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179話 神界 中編

「はぁはぁはぁ……。走るのは、得意ではないのです……」

「ふぅ……。結構距離をとったぞ……」

「はぁはぁ……。どれだけ逃げても、飛んで来そうな、感じ、だよね」

「目の前におるより、はぁ、はぁ、安全じゃろう」

「あの大きな口に狙われたら、どこにいても同じかもしれません♪」


 走って逃げた先は光の領域の浮島。ここが安全とは言い切れなくても、息が切れてもう走れないよ。


『悪魔に憑依された妖魔族が私たちの世界に侵攻してきた際に、時の神様が異界ゲート付近の時の流れを止めたっちゃ。それは私たちの世界側に留まらず、神界側も止まっていたっちゃ』


「妖魔族がいた異界ゲート付近か。あれって異界ゲートの向こう側も時が止まっていたのか」


『そうだっちゃ。神界側のほうが広域に時が止まっていたっちゃ。その中にベヒュルガスが含まれていたっちゃ』


「ベヒュルガスも時が止まっておったのかえ?」


『その体は時が止まっていたっちゃ。でも、ベヒュルガスは高位悪魔だっちゃ。意識だけは時が流れ続けていたっちゃ』


「えっと。体は動かないけど考えることはできたってことなのかな?」


『そうだっちゃ。悪食ベヒュルガスは、もともと食べることばかりを考える悪魔だったっちゃ。それが、何も食べれずに何千年もじっとしていたちゃ。その反動で、今、なんでも見境なしに食べているっちゃ』


「悪魔を食べたもんな。共食いだぞ」


『なんでも食べるといっても、身近の物のうちなら、おいしそうに感じる物を狙っているっちゃ。お姉ちゃんたちは神界にいない存在。その匂いが珍しく、飛びついてきたと考えられるっちゃ。口に入った悪魔はそのとばっちりだったっちゃ』


