002話 マオリーの過去
マオリーが旅に出る動機となった出来事についての話となります。
残酷なシーンが苦手な方は、回想パートに入る前の「冒頭部分だけ」をお読みいただき、次話にお進みください。
妾はマオリー。前世では魔王をしておった。現世でも魔王になる予定なのじゃ。
ん? 唐突に言われてもよく分からぬとな?
魔王はの、転生を繰り返すことで代替わりしておるのじゃ。
百五十歳になると転生の儀式を行い、強制的に生まれ変わることで知識を繋いで賢明さを維持しておる。
難点を申せば、前世の記憶というものは、転生してすぐに思い出せるものではなく、十年ぐらいしたら突然、浮かび上がってくるものなのじゃ。
それに、どの家に生まれるかは決まっておらぬ。
それで妾は、つい最近まで魔王であることを知らずに生きておったのじゃ。
「困ったことにのう……」
今回の転生では、なぜか妾は魔族ではなく、人族として転生してしまったのじゃ。
このような事態、過去に例がない。
魔王とは魔族の王。人族の王ではないのじゃ。
じゃから妾は、魔族の国ジャジャムに行かないといけないのじゃ。
時はひと月ほど遡る。
それは、まだ魔王としての記憶を思い出しておらぬ頃。
妾は、カレア王国ジンジャー村の農家の長女として、幸せに暮らしておった。
ある日。
一人で森に行き、カゴに大量のキノコを採取して森から出ると。
「おおう! 村が、ジンジャー村が燃えておるのじゃ」
村が炎に包まれておった。
急いで駆けて帰り、その惨状に愕然となった。
「どうしたのじゃ? 一体、何があったのじゃ?」
血まみれになり倒れておる村人の中で、まだ息がある者を見つけ、事情を尋ねる。
「と、盗賊団が……」
それだけ話すとこやつは息を引き取った。
再び周囲を見回す。
どこを見ても家が燃えており、やはり我が家も燃えておる。
父上は、母上は、妹は??
居ても立ってもおられず、駆けて我が家に向かう。
「父上! 母上!」
「おねえ……、ちゃん」
「メルリー! 今助けてやるのじゃ!」
開け放たれたままの扉。その向こう側に倒れておる妹の姿が見える。このままでは家もろとも燃えてしまう。
そのまま駆け続け、家の中に入ろうとすると。
「うおっ!?」
妾の目の前で屋根が崩れ落ち、火の粉が大きく舞い上がる。妹が完全にその下敷きになってしまった。
「メ、メルリー! 熱っ! メルリー!」
助け出そうと一歩前に踏み出したものの、燃え盛る炎の熱気に焦がされて躊躇する。
炎に包まれた屋根を持ち上げたい。妹を助け出したい。
じゃが、これ以上近づくと、妾そのものが燃えてしまう。
……結局、妾にはどうすることもできなんだ。
このときの妾はまだ魔法を使うこともできず、助けてくれる村人もおらなんだ。
「メルリー……」
膝を落とし、涙まみれの顔で茫然と炎を眺めておると、熱い炎が妾の心の中に燃え移り、「盗賊団憎し」と憎悪の念が高まっていった。
憎悪で我を忘れかけたとき。
「わ、妾は魔王。魔族を統べし者」
魔王としての記憶を思い出したのじゃ。
それと同時に魔法も使えるようになった。
「メガ・ウォーターボール」
燃え盛る炎目掛け、魔法で水球を飛ばす。
「およ? 人族の体は魔力が小さいのかの?」
水球は指先ほどの大きさであり、思いのほか小さく、炎に突入するとすぐに蒸発するだけじゃった。
もう一度発動しても、水球はやはり小さなまま。
魔王の妾が、このような貧弱な魔法しか放てぬとは、何かがおかしい。
ともあれ、覚醒したばかりゆえに、調子が戻るまでに時間がかかることもある。
「ええい。炎が消えるまで連発するのみじゃ!」
それでも何度も何度も魔法を発動し、疲れて発動できぬようになっても、炎は弱まることはなかった。
翌日。
両親と妹の墓標の前で跪き、冥福を祈る。
「妾はメルリーを、両親を助けることができなんだ……。う、ううぅ……」
