003話 ゴブリン退治をしよう!
「今日はゴブリン退治に行こう!」
外はいい天気。
これまで三日間ずっと薬草摘みをしていたから、初めての討伐。
町周辺を調査するという簡単そうな依頼もあったんだよ。だけど、この町だけに出されている特別な依頼だって聞いたから、今回はスルーしちゃった。しかも依頼主は東の国境付近の町のギルドマスターなんだって。変わってるよね?
「ゴブリンは森の中じゃの」
私たちは町を出て森へと向かう。
その道中。
「おおぅ、誰かが倒れておるのじゃ」
道から少し外れた草むらの中に、草を押し潰すようにして誰かがうつ伏せに倒れている。
「君、大丈夫? どこか怪我してるのかな?」
「うぅ……。お腹が、減って、動け、ない、のです……」
兜をかぶっていて顔は見えない。それでも体には鎧は装着していなくて、高そうなスカートを履いているのが見えている。それと、声色から倒れているのは女の子だと判断した。
「仕方ないのう。妾の携帯食を分けてやるのじゃ」
マオちゃんが果物を差し出すと、女の子はそれを右手で掴み、兜の前面を開いてかじりついた。
倒れるくらいだし、よっぽどお腹が減っていたんだね。
「もう一個ないのですか?」
「ぬお? 足りぬのかえ? 町は近いのじゃ。町まで送ってやるゆえに、そこで買えばよいのじゃ」
「買う? お金とやらを使うのですか。持っていないのです」
そっかー。お金を持っていないのなら、何も買えないよね?
町まで送っても、また空腹で倒れてしまうよ。
「お金に困っているのなら、一緒に魔物を狩らない? 私は冒険者の仲間を募集しているんだよ」
「冒険者? 師匠から聞いたことがあるのです。冒険者になって魔物を蹴散らすのです」
「ありがとう、仲間になってくれるんだね。私はエム。君の名前は?」
「我はレティシア。貴様の旅に同行してやるのです」
冒険者登録をしていないとのことだったので、一旦町に戻り、レティちゃんを冒険者登録し、少々食べ物を補充してから狩りに出た。
「三人になったから、ゴブリン狩りはすぐに終わりそうだね」
ゴブリンは近くの森に行けば必ずいる魔物で、その討伐は常設依頼になっている。最初はそういう簡単な魔物でみんなの役割を把握することが重要だよね。
ベリポークの町を出て西に少し行った所にある森。
その向こうには山が見えている。
「ゴブリン狩りのう。悪い予感がするのは気のせいかのぅ」
「我は前に立つのです。だからゴブリンは貴様らが倒すのです」
町を出てすぐに全身鎧に身を包んだレティちゃんが、魔法収納から大きな盾を取り出して、盾役を志願した。前に立つって、そういう意味だったんだね。真っ先に切り込んで行くのかと思ったよ。
「それなら、私とマオちゃんがアタッカーだね」
「うむ。妾は、今日は前衛をやるのじゃ」
「今日は?」
「む? 細かいことを気にするでない。サーチ……。ほら、左前方にゴブリンが一体、歩いておるぞ」
「そちらに行くのです!」
へー。
マオちゃんって、草刈り鎌で戦う以外にも、魔物を探す魔法も使えるんだね。
私も武器を構えなきゃ。
「お主。それは、何の真似じゃ?」
半歩前のレティちゃんを挟んで右隣に並んでいるマオちゃんが小首を傾げて尋ねた。
「これ? これは私の武器だよ」
ベリポークの町に来てから薬草を摘んでお金を稼ぎ、なんとか購入できた包丁と鍋のフタ。
本当は剣が欲しかったんだ。でも、剣って凄く高いんだよね。今のところ、収入のほとんどが宿代になって消えちゃってるし。剣はまだ買えそうにないよ。
「魔王の討伐に使う剣は、これから魔物を討伐して稼いで買う予定だよ」
魔物討伐の報酬は薬草納入の報酬よりも高いから、きっとすぐに買えるはずだよ。
おとぎ話みたいに、どこかに聖剣とかがあれば、買わなくても済むのにね。
「ゴブリンがこちらに気づいたのです。我が受け止めますから、あとは頼んだのです」
「レティシア。お主、そのような装備があるのなら、何か武器も持っておろうに?」
フルフェイスの兜、全身鎧、それと大きな盾。
それだけ買い揃えているのなら、剣とか槍とか、何か武器も持っていそうだよね?
