018話 石の構造物を調査するよ 前編
ふー。昨日の打ち上げで、ちょっと食べすぎちゃったよ。
安くて量の多い料理ばかりを選んで頼んでたら、テーブルの上がすぐに皿でいっぱいになって、みんなで慌てて食べたんだ。
レティちゃんは、最初は不満を口にしながらも、食べ始めたらがっついていたね。たぶん、空腹に負けたんだと思う。
「今日も張り切って行きましょー♪」
私のポケットから半身を乗り出して、グーにした右腕を掲げたピオちゃん。
「またピオが仕切っているぞって、もうとっくの昔に出発済みだから、掛け声としては遅すぎだな」
「ピオピオは寝すぎじゃのぅ。買い物を済ませても、まだエムのポケットの中で寝ておったからの」
今回の依頼の目的地は山奥だって話だったから、町を出る前に消耗品を多めに買い込んでおいた。
もちろん、教会に行って聖水も買い込んでおいたよ。
マオちゃんってほんと物知りだよね。普通冒険旅行の買い出しに教会になんて行かないよね。前回は、半信半疑で赴いたんだよ。
「本当は空を飛んで行きたいのですが、馬車に揺られるのも悪くないのです」
「空を飛んで行くって、また妖精の姿になるのか? あれだと歩くよりは速いかもしれないけど、そんなに遠くまで行ける気がしないぞ」
「違うのです。飛竜に乗るのです」
「どんだけ金持ちなんだよ!」
今、私たちは馬車に乗って移動している。
北東の山の麓まで歩いて行くのは遠いから、御者つきの馬車を借りたんだよ。
飛竜は、貴族様が遠出する際に乗る乗り物だね。
大きな町には飛竜の運送屋があって、貴族様でなくても一応借りることはできる。でも、私たちのような貧乏冒険者だと、高すぎて借りることなんてできないよね。
それと、飛竜は各町を結んでいるだけで、今乗っている馬車のように街道の自由な位置で降ろしてはくれないから不便かもしれない。
「そろそろ見えてきたよ」
馬車の窓からは、目的の山々が見えている。
手前の山は緑に覆われていて、奥の山はやや黄色みのある岩山で、木々はほとんど生えていない。最終的にはあの岩山に行く予定だよ。
「おおう、ハゲ山のう。ドラゴンの阿呆の棲み処を思い出すのぅ」
「立派なドラゴンは岩山に巣を作るのです。って、阿呆言うな、なのです」
「そうだよな。ドラゴンは山岳地帯の大きな岩山に巣食っているもんな」
「その岩山の周辺にある緑の山々は水を豊かに蓄えておってのう。ドラゴンはそれを独り占めする本当にケチで阿呆ばかりなのじゃ」
「おいおい、ドラゴンに聞かれたら踏み潰されるか、ブレスで灰にされそうなことを言うなよ。まあ、ここにはドラゴンはいないけどな」
「ドラゴンを阿呆呼ばわりするのは、馬鹿魔王だけなのです。マオリーの魔王ごっこは、なんかムカつくのです」
「みんな詳しいね!」
あっと言う間に緑の山の麓に着き、馬車を降りた。
私たちは転移で帰ることができるから、馬車にはそのまま帰ってもらった。
馬車がいなくなると、ピオちゃんはポケットから出て私の左肩の辺りを飛ぶようになった。
「山の中に通じる小道があるね」
街道から山の木々の中に向かって、誰かが踏み固めた土の道が伸びている。
きっと、今から向かう山は冒険者が魔物討伐によく訪れる狩場なんだよ。
その小道を通り、足元が傾斜している林へと至った。
やや暗い林の中、小道はまだ先へと続いている。
「この辺りの木々は、樹皮が高い位置まで剝がされておるの。頭上に注意するのじゃ」
近くの木々のうち数本で、見上げる高さまで樹皮が所々なくなっている。
「うひゃっ」
突然、バサバサッと枝葉を揺らし、樹皮と同じ色をした液状の魔物が七体、降ってきた。それぞれの大きさは、頭二つ分ぐらい。
ミリアちゃんは驚いて後ろにステップして身構え、レティちゃんは盾を身近に引き寄せる格好で左右を確認している。
ピオちゃんはピューっと最後尾のマオちゃんの後ろに飛んで行った。
「落ちてきたのは前方だけなのです」
「戦おう。えっと、これってスライムだっけ?」
「バークスライムじゃ。コアを狙えばどうってことのない魔物じゃが、数が多いので気を抜くでないぞ」
「弱いくせに驚かせやがって。後悔させてやるぞ」
ミリアちゃんは吹き矢をピュッと飛ばし、バークスライムのコアに命中させた。
これで一体が魔石に変わった。
本当に弱い魔物っぽいね。
私も前進してレイピアで突き刺し、おしくもコアには命中せず、反撃で飛んで来た木槍を盾で弾く。
今、コアが動いて避けたよね?
