022話 キャロンへの襲撃を阻止するぞ! 前編
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とくに今話は、挿絵に沿って物語が進みます。
襲撃計画の詳細は次の通りだ。
正午の鐘を合図に、まず始めに町の南西部で火災を起こす。
この町は年輪状に城壁が設置されていて、内側から第一、第二、第三区画と呼んでいる。その一番外側、第三区画の南西部における放火からすべてが始まる。
建物から逃げ出した無防備な住民を殺害し、さらに火災を見物しに集まった住民も殺害する。これで付近の住民は逃げ惑うようになる。まだ燃えていない建物に入って盗みを働き、そこでも火を放つ。
次に、第二区画の南東部で火災を起こす。
これで衛兵や守兵が二か所に分散することになる。
それを見計らって、北門から盗賊団の本隊が突入し、一気に城を陥落させる。
日中であることと、火災現場に兵士を向かわせるため、城門は開いたままとなっていて、侵入は容易い。
なお、突入と同時に第三区画の南東部でも放火を行う。これはさらなる守兵の分散を促すことを目的としている。
領主一族は殺さずに人質とする。兵士を降参させる口実などに使うためだ。
「私の領都に襲撃をかけるだと? 馬鹿げている。一体、誰がこのような大それた計画を立てたのだ?」
「ジンジャー村を襲撃した盗賊団なのじゃ」
「ジンジャー村は東のスパシー領にあるぞ」
スパシー領は、ここアルグレン領の次に大きな領地で、カレア王国で三番目の広さを誇っている。この間の使徒様騒ぎを起こしたメルトルーの町はスパシー領の領都だ。
「スパシー領の惨事か。聞いたことがある。村が壊滅だったな」
「妾の村じゃ。盗賊団は白昼堂々と襲撃しおったのじゃ」
「酷かったよね、あの村。建物がみんな焼け崩れて、もう何も残ってなかったよ」
実際にジンジャー村を見て、エムは思うところがあったのだろう。
私だって、あんなことをした盗賊団は許せない。
「うむ……。レティシア。疲れているところすまないが、もう少し時間をくれないか。これから兵士長を呼んで対処について議論する」
領主は半信半疑ながらも、襲撃計画について手を打つことを決めた。何もしないで襲撃に遭うよりもいいからだ。
それで私たちは会議室へと場所を移し、襲撃に対する作戦会議に出席することになった。
兵士長、副兵士長、第一区画から第三区画それぞれの衛兵長など、役職者による討論。
私たちは完全に場違いなんだけど、メモリートレーサーがないと計画書を見せられないから仕方がない。
領主にしたって「聞いた話」で進めるより、「実在する計画書」を見せるほうが実感が湧くと判断したんだろう。細かいことも、計画書を見せれば説明しなくてよくなるしな。
時系列で対処法が決められていく。人員割り当てとか、まあ、聞いてもしょうがない話も混ざっている。
「襲撃阻止計画は以上だ。全員、当日まで漏らさぬよう、細心の注意を払いたまえ」
盗賊団はどこに潜んでいるか分からない。もう、放火担当の者が町の中にいるかもしれない。
だから、あまり早くから準備を始めると、察知されて計画が変わるかもしれない。
それで当日の朝まで何もしない、部下にも伝えない、という方針のようだ。
会議中、レティがもたらした情報が真実か否かについては誰も疑ってはいなかった。それは領主公認の情報かつ、領主の娘を疑うわけにいかないのと、もしも誤報だったとしても、兵士の仕事が増えるだけで大きな問題にはならないからだろう。
疑って何もせずにいて実際に襲撃が起きたら、大損害が発生するからな。
「ふぁ~。座っていただけなのに、物凄く疲れたぞ」
「あははは、そうだよね。もう一度あのページをとか、ページめくりしてただけなのに、たくさん汗をかいた気がするよ」
「それは慣れないことをしたからじゃろ」
「今夜は久しぶりのディナーなのです。貴様ら、安宿では味わえない料理、よく堪能するのです」
とにかく退屈な会議は終わった。
私たちは当日までこの城の客室に滞在することになった。
どうやら、私たちはレティを救出したヒロインになっているらしい。
それと、「宿泊」ではなく「滞在」だ。
言葉を替えると「軟禁」だ。計画書を盗み見た私たちは盗賊団に狙われるかもしれないという名目で。実際は、襲撃阻止計画を外部に漏らさないため。
でも、一番大きな理由は、レティが旅に出ると言ったことだ。領主は強く反対していた。
冒険者をしているのに、今さらだよな?
