182話 私たちの世界が危ないよ 中編
「我らが戦うのです。兵士は下がるのです」
「獣王様が応援に駆けつけてくれたぞ!」
「おお、一騎当千のレティシア様だ」
「もうダメだと思っていたぜ。助かった」
「足止めするので精一杯だった。ありがたい」
兵士が取り囲む最後尾付近に行きレティちゃんが叫ぶと、それに応じて兵士のみんなが振り向き、道を開けてくれる。
私たちはその道を通って最前線に行く。
兵士の中には顔見知りの者が混ざっているね。どうやら、転移石を使って各国から応援が来ているみたい。
とくに、アミノンでの戦いで私たちが目立ちすぎたこともあり、大勢の兵士が私たちのことを知っている。
「レティシア? ここは危険だ。どのような攻撃もあの魔物には効果がない。しかも、あの魔物に近づくだけで体が腐ってしまう。だから、レティシアが強いのは理解しているが、とてもここは任せられない」
「マシュー兄、我らには神の加護があるのです。悪魔バルゼゴブを倒せるのは我らだけなのです」
「神の加護!? レティシアはどんどん遠い存在になっていくな……。承知した。この場を頼んだ、レティシア!」
「この場は我らに任せ、兵士は下がるのです」
悪魔バルゼゴブを囲む兵士が私たちに戦いの場を譲り、後退を開始した。
後退の最中にも、双頭の口から噴射される環状の黒い波動で兵士が倒されている。その倒れた兵士を運び、さらに後退して行く。
「加護があるって言い切ったけど、大丈夫だよな?」
『あの黒いもやは強力な瘴気だっちゃ。それに負けないように加護を送り続けるっちゃ。でも、それだと長く続かないから、何か手立てを考えないといけないっちゃ』
メルちゃんは命の神様と一体化していて、加護はメルちゃんから送られてくる。
「まずは小手調べじゃ。すべてを焼き尽くす魔王の炎、メガ・ファイア! ……なるほどの。通常の魔法ではバルゼゴブに届く前に黒いもやで消されてしまうのじゃな」
『魔法や弓矢を消すだけではないっちゃ。加護のない状態であの黒い瘴気の中に入ると体が徐々に朽ちていって、生気をバルゼゴブに吸い取られてしまうっちゃ。加護があっても短時間しかもたないから触れ続けてはいけないっちゃ』
怖いことをさらっと言ったね。黒いもや、つまり瘴気に触れていると体が朽ちちゃうんだ?
倒れている兵士の腕や足などがただれたようになっていたのは、瘴気の影響で朽ちてしまったんだね。恐ろしやー。
「接近戦は危険ってことだね?」
「危険ではあるが、聖剣で斬らねば退治はできまい」
「走って切りつけ、すぐに下がればいいんじゃないのか?」
「あやつが応戦しなければ、それでよいがの」
「我が引きつけるのです。貴様らはその間に切りつければいいのです」
「うん、それだね。やってみよう」
レティちゃんが盾を叩いて挑発し、私とマオちゃんが剣を構えて接近戦を臨む。
「むむっ」
「わわっ」
瘴気の中に突入した途端、体が重く感じるようになり、動きが緩慢になってしまった。
「戻ろう」
切りつけを諦めて後退、レティちゃんの盾の有効範囲の中に戻った。
「あの瘴気をなんとかせねば腕に力が入らぬゆえ、切りつけることなどできぬ」
「もしも斬れても、浅くなるよね」
「何か手はないのか?」
『瘴気は、バルゼゴブが出し続けているっちゃ。その出所を攻撃できればきっと収まるっちゃ』
私たちはバルゼゴブを観察することにした。ぱっと見では、瘴気の出所なんて見つけることができない。
『うーん……。後ろに回ってもらえるっちゃ?』
メルちゃんはマオちゃんの視界を共有していて、マオちゃんが背面に移動すればメルちゃんも背面を観察できるようになる。
標的固定中のレティちゃんを残し、私たちはバルゼゴブの背面へと回り込む。
「妾の目では瘴気の出所など、発見できぬ」
『お姉ちゃん、よく見るっちゃ。首の付け根よりやや下、第五チャクラから瘴気を噴出しているっちゃ』
首の付け根の下?
