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184話 世界を救おう

「お主は悪魔ザナルデウスか? それとも憑依されておった妖魔族か?」


 憑依が解けて妖魔族の姿となったのか、単に見た目だけが変わったのか判別がつかない。それでマオちゃんは訝しむように尋ねた。


『皆様は……! ありがとうございます! これまで悪魔に憑依されていました。私は妖魔族のルウレリアと申します。悪魔を浄化していただき、本当にありがとうございます』


 ルウレリアさんは大天使の身分。ずいぶん昔、神界に悪魔が侵入していることを突き止め、調査に赴いた。そこで興味本位で悪魔に近づいた結果、憑依されてしまった。第一位の悪魔ザナルデウスとなり、神界に悪魔が跋扈する原因となっていたんだって。


「浄化というか、力尽くで斬り裂いたってほうが正しいけどな」


「我の剣は人を活かすためにあるのです」


「レティちゃんは最強だよ」


「それよりもじゃ。レティシアや、お主、ドラゴニック・スラッシュを意識して発動できるようになっておったのじゃな?」


「憐花の勇士に覚醒したときに、意識して発動する方法を会得したのです」


「それは心強いです♪」


 これまではレティちゃんが苦境に陥って立ったまま意識を失ったときにだけ発動できていた。それが、意識して発動できるようになったのなら、大きな戦力になるよ。


「あの……、助けていただいた身分で厚かましいのですが、皆様は使徒様だとお見受けします。どうか、神界の脅威を取り除いてくださいませんか?」


「神界の脅威? 第一位の悪魔ザナルデウスを倒したから、脅威は何も残っていないはずだぞ?」


「うん。第二位、第三位も神界からいなくなったからね」


「第一位、第二位というのは悪魔の格付けのことでしょうか? たしかに高位悪魔は神々を手にかけ、脅威に値する存在でした。しかし神界に迫る脅威は悪魔だけではないのです」


「悪魔のほかにも脅威があるとな?」


『はい。それは虚無神ヴァニタスです』


「神が脅威なのか!?」


『使徒様ならご存じのように、この世には創造神系、破壊神系の二系統の神が存在し、形あるものを形成したり、あるいは形を崩したりしています』


「うむ。それは何度も聞いた話じゃ」


『総じて申しますと、創造神系の神と破壊神系の神はそれぞれ形を変えて物質を受け渡ししているにすぎません。それに対し、虚無神は、物質そのものを消滅させ、あらゆる存在を無に帰する神力を放っているのです』


 ほえ~。あらゆる存在を無に?

 言っている意味がよくわからないよ……。


『難しかったでしょうか? 創造神と破壊神は表裏一体なのですが、虚無神は両者を消し去る存在なのです。その虚無神が神界に現れ、少しずつですが神界を消し去っているのです』


「神界が消えちゃうの?」


『はい。放置しておくと、いずれ神々もろとも神界が消滅してしまいます。いずれ、神界と関わりの深いこちらの世界も消滅してしまうことでしょう』


 そうなの? 私たちの世界って、神界と関わりが深かったんだ?


