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029話 領主会議の翌日

 今日も清々しい朝だね。

 王都の宿屋は、他の町より少々お高めなんだよね。でも、ベッドの寝心地がいいし、昨日までの疲れは全部とれたよ。

 昨日は領主会議に参加してとっても疲れたんだ。

 出席していたのが、偉そうな人ばかりだったからね。

 一つ間違えたら牢屋行きだってマオちゃんが脅すから、すごく緊張したんだよ。

 始まってすぐに居眠りしてた?

 緊張しすぎると眠くなるんだって。

 それに私が要らない絵を表示していたって、会議が終わってからミリアちゃんが言ってたけど、全然覚えていないんだよね。


「ピオピオ、そろそろ出かける時間じゃ。起きるのじゃ」


「むにゃにゃ~。アスターが呼んで……、むにゃ……、ふぁ? 朝ですか?」


 いつもお寝坊さんなピオちゃんは、ポケットに入れると目を覚ます。

 みんな起きたし、お出かけタイムだね。


「みんな起きたな。悪い。今から大事な話をしないといけないんだ」


「何か話し合う予定だったのですか?」


 話をするだけなら、わざわざ予定を立てなくてもいいよね? というか、昨日の会議が重要すぎて、その先のことを考える余裕なんてなかったよ。


「とりあえずソファーに集合だね」


 ソファーに腰かけると、ミリアちゃんは真剣な面持ちでみんなの顔を見回し、息を大きく吸ってから話し出した。


「いいかみんな。驚かないで聞いてくれ」


「どうしたのじゃ、改まって」


 これまでミリアちゃんからいろいろ驚くことばかりを聞かされ続けてきたから、驚かない自信はないよ。


「実は、私はベーグ帝国の諜報員なんだ」


「え~、そうなの!?」


 ちょうほういん? なんだか格好のいい響きだよ。ミリアちゃんってベーグ帝国の職員だったんだね?


「日々得てくる突飛な情報。薄々感じてはおったがの」


「別に諜報員でもなんでも関係ないのです。魔王をぶちのめせばいいだけなのです」


 父さんと母さんの仇、魔王を倒すこと。その目的のもとに集まった仲間なんだから、職業が何でも問題なんてないよね。


「それが関係あるんだ。諜報機関の本部から、本国に帰還するように命令が出たんだ」


 申し訳なさそうな色を顔全体に出して俯いたミリアちゃん。


「命令なんて無視すればいいのです」


「私もできればそうしたい。でも、本部からの命令は絶対だ……。しかし、気づいたんだ。このまま諜報員の立場でいれば、ベーグ帝国の愚かな策略を阻止できるかもしれないって」


 途中から顔を上げ、握り締めた拳を膝の上に置いた。


「愚かな策略とは、クロワセル王国に攻め込むことかの? あれは半分、消えたようなものじゃろ」


「そうだよ。眠たい会議で頑張ったんだから」


「私も可能性が消えたと思いたい。でも、会議ではここカレア王国がクロワセル王国に攻め込むことがなくなっただけで、ベーグ帝国が単独で動かない保証なんてない」


「ベーグ帝国がクロワセル王国に攻め込むのですか? そうなったら、我らの行く道が塞がれるかもしれないのです」


 えっと、魔族の国ジャジャムに行くには、クロワセル王国を北に向かわないといけないから、戦争になると通行できなくなるかもしれないんだね。


「安心するのじゃ。ベーグ帝国がそのように早く動くこともなかろう。密談では半年後がどうとか言っておったからの」


「ベーグ帝国はクロワセル王国に侵攻する準備をしている。カレア王国を巻き込むことはその一環だったんだ。諜報機関にはそんなベーグ帝国の動きが気に入らない者がいて、私に妨害するように極秘情報をくれたんだ」


 ベーグ帝国が戦争を起こそうとしている。でも、それに反対する人もいる。ミリアちゃんもその一人。私も戦争なんてしたらダメだと思うよ。


「ふむ。このまま諜報機関に属しておれば、極秘の情報が得られ、要人と接触できる可能性がある、ということかの?」


「とにかく、私はベーグ帝国に帰って、戦争にならないように動きたい。だからごめん。冒険者でいられるのも今日までだ」


「ミリアの考えは崇高なのです。我はミリアに賛同するのです。帝国に帰って馬鹿どもを殴ってきやがれ、なのです」


「殴ったらダメだよ」


「決意は固いのじゃな? エムや。ミリアの志を尊重してやろうではないか」


 本当はこのままミリアちゃんと一緒に旅をしたい。

 でも、戦争が起こらないようにするためにミリアちゃんはベーグ帝国に行かないといけない。

 それなら!