「我の剣は、人を切るためにあらず、なのです。人を活かすためにあるのです」
「レティちゃんは、難しいことを言うんだね」
そんなことを言っている間に、こん棒を手にしたゴブリンが走って迫ってきていた。
「ぐわっ!」
「レ、レティちゃん!?」
走りの勢いを乗せて思い切り振られたこん棒。それを盾で受けたレティちゃんが尻餅をついた。
転びはしたけれど、ゴブリンを停止させることには成功している。
「こなくそ!」
「えい!」
ゴブリンの大振り後の隙に、右正面からマオちゃんの草刈り鎌が迫り、左側面から私の包丁が向かう。
「思いのほか浅い傷になったのじゃ」
「こっちは、それなりに刺さったよ。でも、まだ動けるみたい」
包丁で刺した個所を痛がっているのは明らか。
でも、こん棒を左手に持ち替えて闇雲に大振りし始めたから、私はすぐに後ろに下がってそれを避ける。
「油断していたのです。転んだのは、この姿で受ける魔物の攻撃が想像よりも強かっただけのことなのです。尻尾で支えたつもりが空振りで、それに鎧が邪魔で思うように動けなくて……、ぶはっ」
立ち上がって盾を構え直したレティちゃんが、こん棒を受けて再び転んでしまった。
尻尾で支える? 尻尾があるのは獣人だよね。長い尻尾なんだね。
「お主、実は獣人で、見かけ倒しなのかの?」
「ぃてて……。獣人ではないのです。それに今のは、視界が狭くてよく見えてなかっただけなのです」
「と、とにかく、私が引きつけるから、マオちゃん、その間に切って!」
レティちゃんが起き上がるまでの間、私が近寄ったり、離れたりしてゴブリンの気を引く。
「おりゃ! むむっ。やっぱり浅いのじゃ」
体全体を私に向けたその側面から、マオちゃんが草刈り鎌で左肩に切りつけた。
これでゴブリンの意識はマオちゃんのほうに向くことになった。
「えい!」
私は踏み込むと同時にしゃがみ、思い切りゴブリンの足を蹴って転ばせた。
「転んだか。しかし草刈り鎌では止めを刺せそうにないゆえ、魔法を使うかのう。仕方ないのぅ。すべてを焼き尽くす魔王の炎、メガ・ファイア! おおぉ!?」
拳ぐらいの大きさの火球が、マオちゃんの右手から飛び出し、ゴブリンの胸に当たった。
「やったね! ゴブリンを倒したよ!」
「これが、魔物の魔石なのですか。食べても……」
レティちゃんが四つん這いで近寄り、魔石を掴んで兜から顔を出し、まじまじと見たかと思うと大きく口を開けて……、
「ダメだよ! それは冒険者ギルドに納めて報酬をもらうんだから。って、たぶん、食べられないと思うよ」
危ない危ない。もう少しで本当に口の中に入れるところだったよ。
苦労して倒したのに、飲み込んでしまったら報酬をもらえなくなるからね。
それに魔石って、とても食べられるような物には見えない。食べようとする発想が理解できないよ。
「妾の真なる力には到底及ばぬが、前回よりまともな魔法が撃てたのじゃ。やはり、戦いの勘が鈍っておったのかのぅ。ブツブツ……」
魔石でひと悶着している間に、また、マオちゃんが自分の世界に入ってしまっていた。
っていうか、マオちゃんって魔法使いなんだね。草刈り鎌で前衛もできるし、凄いよ!
「結構大変だったけど、なんとか倒せたね!」
「よいしょ。マオリー、早く次の魔物を探すのです」
立ち上がり、マオちゃんの肩を揺らすレティちゃん。
「む? 次じゃと? その前にお主。戦闘中の数々の失態、詳しく説明してもらわねばなるまい。魔物との戦いには命がかかっておるからのぅ」
「我の失態ですか? それはすべてこの鎧のせいなのです」
パーンと胸当てを叩き、自信ありげな顔での宣言。兜の前面が開いているので、顔は見えている。
「鎧のせいって、どういうこと?」
「我は師匠に盾の扱いをみっちりと習っていたのです。それを実践できなかったことには二つの理由があるのです」
「二つとな?」
「一つ目は、兜をかぶると視界が極端に狭くなることなのです。ゴブリンの挙動がよく見えなかったのです」
カチャリと兜の前面を閉めて顔を隠したレティちゃん。
「そうなんだー」
そうだよね。私だってあんな兜をかぶれば、前が見えなくなっちゃうよ。
「二つ目は、この鎧を身に着けると、足や腕が重くなって、素早い動きができなくなるのです」
足や腕をぐいぐい曲げ動かしてアピールしている。
持ち上げる動作がとても重そうに見えるよ。
「それでも、師匠とやらをつけて訓練しておったのであろう?」
「師匠との訓練では、簡単な防具しか身に着けていないのです」
「その鎧は新しく買った、ってことなのかな?」
最近買ったからなじんでいないとか、新調して初めての戦いだったとかなのかな?
