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181話 私たちの世界が危ないよ 前編

 時はやや遡り、エムたちがまだ神界に入ったばかりの頃。

 場所はカレア王国、王都ポワテの遥か西に広がる平原。

 そこには巨大な半球状の陥没がある。

 それは三年前に突如として地面が広域に渡って陥没した大災害の痕跡。

 空から何かが降ってきたにしては、地面がえぐれておらず、それでいて何かに押し潰されたようになっている。

 縁には盛り上がりが形成されているが、それは円周上どこでも高さは同じで、空から何かが降ってきたと想定する場合は真上からの落下となり、不自然極まりない。

 そして陥没はあまりに巨大すぎて、誰かが魔法で発生させたものではないことは明らか。

 陥没が発生したと考えられる日時に大きな地震があり、周辺の町などに大きな被害が出たことから、地面になんらかの力が加わって陥没が形成されたのではないかと推測されている。

 ただ、陥没発生の報が王都に上がった時点で既に陥没の底の部分には大量の水が溜まっていて、底部を調査することができない状態となっていた。

 今、その水が抜けたことで王都ポワテから調査団が派遣され、この陥没底部の調査が開始された。


「いつ見ても不思議な陥没ですなあ」


「ずっと水が溜まっていたのに、あの水は一体、どこに消えたのだろう?」


「溜まっていたのは地下水の流入でしょうから、地下水の流れが変わったのですかね?」


「地下水の流れなど、前触れもなく変わるものでもあるまい……。いずれにせよ、近隣の町における井戸の水位変化を調べる必要はあるな」


 実際、近隣の町では陥没発生当時、井戸の水位が下がって取水できない事態となっていた。これが、陥没に地下水が流れ込んだ証拠とされている。

 そして陥没内部の水がどこかに消えた今、それと繋がっている近隣の町の井戸でも地下水の水位が下がっているはずだと調査員は考えた。


「そちらは別班に任せましょうや。私たちは陥没の底を隈なく調べて、陥没が発生した原因を調べることに集中しましょう」


「それにしても恐ろしい深さだ。山を一つひっくり返しても埋まらないのじゃないのか?」


 ロープを伝って斜面を下りる。ロープにはいくつも繋ぎ目があり、それだけでも陥没の深さが伝わってくる。


「どこを見ても、斜面にあるのはこの斜面に対して垂直に押し潰したような痕跡ばかりですな。爆発などによる燃えた痕はありませんし、純粋な力によるものと推測されますなあ」


「半球の斜面に対して垂直な力。つまり、何かが宙に浮いていて、そこから強大な圧力が加えられたと考えるべきか」


「そうなると、力の発生原は空中にあったということになりますな」


「そうだ。力の発生源は空中にあった。しかし、今、それは浮いていない」


「どこかに飛んで行ったのですかね?」


「それならお手上げさ。力を使い果たして落下したことを期待しよう。そうでないと調査報告書が作成できないからな」


「今回は底部の調査ですし、何か原因となる物を発見できるといいですなあ」


 調査員が何人も斜面を下り、底部へと辿り着く。

 最初は虫眼鏡などで調査し、それからいくつかサンプルを採取すると、スコップで大胆に土を掘り返す。


「水が溜まっていた部分には堆積物があり、発生時の状態を維持しているわけではなさそうだ」


 三年の年月は、陥没内部にそれなりの量の堆積物を集めていた。

 それは陥没発生原因とは関係ない物なので乱雑に扱い、陥没時の地面が現れるまで掘り進む。


「博士、ここに何かあります! ……これは卵でしょうかね?」


 スコップの先が当たったのに割れない頑丈な白い物体。

 完全に掘り起こすと、その大きさは頭よりも大きく、卵の形をしていた。


「卵に見えるが大きすぎる。一体、何の卵だろう?」


「発見したのは陥没のほぼ中心地ですからなあ。サンプルとして持ち帰って調べましょうや」


「魔物は専門外だが、陥没を発生させたのが未知の魔物という説は棄却できないな」


 一旦、この卵を地上へと運び、調査員も地上に上がった。


「博士、まずは冒険者ギルドに持ち込んで何の卵か調べてもらいましょうや」


「そうだな。それまでにいきなり生まれたりしないよな? 私は魔物は専門外だから詳しくないぞ」


「まさかあ。三年もの間水没していたのですよ。それはないでしょう……って、うわあ!」


 突然卵にヒビがはいり、ペキッと音を立てたかと思いきや、膝の高さほどの双頭のヘビが殻を割って現れた。全身が卵の殻から外に出ると一気に巨大化し、調査員と同じくらいの背丈となった。もちろんこれは地上から頭までの高さであって、尾の先までの全長はこれよりももっと長い。