妾は村が盗賊団に襲われるまで、平和に、幸せに暮らしておった。
妹のメルリーとは、大きくなったら王都に一緒に行く約束をしておった。
また、両親には多くのわがままを言って困らせておった。甘えの延長だったのかもしれぬの。
それなのに、妹との約束を果たせぬまま、両親に恩返しをできぬまま、別れることになってしまったのじゃ。
「父上、母上、ありがとう……。メルリー、もっと早くに連れて行ってやれなくてごめんなのじゃ。今さら言っても、遅いのじゃが……」
土を盛り、石を置いただけの墓標。
それを見つめると、三人の顔が浮かび上がる。
村で生き残ったのは、事件当時、妾のように外に出ておった者だけじゃった。その者たちとともに、死した村人たちの墓標をいくつも立てた。
どの死体にも深い切り傷があり、葬るたびに盗賊団への恨みが募っていった。
「盗賊団め。魔王である妾の全力をもって、皆殺しにしてくれるわ!」
しかし、盗賊団がどこにおるのか知っておるわけでもなく、また、人族の華奢な体では一人で盗賊団のアジトに乗り込むのは無謀だと、前世の記憶が警鐘を鳴らす。
「そうじゃ。人族の国には冒険者ギルドなるものがあるのじゃ。そこで仲間を見繕って盗賊団をギッタンギタンにしてやり、それから魔族の国に凱旋すればよいのじゃ」
妾は魔王であるがゆえ、魔族の国に向かわねばならぬ。
しかし、現世の家族を奪った盗賊団は、絶対に許せぬ。
盗賊団、討伐すべし。それが妾の第一目標となった。
村を出て、近くの町の冒険者ギルドに赴いた。
「なになに? パーティーの仲間を募集。アタッカーであれば職種不問。募集理由、欠員補充のため」
ほう? 早速仲間を募集しておるではないか。
こやつらをこき使って、盗賊団を討伐してやるのじゃ。
妾はすぐに、この冒険者パーティーに加入申請した。
そして初顔合わせの日。
「ようこそ、冒険者パーティー『浮雲の集い』へ。アタシはリーダーのヤディア」
女性三人のパーティーじゃな。
それぞれ、剣士、弓士、光属性の魔法使いのようじゃ。
前世の記憶を思い出したおかげで識別の魔法を使えるようになっておるから、この程度は見抜くことができる。
む? 持ち物で判断したのではないかじゃと?
それはたしかに剣を持っておれば大方剣士じゃろうが、盾役かもしれぬじゃろ? その辺りを識別の魔法で見定めたのじゃ。
「妾は魔王マオリーなのじゃ。妾が加入したからには、皆には全力で戦ってもらうのじゃ」
妾の仇、盗賊団はどのような集団で何人おるのかも不明。
まずはこやつらが使用に耐えうるのか実力を試してやらぬとな。
「ぷっ。なんだよ魔王って。魔王が人族の国の、こんな町の中にいるはずないだろ?」
「この方、ひ弱そうだわ。大丈夫かしら? リーダー、考え直すほうがいいと思うわ」
「失礼な。とにかく妾は魔王なのじゃ。お主らのほうこそ、妾の魔法に度肝を抜かれるでないぞ」
妾を見た目で判断するとは、小物よのう。
まあ、見た目がキュートであることは、否定はせぬがの。
「人は見かけによらないっていいます。きっとマオリーさんは凄い魔法使いなのでしょう」
光属性の魔法使いの子が、フォローしてくれたのじゃ。
魔法使い同士、仲良くしようではないか。
「これから東の森に行く。そこでゴブリンを狩って実力を見せてもらおう。みんな、それで文句はないだろう?」
「了解です」
「お主らの実力、とくと見せてもらうのじゃ」
「なんでそうなるのよー。あなたの実力を測るのでしょう?」
「まあ、いいじゃないか。ゴブリンが一体だけとは限らないだろ?」
力試しを兼ねてゴブリン討伐に出ることになったのじゃ。
冒険者の実力が盗賊団討伐に値するか、とくと見せてもらうのじゃ。
町を出て東の森に入る。
「ゴブリン三体、右前方にいます」
魔物を探知するサーチの魔法じゃな?