「つまり、妾たちが狙われておるということじゃの」


『そうなるっちゃ。だからベヒュルガスの正面に立ったらいけないっちゃ。パクリと飲み込まれるっちゃ』


「あの大きな口は、我の盾の有効域を完全に凌駕しているのです。防げないのです」


「逃げて逃げて、遠くまで逃げてベヒュルガスよりも高位の悪魔を先に倒せば、ベヒュルガスと戦わなくて済むんじゃないのか?」


 え、まだ走るの? もうくたくただよ。


『既にお姉ちゃんたちは捕捉されているっちゃ。逃げ切ることはできないっちゃ。この状態で他の悪魔と戦う余裕なんて一切ないっちゃ』


「割り込まれて、すべてをパクリ、ですね♪」


『そうならないよう、ベヒュルガスを倒す作戦を伝えるっちゃ。とにかく正面に立たない、それが基本だっちゃ。それで……』


 私たちはメルちゃんから伝えられた作戦を実行するため、一つ隣の浮島に移り、そこからベヒュルガスの斜め後ろに接近する。

 この辺りに漂う瘴気にも流れがあって、こちらは風下になる。ベヒュルガスは接近する私たちの匂いに気づいていない。

 さらっと瘴気なんて危なそうな言葉が出てきたけど、メルちゃんから送られ続ける加護によって吸い込んでも体に影響は出ないそうな。


「一気に接近して切り裂くのじゃ」

「うん。行くよ!」


 ある程度近づいたら、そこから思い切り走って切り掛かる。

 ベヒュルガスの尾ひれの近く、たるんだ脇腹を聖剣が斜めに「えいや、とぅっ」と二回切りつけ、私の魔剣が「プリムローズ・セイバー」でZ字状に切り裂く。

 そういえば、マオちゃんって剣技を使わないよね。


「すべてを灰にする魔王の獄炎、メガ・ヘルファイア」


 聖剣はスティックに持ち替えられ、後退しながら魔法を発動。前方に小さめの火球が飛び、ベヒュルガスに着弾するとそこを中心として広範囲に火炎が広がる。


「聖剣と魔剣は効果がありましたが、魔法は効果がないようです♪」


「危ないのです! ぐへっ」


 尾ひれがしなって叩きつけ、レティちゃんの盾技ごと私たちを口の近くへと転がした。


「いてて……、あぶな! サフラン・ハリケーン!」


 まさに口に飲み込まれそうになった刹那。

 最初に立ち上がったミリアちゃんがハリセンを大振りして紫色の花びらを伴う竜巻を発生させ、それを嫌った口がミリアちゃんの頭上すれすれの位置で閉じて遠ざかって行く。

 私たちは慌てて這うように腹側へと逃げ、口の届かない場所で立ち上がる。


「見てください。さっき切りつけた部位が治っています♪」


「ぬおっ。聖剣で深く切りつけたはずなのじゃが、綺麗さっぱり治っておるの」


「私もバッチリ切り込んだのに~」


 ベヒュルガスの体にはたしかに切り込んだり魔法を当てたりした痕がついていたはずなのに、転がって起き上がっただけの短時間で傷痕すら残さずに綺麗に治っている。むしろ、切りつけた周辺が盛り上がっているかもしれない。


『お姉ちゃん、ベヒュルガスの体は無限増殖する細胞の塊だっちゃ。想定よりも増殖が早いから作戦を変更するっちゃ』


「聖剣も魔法も効かなんだ。どうするのじゃ?」


「ぐほっ。汚いのです」


 会話している間に、ベヒュルガス側面の細胞が魔法玉のようになって飛び出し、レティちゃんの盾に当たって破裂した。

 黒っぽい液が飛散し、生臭い匂いが漂う。


『お姉ちゃん、魔法だっちゃ。私が強く祈ってさらなる憐花の加護をお姉ちゃんに届けるっちゃ。お姉ちゃんは憐花の勇士にしか使えない魔法を思い切り発動するっちゃ』


「うむ。承知したのじゃ」


『憐花の聖地の御心よ、ここに集まり、お姉ちゃんに力を与えるっちゃ』


「うむむむ……。憐花の加護、たしかに受け取ったのじゃ。ベヒュルガスめ、見ておれよ。憐花の情熱、ギガ・スチーマー!」


 マオちゃんのスティックの先から光り輝く粒子と水蒸気のような白い煙が噴出し、それが広がってベヒュルガスの側面全体を焼き焦がしていく。黄色や白色の花も光の粒子に混ざって飛んでいる。

 ベヒュルガスは痛みを感じたのか、体を逸らせ、地面を叩きつけて跳び上がろうとした。しかし、腹の肉が焼け焦げて落ち、背骨がだらりと地面に垂れ下がるだけだった。


「むむむむ……。ふぅ……。もうよいじゃろう」


 背骨まで焼けてなくなり、ベヒュルガスそのものが霧散して消えた。


『お姉ちゃん、やったっちゃ。ベヒュルガスは上から四番目の強者つわものだったっちゃ。この周辺の悪魔はそれよりも下位だから、安全になったっちゃ』


「あのでっかいのが、四番目だったのか。今後、もっとでかくなるのか?」


『大きい者もいるっちゃ。でも安心するっちゃ。ベヒュルガスほど大きくはないっちゃ』


「それなら、余裕なのです」


「初見の飛びつきで妾たちが口に入っておったら、今頃全滅しておったのじゃがの」


『今回、お姉ちゃんの憐花の加護を強化したけど、憐花の勇士のお姉ちゃんたちには、もともと憐花の加護が備わっているっちゃ。運気が上がるから、口に入らなかったのは加護のおかげかもしれないっちゃ』


 もしかすると、口にくわえられそうになったのをハリセン大振りの竜巻で躱せたのは、運気が強化されていたからかもしれないね。


『今、お姉ちゃんたちに襲い掛かるような悪魔は近くにいないっちゃ。だから、アシュゼーレンの話で混乱していたお姉ちゃんたちに、命の神様が真実を話すっちゃ。よく聞くっちゃ』


