178話 神界 前編
異界ゲートを抜けた先。そこは円形の大きな葉や石垣でできた板、岩盤などいろいろなものが浮かんで大地の代わりとなっている世界。
空間の至る所に、夜空に輝く星のように輝く何かが浮かんでいる。
私たちは白い霧の中にいるように見えて、実は霧とは違って向こうをよく見通せる。輝く何かが白い光を放っていて、目に映るものすべてを白っぽく見せている。
「神界に来たまでは良かったが、悪魔はどこにいるんだ?」
「さっきサックデビルに遭遇したのですから、きっと待っていれば悪魔のほうから寄ってくるのです」
『お姉ちゃん、案内するっちゃね。今、私は命の神様と同化しているっちゃ。私の声を使って命の神様の考えを伝えるっちゃ』
私たちがいた世界とここ神界との間を繋ぐ念話や神力での会話は、命の神様の力をもってしても実現することはできず、憐花の勇士どうしの因果を頼ることで念話を実現している。すなわち、居残りのメルちゃんの意識を通すことで神界にいる私たちとの念話ができている。マオちゃんとメルちゃんは姉妹だから意思疎通を実現しやすいと判断し、メルちゃんが伝達役として元の世界に残っているんだよ。
『悪魔には上下関係があるっちゃ。下位の者は上位の者に逆らえないっちゃ。それで支配階級の悪魔を倒したらそれより下位の悪魔が屈服することになるっちゃ。サックデビルのような底辺の悪魔をどれだけ倒してもキリがないっちゃね。お姉ちゃんたちはなるべく上位の悪魔を倒すようにするっちゃ』
「どこの誰が支配階級に該当するのかなど、チンプンカンプンなのじゃがの」
『それを、私が案内するっちゃ。ただ、現在地から移動することを考えると、いきなり最上位の悪魔を討伐することはできないっちゃ。もう少し下位の悪魔からになるっちゃ』
「うむ。それではメルリーや、案内を頼むのじゃ」
こうして私たちはメルちゃんの道案内で岩盤や葉っぱの上を渡って進んで行く。それぞれが繋がっているものもあれば離れていて繋がっていないものもある。離れている場合はその端に行くと、隣の浮島に転送されるんだよ。
途中、子供の容姿のインプってのと、羽の生えた石像のガーゴイルってのに遭遇し、それぞれ私とマオちゃんの剣で霧散させることに成功している。
『もうすぐ目的地になるっちゃ。ここから先は闇の領域を行くっちゃ。これまでより強力な悪魔と遭遇するかもしれないから注意して進むっちゃ』
上位の強い悪魔ほど光の領域を嫌い、明るい場所には出てこない。私たちは上位の悪魔を倒すことを目的としているから闇の領域に踏み入ることは必然なんだって。
向かうのは広大な岩盤の陰に浮かぶ、石を積み上げて石垣にしたような浮島。そこは暗い闇の領域。さっきまで漂っていた光の粒は一切見当たらない。
「浮島の上に屋敷が建っているぞ」
暗がりの奥地に大きな屋敷のような建物がなんとなく見える。メルちゃんの案内によるとそれが第一の目的地。マオちゃんが明かりの魔法を発動して視界を広く確保し、私たちは屋敷に向かってどんどん進んで行く。近づくにつれ屋敷の豪華さが見て取れるようになり、まるで人間の貴族屋敷そのものだよ。
『声が届く位置まで近づいたっちゃ? お姉ちゃん、拡声の魔道具を使うっちゃ。ピオピオさん、互いの言葉を理解できるようにする魔法をお願いするっちゃ。できたら作戦開始だっちゃ』
「はーい。悪魔の言葉を理解できるようにします♪ カイワ・セイリーツ♪」
「拡声の魔道具じゃな。ポチっと。準備完了じゃ」
「では、いくぞ。アシュゼーレンは臆病者! 屋敷の中に閉じこもって手合わせ一つしようとしない!」
「「「アシュゼーレンは臆病者!」」」
屋敷の敷地の前まで行き、そこで大声で叫んだ。
あの屋敷の持ち主はアシュゼーレンって名前で、上から五番目くらいの高い階級の悪魔。
