね。妖精って何でもできちゃうんだね。

 ところで、幻の声の正体は何だったんだろう?


「ちなみに、何も憑りついてはいませんでした♪」


「えええ!」


「そういう可能性もあったのですか!」


 どうやら今回のおばさんの症状は幻聴っていう病気の一種だったらしい。

 意固地な性格も、幻聴が治れば緩和していくとのピオちゃんの見立て。

 聖水を持たされた私は、一歩間違えば……。ぶるぶる。

あっという間に「カレア王国編」が終わったね。


これ、エムや。作者は章立てなどしておらぬから、勝手に「~編」と言ってはいけないのじゃ。


ちっ。私はここで降板かあ。いろいろあったけど、楽しかったぞ。


次話からは「クロワセル王国編」なのです。遂に我の名声が隣国に轟くことになるのです。ミリアの分まで我が活躍しますから、ミリアは安心して消えるのです。


レティさんも勝手に章立てしていますよ♪

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