「それはけしからぬの。今すぐ虚無神とやらを退治しに行きたいところじゃが、はてさて、妾たちが赴いたところで、退治する手立てはあるのかの?」


『特別に申し上げることはありませんが、ザナルデウスを倒した皆様なら必ずや虚無神の侵食から神界を救っていただけると信じています。皆様にしかできないことなのです』


『けほっ。命の神様がたった今、虚無神の存在を感知したっちゃ。お姉ちゃんたちに、虚無神による侵食を止めるよう啓示が降りているっちゃ』


「神様が虚無神を倒せって言うのなら、すぐに行かないとな」


「行きましょう♪ 浮遊大陸に、フラワー……」


『お待ちください。皆様には交わりの深い神様がいらっしゃいませんか?』


 転移が発動する手前で待ったがかかった。


「ミリアが水神の使徒をやっているのです」


『それでしたら水神様もご一緒に神界へ渡られるほうがよろしいかと存じます』


「リバサンか? あいつは戦わないから、一緒に行っても役に立たないぞ」


 私たちに対しては攻撃してきたのに、神様や悪魔に対しては攻撃できないリバサン。私たちには理解できないルールがあるらしい。


『戦うために同行していただくのではありません。虚無神は神々の住まう浮島地帯から大きく離れた位置に存在していますから、そこまでの移動を手伝っていただくのです』


「移動ならこれまでも何度も手伝ってもらっておるゆえ、快諾してくれることじゃろう」


「それなら呼ぶぞ。リバサン、ここに来てくれ」


 ミリアちゃんが祈ると、すぐにリバサンが現れた。

 そして、私たちを遠巻きに囲んでいる兵士のみんなが驚いて声を上げだした。魔物と勘違いしているみたい。

 それでも、私たちが冷静にリバサンと対峙している姿を見て、ざわつきが収まっていく。


『名ヅケノ者ヨ、呼ンダカ?』


「うん。リバサン、神界での移動を手伝ってくれ」


『話ハキコエテイタ。神界ノ危機、我モ見過ゴスコトハ、デキナイ。移動ノ助力ヲシヨウ』


『神界での道案内はルウレリアさんに任せるっちゃ。神々は虚無神の存在を感知できても、場所を特定できていないっちゃ』


「そうなのか? それじゃあルウレリア、向こうでの道案内を頼む」


『承知しました。もとより案内をするつもりでした』


 神界における虚無神の侵食は、神々だけでなく、悪魔にとっても脅威だった。神々よりも先に悪魔が侵食を把握していて、ザナルデウスだったルウレリアさんがその居場所をつきとめていた。


「ありがとう。それじゃあピオちゃん、行こう」


「はーい。浮遊大陸へ、フラワーテレポート♪」


 ふわっとした感覚に包まれ、再び足が地面を捉えると、暗い部屋の中にいた。

 マオちゃんが明かりの魔法で視界を確保する。

 近くにある異界ゲートをくり、神界へと至った。

 背を低くしたリバサンに乗り、虚無神を探す旅に出る。


『まずは五つ先の、右手側に浮かんでいる島まで真っ直ぐ行き、そこから左手側に見える四つ目の島を目指してください』


「虚無神の居場所まで一直線には行けないのか?」


『はい。神界は空間が曲がったり捻じれたりしていますので、どこか目標地点を目指して進まないと、遠くまで真っ直ぐに進むことはできません』


「いろいろあるんだね」


 これ以降も何度も浮島を目標地点として進み、体感的にはジグザグに進んだ。進めば進むほど浮島の数が減少し、その間隔が広がっていく。


「ぜんぜん悪魔には遭遇しないな。もういなくなったのか?」


『お姉ちゃんたちが高位悪魔を退治したから、下位な悪魔はどこかに逃げて行ったっちゃ』


 さらに進むと浮島が極端に減り、何も浮かんでいない空間が広がっていた。


『この先を、よく目を凝らして見てください。いいですか? いきますよ』


 ルウレリアさんが何か小石のような物を前方に投げると、弧を描くように飛んで行き、途中でふっと消えた。


『あの、小石が消えた位置。あそこに虚無神がいます。ザナルデウスに憑依された状態で挑んだことがありますが、何もできませんでした。しかし、皆様ならきっと虚無神を神界から退かせてくれると信じています』


「このままリバサンに乗って近づいて、聖剣と魔剣で斬ってみる?」


「エムや。いきなり斬りかかるのは失礼じゃろ。相手は曲がりなりにも神なのじゃ。話すことで解決できぬかの?」


「試してみますね♪ カイワ・セイリーツ♪」


「虚無神! 貴様、話ができるのなら返事をするのです」


 先頭に乗っているレティちゃんが対話を求めた。


『…………』


 しかし、何の返答も得られなかった。


「ここは神界、神々が住まう空間じゃ。それを消し去られては困るのじゃ。どうか、考えを改めてくれぬかの?」


『…………』


「聞こえていないのか? 虚無神にはここから去ってくれって頼んでいるんだ」


『虚無神は完全なる意識体ですから、聞こえているはずです』


「完全なる意識体とな?」


『はい。例えば水神様は意識と物質の両方を併せ持っています。それに対し、虚無神は物質を含有しない、純粋な意識だけの存在です。意識体であるからこそ、私たちの言葉や意識が届いているはずなのです』


 そういえば、リバサンってミスリルと水でできているってロックゴー君が言っていたような気がするよ。今私たちがリバサンの背に乗れているのは、その体が物質で構成されているから。


「虚無神には意識があるのですか。それならどうして神界を消そうとしているのですか」


『そこまでは分かりかねますが、神界への侵食を進めている事実から、ここ神界を消そうという意識があるとしか言えません』


 ルウレリアさんは、さらに続けて説明してくれた。

 このまま神界への侵食が続くと、神界と繋がっている世界が先に消え、最終的に神界そのものが消えてなくなると。神界もろとも私たちの住む世界がなくなってしまうんだよ。想像できないけど、無の世界になるんだって。難しいね。