「それならさ。私たちもベーグ帝国に行けばいいんじゃないの? 魔王を倒すのは戦争が起こらないようにしてからでもいいし」


 魔王はずっと魔族の国ジャジャムにいる。どこかに逃げたり隠れたりはしないはず。ちょっとぐらい寄り道しても、仇は十分に討てるよ。


「それは名案なのです。魔族の国ジャジャムは、ベーグ帝国を通っても行けるのです」


挿絵(By みてみん)


「わ、レティちゃん、地図を持ってたんだね。えっと本当だ。ジャジャムは、ベーグ帝国を通っても行けるんだね」


「みんなの気持ちはありがたい。でも残念。ベーグ帝国の関所は、通行証がないと通れないんだ。申し訳ないけど、私一人で行く」


「そうか。仕方ないのぅ。エムや、決まりじゃな。妾たちは途中まで見送ってやるので精いっぱいじゃな」


「ピオピオ。メルトルーの町に行くのです!」


 このような話の流れで、私たちは東の国境に近いメルトルーの町に転移した。

 ここでお別れかな?


「妾たちもミリアと共に東に向かって聖クリム神国に入り、途中で北上すればクロワセル王国に入れるのじゃ。そのまま北に向かえばジャジャムじゃ」


 マオちゃんナイスアイディア。

 私たちも途中まで一緒に行けば、少しでも長く一緒にいられるね。


「悪いな。見送ってもらって」


「あ、パーティー資金を分けてあげるね」


「いいよ……、いや、全部はいいから金貨三枚ぐらいで。諜報機関から支給される旅費はいつもカツカツなんだ」


 金貨五枚をミリアちゃんに渡す。これまでの稼ぎの残りを等分したら、もっとたくさんあげないといけない。それなのに、本人が遠慮しているから渡しづらい。

 ミリアちゃんの収納は小さく、余分な物は入れたくないみたい。


「東に向かう乗合馬車に乗るにも、まだ早いのです」


 まだ朝早いから、乗合馬車が出発するまでに時間がある。


「途中、何か稼ぎながら移動できるかもしれぬし、冒険者ギルドを覗いておくのがよかろうて」


「そうだね。冒険者ギルドに行ってみよう」


 冒険者ギルドに行くと。

 掲示板には新たな張り紙が掲示してあった。


『警告。迷いの森での魔物討伐を禁止する。許可なく迷いの森に進入することも禁止する。ギルドマスター、ヘレンク』


「この張り紙は、ギルドマスターがボルトのことを気遣って用意してくれたのです。我らの望みを叶えてくれたのです」


「慧変魔物ボルトを守る目的なら、そう明記するほうがよい気がするがの。何か打算を感じるのは気のせいかの」


「ギルマスは、なんかこう、他の人とは違う雰囲気をまとっていたんだよな。やたら低姿勢で接してきたしな。それにメモリートレーサーを個人的に欲しいとか言っていたしさ」


「人柄も打算も、結果が良ければ、すべておっけーだよ」


 他に目ぼしい張り紙はなく、冒険者ギルドを後にした。

 東門の近くまで行き乗合馬車に乗る。

 時間があるから余裕だと思っていたのに、聖クリム神国に向かう馬車は人気があるようで、もう少し遅れたら乗れなくなるところだった。

 やがて乗合馬車が朝日に向かって動き出した。


「馬に乗った兵士が何度も通り過ぎて行くのです」


「ここはカレア王国と聖クリム神国を結ぶ大動脈だからな。見回りも頻繁に行っているんだろう」


 乗合馬車の隣を追い越して行く二騎の騎兵。

 それが完全に通り過ぎて視界から消えかけた頃。

 前方からドスッ、バザッと鈍い音が聞こえてきた。


「魔物じゃ! 巡回兵が倒されたのじゃ」


 馬がいななき、乗合馬車が停止した。

 他の乗客が異変に気づいて前方を見、悲鳴を上げて騒ぎ立てる。


「あわわわ、じょ、乗客の皆さん、直ちに馬車から降りて逃げてください!」


 御者が後ろを向いて大声で叫び、自らが真っ先に後方へと逃げて行った。

 乗客も次々と馬車から降りて走り出す。


「私たちも逃げよう」


「逃げたらダメなのです。民を苦しめる魔物は我らが倒さないといけないのです」


「おいおい。巡回兵が倒されたんだぞ。それでも戦うのか?」


「たしかに強い魔物じゃ。ただの。巡回兵の他にも、近くの草原で倒れておる者がおる。それを見捨てて逃げるのは、心苦しかろうて」


 何人も倒れているんだね?