妾も使えるが、この場はこやつらに任せよう。
「まずは一体! やあ! 命中よ!」
「アタシもやる!」
やりおるな。
リーダーは走り寄せながら剣を大きく振りかぶると、ゴブリンを一刀両断にしたではないか。
それに弓士も、見事に急所を射抜きおった。
こやつらの実力は上々のようじゃ。
残る一体が、怒りを露わにしてリーダーの盾にこん棒をぶつけ始めた。
うむ。それでは妾が実力を披露する番かの。
「ゴブリンごとき、一発で燃やし尽くしてやるのじゃ。すべてを焼き尽くす魔王の炎、メガ・ファイア!」
得意の火属性魔法。
指先ほどの火球が飛んで行き、ゴブリンに命中した。
「ぷっ。なんですか、今のは~」
「燃やし尽くすどころか、ゴブリンは余裕でハナクソほじってやがるぞ」
おかしい。
あのような下等な魔物、妾の魔法で瞬殺のはずなのじゃが。
やはり、人族の体では魔力が小さすぎるのかのう。
いや、前々世でも似たようなことが起きておった。
たしかあのときは、戦闘の勘を取り戻すことで、まともな魔法になったはずじゃ。
「もう一回、もう一回なのじゃ」
「……分かった。ゴブリンはまだピンピンしている。アンタが止めを刺してくれ」
なんじゃ、リーダー。戦闘中に頭を抱えおってからに。余裕じゃの。
「立ち塞がる者すべてを薙ぎ払う魔王の刃、メガ・エアスラッシュ!」
火属性がダメなら、風属性で勝負じゃ!
腕を斜めに薙いで、その先に空気の刃を飛ばす……。
「ぷぷっ。ヒラヒラした物がゴブリンの鼻を掠めて、クシャミをしたわ」
「固有魔法のようですが、下方修正になっているのは、初めて見ました」
「……もういい。アタシが止めを刺す」
リーダーはこん棒を盾で受け流し、接近した状態で体を軽く右へ移動させつつ剣をひと振り。ゴブリンの胸から腹にかけて深い切り込みを入れ、魔石へと変えた。
「おかしい。こんなはずではなかったのじゃ……」
いくら戦闘の勘が鈍っておっても、二発目ともなれば、もっと強力な魔法を撃てたはずじゃ。
やはり、人族の体が原因なのかのう……。
「度肝を抜かれたのは事実だが、それは悪い意味で、だ。だから残念だが、アンタはパーティーの加入基準を満たしていない。よって加入は認められない」
明確な基準など書いてなかったのじゃが。「アタッカー募集」じゃろ?
む? 魔王である妾が「アタッカー」に該当しないとな……。
「小さな子供でも、もっとマシな魔法を撃てるわ。ヘッポコ魔法使いさんね。とんだ無駄足だったわ」
「見かけ通りの実力でしたか。ヘッポコさん、残念ですぅ」
蔑むような目を向けられ、妾はパーティーから追い出されてしまった。
このようなことが何度かあり、仲間の募集もなくなってしまった……。
「おい、屁魔王。アンタ、冒険者を諦めて田舎に帰ったらどうだ?」
「そうだわ。あなたを過信して雇ったパーティーは、きっと危険な目に遭うに違いないわ」
「ヘッポコさんは、家に帰ってください」
冒険者ギルドで途方に暮れておると、「浮雲の集い」の三人が見下すような目をして話しかけてきおった。ヘッポコヘッポコと連呼しおってからに。
「妾の真の実力を見抜けないとは、この町には愚かな者しかおらぬのじゃ。仕方ないのう。他の町に行って賢い仲間を探すとするのじゃ」
妾はこの町を見限ることにした。
少し西に行けば、冒険者ギルドが設置されておる町がある。そこへ行くとするかの。
乗合馬車に乗り、西のベリポークの町に移動した。
門をくぐり、真っ先に冒険者ギルドへと向かう。
その掲示板の前において。
「ぬぬぬ! なんと! 魔王を倒す仲間を募集じゃと!?」
ふてぶてしくも、妾を倒すなどと大言を吐く冒険者パーティーが存在しておるとは。
妾の実力を知っておる賢い者め。
いや、実力を知らぬから妾に挑むなどと無謀なことを抜かしておるのか?
「いずれにしても、妾に挑むと公言するような輩なのじゃ。きっと実力はそれなりにあるに違いないのじゃ」
つまり、盗賊団などいとも簡単に蹴散らすくらいの実力があるはずなのじゃ。
それなら、魔物も簡単に倒せることじゃろう。
妾は魔物を倒して少々金を稼がねばならぬのじゃ。
魔族の国ジャジャムに向かおうにも、路銀が底をついておってのう……。
大言を吐く冒険者どもめ。存分に利用してやろうではないか。
妾は受付に行き、その冒険者パーティーへの加入申請をした。