「魔物か!? うわっ、なんだ、この黒いもやは!?」


「く、苦しいです……。くはっ」


「もや、から、外に……。急げ」


 双頭のヘビはその周囲を黒いもやのようなもので覆い、それに触れていると息ができなくなった。それで調査員たちは急いでもやの外へと逃れた。


「は、博士、う、腕が、あ、あああぁぁ……」


 調査員の腕はドロリと腐り始めていた。

 黒いもやに長時間触れていると、体が腐るのかもしれない。


「調査隊は撤収。今すぐ王都に帰還だ」


 持ち込んだ道具などを投げ捨て、調査隊は王都へと逃げ帰った。

 その後、王都からは冒険者が派遣されたがその帰還はなく、陥没に最も近い町オニルオンが双頭のヘビに侵略・・されたとの報だけが王都に返った。

 双頭のヘビはその黒いもやに触れたあらゆるものを腐食させ、それを養分として吸収しているかのように体を巨大化させていった。

 王都からから討伐隊が結成され、件の町に到着したときには、既に町は半壊していた。そして、まだそこに佇む双頭のヘビに戦いを挑み、完膚なきまでにやられてしまう。


「隊長! 剣も魔法も通用しません! 接近するだけで体が腐り、矢を射ると矢が腐って落下します。どうすればよろしいでしょうか?」


「ええい、そんなことは見ればわかるわ! くそっ、援軍だ。急ぎ援軍を要請するのだ。援軍が到着するまで一定の距離を保って監視を続けろ!」


 王都に設置された転移石を頼りに、カレア王国は各国に援軍を要請した。その結果、世界各地から腕利きの冒険者や正規兵が援軍として集まり、双頭のヘビ相手に戦いを挑んだ。だが、双頭のヘビはいかなる攻撃も受けつけず、戦いを挑む者を返り討ちにするだけだった。

 もう打つ手はない。何人なんぴとも双頭のヘビの進みを止めることはできず、さらに町の崩壊域が広がった。

 このままだとカレア王国中の町が壊滅してしまう。双頭のヘビを囲む者すべてが希望を失いかけていた……。


  ★  ★  ★


『神界に残る神々に尋ねたっちゃ。それでも第二位のバルゼゴブと第一位のザナルデウスの存在を察知することができなかったっちゃ』


 メルちゃんと命の神様が、排除すべき悪魔の所在を突き止めようと神界の神々に尋ねてくれた。

 元の世界から神界の神々に直接念話を届けることができないから、神界にいるマオちゃんを経由して伝達したんだって。マオちゃん自身は全然そのことに気づいてなかったけどね。


「上位悪魔を見つけることができないのであれば、神界での戦いはひとまず終了ということかの?」


『うーん……。いなくなったから、終わりにするっちゃ。お姉ちゃんたち、悪魔退治ありがとうだっちゃ。これで外界へ避難している神々が神界に帰還できるようになったっちゃ』


「我らは神々の困りごとを解決したのです。名誉を得たのです」


「よっしゃあ。私たちも帰還しようぜ。メル、案内よろしくな」


 浮島をいくつも渡ってここに来たから、どこに異界ゲートがあるのか分からなくなっている。だから、メルちゃんの案内が必要だよ。


『はーい、案内するっちゃ』


 私たちはいくつも浮島を渡って、異界ゲートのある浮島を目指す。


「来たときよりも明るくなっているのです」


「うん、明るい気がするね」


『悪魔は闇をさらに漆黒の闇にしようといろいろ手を加えていたっちゃ。その支配していた悪魔がいなくなったから、闇が弱まっているっちゃ』


 帰り道はここに来たときよりも明るいように感じる。最初、目が暗さに慣れたからかなと思っていたけど、メルちゃんによると悪魔がいなくなったことで明るくなったとの見解。

 悪魔は闇の領域に光の粒子が入り込まないように何か手を加えていて、それを支える悪魔の力がなくなって崩壊したんだって。闇の領域を進んでいて、時々キラキラな輝きが見えるようになったのはそのためだね。


「これで神界ともお別れか。少しくらい観光しておけばよかったかもな」


『神界は人族が長居できる環境ではないっちゃ。長居しすぎると背中に羽が生えるかもしれないっちゃ』


「悪魔と戦って命を落とすほかにも、そのようなリスクがあったのかえ……」


 光の領域にある異界ゲート。名残惜しそうにそれをくぐる。

 元いた世界に帰った途端。


『見つけたっちゃ!』


「何を見つけたの?」


 私の目に映っているのは、見覚えのある薄暗い地下室。マオちゃんの魔法で明るさを保てている。


『第二位の悪魔、バルゼゴブを発見したっちゃ! こっちの世界に逃げ込んでいたっちゃ。お姉ちゃん、急いで退治しないとこっちの世界が危ないっちゃ』


 悪魔バルゼゴブは、カレア王国の王都ポワテの西にいる。

 既に被害がでているとのこと。急いで現地に向かわなければならない。


「バルゼゴブは最初からこちらの世界におったのかえ? とんだ無駄足じゃったの」


『無駄足ではないっちゃ。お姉ちゃんたちは第三位までの悪魔を倒し、神界が平和になったっちゃ。バルゼゴブの居場所を突き止められなかったのは、つい最近まで活動を停止していたからだっちゃ』