よーく目を凝らして見ると、瘴気には流れがあって四方八方に広がりを見せる部分があった。そこが、瘴気の噴出元。
「おおう、あれか。なるほどの。まずはあそこから斬りつければよいのじゃな?」
『お姉ちゃん待って。切りつけるのは瘴気がなくなってからだっちゃ』
「ならばどうすればよいのじゃ?」
『えーっと。憐花の勇士の技なら、瘴気で減衰されてもチャクラを潰すことができるっちゃ。作戦はこうだっちゃ』
作戦指示を受け、私たちはすぐに作戦を実行に移す。
「プリムローズ・ブラスト! 当たって!」
魔剣の先から闘気玉を飛ばす。バルゼゴブが動かないようレティちゃんがうまく固定してくれていて、闘気玉は見事、首の付け根の下、瘴気の噴出元に命中した。
「すべてを地獄へと堕とす魔王の炎獄、ギガ・インフェルノ!」
「思い切り行くぞ! サフラン・ハリケーン!」
荒れ狂う炎の激しい波がバルゼゴブの背面を焦がし、続けて紫色の竜巻が瘴気を拡散して視界を明るくする。
マオちゃんの魔法ギガ・インフェルノは魔杖専用の魔法で、メルちゃんから魔杖の加護をもらうことで発動できている。憐花の勇士技なのに花の名前がないのは、過去の魔王の誰かが魔法名を改変したから。
『うまくいったっちゃ』
「ぐほっ。いきなり攻撃が強力になったのです」
瘴気がなくなり、バルゼゴブの攻撃が激しくなった。双頭の激突でレティちゃんを突き飛ばし、標的固定が解けたのか、体を反転させて私たちを狙う。
「うはっ」
空中にいきなり現れた多数のX模様。そこから黒い槍が射出され、ギリギリのところで跳んだり転がったりでそれを回避。態勢を整える暇すら与えられずに、地面を伝う炎の波が押し寄せる。
『フラワースピリット増幅! 憐花の勇士を守るっちゃ!』
白い球体に覆われ、私たちは迫る炎と、続けての噛みつきを弾き返した。
「貴様の相手は我がするのです!」
レティちゃんが標的固定技を発動し、バルゼゴブの気を引く。頭の向きを変えることはできたみたいだけど、残念ながら標的の固定には至っていない。
「ふぅーっ。瘴気がなくなった途端、強くなったのはどうしてだ?」
『それは、瘴気が消されるまでバルゼゴブはお姉ちゃんたちのことを取るに足らない存在だと見下していたからだっちゃ。高位悪魔は傲慢で、慢心していたっちゃ』
「つまり、瘴気を消すことでようやく敵視されたわけじゃな」
『そうなるっちゃ』
「わっ」
目の前を尖ったウロコが通り過ぎた。
頭は向こうを向いているのに攻撃してきたよ。
「この攻撃をかいくぐって聖剣で斬りつけねばならぬのか」
「やるしかないよ。っと!」
頭上から黒い炎が降りかかり、横っ飛びで躱して起き上がるとすぐに剣を構え、全速力で走りだす。
飛来するウロコが右頬を掠め、左膝下を抉り、さらに振り向きざまに飛ばされたキバが顔面を狙って飛んで来る。そちらは左手のラウンドシールドで弾き、難を逃れ……、
「ぐはっ」
「マオちゃん!?」
盾を所持しないマオちゃんはウロコを右腿に受け、うずくまったところにもう一枚ウロコの攻撃を肩に受けて血を流している。
「退くほうがいいんじゃないのか? 肩を貸すぞ」
「ま、まだじゃ……」
聖剣を支えに無理に立ち上がり、一歩前進。聖剣が赤く染まる。
「むごっ」
キバと黒い環状の波動が飛んできて、マオちゃんの腹部を貫通し、両足を切断した。
『いやーっ! お姉ちゃん!』
「マオ!」
地面に落下して突っ伏すマオちゃんを抱え、ミリアちゃんは離脱を試みる。二人が通過した地面は大量の血で赤く染まる。
「ど、どうしよう」
「我の盾の後ろに入るのです」
レティちゃんが急いでこちらに来たこともあり、以降の攻撃の大半は盾で防げている。
「かはっ」
血を吐き、それ以上何も話すことのないマオちゃん。痙攣し、顔色が白くなっているよ。
中級ポーションを振りかけることで若干の流血が収まりはしたけど、根本的な治療には至っていない。
このままだと助からないよ。誰か、マオちゃんを助けて。
「マオちゃん……」
「おいマオ、しっかりしろ!」
「イタイノ・トンデケー♪ ……どうしましょう、治りません」
ポーションを使っても、ピオちゃんの魔法でも効果がない。
ただただ弱って行くマオちゃんを眺めることしかできない。
その視界は涙で歪む。
死なないで、お願い!