 私は、私たちは、そんなの見て見ぬふりなんてできないよ。


「戦おう。戦って無理なら、みんなに謝って逃げよう」


「仕方ないなぁ」


 嫌そうな言葉を口にしていても、ミリアちゃんは最初から戦う準備をしていた。

 みんな馬車から降り、前方へと走る。

 魔物のほうもこちらに近づいてきていて、接敵はすぐだった。


「イビルバグベア、凶変魔物じゃ。心して掛かるのじゃ」


 凶変魔物イビルバグベアは私の腕の長さぐらいの背丈で、背中には蝶のような羽が生えていて半分宙に浮いている。

 容姿は黒い子グマ。

 まるでぬいぐるみのように左右交互に傾いて動いている。

 その見た目と仕草はとても可愛いらしい。


「エム。油断するな、なのです」


 見惚れていたのがばれちゃった。

 イビルバグベアがスティックを振ると、クルミのような物が雨となって降ってきた。


「いててて。こなくそーっ! フレイムスマッシュ!」


 クルミの雨の中をミリアちゃんはハリセンを振り上げて走り、魔法発動で硬直しているイビルバグベアに殴り掛かった。

 炎に包まれたハリセンは、硬直が解けて横にスライドして避けたイビルバグベアの左手を掠めただけで直撃はしなかった。


「先日のオークジェネラルほどではないが、素早い動きをするのぅ」


 オークジェネラルは攻撃と魔法が連続で、そして隙なく襲い掛かってきていた。イビルバグベアは硬直があってまだ戦いやすい。

 魔物のほうが素早く隙なく動いているのは、私たちの実力不足。

 マオちゃんが言うには、魔物との戦いを何度も経験すれば、私たちもオークジェネラルよりも強く、速くなれるんだって。よく訓練している城の兵士が町の人よりも強いのは同じような理屈だそうで。