「ますますもって侵食を止めねば、世界の危機になるではないか」


「虚無神、侵食をやめるのです。やめないのなら、聖剣で裂くことになるのです」


『…………』


 じっと眺めていたら、虚無神の形がなんとなく把握できるようになった。透明な液体がふわふわと浮かんでいるような形だね。


「虚無神の形が、さっきより大きくなってないか?」


『侵食を進めているようです。私がザナルデウスの状態で戦いを挑んだ時と大きさに大差がありませんから、おそらく、時の神様がこの周辺の時を止めていたのではないでしょうか? その枷が解け、侵食を再開したのでしょう』


『時の神様は、悪魔による侵略を止める目的で時を止めていたっちゃ。虚無神の居場所が偶然、悪魔濃度が高くて時を止める対象になっていたっちゃ』


 神々は虚無神の存在を把握していなかった。

 ザナルデウスとバルゼゴブは虚無神の近くにいて、その状態で時の神様が時を止めていた。しかし、ザナルデウスとバルゼゴブの時の流れを完全に止めるに至らず、ザナルデウスはバルゼゴブの体内に退避し、バルゼゴブ自身は幼体化して時の流れに抗い、さらに卵の形となって時空を跨いで逃げた。その先が私たちの世界だった。この時空を跨ぐ行動だけで数千年の時のズレ、時の流れを生じていた。


「虚無神から返事がないよ。本当に聞こえているのかな?」


『お姉ちゃんたちの声は、届いているはずだっちゃ』


『消そうとする意識が、皆様の声よりも強いのでしょう』


「このままじっと返事を待っていても仕方がないぞ。さっさと退いてもらおうぜ」


 ミリアちゃんはマオちゃんに向かって言った。


『うむ、しょうがないのう……。リバサンや、剣の届く位置まで接近してもらえるかの?』


『ディティエリミネーターデアッテモ、虚無神ヲ斬レルトハ考エラレヌガ、試ス価値ハアルダロウ』


 私たちを乗せたリバサンが、ふわふわ浮かぶ虚無神に向かって前進。

 マオちゃんが聖剣を上段に構え、虚無神を両断……、


「ぬおっ!?」


「まじか! 聖剣が折れたのか?」


「折れたというより、消えちゃったね」


 聖剣は確かに虚無神を二つに裂いたように見えた。しかしそれは聖剣の剣先が消滅しただけだった。


「聖剣がダメなら、我の剣技で裂くのです。リバサン、向きを直すのです」


 虚無神を通り過ぎて今は背後になった。リバサンがぐるりと旋回して向きを変え、レティちゃんのアダマンタイトの剣が下段から振り上げられる。


「ドラゴニック・スラッシュ!」


「魔法ならどうじゃ? ギガ・エクスプロージョン!」


 ドラゴンの頭が飛び出し、さらに虚無神を中心とした爆発が起き……。


「ドラゴンの頭が消えたのです」


「魔法も小さな破裂のみじゃ。不発じゃの」


 虚無神には剣技も魔法も効果がない。どうしよう?


『お姉ちゃん、わかったっちゃ』


「おおう、メルリーや。何がわかったのかえ?」


『命の神様が、虚無神の考えを読み取ったっちゃ。それはこんな感じだっちゃ』


 虚無神は、全世界が腐敗していると考えている。

 そのためすべてを消去し、新たな世界を神から創造し直そうとしている。


「神も消去の対象になっているのですか」


「では、その行動をどうやって止めればよいのじゃ?」


『命の神様の考えでは、力を振るうことは消去の対象で、純粋な心こそが虚無神の求める姿だっちゃ』


「純粋な心? どんな心だ?」


『名ヅケノ者ハ、我ニ祈リヲ捧ゲレバヨイ』


「ここにきて、リバサンを崇めるのか。そんなことでいいのか? しゃーないな……」


 ミリアちゃんは両手を組み合わせて祈りを捧げ始めた。


「私たちも祈ろう」


『我ヲ崇メル修道女タチヨ、今コソ我ニ祈リヲ捧ゲヨ』


 どこからともなく、賛美歌が聞こえてきた。この歌声は聞き覚えがある。クラハイト修道院のみんなだよ。

 歌声が明瞭になると、リバサンの体が徐々に輝きだす。


『我ヲ崇メル、ベーグ帝国ノ者ヨ、今コソ我ニ祈リヲ捧ゲヨ』


 今、リバサンが声を投げかけたのはベーグ帝国の帝都。説明はなかったけど、なぜだか理解できる。

 帝都からざわつくような、それでいてリバサンを崇めるような思いがこちらに届けられ始めた。帝都の人たちから見れば、リバサンは火の鳥の襲撃によって燃える帝都を救った救世主のような存在。みんな純粋に崇めているんだね。


『水神ノ使徒ヲ崇メル、世界中ノ者ヨ。我ラ、今サマニ、世界ヲ消ソウトスル虚無神カラ、世界ヲ救ワントス。我ラニ祈リヲ捧ゲ、祝福セヨ』


 私たちの姿が世界中に映し出されているよ!

