021話 盗賊団のアジトヘ
乗合馬車に揺られ、私たちはガリックの町へとやって来た。
町の入り口で馬車から降り……。
レティ? なんで兜をかぶるんだ?
「これからアジトの確認だね」
「必ず、妾が根こそぎミンチにしてやるのじゃ」
「今日は確認だけだからな。乗り込んだりするなよ」
力強く握り締めたマオの拳が震えていたので、冷静になるよう促した。
調査報告書に描いてあった地図、すなわちアジトの位置は私の頭の中に叩き込んである。それに従い、最初は大通りを進み、目的地へと向かう。
ここガリックは規模の小さな町で、大きな建物は少ない。
何回か曲がり、細い通りに入る。
「この辺りだ。さりげなく近くを通って、建物の確認をするぞ」
記憶では、ここからだと、アジトは十軒ほど先になる。
「私たちは観光客、観光客……。町を眺めているんだよ」
「意識しないよう、自然な感じで通るのです」
「お前が一番不自然だ!」
兜をハリセンで殴った。
さりげなく、アジトを意識しすぎないよう気を配って歩く。
「あれだね。木窓を閉めきっているね」
「そうだな。真っ直ぐ前を向いて通り過ぎよう」
三軒先。それはアジトと思われる建物があると想定される場所。
小声で意思の疎通を図る。
一見、普通の民家。横並びの二軒が両方ともアジトだと記されていた。
二軒とも、晴れた日中なのに見える範囲すべての木窓を閉めきっていて中の様子は窺えない。
それにおそらく、この周辺で座り込んでいる孤児や寝そべっている汚らしい男は、盗賊団に雇われている見張り役だろう。
どう見てもこいつらの視線が私たちに向いている。
アジトに近づく怪しい者を監視しているんだろう。
「どうだった? 行けそうかな?」
アジトの前を完全に通り過ぎ、大通りに至ってから話し合う。
「今すぐ乗り込むのじゃ。あやつらは、生かしておけぬ」
「そうカッカするなって。中の様子が全然分からなかったから、もう少し時間をかけて調べるしかないだろ」
「また、ピオピオに頼めばいいのです。どこかの窓が開いているかもしれないのです」
見える範囲の窓は全部閉じていたんだ。
そう都合よくどこかの窓が開いているとも思えないけどな。
「出番ですか? 出番ですよね? 窓が閉まっているのなら、皆さんで開けましょう♪」
「そうだね。みんなで行けば、きっと盗賊団の証拠がすぐにみつかるよ」
さっきの建物が盗賊団のアジトかどうか確認するのが今回の目的なんだ。一人、戦う気満々のロリババアはもっと諫めておかないと危険かもしれない。
「妖精変化!」
ピオはポケットから出ると、みんなを妖精の姿へと変えた。
「私の後ろをついてきてください♪」
近くの民家の屋根の下へと飛んで向かう。
それから何軒も屋根の下を通過し、ぐるりと何度か角を曲がって、アジトの三階の窓の前に到達する。
見張りは空までは見ていないようだ。誰も私たちには気づいていない。
「誰かおるかもしれないのじゃ。慎重に開けるのじゃぞ」
みんなが木窓に手をかけ、少しずつ開ける。
窓を開けるだけなのに、この姿だと結構、力がいるな。
「よし、誰もいないぞ」
「こっそり入るよ!」
開いた隙間に上下に並んで、一斉に中へと入る。
そこは窓を閉めきっていて暗い室内。
やはり、誰もいない。
テーブルと椅子があり、テーブルの上には紙の束が置いてある。
「サーチ……。この建物には二十人ぐらいおるのぅ」
「思ったよりも多いのです」
「隣の建物にもいるよ。応援が来る前に証拠を見つけないといけないね」
これからどうするか考えながら部屋の中を飛んで通過……、
「こ、これは!」
ただ上を通り過ぎるつもりだった。
しかし、暗いながらもチラリと紙の束に書いてあることが目に入り、戦慄が走った。
そこには、次の襲撃地について記してあったんだ。
突然の声にみんなが驚き、周りに集まってくる。
「領都キャロン襲撃計画……。キャロンはこの国で二番目に大きな都市じゃ。たしかレティシアの故郷じゃったの?」
「そうなのです。キャロンは我の生誕の地なのです。これはとんでもないことなのです! 一刻も早く盗賊団を捕まえないといけないのです!」
「このまま突入するよ!」
「いやいや、待てって! ちょっとは冷静に考えろよ」
たしかに捕縛できるロープも買ってある。でも、まだ様子見の段階だぞ。エムまでそんなに勇むなよ。
「とにかく、キャロンはここよりもずっと大きな都市だ。盗賊団はそこを襲撃しようとしているんだぞ。そんなことができる盗賊団の規模を考えてみてくれよ」