滞在中、マオは書庫で読書。私とエム、それとピオは庭を散策。レティは何かいろいろ忙しそうにしていた。
そんな城の中でだらだら過ごすことにも飽きた頃。
襲撃当日の朝遅く。
私たちは無理言って最外周の城壁に上がる許可を得た。
とりあえずパーティーから離れてここで暮らすことになっているレティが、領主に無理を言ったんだ。私なんかが言っても許可なんて下りないからな。
城の正面口から外に出ると、そこに広がる日当たりの悪い石畳の広場には部隊が二つ、いつでも出動できるよう待機していた。これから正午に向けて待機兵士は増えていく予定だ。
襲撃阻止計画では、正午の鐘を合図に城から打って出て、北門の外にいるであろう盗賊団本隊を仕留めることになっている。
「あれは二番目の兄なのです」
「へー、そうなんだー。この間の会議のときにもいたよね?」
襲撃阻止計画会議のときにも見た顔だが、レティの兄だったのか。
副兵士長だっけ。その地位に抜擢された理由としては血縁だけでなく、兵士としての実力もあるのだろう。そういうのって、なぜか見た目で分かるんだよな。
「衛兵が巡回しておるのじゃ」
城の敷地から出て町の中を歩くと、巡回する衛兵の姿が目に入る。
二人一組の衛兵が早朝から町中を巡回し、怪しい者をとりあえず捕らえる手筈になっている。それは何組もあり、裏路地も巡回している。
聞いた話では、既に何人か怪しい者を捕らえているらしい。
町民は何も聞かされていないから突然の見回り強化に不安が募るのだろうな。それでも、火災になるよりはいいよな。
門を二つ通過し、最外郭の第三区画までやって来た。
この辺り、門衛にしては兵士が多い。守兵が増強されているからだ。
城壁の階段付近の兵士に急造の許可証を提示し、階段を上る。
「今のところ、見える範囲にはいないね」
「まだ正午には時間があるのです」
城壁の上から北方向を眺める。
朝遅くに出てきたといっても、まだ正午には早い。
盗賊団は近くの山か森に潜んでいるのだろう。
でも、そろそろ出てくるはずだ。そうしないと煙を合図に町に突入することはできないからだ。
「ところでさ。どうして北から来るのかな? アジトが南のガリックの町にあるのに遠回りになるよね?」
「うーむ。それは妾も気になっておるところじゃが、アジトの位置を察知されぬよう、わざと北から侵入するようにしたのではないかの」
「きっと、北にも大きなアジトがあるのです」
盗賊団が北から来たのなら、襲撃の成否に関わらず、後日の盗賊団狩りは北方面が対象になるんだろうな。
しかし、今回は私たちが既にアジトの情報を掴んでいるから、ガリックの町に向かうことになっている。
「見えたのです。あちこちから集結しているのです」
どうやら山や森に点在していたようで、少人数のグループが徐々に合流し、大きな集団になっていく。
「あやつらが盗賊団じゃな。うーむ、やたら立派な装備を身に着けておらぬか?」
盗賊団本隊は人数を増しながらどんどん近づいてくる。
それで武装状況も把握できるようになった。
よく見ると、半数ぐらいがどこかの正規兵のように揃いの鎧を身に着けていることが分かる。
「まだかな、まだかな。早く全員捕まえて欲しいよね」
「正午の鐘はもうすぐ……、まずいぞ。盗賊団が東に移動を始めたぞ。計画変更か?」
「何ですか、あれは? めっちゃ速く歩いているのです」
盗賊団は城壁に沿うように東に移動している。
しかも、歩いているように見えるのに走るよりも移動速度が速い。
まるで地面の上を滑っているようだ。
どうなっているんだ?
「うむ。盗賊団は超一級の魔道具を所持しておるのか、あるいは、固有魔法なのか。いずれにしても北門への突入を諦め、東門に変更したと考えるべきじゃな」
「兵士は北門に向かうことになっているのです。このままだと東門から余裕で侵入されてしまうのです」
まずい、まずいぞ。
兵士長に知らせないと、城が陥落するかもしれない。
近くにいる兵士に言って走ってもらうか?
あ! あいつ物見係だな。走って城壁から下りて行ったぞ。
これで安心だ。すぐに伝わ……、ダメだダメだ。
大きな町だから、それだと間に合わないかもしれない。
そうだ!