「うおっと!」


 ハリセンの大振りの隙にイビルバグベアが回転蹴りを合わせてきて、それを斜め後ろにステップして避けたミリアちゃん。


「イージス! 間に合え、なのです」


「ぐはっ」


 続けて放たれた光球が、真っ直ぐにミリアちゃんに向かう。

 レティちゃんが盾の有効範囲を広げて割り込ませようとした行動は間に合わず、光球はミリアちゃんの胸に当たった。

 ミリアちゃんは顔をしかめ、片膝をついて胸を押さえている。


 とにかくイビルバグベアの動きが速い。

 連続攻撃されると、今の私たちだと対処できない。


「ピオちゃん。いつもの音楽で、速く動けるようにできないかな?」


 いつものように防御を上げても、こちらの攻撃が当たらないと勝ち目はない。ピオちゃんの演奏で速く動けるようになれないかな……。


「できますよ。リクエスト入りました。アジリティアップの旋律、ご清聴ください♪」


 私の後方に浮かんでいるピオちゃんが、いつもよりも軽快な音楽を奏で始めた。

 なんだか体が軽くなった気がするよ。


「ふん。我の盾をそう何度も通過できると思っているのですか」


 もう一度イビルバグベアが放った光球を、手を伸ばして盾で受け止めたレティちゃん。


「すべてを焼き尽くす魔王の炎、メガ・ファイアなのじゃ!」


「私もやるよ、プリムローズ・ブラスト!」


 正面からマオちゃんの火球、左から私の尖った闘気玉が花びらを散らして飛んで行った。


「くうぅ~。やったか?」


 痛みを堪えて立ち上がったミリアちゃん。


「貴様、卑怯なのです」


 火球と闘気玉はたしかに命中した。

 それぞれが当たるたびにイビルバグベアが分裂し、全部で三体になっちゃった。

 三体のイビルバグベアが個別に動きだす。

 スティックを振ってクルミを降らせる個体、黒いイバラのムチを手から伸ばす個体、闇雲にレティちゃんの盾に突進する個体。


「痛い、痛いって」


 頭上から降り注ぐクルミの雨は、左手の丸い盾では半数くらいしか防げない。抜けた物が肩とかに当たって痛い。

 盾のないミリアちゃんとマオちゃんは全弾命中で大ダメージを受けている。

 レティちゃんも、突進する個体に盾を合わせているため、頭にクルミが当たりまくっている。

 ピオちゃんは、体全体を覆う球状のシールド魔法で難を逃れている。

 あのシールド魔法は、オークジェネラルに蹴られたときにも発動していて、私とピオちゃんに大して怪我がなかったのはそれのお陰。でも効果範囲が狭いから過信はできない。


「ぐふ……。散開、して戦うしか、ないかのぅ」


「ぎゃああぁあ、なの、で、す」


「レティちゃん!?」


 イバラのムチがレティちゃんの体を絡んで縛り上げ、さらに黒い煙を噴出してレティちゃんを苦しめている。


「あの技……。あれは闇堕ちした妖精が魔物に変化した個体です。私に任せてください。動きを止めてみせます。マブシク・ニッコーリ♪」


 ピオちゃんが前方に飛んで行き、スティックを掲げて魔法を発動すると、三体のイビルバグベアの動きが止まり、地面に落ちてもがき始めた。


「皆さん、今です。攻撃を当てちゃってください♪」


「うん。プリムローズ・スプラッシュ!」


「お返しだ。ハリケーンスマッシュ!」


「節々が痛いが、魔法を発動できぬほどではないのじゃ。すべてを穿つ魔王の炎、メガ・フレイムランス」


 私の連続刺突が左の個体に、ミリアちゃんのハリセン殴打からの竜巻攻撃が右の個体に、マオちゃんの炎の槍が真ん中の個体にヒットした。


「ふぅ。やりやがったのです」


 分身体が消え、本体も消えて一つの魔石になった。


「ようやくポーションタイムだね」


 みんな、ポーションを飲んで傷を癒す。

 ミリアちゃんが一番痛手を負っているように見える。でも、動けていたし、大丈夫そうだね。


「ピオピオ。妖精は魔物になるのですか?」


「闇堕ちして長年経過すると魔物になります。それは人族でも同じですから。どちらも、とても珍しい存在です。それに今現れたのは、より凶暴な凶変魔物でしたから、さらに希少性の高い存在でした♪」


「闇落ちしたのって、やっぱり?」


「それは……、闇堕ちするくらいに人族を憎んでおったのじゃろうな」


 昔の悪い人が、妖精を捕まえて売りさばいていたんだっけ。

 可哀想に、妖精は絶滅にまで追いやられたって話だったから、強い憎しみの念を抱いていても不思議ではないよね。


「貴様ら、休憩は終わりなのです。そろそろ、次の仕事に取り掛かるのです」


「まだ魔物が近くにいるの?」


 慌てて周囲を見回す。

 どこにも魔物は見えないよ。


「いや、魔物はおらぬが、倒れておる者どもを町まで運んでやらねばなるまい」


「そっか。怪我している巡回兵を運ばないとだね」


「その他にもいるのです。あそこの草原、きっと誰かが伏しているのです」


 レティちゃんが指差した先は草が茂っていて、所々くぼみのように草が折れている。そこに、誰かが倒れているみたい。

 深手を負っているのかな。動いてない感じだよ。


「助けに行こう。ミリアちゃんはここで待っていて」


「ん? 大体治ったぞ。肩を貸すぐらいなら平気さ」


 四人で草原へと踏み入る。

 すると、草と一緒に倒れていたのは……、


「お主ら、また倒れておるのか」


「へっぽ、こ……。すまないな……」


「ヘッポコさん、いいえ、立派な魔法使いさん……。ありがとう、また、助けられたわね……」


 冒険者パーティー「浮雲の集い」だった。

 先日、凶変魔物イビルディアにやられて入院していた四人は退院してすぐに、今後凶変魔物に遭遇しないよう、お祓いを受けるために聖クリム神国の聖都に向かっていたそうで。

 馬車代をけちり、魔物を倒しながら進んでいたのが仇となり、再び凶変魔物と遭遇した。


「この間は森の浅い場所。今回は街道に近い場所。凶変魔物と遭遇することのほうが珍しかろうにのう」


「とっととお祓いをしに行きやがれ、なのです」


「まあ、次の町で入院になりそうだけどな」


 普段、森の浅い位置や、今みたいな街道の傍で凶変魔物に遭遇することなんてまずない。

 そんな場所で二回も凶変魔物に遭遇しているこの人たちは、不運なんだね。お祓いを受ければ、不運は断ち切れるのかな?

 とにかく、また入院するのが先になりそうだね。


「お客さーん! 大丈夫でしたかー?」


 御者が乗合馬車の所に戻り、大きく手を振っている。

 乗客も戻りだした。それぞれ私たちに向かって手を振ったり飛び跳ねたりしている。

 私たちは怪我をした冒険者に肩を貸して歩き、興奮気味の乗客に温かく迎えられながら乗合馬車の所に戻った。

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