考えれば、考えればきっと何か手立てが思いつくから……。
頑張って!
ありったけのポーションを振りまきながら回復を祈る。
ミリアちゃんも祈っているよ。
『ぐすっ。フラワースピリット全開! 憐花の勇士を助けるっちゃ!』
やや涙声で命の神様からの加護が送られ、マオちゃんの体が発光しだした。
開いた腹部の穴が塞がっていき、切断された足が元に戻る。
血の汚れが消え、服に開いた穴まで塞がった。
「ん……」
マオちゃんの目が開くと、光は収まった。
「およ? 妾は助かったのかえ?」
「マオちゃん!」
「マオ! 心配したぞ」
私とミリアちゃんは半身を起こしたマオちゃんに抱きついた。
「えっとね、メルちゃんが必死になって加護を送り届けてくれたんだよ」
『命の神様から最大限の加護を、ごほっ、引き出してもらったっちゃ。ごほっごほっ』
「メルリーありがとうなのじゃ。無理をして体に障っておらぬか?」
『だ、大丈夫、だっちゃ。時の神様にも助力を頼んで、因果を捻じ曲げてもらっているっちゃ。ごほっ。これからお姉ちゃんたちは新たな結果を手繰り寄せるっちゃ』
「新たな結果? なんだそりゃ?」
『お姉ちゃんたちは攻撃に失敗して全滅する結果に至っていたっちゃ。ふぅ。それで、全滅しない結果に辿り着ける位置まで因果を、戻してもらったっちゃ』
前に時の神様がそのようなことを言っていた気がするよ。
私たちは結果に向かって落ちているだけだって。
その落下の途中にもがけば別の結果に辿り着けるとも。
「戦い方を変えて、結果を変える。そういうことじゃな」
『うん、そうだっちゃ。行動を大きく変えないと結果は変わらないっちゃ』
行動を大きく変える……。
さっきは背後を狙って攻撃してたから、今度は正面から、しかも違う技で戦えばいいのかな?
「技を変えて正面から行く?」
『もっと変えるっちゃ』
「攻撃の順番を変えてみるか? 初手がマオの魔法で、次がエム。私は最後」
『まだ足りないっちゃ』
え? まだほかにも変えようがあるの?
ちょっと思いつかないよ。
「貴様ら、早く作戦会議を終わらせるのです」
ずっと攻撃を受け続けているレティちゃん。作戦会議に集中していてすっかり忘れていたよ。
「それだ!」
「何がそれなのじゃ?」
「何も変わっていないよ?」
「レティだよ。レティが初手を担う。これこそが一番変化のある行動だろ?」
「レティちゃんが攻撃するの?」
「そういうことじゃの」
『それで行くっちゃ』
「作戦はこれで決まりだ。レティ、憐花の勇士技、頼んだぞ」
「うへ? 我が攻撃するのですか。貴様ら、準備はできているのですか? いいですか、行くのです! ガザニア・ライトニングシールド」
レティちゃんが前に駆け、盾をバルゼゴブに押し当てるようにして憐花の勇士技を発動した。勲章のような形の花が咲き、眩しく光る稲妻が水平に走ってバルゼゴブの体全体にまとわりつく。
「今じゃの。せいやっ!」
「プリムローズ・セイバー!」
「サフラン・バースト!」
駆け出しからの高い跳び上がりで聖剣を斜めに振るい、それと入れ替わるように私の魔剣がZ字状の切り込みを双頭の首元に入れる。最後にミリアちゃんのハリセンが紫色の闘気玉を伴って殴りつけて双頭を吹っ飛ばした。
「やったか」
首が切断され、バルゼゴブの動きが止まった。
再生している様子はなく、これで倒せたと思いたい。でも、霧のようになって消えてはいないから、まだ決着はついていないと考えるほうがよさそう。
「警戒するのじゃ! 腹が動いておる」
もぞもぞと腹が動き、そして切断した首の位置へとその動きが上がって行く。
「手か? 何かが這い上がって来るぞ」
切断面に手がかけられ、力を込めてにゅっと人型の何かが這い出てきた。
『お姉ちゃん、注意するっちゃ。第一位の悪魔、ザナルデウスだっちゃ』