「ピオ、城の庭に連れてってくれ。花ならそこにいくらでも咲いてただろ?」
ピオなら、見たことのある花の位置へ転移できる。
滞在中、庭の花は何度も一緒に眺めていたから、バッチリ覚えているだろう。
「おや? 出番ですね? 行きますよ、フラワーテレポート♪」
ピオはポケットから出て、私たちを城の正面庭園に転移させた。
そこは花壇の前。花は踏んでいない。
振り返ると、私たちが城を発ったときよりも多くなった守兵団が目に入った。
カラーンコローン。カラーンコローン。
「キャロン守兵団、出撃!」
正午の鐘が鳴り、守兵団が動き出した!
騎兵を先頭に、武装した歩兵が北に向かって行く。
先頭付近に、他とは違った豪華な鎧を身に着けた兵士が混ざっているぞ。特別な兵士なのか?
そんなことはどうでもいい。今は進軍の向きを変えさせることが重要だ。
「待ってくれ!」
「マシュー兄、待つのです!」
私たちは慌てて駆け寄り、レティの声でようやく副兵士長がこちらを向いた。でも、守兵団は止まってはいない。
副兵士長だけが馬を傍らに寄せて止め、レティの顔を見ている。
「行き先を変えてよ! 東に向かわないと、盗賊団は東門に移動しちゃったよ!」
「何? 東に移動だと? 物見からは何も連絡は来ていない」
「そうなのです。盗賊団は東門に向かっているのです。この目で見てきたのです」
当然ながら、物見の兵はまだここには来ていない。
だから、なぜ物見から報告が上がらないのか不思議なのかもしれない。
そりゃあ、転移してきた私たちのほうが早いに決まっているからな。
「そうか……。レオン兵士長! レオン兵士長、話があります!」
レティの言葉を信じた副兵士長は慌てるように馬で駆け、先頭にいる兵士長に事情を話した。
とにかく私たちが見てきたことが兵士長にも伝わり、それがレティの言葉だったこともあって全面的に信用され、守兵団は東門に急いで向かうことになった。
今日は北門の守兵は増員されているが、東門は通常営業だ。
急がないと突破されてしまう。
「なんとかなったね」
「間に合ってくれよ」
「守兵団が向かいさえすれば、城が陥落することもあるまい。もう奇襲ではなくなっておる。盗賊団に勝ち目はないのじゃ」
守兵団のほうが数が多く、技量でも上回っているはずだ。だから正面からぶつかり合えば、負けることなんてないだろう。
今回城門を閉じての籠城戦にしなかったのは、そういう理由が大きい。
盗賊団の奇襲を、守兵団による不意打ちの形で破り、盗賊団を壊滅させる。最初から負けることなんて想定していない。
対策会議では、もしも籠城して撃退すると、盗賊団は散開して逃げ、多くを捕らえることは難しくなるだろうという事情もあげられていた。
「おかしいのです」
「レティちゃん、どうしたの?」
「万事うまくいっているのに、何がおかしいんだ?」
「守兵団が北門に向かうことを、どうして盗賊団が察知したのですか? だからおかしいのです」
盗賊団が察知した手段かあ。
たしかに誰かが知らせないといけないよな。
「守兵団が北門に向かうゆえ東門は手薄になる。すなわち奇襲は容易になると……」
「きっと、今日は東から行きたい、そんな気分だったんだよ」
「まあ、盗賊団の頭の気まぐれだったらしょうがないよな」
北に陣取って守兵を北に集め、あえて東から攻める陽動作戦って手もあるしな。
ん? 陽動だとしたら襲撃計画書に明記してないと変だよな?
やはり気まぐれなのか。
「大きな町を攻めるのじゃ。放火位置まで定めておるのに、気分で作戦を変えるようでは指揮官失格じゃのぅ。まあ、頭の指示なら誰も文句は言わぬのじゃろうがのう」
「きっと、放火しようとした者が、警備が厳しくて放火できなくて、外の本隊に報告に行ったのです」
「そっかー。どこからも煙は上がっていないしね。放火しようとした悪い人が外に伝えに行ったんだね」
「それはなかろう。放火担当の者は、守兵団がどちらに向かうかなど、知らないはずなのじゃ。それに、放火に失敗してから伝えに行ったのでは遅すぎよう?」
正午の鐘を合図に放火だったよな。そのとき既に守兵団は出撃していたし、盗賊団本隊は東に移動をしていた。
つまり、正午よりもかなり前に放火を諦めて報告に行かないと間に合わない。
それって、完全に放火の役割を投げ出しているよな。
私なら大きな町だからどこかに隙があると思ってギリギリまで放火できる場所を探すけどな。
「お答えしましょう。それは城の中の誰かが守兵団が北に向かうことを漏らしたのです♪」