「それについては、話せば長くなるのです――」
★ ★ ★
これは、我レティシアがベリポークの町に来る前の出来事なのです。
我は、この国の北部を治める領主の三女なのです。
北の国境に近い町キャロン。そこは領都であり、我が生まれ育った町。
そして当時、我はまだ自身のことを「私」、父のことを「お父様」と呼んでいたのです。
「勉強とか、いろいろ面倒なのです……。私はもっとボール遊びや庭園の散歩をしていたいのです」
我には兄が二人、姉も二人いて、兄姉たちは我よりも先に、勉学に舞踏に茶会にと、領主の子供らしい振る舞いを身につける教育を受けていたのです。
我も幼いながらも、少しずつ教育の時間が割り当てられるようになり、なにかと覚えることが増えていったのです。
「茶会のレッスンは、ちっとも楽しくないのです……」
社交辞令や遠回しに表現する話術を学んでも、楽しくなかったのです。
良いことも悪いことも、ストレートに言えばいいのです。本当にめんどくさいのです。
甘いお菓子を食べられることが唯一の救いだったのです……。
そんな日々を過ごしていると。
ある日、裏庭で兄たちが剣の師から指導を受けている姿を目撃したのです。
それはもう生き生きと剣を振っていて、とても羨ましく思えたのです。
「お父様。私にも剣の稽古をつけてくれる師を見繕って欲しいのです」
それで、その日のうちに、父にねだってやったのです。
「レティシア。剣術はな、領地を守るために男が学ぶものだ。お前は戦場に出ることはない。もちろん、戦場に出すような貴族を嫁ぎ先にしないことを約束しよう」
「でもですね、茶会の先生が言っていたのです。遠回しに皮肉を言うには、相手よりも上位にいなければならないと。ですから、剣術を学んでいないと男子と話すときにアドバンテージを取れないのです」
「そうか……。レティシアはよく学んでいるのだな。少々勘違いしている部分もあるが、よかろう。その祝いに、レティシアに向いた剣術の師を用意してやろう。存分に学んでみよ」
「わーい、ありがとう存じますなのです!」
「まあ、剣術を学ぶことはとても大変なことだ。やめたくなったら、いつでもやめなさい。怪我をする前にな」
十日ほどして、四人の女性冒険者が我に剣術を教える目的でやって来たのです。
兄たちの師はいかつい男性ですが、我の師となる者は女性です。
「私たちは、剣術指導の依頼を受け、こちらに参りました」
「私が指導を受けるレティシアなのです。すぐに始めるのです」
「まあ、可愛らしいお嬢様ですね。私は剣術の先生をするセリナです」
「お嬢様ではないのです。レティと呼ぶのです」
剣の師は一人。他の三人はそれぞれ、盾、魔法、弓の指導を担当するとのことです。
剣だけでないのは、幅広く体力をつけながら指導するよう依頼に書いてあったからだそうなのです。
つまり、一つの冒険者パーティーがそのまま来ているのです。
「それでは訓練を始めましょう。今日は木剣を使って構えの練習からになります」
早速、裏庭で剣術の訓練が始まったのです。
日替わりで剣、盾、魔法、弓を教わります。
「レティ様は筋がいいですね」
「素振りぐらい、誰でもできるのです」
剣の師匠セリナはおだてるのが上手なのです。
でも、我はおだてには乗らないのです。そのように、社交訓練で習ったのです。
「とてもお上手なのですが、レティ様は、皆ができることを皆と同じように行うだけではいけません」
「はい? 同じじゃいけないのですか?」
「レティ様は、領主様の娘です。きっと嫁いだ先でも人の上に立つ存在になります。ですから、レティ様の剣技は、直接対人で披露するためにあるのではなく、それをもって人を動かすためにあるのです」
「師匠は難しいことを言うのです……」
「たとえば戦場においては、レティ様は最前線で剣を振るうわけではなく、最前線に行く者を鼓舞する立場になります。そこでは、レティ様の剣技は名声の一部となるのです」
「領主の一族に剣技の優れる者がいれば、おのずと士気は上がるものッス。お嬢は戦場ではない場所で剣技を披露して名声を高めておけばいいだけのことッス」
盾の師匠メドウまで訳の分からないことを言い出したのです。