北の国境に近い町キャロン。実際に行ったことはないが、諜報機関に入れられてすぐに町の大きさなどの知識は叩き込まれている。
国境に近いこともあって、兵士の数も多い。
盗賊団はそこを襲撃しようとしているんだ。大勢いて、しかも用意周到に計画しているはずだ。
「そうか……、そうなのじゃな! ミリアの諫めで、ようやく冷静になれたのじゃ。ここにおる二十人では半数にも満たぬ、ということじゃな」
「えー、そうなの? どうしよう。盗賊団は大勢いるってこと?」
「私たちだけでは手に負えない。この町の衛兵に頼むしかないだろ」
「それは無理なのです。この町の衛兵は両手で数えられるぐらいしかいないのです。だから我が脱走するのも容易だったのです」
脱走?
なんのことだか分からないが、今は気にしている余裕はない。
「むむ! 襲撃の実行日は十日後じゃ。これは対処を急がねばならぬぞ」
「まじか!」
マオは表紙をめくり、中の文書を読んでいた。
一緒になって読み進める……。
おお! 重要なことがたくさん書いてあるぞ。
「ここで読んでいる暇はないのです。持ち出して、キャロンの領主に渡すしかないのです」
「そうじゃの……。む、やはりそれはダメじゃ。計画書の紛失が明るみになると、計画そのものが延期か中止になってしまう恐れがあるからの」
「延期か中止になるなら、それでいいと思うよ。なんでダメなの?」
襲撃に対する準備期間が得られて、いいような気がするけどな。
「妾たちは盗賊団を壊滅させることが目的なのじゃ。大きな町への襲撃なら総出で来るに違いなかろう? 一網打尽にするチャンスなのじゃ」
「そっか。キャロン襲撃が中止になって他の町が襲われたら、目も当てられないのか」
「でもね。キャロンは襲われてもいいの?」
かといって、キャロンが襲撃されていいわけないよな。
うーん……。
「そうだよな……。私たちはどうすればいいんだ?」
「まずはここを燃やし尽くして二十人を葬り去れば、その分だけキャロンの被害は減るのじゃ」
「それはダメだよ。町が大火事になっちゃうよ」
建物が密集しているもんな。燃えだしたら止まらないぞ。
堂々巡りになりかけたところで、レティが「とにかく計画書を読んで覚えるのです。あとは、我に任せるのです」と宣言した。
それで、その自信ありげな態度を信じ、みんなで計画書を読むことになった。妖精の姿になっても兜で顔が見えないから、態度で判断だ。
暗かったのでもう一か所窓を少し開けて光を取り込み、計画書をまじまじと読む。
少し読み進めるたびに「そんな!」とか、「これはひどいよ」などの感想を漏らしている。
みんなが大体を理解した時点で外へと出た。
「今すぐキャロンへ向かうのです」
私たちは北の国境付近の町キャロンに向かった。
もちろん、計画書は持ち出してはいない。
大きな町、キャロン。
高い城壁で囲われていて、守りが堅い。
この町を襲撃しようだなんて、よくも計画したものだな。
「活気のある町だね」
「背の高い建物がたくさんあって、それだけでも多くの人が住んでおることが分かるのじゃ」
「大きな城が見えるぞ」
「観光は後にするのです。城に急ぐのです!」
南門を通るとさらに城壁が目に入り、その先に大きな城が見えている。領主の居城だ。国境が近いため、屋敷ではなく頑強な城を建てたのだろう。
兜をかぶったレティが大通りを真っ直ぐに進んで行く。
城は大きな町の中央にあるため、それなりに時間をかけて町の中を進み、城の敷地の門の前へと至った。
レティが言うには、こちらは裏門で、北にあるのが正門らしい。でも、城自体はこちらが裏側だと感じさせない造りになっている。
「そこの者、待ちなさい! 許可証を見せなさい」
堂々と門をくぐろうとすると、門衛が二人で槍をクロスさせて通行を妨げ、呼び止めた。
「許可証? なんですか、それは?」
「おい、レティ。任せろって言っていたのにここで門前払いなのかよ」
もちろん、許可証など持ち合わせていない。
領主への謁見はどこかで予約しておかないとダメなようだ。
まあ、普通はそうだよな。
「怪しい奴め!」
「何をするのですか!」
レティが力ずくで槍を押し退け、通過しようとすると、当然のことながら、門衛に取り押さえられた。
「あのね、えっとね、レティちゃん、ばらしちゃってもいいよね?」
「もう、隠し通せる状況ではなくなったからのぅ」
隠し通す?
