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028話 メルリーとの約束

 これは領主会議の前日の話じゃ――


 庭園での作業は昨日ですべて完了し、今日はオフとなった。

 最初、冒険者ギルドに行って魔物狩りの依頼でも受けようかという話になって宿から出たのじゃが、明日は大事な領主会議の日。怪我でもしたら大変だという理由で途中で取り止めになった。


「せっかく王都ポワテに来たんだし、今日はのんびり観光でも楽しむか」


 毎日あくせく働かなくとも、指名依頼をこなした妾たちの資金には余裕がある。一日ぐらい羽を伸ばしてもいいじゃろう。


「高い建物が数えきれないくらいに並んでいるよね」


 ここ王都は、大通りに面する建物は四階建てが主流のようで、大通りが谷間のようになっておる。

 高さ方向に伸びておるのは、よほど土地が足りないのじゃろうな。土地が余っておるジンジャー村では平屋建てが主流じゃったからの。

 そうじゃ。ジンジャー村といえば……、妾はメルリーと一緒にここ王都に来る約束をしておった……。

 盗賊団に襲撃され、焼け落ちたジンジャー村……。


『おねえ……、ちゃん』


 炎の中、瓦礫の下に消えたメルリーの顔。

 伸ばした手が間に合わず、助け出すことすら叶わずに。

 思い出すと涙が零れる……。

 すぐに拭って誤魔化す。


「マオリー、どうしたのですか? 貴様が暗い顔をするのは珍しいのです」


「少しの。ジンジャー村での約束を思い出しただけじゃ」


「もしかして、こちらでしょうか? ミ・エール♪」


 エムのポケットから顔を出したピオピオが、スティックを掲げて魔法を唱えると、


「おお、メルリー……」


 妾の隣に、メルリーが現れたではないか?

 これは夢なのか? きっと夢に違いない。

 それでも夢でもいい。メルリーに逢えたのじゃ。


『お姉ちゃん、ここって人が大勢いるっちゃね。大きな建物もたくさんあって、まるで夢の国だっちゃ』


 夢の中のメルリーが、まるでここにおるかのように話しかけてくる。


「そうなのです。ここはカレア王国の王都なのです。この国で一番栄えているのです」


「おい、レティ。こいつ、誰なんだ? 話しかけてもいいのかよ?」


 ミリアが引き気味にしながらも、慌てておる。

 まさか、夢の中のメルリーが見えておるのか?


「私がお答えしましょう♪ こちらはマオさんの妹さんです♪」


「お、お主らにも見えておるのか? これは夢ではないのか?」


 夢、幻。

 妾にしか見えない幻想だと思っておった。

 たしかに、たしかにここにメルリーがおるのじゃな?


「妹さんを見えるようにしたんですよ♪ 先ほどから、マオさんの周りを球体となって漂っていましたから」


 おお、そうなのか。

 メルリーに再会できたこと、ピオピオには感謝せねばならぬの。


「ひょ、ひょっとして、ゆーれ……」


 エムとミリアが震えておる。


「失礼な。メルリーはメルリーじゃ。決してゆー、ゆ……、ゆーれいなのかの?」


 冷静に考えるとメルリーは死んだのじゃ。ならば、ここにおるのは……。


「妹さんは幽霊と似ていますが少し違いますよ。いいですか――」


 ピオピオの説明は以下の通りじゃった。

 人は、この惑星を構成する物質と精神の一部を寄せ集めた塊として生まれ、大きくなる。

 そして人は死ぬと土に帰る。つまりこの惑星を構成する物質と精神に戻る。

 すなわち、メルリーは惑星に戻ったのじゃ。

 今のメルリーは惑星そのもの。

 妾の心が呼び出した、この惑星を構成する穢れなき精神の一部。大きな精神体のごくごく一部。昔、メルリーとして存在していた部分。

 それに対し、幽霊なる者は、大きな精神体に戻らずに漂い続けておる存在。何かを守ろうとする良い波動、未練、呪いなどの悪い波動。良くも悪くもなんらかの穢れを持っておる。

 両者は似ていて、異なっておるのじゃ。


「そ、そうなのか。だからピオは怖がっていないのか」


 ピオピオは異次元迷宮ロッテン・レストマンションで死霊系の魔物を怖がっておったが、メルリーのことは怖がってはおらぬ。根本的にその存在理由が異なるからじゃな。

 妾の求めで出現したメルリー。決して死霊系の魔物ではない。


「マオリーの妹なのです。貴様ら、怖がって恥ずかしくないのですか」


「そ、それならさ、メルちゃんを、あの店に連れて行ってあげようよ」


 まだエムは怖がっておるようじゃが、しばらく共に時を過ごせば分かり合えるようになるじゃろう。そこら辺の店に行くのは名案じゃ。


「まずはあの露店じゃな。ここまで甘い香りが漂ってくる」


 目に入った露店。人気があるようで客が多い。

 む? これは甘味かの?

