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180話 神界 後編

 ベヒュルガスを倒してから十回以上浮島を渡り、どちらの方向に異界ゲートがあるのかわからなくなった頃。それほど広くない浮島の上に屋敷が建っているのが見えた。それは闇の領域。


「次の目標はあれか」


「何者かが外に出ておる。警戒を厳にするのじゃ」


「お花畑が広がっています。きっと良い悪魔です♪」


『ピオピオさん、良い悪魔なんていないっちゃ。いるとしたら表面的な偽善者だっちゃ。そこにいるのは第三位の悪魔ファシスキトラーだっちゃ』


 敷地の花園に立っているのは頭が三つある悪魔。

 赤い紳士服の体の上に牡牛、人間、牡羊の三つの頭が並んでいる。


『ようこそ、私の領地へ。私はファシスキトラー。皆様の到着を心待ちにしておりました』


 敷地に近づくと、胸に右手を当てて腰を折り、丁寧にお辞儀をしたファシスキトラー。

 倒す気満々でやって来たのに、礼儀正しく挨拶されるとどう対処していいのかわからない。


「我はレティシア。貴様を消し去りにやって来たのです」


「丁寧な挨拶痛み入るのう。妾たちはお主と戦うためにここに来たのじゃが、よく考えればお主が神界から身を引けば戦わずに済むのじゃ。どうじゃ?」


「そうだよ。神界から出ていってよ。ここは神様の世界なんだから悪魔がいたらいけないよ」


 礼儀正しい紳士と戦うのは気が引けるよ。このまま身を引いてくれないかなあ。


『クエーケッケッケ。勝手に俺様の領地に入り込んだ分際で調子に乗りやがって。ぶっ殺すでゲス』


『ブフォー。殺る、殺る、殺るぼ!』


『フフフ……。皆様がこちらに向かっていることは、ベヒーモスの気配が消えてすぐから察知していました。ここは私の領地。お引き取りしていただくのは皆様のほうです』


 牡羊頭と牡牛頭が怒り狂っているのとは対照的に冷静な人間頭。

 あの三つの頭はそれぞれ意思を持っているんだね。


 パチン。


 ファシスキトラーが指を鳴らすと宙に浮ぶ剣が現れ、水平回転しながらこちらに向かってくる。

 もちろん、この程度の攻撃ならレティちゃんが盾技で余裕で受け止めることができ、造作もなく跳ね返した。


『挨拶は終わりました。次はその命を刈ります。覚悟はよろしいですか?』


『ギッタンギタンにしてやるでゲス』


『ブフォォー! ぶちのめす!』


「ギッタンギタンになるのは貴様のほうなのです」


「悪魔は、ここにいたらいけないからね」


 魔剣を強く握りしめ、ファシスキトラーの出方を窺う私。

 ミリアちゃんも同様で、これは向こうが動き出したら左右から挟み撃ちにする構えだよ。何度も一緒に戦ってきたから、構え方でどう動くのかなんとなくわかるよ。

 マオちゃんは後衛にいてスティックを手にしている。これは魔法で気を引いて私の魔剣攻撃を通しやすくする意図がある。意図通りに私の魔剣攻撃が当たれば、続けてマオちゃんが聖剣で畳み込む作戦だよ。


 パチン。


 ファシスキトラーはまた指を鳴らした。さっきと同じ攻撃だね?

 マオちゃんが火球を飛ばし、私が左前方へ駆け、ミリアちゃんが右側面を捉えようと駆ける。


『側面に回り込んでもムダでゲス。ゴバアアア!』


『ブフォオォォ!』


 牡羊頭の口から氷塊が飛び出し、牡牛頭の口から炎が噴射される。

 私とミリアちゃんは慌てて回避し、側面攻撃はこの魔法で阻止された。やや遅れて正面から聖剣で挑んだマオちゃんは空中に浮かぶ剣と斬り合うことになり、すぐに下がってレティちゃんの盾の有効範囲に逃れた。


「なかなかやるのう」


『お褒めに預かり光栄です。その言葉を遺言とさせていただきましょう』


 パチン。


 また指を鳴らした。あれ? 剣が出現していないよ?