 リバサンがみんなに投げかけた声はそれだけで状況まで伝えられていて、少し手前のバルゼゴブやザナルデウスと戦っている部分なんかもみんなの意識の中に送られている。それで私たちが連戦していたことが世界中に伝わった。

 リバサンの背に乗っているだけで、不思議とどこに声が向けられているのかわかるんだよ。そして、向こうの状況も見えている。


「使徒様が世界を救う!?」

「エムさんたちは、真の勇者です」

「ふんすっ。悪魔を退治したりん! 次は神を成敗するりん!」

「レティシア、お前は立派だ」

「グググ、エム、世界、救ウ」

「使徒様って大変だなあ、おい。折れた剣は直してやっから心配すんな」

「大将はアミノンを救ったに留まらず、今度は世界を救でやすか!」

「魔王様が世界をお救いになられる。どうかご加護を……」


 聖クリム神国、クロワセル王国、カレア王国の人たち、ミスリル山のドワーフのみんな、フォーガ獣国の獣人のみんな、魔族の国の魔族のみんな……。これまで出会ったすべての人が、私たちに祈りを捧げ始めた。


『神界ノ神々ヨ、我ニ神力・・ヲ分ケ与エヨ』


『こほっ……。命の神様の神力、全力でそっちに届けるっちゃ』


 今度は神界広くに声が向けられた。

 後方から大量の光の粒が飛来し、リバサンの輝きがより一層強くなる。


『有象無象ヨ、神剣エステシアヲ高ク構エロ』


「えっ、うん、構えたよ」


 急に話を振られて驚きつつも、魔剣エステシアを上段に構えた。

 すると、魔剣エステシアがほんのりと光を発し、そこに世界中から祈りの力が集まってきているんだとわかる。

 続けて輝きを増したかと思いきやまるで白い炎が吹き出しているかのように光が噴出する。


『世界ノ祈リ、神剣エステシアニ託シタ。ソレデハ、行クゾ!』


 リバサンが虚無神に向かって突進する。

 このままだとぶつかるよ!?

 速度を落とさず、虚無神に突っ込んで行く。


「わ、わわわっ」


 高く構えた魔剣エステシアに手応えがあった。剣身は何かを切り裂いた。


『水神、ソレト世界ノ願イヲ託サレシ者ヨ。悪魔二侵食サレ、腐敗シタ世界ヲ正シキ道ヘト導クノダ……』


「腐敗した世界。それって悪魔に侵食されたことを指していたのか」


『虚無神様。その想い、必ずや神々に伝えます』


「虚無神が消えたのです」


「世界中のみんなの祈りが魔剣エステシアに集まって、虚無神を裂くことができたんだよ。みんなの想いが世界を救ったんだよ」


「「「「「「わあああぁぁぁぁっ!」」」」」」


 世界中が歓喜に溢れている。

 悪魔の侵略から救われた喜びと虚無神による世界消滅を阻止した喜び。世界中のみんなが私たちの成したことを認識し、私たちに感謝や労い、驚きや喜びの気持ちを送り届けている。


「使徒様が世界を救ったぞ!」

「エムさんたちはクロワセル王国を戦争の危機から救い、さらには世界まで救いました。まさしく真の勇者です」

「ふんすっ。エムは神を成敗したりん!」

「レティシア、お前はどこまでも立派だ」

「グググ、エム、世界、救ッタ」

「かーっ。使徒様は大それたことをやってのけたぜ。折れた剣は早く持ってこいよ。そのときに盛大に祝ってやる。待ってるからな」

「大将は世界を救ったでやす。世界の大将になったでやす」

「魔王様、ああ魔王様。私は信じていました。早く魔王城に凱旋なさってください。心よりお待ちしております」


「歓喜の声が鳴りやまぬの」


「神界から悪魔も虚無神もいなくなったのです」


「依頼達成だぞ」


「そうだね。やることはやったよ。元の世界に帰ろう」


「メルリーにも早く喜びを届けてやるのじゃ」


 私たちはルウレリアさんと別れ、異界ゲートをくぐって元の世界に帰った。

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