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019話 石の構造物を調査するよ 後編

 朽ちた屋敷の敷地の外、花を植えた場所に転移した私たち。

 岩山で見た石の構造物を、屋敷の左側に置いてみる。もちろん、想像しているだけだよ。

 すると。


「わあ、ここに石の屋敷があれば、形が整うね」


「十中八九、この屋敷と関係があるよな」


 それじゃあ、朽ちた屋敷を再調査するよ!

 敷地の中に入ろうと歩き出したところ、


「レティ師匠、お早いお戻りっちょ」


 たまたま近くを通りかかったボルト君が、後ろから声をかけてきた。


「ボルト。あれから、変わりはないのですか?」


「お陰様で、魔物があふれ出ることはなくなったっチョ。家族ともども快適に過ごせているっチョ。ありがたやー」


「それはよかったね。私たち、これからもう一度屋敷の中に行くから、ボルト君も来る?」


「い、いやいやいや、怖い所には行きたくないっチョ。皆様、お気をつけていってらっしゃいっチョ」


 ボルト君と別れ、敷地を進み、朽ちた屋敷の中へと入る。

 目の前に広がっているのは、階段のあるホール。


「左に進めばいいんだよな?」


「その通りなのです」


 すぐ前には、上に行く階段と地下に下りる階段がある。

 でも、今はわざわざ階段を使わなくても、このまま一階部分を調査して石の構造物との関連性を見つければいいはずだよね?


「とりあえず、一階のままでいいよね?」


「行けるかどうかの調査ゆえに、一階のまま進めばよかろうて」


「皆さん、がんばってくださーい♪」


 ポケットの中からエールを送っているピオちゃん。

 死霊系魔物が怖いから、敷地に入った時点でポケットに入っていたんだよ。

 ピオちゃんは、ゆーれいだけじゃなく、黒い鳥も苦手なんだ。敷地に何羽もいるから、仕方ないよね。

 鳥といえば、とんびやフクロウなどの肉食の鳥もピオちゃんの天敵のはずなのに、山にいる間はそれほど恐れていなかったよね? それは、遠く離れてさえいれば、鳥からは見えなくなるから大丈夫なんだって。


「せっかくだから、小部屋を調査するのです」


 この異次元迷宮は屋敷を原形としているからなのか、小部屋がたくさんある。

 前回来たときはボスの攻略を急いでいたから小部屋には入らなかった。でも、今回は心にも余裕があるし、いくつかだけなら、小部屋を覗いてみてもいいかもね。


「そうだね、入ってみようか」


 最初に入った小部屋は空っぽで、次に入った小部屋では浮かぶ洋服のようなヒラヒラした死霊系魔物、ヘートレッドファントムに遭遇した。

 とても攻撃的な魔物で、半透明な触手のような物を伸ばしてきたり、天井から十字架を降らせてきたりして接近するのに苦労しながらも、ミリアちゃんが聖水で仕留めた。


「マオ、聖水係を代わってもいいぞ」


「この中ではお主が一番俊敏に動けるのじゃ。よってお主が適任なのじゃ」


 基本的にミリアちゃんは死霊系魔物が苦手なんだよねー。

 私はもっと苦手だから、話を振られないよう、黙って廊下を進んで行く。

 ジグザグな廊下を何度も曲がって行くと、その最後に曲がったところで突然壁の材質が変わった。


「この白い壁は……、間違いないのです。石になっているのです」


「そうじゃの。ここから石に変わったの」


 もともと何も見えなかった窓も石になって透明感がなくなり、白い世界に迷い込んだような錯覚に陥る。


「やっぱり、石の構造物は、朽ちた屋敷の一部だったのか」


「それならもう、入り口は判明したよね? 帰ろうか」


 ゆーれいの出る異次元迷宮になんて、長居したくない。今すぐにでも外に出たい。でも、レティちゃんが「野生の勘が先に進めと言っているのです」とせがんで譲らず、結局もう少し進むことになった。


「くんくん。我の匂いが……」


「するか!」


 バシンとハリセンで殴られたレティちゃん。

 外で背名を擦りつけてマーキングしてたあの匂いのこと? 建物の中まで匂うことなんてないよね。あれれ? 外なら匂うの?