「きゃー。お花が、お花が~♪」


 花畑の花々が土から根を抜いて地面の上で背伸びをし、集団でミリアちゃんに飛びついた。

 もしかすると花のように見えていたのは小さな悪魔だったの? 花に詳しいピオちゃんですら見抜けない完璧な擬態だったよ。


「ぐへっ。ミリア、何をするのですか!」


「ω〇DKXφ……」


 ミリアちゃんが何か訳の分からない言葉を口にしてレティちゃんをハリセンで殴った。


「これはいかん。魅了されておるようじゃが、ミリアの体にびっしり取りついておるゆえ、手出しできぬ」


「ひゃっ!?」


 今度は大振りで私に襲い掛かる。

 どうしよう?


『ブフォオォォ!』


「むはっ」


「レティちゃん!?」


 ミリアちゃんばかりに気を取られていたけど、ファシスキトラーもいるんだった。

 牡牛頭の口から噴射された炎が、横を向いているレティちゃんを焦がし、さらにハリセンがそれに追い打ちをかける。


「まずいのう……」


「このままだとレティちゃんが危ないよ」


 ファシスキトラーの攻撃を受け止めるには正面を向かないといけない。しかし、魅了されたミリアちゃんが側面から襲い掛かってくる。盾技では両方を同時に受けることはできない。


『レティさんにはファシスキトラーに集中してもらうっちゃ。その間にお姉ちゃんはミリアさんを羽交い絞めにするっちゃ』


「何か策があるのじゃな? うむ。エムや、二人でミリアを押さえ込むのじゃ。お主は正面から挑むのじゃ」


「うん。やってみるよ」


 まずはミリアちゃんに魔剣を掠らせ、意識をこちらに向ける。

 予定通りハリセンの標的が私に向いたよ。

 私には丸い盾がある。それでハリセンを受け流しながら魔剣を突き出してさらに気を引く。


「Z@HOEK……」


「よし、うまくいったのじゃ」


 背後に回り込んだマオちゃんが見事、羽交い絞めに成功した。


「急ぐのじゃ。妾も魅了されそうじゃ……」


 ミリアちゃんの体にはびっしり花の悪魔が取りついている。その体にマオちゃんが触れているから、いつ魅了されてもおかしくない。


『エムさん、魔宝石レイを、ミリアさんの胸に当てるっちゃ』


「魔宝石レイ……、これだね」


 胸元のペンダント、魔宝石レイを首から外し、ミリアちゃんの胸に押し当てる。


 ドクン。


 大きな鼓動のような音がして、ミリアちゃんに取りついていた花の悪魔たちがしぼんで地面に落ちた。


「はっ!? 私は一体?」


「花の悪魔に魅了されていたんだよ」


『魔宝石レイの加護を強めたっちゃ。これで同じ攻撃は受けつけないっちゃ』


「それよりもレティシアを回復せねば」


「そうだね。ミリアちゃん、ファシスキトラーの攻撃を引きつけよう」


「わかった」


 チラリとレティちゃんの状況を見、即決でレティちゃんよりも前に飛び出した。

 氷塊、火炎。その攻撃はさっきと同じだからなんとか避けることができるよ。

 そんな私たちの動きを見切っていたのか、指を鳴らしてまた花の悪魔を大量に呼び出し、私たちに飛びかからせる。


『ほほう。なんらかの加護ですか。フラワーデビルたちを跳ね除けたのは皆様が初めてですよ』


 今のは花の悪魔がまだ有効だと信じての攻撃だった。やはりメルちゃんの念話はファシスキトラーには聞こえていないみたい。


「プリムローズ・セイバー!」


「ハリケーンスマッシュ!」


 魔剣とハリセンによる挟み撃ちをファシスキトラーは造作もなく、すすーっと滑るように後退して避けた。


「ぬおっ」


 正面から聖剣で斬りかかろうとしたマオちゃんの脇腹に花畑から飛び出した花の悪魔が激突し、マオちゃんは屈んで脇腹を押さえる。


「大丈夫ですか」


 盾を構えたままレティちゃんが数歩前に出て、マオちゃんにポーションを差し出す。


「おおぅ、助かるのじゃ」


 すぐにポーションを掴み取り、口に含んだマオちゃん。口を拭い背を起こす。


『ほほぅ。神の代弁者にしては弱い。あまりにも弱すぎる』


「そうじゃ。妾たちは神に頼まれてここに来たのじゃ。お主には消えるか立ち退くかの選択しか残されておらぬのじゃ」


『ふっふっふ……。光があれば自ずと闇が生まれます。光の輝きが強ければ強いほど、極上の闇が生まれるのです。この極上の闇こそが私の力の源。どうして立ち退くことができましょうか』