 小麦粉を焼いて、クリーム状の物と果物を挟み込んでおる。


「へい、毎度あり!」


「おおぅ、これは、うまいのぅ」


『お姉ちゃん、甘くてとろけそうだっちゃ。お姉ちゃん、大好き』


 他の露店で飲み物を買い、そちらも絶品であり、いろいろな果物が混ざっておって天にも昇る味じゃった。

 ジンジャー村では甘味に乏しかったからの。メルリーも大満足じゃろうて。


 よくよく考えてみれば、人族はなんとも贅沢な生活をしておるものよのう。

 魔族の国ジャジャムでこのような甘味の店を開くようなことがあれば、重い贅沢税が課せられるのは必至じゃ。五百年ほど前に妾が導入した税区分じゃがな。

 一般市民がこのような物を手軽に手に入れることなど、ジャジャムでは考えられないことじゃ。日々の食べ物にも苦慮しておるからの。

 食糧が豊富な人族は人口が増え続け、やがて魔族の人口をはるかに超えるようになりおった。


「メルちゃんは、マオちゃんのこと、大好きなんだ?」


『お姉ちゃんは、ジンジャー村の希望の星だったっちゃ。ゆくゆくは、領主様になるはずだったっちゃ。そんなお姉ちゃんが大好きだっちゃ』


「領主ではなく、正しくは村長じゃがの」


 ベンチに座って甘い物を一緒に頬張ることで、皆、メルリーと打ち解けた。もう、怖がってはおらぬ。

 気を取り直して散策をするのじゃ。


「この服はメルにも似合いそうだぞ」


『うふふ。とーっても可愛い服だっちゃ。これはお姉ちゃんが着ても似合うっちゃ』


 服屋に立ち寄ると、服を合わせてみてはしゃぎ、


『露店に並んでいる野菜、お姉ちゃんが育てた物のほうが立派だっちゃ』


「そうじゃろ。妾は全知識を動員して畑を改良しておったのじゃ。このような露店の野菜などには負けはせぬぞ」


 野菜を見ると、ジンジャー村の畑を思い起こして競わせる。


『それでも、あの野菜は見たことがないっちゃ。お姉ちゃん、おいしいっちゃ?』


「妾も初めて見るのぅ」


 赤いリンゴのような形状なのに、底面に根がついておって、切り揃えられておる。


「あれはアカリンコンだよ。カイエン村の畑で栽培してたからよく知ってるよ」


 ほぉ。リンゴのように皮を剝けば甘い野菜とな。

 エムの故郷の村で栽培されておるのじゃな。

 土の中で大きくなって、食べ頃になると地表にひょっこり顔を出すのだとか。

 ジャジャムで育てることができれば、きっとよい糖分の供給源となるじゃろう。覚えておくとするかの。


「なあ、店ばかり見ていてもキリがないぞ。せっかく王都にいるんだから王城でも眺めに行ったらどうだ。私たちは見飽きるくらい見たけど、あれこそが王都の観光スポットじゃないか?」