「どうじゃ、ミリアよ。そこの扉を開けてみるのじゃ」


「開けるのか? お? 石になっていても、扉は開くみたいだな」


 重くなってはいるけれど、扉はその機能を果たしている。

 石壁になってからは死霊系の魔物は現れなくなり、快適に小部屋の中を探索できている。

 ただ、発見した宝箱にはポーションなどのありきたりの物しか入っていなくって、少々残念な気分。


「ここで突き当たりじゃの」


「あれ? またボス部屋なのか?」


 何度もジグザグに曲がって進んでいると、廊下は途切れ、その先の壁にはやや大きめの扉がつけられていた。


「これ、三階の扉みたいな豪華さはないよね?」


 ボスがいた三階の扉は大きくて、豪華な装飾がつけられていた。

 でも、目の前の扉は少し大きいだけで装飾も控えめだよ。


「開けてみれば分かるのです」


 果たして、扉を開けると。

 内部はやや広い空間で、奥にやや大きな宝箱が置いてある。


「なんだ。ボスはいないのか……。あの宝箱を開ければいいんだよな?」


 魔物もボスもいないことを確認すると、ミリアちゃんが率先して中に入って行った。


「罠がないか、よく確認するのじゃぞ」


 これまでの宝箱よりも大きいから、強烈な罠があるかもしれない。

 部屋の中に踏み入ってすぐに立ち止まり、あえて宝箱には近づかない私。

 レティちゃんはミリアちゃんの後ろでしっかり盾を構え、罠の発動に備えている。本当はミリアちゃんの隣に立って罠が発動したらすぐに守ってあげるのがいいと思うけどね。


「うーん。罠はあったようだけど、最近解除されたみたいだぞ……。そうだなあ、あの、三階のボスを倒したことで解除された感じがする」


 宝箱の前で片膝をついてよく調べているミリアちゃん。

 罠がないと判断すると、フタに手をかけ、力を込めて開ける。


「おお、何か入っているぞ……」


「ガラス玉なのです。ガッカリです」


 フタが完全に開いたところで、みんなが近寄って行く。

 中に入っていたのは拳ぐらいの大きさのガラス玉。少々表面が傷ついていて、部分的に擦りガラスみたいになっている。


「こんな宝箱にガラス玉を入れておくなんて、趣味が悪いよね」


 今までに空箱ってこともあったから、これはイタズラなのかもしれないね。


「お主ら、よく見るのじゃ。あれはメモリートレーサー。超一級の魔道具じゃ」


 マオちゃんがガラス玉を手にして鑑定すると、それは大層高価な魔道具だと判明した。


「ちょ、超一級!? 一体、どんな効果があるんだ?」


「うむ。これはの、記憶の中の体験を映し出すことができる魔道具じゃ。声だけでもいけるようじゃの」


「昔のことを思い出すだけなのです。つまんないのです……、ん? 映し出すのですか! それは危険なのです。そんな危ない物は早くしまえ、なのです」


「なんだレティ。トラウマでもあるのか? 詳細は聞かないけどさ」


「うん。聞かないほうがいいよ」


 脱獄犯だってことはミリアちゃん知らないもんね。

 悪用されないよう、私はメモリートレーサーを魔法収納にしまった。


「もう依頼は達成してるよね? 行き止まりまで来たし、そろそろ帰ろうよ」


「そうじゃの。円環が現れたゆえ、ここから出るのが賢明じゃの」


 宝箱を開けた瞬間に、部屋の隅のほうに白い円環が現れた。

 それにはマオちゃんだけが気づいていて、私の視界にはまったく入っていなかった。

 私たちは白い円環に触れ、異次元迷宮の外へ……。


「あれ? またホールに戻っただけだぞ」


 前回同様、異次元迷宮の外ではなく、朽ちた屋敷のホールに転送された。


「出口は後ろじゃ。外に出たも同然じゃろう」


 その通りだよね。

 背後の扉をくぐり、朽ちた屋敷から外に出る。

 さらに敷地からも出ると、私たちはメルトルーの町へと転移した。


 町に入ると、そのまま冒険者ギルドへ。


「指名依頼の報告ですか。あら、ちょうどギルドマスターの手が空きました。ヘレンクさん、指名依頼の報告です。応接室Bへ」


 受付のお姉さんが後ろを向くと、その後ろに現れたヘレンクさん。

 私たちと一緒に応接室に向かうことに。

 先にヘレンクさんが入り、続けて私たちが入る。

 ソファーには、入った者から順に座った。


「それでは、聞きましょう。入り口はみつかりましたか?」


「うん。入り口はね、迷いの森の朽ちた屋敷にあったよ」


「それだと分かりにくいのじゃ。つまり、石の構造物はじゃな――」


 マオちゃんが私に変わって詳しく説明を始めた。

 だいたい、次のような感じ。

 岩山にあった石の構造物は、朽ちた屋敷の一部で、外観上、確実に同じ物。

 ただし、迷いの森の屋敷は朽ちていて、岩山の物は、朽ちる前に石化したと考えられる。

 実証するために朽ちた屋敷に赴いて、そこから石化した部分に到達できないか調査した。異次元迷宮だから外観上途切れていても、内部は繋がっている可能性があると信じて。

 その結果、朽ちた屋敷の中に入り東側(つまり左側だね)に向かうと、内部は石化していた。

 結論として、石の構造物は、朽ちた屋敷の一部だと言える。


「ふむ……。なるほど。石の構造物へは、ロッテン・レストマンションから行くことができる、と。ただ、以上の報告だけですと、冒険者ギルドとしては職員を派遣して確認しないと達成したとは認められません」