「つまりレティ様にとって、私が教える剣は、人を切るためにあらず、人を活かすためにある、と肝に銘じてください」
「人を切るためにあらず、人を活かすためにある……。よく分からないのです」
「残酷な領主一族になるな、ってことッス。人切りを覚えた領主は、それはもう……」
「人を切るためにあらず。約束してくださいね」
「はい、人を切るためにあらず。約束するのです!」
我は呑み込みが早く、いろいろなことを吸収していったのです。
そして、一年ぐらい経過して。
素質があったからなのか、剣と盾の扱いはメキメキ上達しました。
でも、魔法と弓は、いまいち上達しませんでした。
攻撃魔法ではない生活魔法はそれなりに発動できるようになったのですが、戦闘で使うような魔法は、全然ダメだったのです。
弓に至っては、今でも的に当てることはできないのです。
「今日からは実戦形式での訓練になります。木剣と盾を構えてください」
「準備はできているのです」
我の剣と盾の技能の向上は目覚ましく、実戦に耐えうるとして、訓練内容は実戦形式へと昇華したのです。
「最初はレティ様から打ち込んでください。時々、私からも反撃が行きますので、それを躱すか、盾で受け止めてください」
実戦形式の訓練では、我が攻め続け、時々来る反撃をうまく処理することから始まったのです。
そして日を重ねるごとに、反撃の頻度が上がっていったのです。
「今日は私の先手から始まります。うまく受けて反撃に出てください。では行きます!」
「ぐぐっ!」
右から来る師匠の剣に盾を合わせ、すぐに盾を左に向かわせ、次は体をひねって躱し、さらに盾を下に向かわせます。
今日の師匠は今までで一番強いのです。きっと師匠はこれまで手を抜いていたのです。
まだまだ続く師匠の攻撃。左へ右へと師匠の体が絶え間なく動き、それに向きを合わせるだけでもいっぱいいっぱいになったのです。
うぅ、辛いのです。ヘトヘトになっているのです。
それでも師匠の攻撃が止みません。
やがて視界がぼやけるような感覚に襲われ……、
「は、反撃を、する、の、です……。ドラゴニック・スラッシュ!」
「きゃあ!」
「セリナ!?」
師匠の剣を受け続け、反撃の隙を窺っているうちに我は立ったまま意識を失いました。しかし、倒れることなく体は動き、記憶にはないのですが、無意識に凄い剣技を発動したらしいのです。
「はっ!? し、師匠! 誰か! 薬、早く薬を持ってくるのです!」
我が意識を取り戻すと、その目線の先には、右腕を失った師匠の姿がありました。
訓練を傍観していて慌てふためいているメイドたちに指示を出すと、彼女たちが屋敷に入るよりも先に執事が高級ポーションを持って屋敷から飛び出してきました。
裏庭は城の中からもよく見え、執事は決定的瞬間を見ていたようなのです。
「高級ポーションを使います。止血にはなりますが、その……」
執事が師匠の肩に高級ポーションをたっぷりと振りかけます。
師匠の苦悶の表情は徐々にやわらいでいきますが、切断された腕は元には戻りません。
「お嬢。さっき使った技はなんだ? 隠していたッスか!?」
盾の師匠メドウが我の肩を掴んで揺らします。
剣の師匠セリナはこの冒険者パーティーのリーダーであり、唯一無二の剣士。
右腕を失った剣士には、もう、未来はありません。
師匠セリナは、冒険者を続けることができなくなったのです。
「私が、私が師匠の腕を? そんなこと、できるはずがないのです」
記憶こそありませんが、師匠の剣を受けることに精一杯で、とても反撃できる状態ではありませんでした。
「残念ながら、私も領主様も見ておりました。まるでドラゴンの頭のような形のかまいたちが、レティシア様の木剣から飛び出しておりました」
執事が屋敷の中から見ていた我の剣技。
それは教わったものではなく、師匠でも初めて見るもの。
我が下段から振り上げた木剣から、鋭利な、それでいてドラゴンの頭のような形の黄色のかまいたちが飛び出し、師匠の右腕を切り落としてしまったのです。
この日で訓練の契約は打ち切りとなり、師匠たちはどこかに旅立ってしまいました。
そして。
「レティシア。お前は我が娘ではあるが、起こした罪は償わなければならない。よって、ガリックの町の別荘において一年間の幽閉に処する」