 そうじゃの。王都ポワテは魅力がいっぱいの町じゃ。

 立ち寄る店はどこでも、新しい発見がある。

 いろいろな店を覗いているだけで、あっという間に時間が過ぎてしまう。

 このままでは、王城を見る時間がなくなってしまうのじゃ。

 初めて王都を訪れる者にとっては王城見学は王都観光の目玉じゃ。

 王城を見ずして王都に行ったとは言えないからの。

 ただ、妾たちにとっては昨日まで王城の庭園で働いておったから新鮮味はないがの。

 妾たちは大通りを進み、王城へと向かった。


『大きな建物だっちゃ』


「あれがこの国の王の居城じゃ。妾の家を百軒並べても、まだ城のほうが大きいのぅ」


 近づくにつれ、建物の谷間から王城が見えるようになる。

 やがて庭園も見えてきた。


『お姉ちゃん、お姉ちゃん。とーっても綺麗な花園だっちゃ』


「つい先日までほとんどの花がしおれておってのぅ。妾たちが復活させたのじゃ」


『お姉ちゃんはなんでもできる、世界一のお姉ちゃんだっちゃ』


「本当はピオ……、ぐほっ」


 ミリアの鳩尾にレティシアのパンチが入った。

 レティシアは時々凄い力を出しおるから、ミリアのことが少々心配じゃが、花を眺めながら、城の敷地の外周を一周するように歩く。


『どこを眺めても綺麗だっちゃね』


「あの花の絨毯がプリムローズで私のお気に入り。その隣に見える花がサフランで、ミリアちゃんのお気に入りなんだよ」


『いいな、いいな。お姉ちゃんには、そうだっちゃ、あのたくさん花びらのついた花が似合うっちゃ』


「おお、メルリー。妾に似合う花を見繕ってくれたのじゃな」


 細い花びらがいくつも集まっておって、タンポポを少々大きく広げた感じの花じゃの。


「あのお花はアスターです。キク科ですから、小さな花びらのほとんどにおしべとめしべがあります♪ いずれたくさんの種ができますよ♪」


 膝より下の草丈で、花の径は小指の長さぐらいかのう。

 花の色は赤っぽいもの、青っぽいもの、紫っぽいもの、白っぽいものといろいろ揃っておるの。

 どの花も中心部分が黄色くなっておるから、それがおしべであるように思いがちじゃが、ピオピオが言うにはあれも花びらじゃ。


「アスター。よい響きじゃ。妾はあの花が気に入ったのじゃ。メルリー、感謝するのじゃ」


『大好きなお姉ちゃんだから、お姉ちゃんだけに選んであげたっちゃ』


 メルリーは優しいのぅ。

 妾がジャジャムに帰ったら、今度は魔王城でも案内してやるのじゃ。向こうは花を育てる余裕などはなく殺風景じゃがな。


「そろそろ一周しちゃうね」


「改めて一周したけどさ、兵士が大勢いて物騒な感じがするよな」


「領主会議が終わったら、きっとベーグ帝国の外交官とまた会う約束をしているのです」


 ここに巡回兵がいなければ、情緒あふれる庭園じゃったろうに。おしいのぅ。

 外周を一周し、妾たちは大通りに戻った。


「アクセサリー店があるのです」


 レティシアは宝石に興味があるようじゃの。寄りたくてたまらぬと、顔に出ておる。

 妾たちは、レティシアの後を追うようにアクセサリー店に入った。


「この辺りにあるのはレティの屋敷とか、金持ちの家ばかりだからな。金持ちが通う店が並んでいるんだろうな」


『お姉ちゃん、綺麗な石だっちゃね』


「それは高価な宝石じゃ……。おおぅ、その赤いのがええのかえ、ええのかえ……」


 メルリーが頬に手を当てて赤い宝石を見つめておる。


「我は、この緑に輝く石が欲しいのです。エム、パーティー資金出動なのです」


「あっちの石もキラキラしてて綺麗だよ」


「お前らの分はナシだぞ」


 色とりどりの魅惑の宝石が、その綺麗さを際立たせるようにいくつも並べられておる。

 皆、その輝きに魅了されておるようじゃ。


「ほれ。プレゼントじゃ」


『わあ! お姉ちゃん、ありがとう!』


 パーティー資金で購入した赤い宝石のペンダント。

 店から出て、メルリーの胸元にそれをかけてやる。

 すると、赤い宝石がキラリと輝いた。


『お姉ちゃん、ありがとうっちゃ。王都を一緒に回る約束も忘れないでいてくれて、大好きだっちゃ……』


「どうしたのじゃ、メルリー。肌が透けておらぬか?」


 メルの肌の向こうに、町並みが透けて見えるようになった。

 これは一体どうしたことじゃ?

 まさか……。


『……もっとメルのままでいたい。お姉ちゃんの傍にいたい。でも、もう時間だっちゃ。メルはこれからも、ずっと、ずっとお姉ちゃんを遠くから見守っているっちゃ……』


「メ、メルリー!」


 おおぅ、メルリーが、メルリーが透き通るようになって消えていく。

 抱き寄せようと両腕を交差させると、むなしく空を切った。


『お姉ちゃんの願いもきっと……』


 ペンダントと共に、メルリーは消えてしまった。

 メルリー……。

 赤く染まり始めた空を見上げる。

 遠くを飛ぶ鳥を見つけて、頬に一筋の涙が流れた。

 ジンジャー村でメルリーと一緒に眺めておった空も、こんな感じじゃった。


「妾はメルリーの分も生き、メルリーの分も幸せになってやるのじゃ。必ず妾は強くなる。そしてジンジャー村のような悲劇をこの世界からなくしてやるのじゃ」


 妾は夕方の空に誓いを立てた。

 妾は、仇の盗賊団を牢獄送りにしてやった。

 本当はこの手で制裁を加えてやりたかったのじゃが、今の妾では力不足じゃった。

 メルリーよ、見ておれよ。妾はいずれ、いろいろな魔物と渡り合い、力をつける。その暁には、囚われの盗賊団に制裁を加えてやるからの。

 魔王に不可能などないのじゃ。


 これで現世のカレア王国における心残りがなくなった。あとは魔族の国ジャジャムに入るために旅をするだけじゃ。

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