「アシュゼーレンの話で混乱? ミスリル山の大噴火の話かえ?」


「災害を引き起こすディザスター神は敵なのです」


『うん、ディザスター神様についてのお話だっちゃ。ディザスター神様は破壊神。命の神様は創造神。創造神が万物を創造し、破壊神が万物を素材に戻すっちゃ。もう少し詳しく説明するっちゃね……』


 命の神様と一体になっているメルちゃんは、命の神様の難しい考えを私たちにもわかるように簡単な言葉で説明してくれた。

 万物の創造とか難しい言葉を抜きにして、私たちに身近な住宅の話を例にあげての説明だよ。

 私たちは石や木材を集めて家を建て、そこに住む。

 しかしその家は永久には住むことができない。いずれ壊して建て直すことになる。壊してできた廃材は物質として自然に還り、やがて新たな家などの素材となる。

 この、家を建てることが創造神にまつわる行為で、家を壊すことが破壊神にまつわる行為。

 創造神と破壊神は表裏一体で、どちらも存在しないと世界は回らない。


『噴火も同じだっちゃ。地中深くに埋まっている栄養素や岩石素材を地上広くに散布する効果があるっちゃ。長い時間を経て、その栄養素で植物が育ち、岩石素材はいろいろな資材になるっちゃ』


「大噴火が悪いことばかりではないということじゃの」


「なんとなく理解できたのです。ディザスター神が起こす災害にも意味があることを認識したのです」


「いずれ大噴火が起こるとわかっているならさ、ドワーフに教えてやればいいってことじゃないのか?」


「五百年後とか言ってなかったっけ? うまく伝わるといいね」


『お姉ちゃんたちが理解できてうれしいっちゃ』


「破壊神を無闇に倒してはならぬと、ギルドマスターのヘレンクからも教わっておったしのう。それでも大噴火と聞いて、これはいかんと思っただけのことじゃ。大噴火にも意義があると知り、そちらは後世の者たちの判断に任せるのじゃ」


「ドワーフの町が崩壊していたのです。時が至るまでに避難してもらうのです」


「猶予は五百年だ。なんとかなるさ」


「元の世界に帰ったら、忘れずに伝えるのじゃ」


『休憩は終わりっちゃ。次の高位悪魔の棲み処へ向かうっちゃ』


 メルちゃんの案内で浮島を渡って進む。

 大小さまざまな浮島。それを六つ渡ると、右手の方向の大きな浮島の上に町が形成されているのが見えた。


「あれは悪魔の町なのか?」


『そこから見える光の領域にある町なら違うっちゃ。妖魔族の町だっちゃ』


「困りごとがないか確認しに行くのです」


 レティちゃんの考えは神界に来てもブレない。面識のない神界の妖魔族の困りごとも解決したいみたい。


『その必要はないっちゃ。お姉ちゃんたちがアシュゼーレンを倒したことで、その町に住む妖魔族に憑りついていた悪魔が逃げて行ったっちゃ。悪魔のことが一番の悩みごとで、もう解消されたっちゃ。憑依していた悪魔の意識伝いでお姉ちゃんたちが憑依を解いてくれたことを知って、皆、お姉ちゃんたちに感謝しているっちゃ』


「ここ神界の妖魔族もやはり悪魔に憑りつかれておるのか」


『そうだっちゃ。その一部がずいぶん昔に私たちの世界に侵攻してきっちゃ』


 時の神様が時の流れを止めていたこともあって、妖魔族が悪魔に苦しめられていた時間は私たちが思う年月の長さほど長くはない。

 それでも、体を乗っ取られて意図しないことをさせられていたのは苦痛だったと思う。私なら、ほんのひとときでも嫌だよ。


「悪魔を成敗すれば、困っている妖魔族が救われるのです。ガンガン成敗するのです」


「アシュゼーレンは私たちが倒したというより、ベヒュルガスに食われただけだけどな」


『結果として、アシュゼーレンとベヒュルガスを倒したっちゃ。お姉ちゃんたちなら、神界を救うことができるっちゃ』

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