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027話 王都ポワテ 後編

 王都散策日を挟んで迎えた朝遅く。

 日が高くなった頃に、王城の近くにあるアルグレン家の屋敷に行く。

 レティの父が飛竜でそこに降り立つ予定だからだ。


「来たのです!」


 空を見上げていると、飛竜が視界に入った。二騎上空に並んでいて、そのうちの一騎が降下を始めた。

 もう一騎はそのまま城の方向へと飛んで行った。

 ここからだと城はすぐ近くだ。


「レティシア、待たせたな。出て行く際、慌てていたが、無茶はしていないだろうな?」


 着地し、バスケットから降りたのは領主と、その付き人。

 この飛竜は領主の所有物だから、ここに降りたんだ。

 業者の飛竜だと、業者の敷地にしか降りられないから、飛竜を所有すると便利だろうな。……飛竜が物凄く高いのは想像できているぞ。


「無茶なんてしていないのです。バッチリ、密談をこの目で見てやったのです」


「お前……」


 領主はよろけるように頭を抱えた。

 事情を知らなければ不法侵入したとしか思えないからな。

 私たちはきちんと手順を踏んで敷地に入ったんだ。

 密談を盗み見たのは、まあその、二階の窓からだけどな。


「それでは参るとしよう」


 気を取り直し、あらかじめ用意してあった紋章付きの馬車に乗る。

 座席は三列あり、私たちも乗ることができた。

 会議によっては文官を多く乗せて登城することがあるんだとか。


 すぐに城の敷地に入り、城の正面口の前に横づけする形で馬車が停止した。

 ん? 馬車から降りてすぐに領主がやたら低姿勢になったぞ?


「マイルド王子殿下、お待たせしました」


 王子が出迎え?

 正面口の前には王子と、さらに簡易鎧を装着した男二人がその後ろに立って出迎えてくれている。近衛兵だろうな。


「アルグレン卿。さっきまで一緒に飛んでいたではないか。だから待ってなどいない。さ、会議室に向かおう」


 一緒に飛んでいた?

 もう一騎の飛竜のことか。


「ああそうでした。こちらは私の三女、レティシアになります。少々礼儀作法が行き届いていないくて心苦しいのですが、どうかお見知りおきを」


「ぶへっ。我はレティシアなのです」


 領主に頭を押さえられ、無理やり礼と自己紹介をしたレティ。たしかに礼儀作法がなっていない。もちろん、私もなっていない。


「武勇は向こうで耳にした。ずいぶん快活なお嬢さんだと。襲撃を防いだのも知っている。礼儀作法なんて物は、武功に劣る。僕はご息女を高く評価している」


「もったいないお言葉……」


 向こうで耳にした?

 あ! あのときの、そう、守兵団の先頭付近にいた男!

 あれが第二王子だったのか。

 なんで王子があんな所にいたんだろう?


「ご息女の付き人も参加するのかい?」 


「ええ、例の報告をする際の、重要参考人ですので」


 何が何だか分からないうちに、私たちは会議室に入った。

 テーブルがU字状に並んでいて、その開口部に設置してある浮いている席が議事進行と発表者の席。奥から見て右側が王族と内政官、左側と底部が各地の領主の席だ。

 レティの父、アルグレン領の領主は最も端に座り、私たちはその後ろに設けられた特別席に座る。

 王子は王族側の席に着いた。

 時間経過に伴って、各地の領主が入ってくる。

 時折、私たちを蔑むような目で見る者もいる。

 冒険者の服は場違いだから仕方ない。

 レティはいつもの鎧を脱いだだけなのに高そうな服装をしていて、浮いてはいない。髪が乱れているとかはあるんだけど。


「これより領主会議を開催します。それでは、レードル王陛下のお言葉を賜ります」


 レードル王が立った。


「忌まわしい災害から早一年。西の地域の復興は滞りなく進み、今や災害前と遜色ない生活ができるようにまで回復したと聞き及んでおる。諸君、これはベーグ帝国の支援があったからこそ為し遂げられたことだと、肝に銘じたまえ」