「証言じゃダメなのか?」


「はい。誰かが実際に確認して初めて、達成したことになります」


 そうだよね。嘘を言っているかもしれないから、誰かが確認しないといけないよね。でも、迷いの森には結界があるから大変だろうし、それにボルト君を他の冒険者に会わせるのも気が進まないよ。


「職員の派遣には及ばぬのじゃ。妾たちは、決定的な証拠を見せることができるからの。ほれ、エムや。例の物を出すのじゃ」


「例の物?」


 最初、何のことだか分からなかった。

 ああ、今回の冒険で唯一まともに手に入れたガラス玉のことだね? 違った、メモリートレーサーって名称だった。

 超一級品だって言ってたから、超高値で買い取ってくれるのかな?

 魔法収納から取り出し、ヘレンクさんに渡……、


「エムや。それを手にしたまま、見てきたことを思い出すのじゃ」


 真っ直ぐ私を見ているマオちゃん。

 今ここで思い出せばいいの?

 目を閉じて、今回の冒険で見てきたことを思い出す……。

 岩山に刺さっている白い構造物。

 それにレティちゃんがマーキングを……。


「な、ななな、何を映しているのですか!」


「え?」


 レティちゃんの声に驚いて目を開くと、ヘレンクさんの前には、私が思い出したのと同じ絵が浮かんでいた。

 ごめーん。こうなるなんて思ってなかったんだよ。

 重要な部分だけを思い出さないといけないんだね。

 それなら、ここかな。

 石の構造物を、少し離れた位置から見た記憶。

 朽ちた屋敷を、敷地の外から見た記憶。


「おお、これがロッテン・レストマンションですか。たしかに幻影の結界の影響なのでしょう。山の上からとはずいぶん違う外観のようです」


 あ、そっか。前回の報告は、ボスの魔石を提出したから職員の誰かが確認しに行く必要がなかったんだね。今回は証拠品がないから、こうやって絵を見せることで、それが証拠になると。


「ガーディアン・ボーンドラゴン。まだいたのですか?」


「ごめんなさい。つい、前回の冒険で見たボスのことを思い出しちゃった」


 気持ちを切り替え、今回の冒険を思い出す。

 朽ちた屋敷の内部。まずはホールからだね。

 階段を使わずに、左に曲がって廊下を進む。

 何度もジグザグに曲がって行くと、やがて石化した部分に到達する。

 そして、最後の突き当たりでメモリートレーサーを入手し、白い円環に触れるところまで思い出した。


「素晴らしい。報告は真実だと証明されました。つきましては、その魔道具を金貨千枚で買い取りましょう」


 あれ? 疑うことなく、信じてくれたね。

 メモリートレーサーって、とっても便利な魔道具だね!

 金貨千枚で買い取ってくれるの?

 めっちゃ高値だよ!

 ヘレンクさんに手渡そうとすると。


「エムや。それは大事な物じゃろ? しばらくはお主が持ち歩き、いらなくなった時点で売却するほうがよかろう。いずれにしても買い値が変わることなどないのじゃ」


 そうなんだ?

 この魔道具、面白いから、もうちょっと遊んでから買い取ってもらおうかな。


「それなら、金貨一万枚出しましょう。是非、私に・・お譲りください」


「買い値が上がったぞ。ますますもって、後日売る方がよさそうだぞ。依頼に含まれない魔道具を提出する義務なんてないしな」


 ヘレンクさんの目は真剣。そんなに欲しいのかな?

 売ってあげてもいいとは思う。でも、マオちゃんのことだから何か考えがあると思うし、それに、ちょっと遊んでみたいよね。

 今回の依頼では、異次元迷宮内で発見した物を提出する義務なんてなかったし。


「そうだね。もう少し使ってみてから売りに来るよ」


「必ず、当ギルドに売りに来てください。他のギルドではいけません、ここです。間違いのないように」


 ヘレンクさん、よっぽど欲しいんだね。

 その後に行われた清算の間も、チラチラと私を見ていたよ。

 無事、指名依頼を達成し、私たちは晴れて冒険者ランクDへと昇格した。


 冒険者ギルドを出てからマオちゃんに理由を尋ねたら、


「超一級品は、二度と手に入らない貴重な物じゃ。入手できたのも何かの縁。易々と手放さない方がよいのじゃ」


 と返ってきた。

 何かの縁ねえ……。

 そんな謎めいた理由だったのなら、売ってもよかったのかも?

なっしんぐ☆です。

本文中で描かなかった部分について補足します。

ギルマスのヘレンクは、エムたちが岩山のみならず迷いの森にまで短期間で行っていたことに疑問を抱いていますが、証拠となる映像を見せられて無理やり納得しています。

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