「所詮は木槍なのじゃ。えいっ、どうじゃ」
「今日のマオリーは前衛なのですか?」
マオちゃんが前に出てきて草刈り鎌で木槍を叩き落とし、それから横に薙ぐようにしてコアを仕留め、また一体が魔石に変わった。
「こやつらは魔法が効きにくいからの、早く仕留めるには妾も前に出るしかあるまいて」
「そんなに急ぐ必要もなさそうな弱さだぞ、って、なんだ、こりゃ」
ミリアちゃんが、また吹き矢で一体を仕留めた。
向こうからの攻撃は、間近で受けるもの以外は、すべてレティちゃんが有効範囲を広げた盾で受け止めている。だから、この戦闘には余裕があるように見えた……。
ところが、生き残っているバークスライム四体が突然跳ねてくっついて、半透明な狼の姿になっちゃった。
ええ?
さっきまでの鈍い動きが嘘のように高速に動いているよ。
「こやつらは、放っておくと他の魔物に変身するのじゃ。じゃから急いでおったのじゃ」
「フォレストウルフなのです。たいして強くないですから、早くやっちまえ、なのです」
盾技で挑発し、そのキバを盾で受けているレティちゃん。
私とミリアちゃんが狼の姿のバークスライムの側面を攻撃する。
「深く刺したのに、手応えがまったくないよ」
「やっぱりコアを狙わないとダメみたいだぞ」
レイピアが首元を貫き、ハリセンが胴体を捉えた。
それでもバークスライムはレティちゃんへの攻撃を緩めてはいない。
「コアは目の位置にあるのです。目を狙うのです」
目かあ。バークスライムは激しく動いているから側面からだと狙うのは難しいね。勢い余ってレティちゃんを突き刺しそう。
「了解だ」
ミリアちゃんはいつもの定位置、レティちゃんの斜め後ろに戻り、そこで跳躍し、高い位置から吹き矢を飛ばす。
「お主、やりおるな」
一発で吹き矢をコアに命中させ、バークスライムは四個の魔石へと変わった。
「魔物はレティだけを見ていたからな。だから今回の殊勲はレティだな」
「ふん。もっと我を称えるのです」
「うーむ。この態度、いやーな奴を思い出すのじゃ……」
「マオちゃんの村にも、変わった人がいたんだね、って、思い出させてごめんなさい」
マオちゃんの出身村の人って、みんな殺されちゃったんだよね。家々もひどい状態だったし……。
「気にするでない。思い出したのはジンジャー村の者ではないからの。高い山に棲む、竜……」
そんな話をしながら林を抜けると、谷が見えた。
そこは小川が流れ、沢になっている。
「このまま小道を進むより、谷を行くほうが早く着きそうだね」
「小川のほとりには、花が咲いています。是非、そちらに行きましょう♪」
私たちは小道を外れ、谷間を進むことにした。
小川にはサンショウウオが棲んでいて、流れているのは綺麗に澄んだ水だってことが分かる。
谷は山肌を縫うように左右に大きくくねっていて、途中で右手方向に目的の岩山が見えたのでそこからは再び斜面を登る。
少々登ったところで斜面を下り、草原で野営することにした。
「ここは野営地としてよく使われておるようじゃの」
「そうだね。草が刈られていて手間が省けるよ」
他の冒険者がよく利用しているみたいで、この周辺は広く草が刈られている。
「今日はそれなりに多く戦ったから疲れたぞ。今すぐにでも眠れる自信があるぞ」
「早く寝るのです」
「寝たいのなら早く準備するのじゃ」
ここまでに遭遇したのはそれほど強くない魔物ばかりで、それでも倒すのに苦労したのは頭ぐらいの大きさの毒バチの魔物コンバッビーと、触れるとビリビリ痺れる二足歩行のトカゲ、アークリザードだった。
アークリザードは最終的にマオちゃんの魔法で仕留めた。私とレティちゃんは口から黒い煙を吐くくらいによく痺れていたよ。
「山に挟まれた月を眺めるのも、風情があって良いものじゃのぅ」
「マオちゃんって、時々近所のお婆ちゃんみたいになるね」
「月明かりで色褪せたお花は、神秘的でとーっても美しいです♪」
「そうじゃのう……って、ピオピオ、お主は朝起きれなくなるから、夜更かしせずに早う寝るのじゃ」
夜間、つぼみに戻る花もあれば開いたままの花もある。
月明かりは、そんな花の並びを、昼間とは違った色で見せてくれる。
レティちゃんとミリアちゃんは、もう既に眠っていて、いつも寝坊しているピオちゃんは元気に花の周りを飛び回っている。
ピオちゃん、早く寝ないとまた寝坊しちゃうよ?