 当時、聖クリム神国も援助はしたんだけれども、そちらは資金ではなく、生活物資だったから復興作業には充てられていなくて、今回の説明から省かれたんだろう。


「そのベーグ帝国から同盟締結の打診があった。余はこれを受けようと思う。どうじゃ、異論のある者がおれば、意見を述べよ」


 レードル王は余裕の態度で着席した。誰も反対しないと思っているんだろう。

 お、誰かが挙手したぞ。


「ソルト卿、どうぞ」


「はい。友好関係にもない帝国と、いきなり同盟を締結するのは、いささか時期尚早ではないでしょうか?」


「むぉっほん。それは、我が国を狙うコソ泥がおるからだ。クロワセル王国が日々軍備を増強し、虎視眈々と我が国を狙っておることが判明した」


「ディッシュ卿、どうぞ」


「大変失礼だと存じながらもお尋ねします。マイルド王子殿下がクロワセル王国の王女殿下とご婚約なされています。クロワセル王国が我が国を狙うとは、誤報ではないでしょうか?」


「ベジブル宰相、どうぞ」


「クロワセル王国との縁組の件についてはですな、前触れもなく突然向こうから話を持ち掛けてきた案件なのです。なぜか向こうの文官も準備不足でいろいろ不備が多く、怪しい縁組だとは思っておるのです」


「マイルド王子殿下、どうそ」


「怪しい縁組でも問題ない。僕はクロワセル王国に入る。そうすれば領土侵犯は起こらないはずだ。それに先日、修行先のアルグレン領のキャロンで、大規模な襲撃事件があった。これは、クロワセル王国に雇われたと自称する・・・・集団によるものだった」


 クロワセル王国に入る?

 第二王子は婿養子になるのか?

 それに修行?

 兵士の中に紛れ込んでいたから武者修行だよな?

 私は諜報機関でアルグレン領の兵は強いと習った。

 婿入り前に実力をつけておきたかったのかもな。


「なんと破廉恥な! クロワセル王国は二枚舌か!」

「そのような縁談、すぐに破談しましょう!」

「ベーグ帝国と同盟を結ぶべきだ!」

「なぜ、そのようなクロワセルに、王子殿下は向かわれようとなさるのか?」


「静かに!」


「僕がクロワセル王国を信じる理由、それはアルグレン卿が説明してくれる。ではアルグレン卿、任せた」


 王子はこちらに目配せして着席した。

 視線の先はレティの父だ。


「王子殿下よりご指名をいただきました。ご説明いたしましょう。つい先日、我が領都を百人規模の盗賊団が襲撃し、それを撃退しました。その際、捕虜にした者から、面白い自供を得ましたので、ご覧ください」


「おい、エム! 起きろ!」


「ふにゃ? ん? あ、あれだね!」


 エムは慌ててメモリートレーサーを起動した。

 会議室の中央に、私たちが捕虜三人を尋問する絵が映し出される。

 一人目は失神したから、二人目からな。


『お前は、ベーグ帝国に雇われているんだな? そうだろ?』

『貴様! 吐きやがれ、なのです!』

『ヒエエェェ!』


「な、なんだね、これは?」


「この者が見た記憶を絵にする、特別な魔道具を使っています。絵に映っていますのは、我が町を襲撃した盗賊団の一人。クロワセル王国軍の鎧を身に着けていた者です」


 レードル王を始めとし、この場の誰もが驚いている。

 そうだろうな。私も初めて見たときは驚いたからな。


「そうか。続けろ」


『つ、捕まったらクロワセル王国に雇われたと言えと何度も念を押され、さらに催眠術のようなものをかけられた。それが今、解けたようだ。だから今なら話せる。俺は、ベーグ帝国に雇われた』