『アシュゼーレン様を貶す下賤な者はどいつだ!』
黒い長髪の女性が牡牛頭の悪魔二体を引き連れ、屋敷から出てきた。
「あれがアシュゼーレンか?」
「違うのじゃ。あれはザンレットアじゃの」
マオちゃんの識別の魔法が悪魔を識別した。神式識別の腕輪を嵌めているから、悪魔も識別できるんだね。
『アシュゼーレンだけを相手にするっちゃ。挑発を続けるっちゃ』
今回の作戦では、屋敷からアシュゼーレンを誘い出して討伐することになる。屋敷に乗り込むより戦いが楽になるとのこと。
高位悪魔ほど自尊心が強く、とくにこのアシュゼーレンは挑発に乗りやすい性格をしているらしい。
「「「「アシュゼーレンは弱虫だ! 屋敷に籠って戦おうとしない!!」」」」
『下賤な者め! 成敗してくれる!』
『おーほほほほ。ザンレットア、待ちなさい。このわたくしに戦いを挑むおバカさんはどこの小悪魔かしら……。小悪魔じゃないわね。いい度胸よ。わたくし自らが成敗して弱虫じゃないことを見せつけてあげるわ』
「あれがアシュゼーレンじゃ。気を引き締めてあたるのじゃ」
縦ロールの金髪に紫の肌。ドレス姿の美少女な悪魔が屋敷の中から現れた。あれがアシュゼーレン。本当に挑発に乗りやすい性格のようで、配下のザンレットアって悪魔を抑え、自らが勝負を買って出た。
口からはみ出しているキバが伸び、両手には鉄扇のようなものが握られた。
カキン!
みんなが武器を構えた瞬間、鉄扇のようなものが飛んで来てレティちゃんの盾に当たり、跳ね返る。それは左上方に浮かぶ小島を二つに裂いてなお勢いが衰えず、どこかへと飛んで行った。
『おーほほほ。わたくしのマルヴァデズセッラを弾いたわね。ただの小悪魔ではないようね。いいわ。わたくしのこの魔眼で小童たちの過去を視てあげる』
悪魔アシュゼーレンは急接近してハイヒールで盾を蹴り上げ、こちらを向いたまま、すぅーっと後退した。その位置で右手人差し指と中指を額に当て、私たちを凝視する。
『おーほほほ。あらまあ。小童の分際で神を名乗り、領主なる存在を騙し、貶めた……。これはどこかしら? カレア王国メルトルーの町? 知らないわ。とにかく、そこの小童がカスタだと名乗り、そっちの小童がフレシュだと名乗って騙し、領主なる存在が失脚した……。小童の分際でやるわね。今後は小悪魔と名乗ってもいいわ』
「まじか! メルトルーの領主のことか。たしかに私がカスタ様のふりをして領主に語りかけた……。そんなことがわかるのか!」
『おーほほほほ。エルフの森に顕現したモールド神の片腕を消し去ったのね。うふふ。そこらの低位悪魔ではできない極度の悪行の数々。褒めてあげるわ』
「あ、悪行ではないのです! 我らは世のため人のために戦っているのです」
「モールド神様の片腕を消し去ったのは、我らの誤りだったのじゃ。しかし、本体を滅ぼすことまではせなんだのじゃ」
『あらあ。神を崇拝する傍らで、破壊神を蔑み、それでいて破壊神の片腕を消したことを後悔する。小童たちは神の片腕を消したのだから、立派にこちら側の存在、小悪魔よ』
「本来、ベリベリ神様以外は邪神じゃと教わって生きてきたからのう……。旅を重ねて、神様にもいろいろおってのう……。邪神だと言われれば、それを信じて……」
「モールド神は滅んでいないのです。滅ぶと未来の人が困るから、そのようなことはしていないのです」
『お姉ちゃん、アシュゼーレンの讒言に耳を傾けてはだめだっちゃ。お姉ちゃんたちを混乱させようとしているだけだっちゃ』
『あらまあ。子猫が迷い込んでいるのかしら。いいわ。未来の話を交えてもう少し小童たちの悪行を視てあげる……。あらあ。ジャジャムって国が視えるわ。あなたたち、そこの毒沼を浄化して回ったのかしら。無駄な努力ね』