私は、そろそろ寝るからね……。
「ふぁあぁ~。おはよー」
「エム、遅くまで寝ておったのぅ。早くテントをしまって出発するのじゃ」
翌朝。
一緒に月を眺めていたのに、早起きなマオちゃん。やっぱりお婆ちゃんみたいだよね。
私たちは野営地を後にし、目的の岩山に向かって山野を進む。
山間に広がっている草原を抜け、さらに緑の山をもう一つ越えると、その先には岩山があった。
みんな岩山の麓まで、下り坂を急いで進む。
「おおう、たしかに不自然じゃな」
「茶色の岩山に白い石の構造物がめり込んでいるように見えるぞ」
高く険しいゴツゴツした岩山。その麓付近で斜面に突き刺さるように白い石の構造物がある。
それは石でできた大きな屋敷のよう。
中に入る方法を調査するのが目的だから、みんなで接近し、調査を始める。
「お主、何をしておるのじゃ?」
「ん? 我ですか? 我がここに来たことを他者に知らしめるために匂いを残しているのです」
レティちゃんは、石の構造物に体を擦りつけている。
それは、猫がすりすりする姿に似ているよ。
「まるで猫のようだな。マーキングっていうんだっけ?」
「猫というか、獣じゃの」
「え! 猫ですか!? イヤー!」
ピオちゃんが慌てて私のポケットに隠れた。やっぱりピオちゃんにとって猫は天敵のよう。
「ピオちゃん、大丈夫。ここに猫はいないよ」
「貴様らは、匂いを残さないのですか?」
「するか!」
「ぼへっ」
魔物を殴り倒すハリセンで殴られたレティちゃん。盾役だから耐えられたのかもしれないね。私だったら、遠くに飛ばされていたかもしれないよ。
「遊んでいないで、調査に集中するよ」
気合いを入れて石の建物を調査する。それが今回の依頼なんだもん。
で、これはどう見ても、石でできた屋敷。木造屋敷を石で再現したもの。
触っても叩いても、やはり石。
「入り口のう。あの窓を壊せば入れないかのぅ。すべてを穿つ魔王の炎、メガ・フレイムランス!」
マオちゃんが飛ばした火の槍は、石の窓に当たって消えた。
石の窓には傷一つつかず、焦げ目もついてない。
強引な方法では入れないみたいだね。
「なあ、ちょっと気になったんだけど、いいか?」
「ミリアちゃん、何? なんでも言ってよ」
周辺を見て、私の近くに戻ってきたミリアちゃん。
顎に右手を当ててやや上方を眺めている。
「ちょっと下がってさ……、この位置で調査対象を見てみろよ。あの形ってさ、この間の屋敷に似ていると思わないか?」
みんなを少し後方へと移動させ、そこで屋敷を観察するように促した。
「言われてみれば、幅とか高さとかが似ているかもしれないね」
「でもですね、これは真新しい感じがするのです。この間のは腐っていたのです」
「そうじゃの、たしかに似ておるのぅ……。うーむ……」
マオちゃんは左右に大きく歩いて動き、さらに寄ったり離れたりして外観を調べている。
「これはもしや!」
「何か分かったの?」
手を打ち鳴らしたマオちゃんの傍にみんなが駆け寄り、期待の目を向ける。
「仮説じゃがの。ここにある石の構造物は、朽ちた屋敷、ロッテン・レストマンションの一部の可能性があるのじゃ」
「だーかーらー、こっちのは新しくて、この間のは腐っていたのです」
そうだよね。ここにあるのは真新しくて、しかも石だよ。
同じじゃないよね?
「まずは、ロッテン・レストマンションの形を思い出すのじゃ」
「えーっと、たしか……」
朽ちた屋敷。今にも崩れ落ちそうで、向かって左の端の部分が千切れるように崩れてなくなっていた。
おそらく朽ちた屋敷は左右対称になるように設計されていたんだよね?
だから建設された当初の形は空から見下ろすとU字形状で、私たちが訪れたときには向かって左の端の部分が朽ちてなくなっていたからL字形状になっていたんだよね。
あ! 目の前の石の構造物は、そのなくなった左端の部分!?
そう考えたら、ピッタリ形が合っちゃうよ。
「まさかあの石は、千切れていた部分、なのか?」
「おそらくそうじゃ。そして、ここにある物は何らかの原因で石化し、向こうにあった物は、地中に埋まっておって朽ちた、と考えられるのじゃ」
朽ちた屋敷は、ボルト君が掘り起こしたんだっけ?
「千切れた部分は、とんでもなく遠い位置まで飛ばされたのです」
「異次元迷宮っていうくらいだから、異次元なことが起こるのかな?」
そもそも、屋敷が千切れて山中に落っこちていること自体が、異次元なことだよねー。
「それでじゃ。ロッテン・レストハウスに行けば、あの石の内部に入れるかもしれぬと思うのじゃ」
「うん? つまり、あの石は、朽ちた屋敷と繋がっていて、入り口は同じだってことか!」
「あくまでも可能性がある、ということじゃの」
「それなら、朽ちた屋敷に行ってみようよ!」
「すぐに行くのです」
私たちはマオちゃんの仮説に乗ることにし、もしも仮説が外れても再びここに戻ってこられるように、少々山道を戻って緑のある山の麓に花を植えておいた。
「それでは行きますよー。迷いの森へ、フラワーテレポート♪」