「悪魔は活動を停止して身を潜めることができるのか」


 命の神様の推察だと、数千年前に時の神様が神界の時を止めた際に、バルゼゴブは体の動きが止まった。それでも意識は時が緩やかに流れる状態となっていて、時の止まっている神界から逃げすことを考え、実行に移した。その行為には時空の歪みが伴うため、こちらの世界に顕現するまでに数千年の時が経過し、最近になってこちらの世界に現れた。

 難しい話だけど、異界ゲートを生成せずに無理やり異界間を移動すると、時空の歪みが生じるとのこと。

 私たちが通った異界ゲートも、通過するだけで実は十日以上経過しているんだって。知らなかったよ。


『王都ポワテの西に大きな陥没があるっちゃ。あれこそが、バルゼゴブが時空を歪めてこちらの世界に逃げ込んだ証拠だっちゃ』


 悪魔バルゼゴブがこちらの世界に現れたことで空間が大きく歪み、巨大な陥没が生成されたらしい。


「大きな陥没……。なんだか前に聞いたことがあるような、ないような……」


「領主会議で何か言っておった気がするの。突如広大な土地が陥没した大災害じゃったかの?」


 ベーグ帝国がカレア王国と同盟条約を結ぼうと画策していた際に、復興援助をした災害だったかもしれない。もう、覚えてないよ。


「カレア王国の王都へ転移しましょう♪」


「そうだね。すぐに行こう」


 私たちはカレア王国の王都ポワテへと転移した。

 その門を、武装した兵士の集団が通り、西へと向かって行く。


「大事になっているね」


「とにかく我らも西へ向かうのです。兵士では悪魔は斬れないのです。急がないと被害だけが増えるのです」


「リバサンに運んでもらってはどうじゃ? そのほうが少しでも早く到着できるじゃろう」


「そっか、その手があったか。リバサン、手伝ってくれ」


 ミリアちゃんが両手を組み合わせて祈ると、フッとリバサンが現れた。


「ここから西の方角に、バルゼゴブって悪魔がいるらしい。そこまで乗せてってくれないか?」


『悪魔バルゼゴブ……。我ハ戦エナイ。有象無象ヲ運ブダケダ』


「うん、それでいい。神々が悪魔と戦えないのは知っている。戦うのは私たちだ」


 低くなったリバサンの背に乗るとすぐに瞬間移動し、私たちは少しだけ高い位置に浮かんでいる。

 地面には広大な半球状のくぼみを見下ろせている。その斜面には、不自然に地面に押し当てたように潰れた家々の姿もある。


「これが陥没かの。大きいのう。悪魔が移動するだけでこのようなものを発生されてはたまらぬのう」


「バルゼゴブはどこにいるの?」


『ココヨリ北ニイル。我ハコレ以上ノ接近ハシナイ。有象無象ハ歩イテ行ケ』


 リバサンの背から降り、北へと向かう。

 地面には不自然に枯れた草が折れ重なる部分があり、おそらくこれが悪魔バルゼゴブが通ったあと。その上を進むと、魔法を発動したり叫んだりする声が聞こえるようになった。


「町の中で大勢の兵士が戦っているのです」


「あの瓦礫の集まりは、廃墟か?」


『それは町の建物だったっちゃ。バルゼゴブがありとあらゆる物から生気を吸い取り、破壊したっちゃ』


 丘の上に行くと戦いの音が大きくなり、戦いの全貌を見下ろすことができた。戦場となっている町の面積の半分以上が瓦礫の山となっていて、それは悪魔バルゼゴブが移動した痕跡上に集中している。


「黒いもやのようなものをまとっておる双頭のヘビ、あれがバルゼゴブじゃな」


 兵士三人分ほどの背丈の巨大な双頭のヘビは黒いもやに覆われ、その周囲を大勢の兵士が囲んでいる。背丈は地面から頭までの高さのことで、尻尾の先までの長さならもっとある。

 兵士は皆、接近戦はせずに魔法や弓矢を飛ばしている。そうだよ。高位悪魔は剣で斬ることができないから間接攻撃するしかないよ。それでも効果はなさそうだけど。

 離れた所には救護テントのようなものが設置してあり、その周りに怪我をした兵士がたくさん寝かされている。早く退治しないと怪我人が増えるだけだよ。


「早く行かなきゃ」


 私たちは頷き合い、武器を手にして走って丘を下りる。

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