「どうして無駄だと言える。農作物はおろか飲み水にまで困っていた魔族を助けることができたんだぞ」
『あらあら。小童たちはミスリル山のマナ水蒸気爆発を防ぐよう走り回った。これも無駄な努力よ』
「マナ水蒸気爆発を防ぐことで、多くの民が救われたのです。我らはこれから困る人を未然に防いだのです」
『おーほほほ……。噴火・毒沼どちらも、破壊神の一柱、ディザスター神が引き起こしているのよ。小童たちの世界で災害が起きるのは、みんなディザスター神の手引きによるもの。小童たちがいくら防いだり浄化したりしても、結局また起きるわ』
「また起きる? 毒沼は浄化したしマナ水蒸気爆発は防いだんだぞ。出鱈目を言うなよ」
『ほらよく見なさい。小童たちの世界の未来を見せてあげる。あらあ。せっかくマナ水蒸気爆発を防いだのに、ミスリル山が大噴火しているわ』
「小規模な噴火に抑えたのです」
『それはマナ水蒸気爆発の余韻のような噴火でしょう? 小童たちの時間の概念だとあと五百年ほどで大噴火が起きるわ。ほら、見なさい……』
動く絵が映し出された。大きな山がその山頂から煙を上げ、大噴火を起こしている。あの、斜面を彫り刻んだような建物が並んでいる姿はミスリル山に違いない。
私たちが防いだのは北側斜面でのマナ水蒸気爆発。見せられているのは、ミスリル山山頂からの大規模な噴火。斜面に並ぶドワーフの町が溶岩に飲まれ、崩れ砕けていく。
「妾たちが走り回ったのは前座に過ぎなかったのかのう」
「こんなに酷いことが起こるなんて……。気力が抜けて行くよ……」
『おーほほほほ。すべてディザスター神によって引き起こされる悲劇よ』
『お姉ちゃん、惑わされないで!』
「そ、そうだぞ。私たちはもっと酷い被害になるマナ水蒸気爆発を防いだんだ。山頂からの噴火よりよっぽど広域な……。ん? マナ水蒸気爆発が起きていれば、ミスリル山そのものがなくなるんじゃなかったか? んんん? そうなれば未来にミスリル山が噴火することも……」
「うむむ。マナ水蒸気爆発は超大規模で、山頂からの噴火は大規模じゃ。むむむ、現在の超大災害が未来の大災害に変わっただけなのかえ?」
「ううぅ……。混乱してきたのです……。ディザスター神を倒さないと、人類の未来が危ないのです……」
『お姉ちゃん、しっかりして! お姉ちゃんたちは立派に超災害を防いできたっちゃ。未来のことは、未来の人に任せるっちゃ』
『うるさい子猫ね。せっかく小童たちを骨抜きにしてから切り刻んでやろうと思っていたのに……』
『アシュゼーレン様。小童ごとき、この私めにお任せくだ……、ぎゃっ!』
『おぶわっ!』
「わわっ!?」
「な、何事じゃ!?」
『お姉ちゃん、逃げて!』
突然遠くから巨大なナニカが飛来し、滑るような着地で悪魔アシュゼーレンなどすぐ前にいた悪魔一行を大きな口に入れ、私たちの目の前でその口が閉じた。
もぐもぐと咀嚼し、飲み込むと、口を半開きにしてこちらを見下ろす。
「でっかい魚なのです」
「とにかく、逃げろ! 食われるぞ」
『飛来したのは、上位悪魔ベヒュルガスだっちゃ。悪食悪魔なので近くにいると食べられてしまうっちゃ。今は逃げて距離をとるっちゃ』
屋敷よりも大きな魚の形の悪魔ベヒュルガス。屋敷は着地時に踏み潰され、跡形もなく消え去っている。おそらく腹からも食べることができるみたい。
とにかく、目にした物をなんでも食べてしまう危険な悪魔。
魚の形といっても川を泳ぐ魚のように平面ではなく、まんじゅうのようにずんぐり太っていて、お腹が地面に張りついている。
私たちは一旦逃げて距離をとる。
真っ直ぐ逃げるとすぐに飛びつかれそうだったから、私たちは斜め後ろの浮島に走って向かった。