裁定を下すのは領主である父。
我が師匠の腕を切り落とす瞬間を第三者が見ていなかったのなら、領主権限でどれだけでも無罪にできました。
しかし、裏庭での訓練は多くの者が見ていて、我が剣技を発動した事実は広く知れ渡ってしまいました。それで、我には実刑が下ったのです。
我は領都よりも南にあるガリックの町の別荘の牢に入れられました。
わざわざ別の町に移動させて牢に入れることには、たとえ娘であっても公正な裁定を下していることを領都の民にアピールする狙いがあるそうです。
檻を乗せた荷馬車でガリックの町に運ばれ、別荘の地下牢へと入れられました。この日から、我の地下牢生活が始まったのです。
「別荘の中なんて誰も見ていないのです。お父様は、真面目に牢に入れなくでもいいのです……」
別荘に客人が来るわけでもなく、我が別荘から外に出なければ、わざわざ牢に入れなくてもよいのです。
生真面目な父は、刑の執行を宣言した以上は、最後までやり遂げないと気が済まなかったのかもしれません。
「剣は人を切るためにあらず……。当時意識がなかったのですが、それでも私は師匠との約束を破ってしまったのです」
師匠との約束を破り、剣で人を切り、師匠の人生を狂わせる大怪我を負わせてしまったのです。
地下牢生活ではすることもなく、師匠に対する負い目だけが毎日募っていきました。
三か月ほどして。
「今日は満月なのです……。う、うごごご……。はっ!? わ、我は竜王。ドラゴンの頂点に立つ者なのです」
見上げると、狭い鉄格子の窓から満月が見えました。ここは地下牢といっても、半地下なのです。
頬を照らす満月を見つめていると、次第に意識が遠退いていき、そして得体の知れない記憶が我に宿ったのです。
我の前世は竜王。
竜王は寿命が近づくと、転生の儀式を行い、卵を産みます。
我は、その卵から生まれ出る予定だったのです。
なぜに人族に!?
「竜王の我をこのような所に監禁するとは、人族は皆殺しに……」
突然襲い掛かる頭痛。
「ううぅ。人族の知識、常識が我の行動を阻むのです……」
これまでの領主の娘としての自我が半分。竜王としての自我が残りの半分。
それぞれ考え方や常識が異なります。
我は人族の姿で、ここは人族の国。
ゆえに我は人族の常識を優先するのです。
「とりあえず、ここから出るのです……」
扉となっている鉄格子を、湧き上がる力でぐにゃりと曲げ、悠々と牢屋から出ました。
「およ? あんな所に鎧が!」
地下から一階へと上がると、廊下の突き当りに鎧一式が飾ってありました。
「我はこの屋敷から出るのです。しかし、顔を見られるとまずいと、人族の知識が警鐘を鳴らしているのです。つまり、あの兜をかぶれば誰にも顔を見られることはないのです」
すぐに兜をかぶり、残りの鎧は魔法収納にしまいます。
一緒に飾ってあった大きな盾と剣もしまいました。
屋敷からこっそり抜け出し、さらに夜陰に紛れてガリックの町からも出ます。
人目を避け、何日も歩いて逃げているうちに、魔法収納の中のお菓子が底をついたのです。
う、うぅ……。お腹がすきすぎると、目が回るのです……。
どこかに食べられる魔物はいないのですか……。
もう、歩けないのです……。
そして倒れて寝転んでいたところに、エムとマオリーが現れたのです。
果物をもらい、さらにエムの仲間になったのです。
「もちろんレティちゃんも、魔王を倒す手伝いをしてくれるよね?」
「む? 魔王を倒すのですか。我の力をもってすれば、魔王などコテンパンにしてやれるのです」
前世では魔王とは因縁の関係だったのです。現世でもボコボコにしてやるのです。
我が住んでいたドラゴンの領域は魔王の魔族の国と接していて、前世では、なにかと諍いが絶えなかったのです。
魔族の国は毒沼が多く、野菜が育ちません。そのため、我の領域から水源を得ようと、魔族どもがよく侵入してきやがったのです。
もれなく、我の手先の者が魔族どもを追い返したのは言うまでもないのです。
「そう力まず、軽く挨拶程度に済ますのじゃぞ……」
以上が事実なのですが、現世の我は人族の姿なので、エムとマオリーには前世の記憶のことは秘密にし、師匠に怪我を負わせて牢屋に入れられ、脱走してきたことだけを説明してやったのです。