「ここは貴様ら悪魔がいていい場所ではないのです。神界という名の神々の領域なのです。貴様らは神々に危害を加えて神々を神界から追い出したのです。それは許されない行為なのです」


『ふっ。神々は光を放つだけではなく、神力を周囲に放射し続けます。それはあまり心地よいものではありません。それで私の領域確保の邪魔となる何柱かの神にはご退場していただきましたが、光がないと闇は生まれませんから、最小限の神は残すようにしております。このことに何か問題がおありでしょうか』


「ここはもともと神様の領域なんだ。退場するのはお前のほうだ!」


「そうだよ、出ていってよ!」


『ふふふ。聞き分けのない代弁者のようですね』


 私とミリアちゃんが武器を構えて再度接近戦を挑む。


「ひゃっ! エム、止まれ!」


「わわっ!」


 ミリアちゃんは頬を押さえて半歩後退。その指の間からは血が流れ落ちている。

 私は振りかざした魔剣が何かを切断したと同時にミリアちゃんの制止があって慌てて立ち止まり、周辺を見回す。


「糸のような物が張り巡らされています♪」


 首の動きに合わせ、前方で細い糸のような物が光を反射して輝いた。目を凝らしてよく確認すると、細い糸のような物は無数に張り巡らされていて、魔剣が切ったのはそのうちの一本。


「あやつはワイヤーを操っておるようじゃ」


『ほほぅ。切り刻まれる前に気づきましたか。それでは改めてお見せしましょう』


「危ないのです!」


 ファシスキトラーが両腕を水平に広げ、そこから斜め上に掲げて一気に振り下ろす。前に飛び出たレティちゃんの盾に複数回、細い糸が当たって弾いた。


『おや、切れませんでしたか? おかしいですね。もう一度……』


「貴様の技は見切ったのです。ガザニア・ライトニングシールド!」


『ぐえぇえぇぇぇ!』


 糸をたぐりよせ、再び両腕を振り抜いたその瞬間、ファシスキトラーの体に雷撃が走った。レティちゃんの憐花の勇士技が炸裂したんだよ。


「ぼーっとしてないで、やりやがれなのです」


「おおぅ、そうじゃった。えいやっ!」


「たあ!」


 聖剣と魔剣が動けないファシスキトラーの体に斜めに切り込みを入れる。


『ワイヤーをいなす不思議な盾、私の体を切断する忌々しい剣。ふふふ……。私の負けです……』


 ファシスキトラーは紳士的に負けを認め、消滅した。

 私たちは第三の悪魔ファシスキトラーを倒すことに成功した。


「案外いい奴だったのかもしれないな」


『騙されてはいけないっちゃ。お姉ちゃんたちを侮って余裕を見せていただけだっちゃ。悪魔は弱い心につけ込んでくるから、簡単に気を許したらいけないっちゃ』


「うむ、そうじゃの。気をつけるのじゃ」


 花畑のように並んでいた小さな悪魔たちが一斉に消滅した。

 どうやらあの小悪魔たちはファシスキトラーが生成した悪魔だったようで、主が消滅したことでこの世界で体を維持できなくなったとのこと。


『次の悪魔の場所まで案内……、あれ? おかしいっちゃ。次の悪魔が見当たらないっちゃ』


「見当たらないのなら、悪魔は全員神界からいなくなったってことになるのか? 私たちの討伐任務は終わりってことか?」


「そうならばいいのう」


『うーん……。詳しく調べるから、お姉ちゃんたちはしばらくそこで待っててもらえるっちゃ? えーっと、時が止まっていた領域には……』


 メルちゃんは誰かと相談するかのように一人二役で話をしながら、悪魔の所在を確認している。一体化している命の神様とやり取りしているみたい。

 なんとなく聞こえた話だと、命の神様がここ神界にいた頃にはあと二体、強力な悪魔が存在していて、時の神様が時を止めた領域にいたはずなんだって。でも今、その二体の気配が感じられない。それで広く探しているらしい。

 神界からいなくなったのなら、それはそれで戦わなくて済むし、神界内にいて遠くに行ったのなら歩く以外の移動手段が欲しいところだね。

 浮島のどれか、乗り物として利用できないかなあ?

 そんなことを考えつつ、時が過ぎていく……。

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