 クロワセル王国の装備品が支給された話、ジンジャー村を襲撃した話が続けて流される。

 やべえ、改めて見るとレティめっちゃ怖いわ。

 近づくだけで捕虜が目に見えて震えているからな。

 後ろ姿しか映ってなくてよかったな。


『嘘ではないと誓います! クリム神様に誓います! あなた様にも誓います!』


「ぶおっふぉん。これは演劇だったのかね?」


 レードル王が茶をむせながらも声を上げた。


「これはすべて真実です。ベーグ帝国は策略をもって、我が国とクロワセル王国との仲を裂こうとしていたのです」


 現状は中立関係で、このまま婚姻が成立したら姻戚関係になってしまうからな。

 それは邪魔したくなるよな。


『貴国とベーグ帝国とでクロワセルの地を分割するというのが、合理的だと考えますが、いかがでしょう?』


『承知した。前向きに考えておこう』


 うはっ! エム、危ない場面を思い出すなよ! それは最後の切り札だぞ。


「なんですと! 我が国とベーグ帝国とで、クロワセル王国を分割支配するですと?」


「アルグレン領への偽装集団による襲撃。そしてクロワセル王国の分割提案。これは策謀としか言いようがない」


 場が騒然となった。一様にベーグ帝国を非難している。

 絵の出所について勘繰る者がいなくて助かったぞ。

 普通、あの角度から密談を覗き見することなんてできないからな。

 そもそも、覗き見したこと自体を咎められたら危なかったんだ。


「ごほん。それならば諸君らは、悪名高いクロワセル女王の元に我がマイルドを寄こすのが、是だと言うのであるか?」


 ん? クロワセル王国の女王は、悪名高いのか?

 諜報機関では、カレア王国のことばかりを習っていたから、クロワセル王国のことはよく知らないなあ。


「スパシー卿、どうぞ」


「王陛下。今、私たちはクリム神様に試されています。戦争を起こす未来よりも、平和な未来こそがクリム神様の望まれるものです」


 スパシー卿?

 この間いろいろあったメルトルーの町の新領主か。

 入室して前を通る際に、私たちに一礼していた若い女性だ。

 彼女はレティの父の隣、私の斜め前に座っている。


「荒唐無稽なことを言って、場を濁すのであるか?」


「いいえ。こちらにおわす方々は、クリム神様からご啓示をお受けになられた使徒様です。私の領都におきましてクリム神様がご降臨なされ、恥ずかしながら、多くの悪事をお見抜きになられました。その際、見届け役として遣わされたのが、こちらの使徒様がたです」


 メルトルーの領主コットン・スパシーは、体を斜めにし、私たちに手の平を向けて話しだした。


「見届け役の使徒様!? つ、つまり、クリム神様が今も見届けておるのであるか?」


 話がとんでもない方向になっているぞ。

 エム、どうするんだ? 正直に違うと言うのか?

 そんなことはできないよな。メルトルーでやらかしたことが全部バレてしまう。困ったぞ……。


『おお! 使徒様! お待ちしておりました。ワシは罪を償うため牢屋に入っております。隣の商人メルチェ、さらに隣の執事クーゴともども、必ずや改心いたしますので、どうかクリム神様にはよしなにお伝えください』


 ぶはっ!

 変な場面を思い出すなよ!

 もう、メモリートレーサーは魔法収納にしまえって。


「前領主のブワデー・スパシー卿であるか……」


「父は自らの悪事を恥じ、誰の指示も受けずに進んで牢へと入りました。領主の座を私に譲って隠居したのも、父自身の判断でした」


 目を丸くした王の顔が、ぎこちなくエムに向く。


「クリム神様は平和の象徴であったな。うむ、結論は出た。ベーグ帝国との同盟は結ばない。息子はクロワセル王国に向かわせ、平和への架け橋とする」


 エムがいろいろやらかしはしたが、なんとか戦争が起こらない方向で話がまとまった。

 同盟締結延期ではなく、締結そのものを否定した。想定以上の結果を得られたぞ。

 議事録を書いている人が、忙しく筆を動かしている。

 同盟は締結しないと、しっかり書いてくれよな。


「それでは、定例報告に移りたいと思います。アルグレン卿、どうぞ」


 これ以降は各領主が代わる代わる発表席に移動しての定例報告となり、私たちは居眠り……、したかったけどたくさんの目線がチラチラと向いていて眠ることはできなかった。

 使徒様って設定、どうにかしないとまずいぞ。今日のことで、カレア王国中に広まることになったからな。

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