何か必殺技でも隠しているのか?
でも、ここを強行突破しても謁見は無理だぞ。
「放せなのです。我はレティシア・アルグレンなのです。貴様ら、無礼にもほどがあるのです」
「レ、レティシア様!? 確認のため、兜をお取りになっていただけませんか?」
アルグレン? レティシア様?
たしか、ここはカレア王国アルグレン領……。まさか! レティはここの領主の娘なのか?
「むぅー。今だけの特別なのです」
解放されたレティは、兜を両手で持ち上げ、顔を晒す。
さらに、魔法収納から剣を取り出してその柄を見せる。
そこには紋章があるようで、門衛はそれを食い入るように見ている。
「これは失礼しました。どうぞ、お通り下さい」
通行が許可された。
そうか。レティはここの領主の娘だったんだな。
まあ、この大きな町の領主の娘にしてはビンボー臭い冒険者生活を送っていたけどな。
綺麗に花が並んでいる広い庭を通り、城の入り口の扉も顔パスで通過する。
扉の先ではメイドが息を切らせて立っていて、
「お嬢様。旦那様が奥の応接室でお会いになられるとのことでした」
やたら連絡が早いな。さっき門の所で走って行ったやつが連絡したのか?
私たちはメイドに連れられ、城の奥へと歩いて行く。
「こちらです」
開かれた扉の先はとても煌びやかな部屋で、高そうなテーブルとソファーが設えてあり、隅にある大きな花瓶一つをとっても華やかで高級品だと予想がつく。
まだ領主が来ていないので、先にソファーに座り、これまた高そうなレースのカーテンのついた窓から綺麗な中庭を眺めて待つ。
ビンボーゆすりをしても、足元の高級絨毯がその振動を吸収してくれているような気がするぞ。
「おお、レティシアよ。無事でなによりだ。とても心配していたのだ」
「無事も何も、心配されるようなことはないのです」
話を進めるとどうやら、この領主はレティが人攫いによって攫われたと思い込んでいたようだ。
牢が捻じ曲げられていたとか物騒なことを言ってなかったか?
なんで門とか柵とかではなくって牢なんだ?
人攫いが牢から脱走してレティを攫ったのか?
「うまく話がまとまったようじゃの。レティシアよ。そろそろ本題を申すのじゃ」
うまくまとまった? まだ何もまとまっていないだろ。
「あ、そうなのです。今日はとても大事なことを伝えにここまでやって来たのです」
「そうかそうか。やって来たのではなく、帰った、の間違いだろう? それと従者の皆さん、娘の救出とここまでの案内、ありがとう。後ほど褒美を与えることに……」
「そんなことはどうでもいいのです。話を聞け、なのです」
褒美についてはどうでもよいはずはないが、救出なんてしていないから強くは言えない。
そんなことを考えているうちにレティが話を切り出した。
「ここキャロンが、盗賊団に襲撃されるのです」
「まさか、盗賊団がこの町を? 冗談にもほどがある。レティシア、そのような流言に惑わされないよう、教育を再……」
「証拠ならあるのじゃ。ほれ、エムよ、見せてやるのじゃ」
「見せる? 計画書は持ってきてないよ……。あ、アレだね!」
エムがメモリートレーサーを取り出して握ると、領主の前に計画書の表紙が映し出された。
「なんと……、キャロン襲撃計画!?」
領主の興味を惹いたようで、エムはページを進めていく。
決行日は八日後。乗合馬車で移動したら、ここまで二日もかかったんだ。




