175話 フラワーオブライフ
モルポポさんとマルルちゃんが奔走し、さっきまで戦場だった荒野で戦勝祝賀会が開かれた。
料理を作る大きな鍋などは、各国の部隊から借りたんだよ。
レティちゃんは各国の代表に丁寧に礼を言って、さらに今後はより一層親交を深めるみたいな挨拶をしていたよ。
挨拶の後はただの宴会騒ぎで、レティちゃんを先頭に私たちは広い宴会場内を歩いて回っている。
「あの大軍を退かせた大将は、やっぱ凄えや」
「戴冠式の日に誰かが言っていた、大将が使徒様って話は本当らしいぞん」
「聖騎士団の話では、なんでも水神様の背中に乗って大聖堂を破壊……、ごほっ、古きを壊し新しきを創造するよう教皇猊下に天啓をお与えになったとか……」
「大将が空を飛んだとか、教皇様と大司教様に罰を与えたって言っている聖騎士もいたニャア」
「「「「大将、すんげえ!」」」」
「今更、我の凄さを知ったのですか。我はもとより世界一なのです」
「元が世界一なのは前世の話なんだろうけど、今も十分に凄いよな」
「大将は、アミノンになくてはならない存在でやす。ひっく。明日からは城に籠って公務をこなしてもらいやす」
酒に酔った感じのモルポポさんがレティちゃんの傍に来た。
運営係なのに、宴会場で飲み食いしてていいの?
「我は忙しいのです。明日からは神様を助けるために悪魔と戦う予定が入っているのです」
「はへ? 神様を助けるでやすか?」
「悪魔が神様をいじめているのです。我らはそんな悪魔を退治する役割を与えられたのです」
「お嬢、マジっスか! 獣人の国の獣王になってこの地を救っただけでもとんでもないっスが、実は使徒様で、今度は神様を助けるっスか!? 凄すぎてもう、想像すらできないっス」
「割り込んでごめんなさい。近くに来て偶然耳に挟みました。凄いわ、こんな凄い方に剣の師として関われたことを、私は一生の誇りに思います」
「師匠はずっと師匠なのです。師匠は我の誇りなのです」
「そうだよな。レティはいつも『剣は人を斬るためにあらず』とか言って師匠の教えを前面に出しているからな」
「今、レティシアに必要なのは誇りに思うことではないはずじゃ。必要なのは師匠からの激励の言葉ではなかろうかのう」
「……! そうね。師匠としてもう一つ、教えないといけないことがあるわ。どんな困難に遭っても、必ず生きて帰りなさい」
「お嬢ならなんでもできるっス」
セリナさんたちから激励の言葉を受け取り、レティちゃんはゆっくり、そして力強く頷いた。
この後もいろいろな場所で使徒様だのドラゴンスレイヤーだのと大きなことを言われ続け、レティちゃん個人および私たちパーティーの称号が広く知られるようになった。
「ずっと欲していた名誉を手に入れ、満足したかの?」
「我はまだ満足していないのです」
「レティは強欲だなあ」
「まだ困っている神様がいるのです。困っている者を救ってこその我らなのです」
「そうだよ。困っている神様を助ければ、今度こそ最大の名誉が得られるよ」
明日への決意を胸に、祝宴の夜は更けていく……。
翌朝遅く。
私たちは旅の準備を整え、とんがり山の山頂へ転移した。
そこでミリアちゃんが祈りを捧げる。
『準備はできましたか?』
「装備を取りに行っただけだったのに、ずいぶんかかってしまった。もう準備は万端だ」
やや高い位置に現れたのは命の神様。
『それでは、これから皆さんが赴く次元世界について詳しく話しましょう……』
私たちが異界と呼んでいる次元世界は、正しくは原初の神様が集う神界と呼ぶ。
そこには神様のほか、使徒様候補となる妖魔族が住んでいて、幸せに満ち足りた煌びやかな世界だった。
『光があれば、おのずと闇も生まれます。その闇に潜むように悪魔が神界に侵略してきたのです』
悪魔は闇を好み、どこからともなく神界の闇に棲みつくようになった。
悪魔にとって神界の闇は極上の栄養源。ところが、神様がまとう神気との相性が悪く、棲み処の近くから神様を排斥しようと動くようになった。
最初のうちは棲み処付近の神様を退かせるだけの小さな攻撃だった。やがて悪魔が肥えて強大な力を持つようになると、光の領域にまで支配地を広げ、神様そのものを排除するようになった。
『私たち神は、悪魔を攻撃することはできません。ただ一方的に攻撃を受けて消滅、あるいは神界からこの世界へと追いやられたのです』
神界から追い出された神々は、傷を癒すため、永い眠りについた。
たとえば私たちの知る神様としては、カビの神モールド神様は朽ちた屋敷の中に閉じこもり、さらに地中に埋まって傷を癒していた。目の前の命の神様は花の神様の中に宿って癒しを得ていた。
『神界は神々が集う神聖な場所。決して悪魔が蔓延ってよい場所ではありません』
神界から悪魔を排除しないといけない。
しかし、悪魔の中でも高位な者は、通常の武具では消滅させることはできない。
それで、こちらの世界に逃れた神様たちが、悪魔を退治することのできる神剣を創造し、この世界の人々に神界の悪魔討伐を託した。
ただし、神剣は神様さえも斬ることができ、その特殊な力を誰にでも行使させるわけにはいかないため、神剣を扱える能力を魂に刻み込んだ者を生み出した。それが勇者だね。
『神々によって使命を与られし者のことを、あなた方は勇者と呼んでいます。私も勇者と呼ぶことにしましょう』
さらに勇者を支える者も用意し、命の神様が長い間花の神様として存在していたこともあって、現代では憐花の勇士として存在している。マオちゃんがそうであるように、勇者にも憐花の勇士としての力が与えられている。
また、花の神様と関わりの深い妖精が、勇者を神剣のもとへと導く役割を持ってこちらの世界へと派遣された。
『あなた方が聖剣神殺しと呼んでいるのは神剣ディティエリミネーターのことで、そのほかに神剣はもう一振り存在します。あなた方が魔剣エステシアと呼んでいる剣です』
「わわっ。この魔剣も聖剣みたいな物なんだ?」
『ともに悪魔を滅ぼすために創造された神剣です』
「そうであれば、魔剣と魔杖を所有する歴代の魔王は全員勇者じゃったということになるの」
『魔王とは、こちらの世界で魔族と呼ばれている種族の王のことですね。魔族は、神界の妖魔族の末裔でもあります』
「まじか! 妖魔族って異界ゲートの近くにいた奴らのことだよな?」
私たちが異界ゲートの近くで出会った妖魔族は、元々は神界に住む種族で、使徒様になる候補としての存在。「使徒様候補」ってさらりと聞き流しちゃったけど、妖魔族はとんでもない種族だよ。
太古の昔、一部の神様が妖魔族をこちらの世界に適応できるように改変し、移住させたのが魔族。だから魔族は妖魔族と同じくコウモリのような羽を背中に生やしていて、肌の色だけが違う。
そして、魔族にも悪魔を退治できる武具を用意した。それが魔剣エステシア、魔杖アルティヴェス、魔宝石レイ。
魔宝石レイは悪魔を攻撃するものではなく、悪魔に憑依されなくする役割をもったアクセサリ。神様を斬ることのできる剣を持った人が悪魔に憑依されたら世界が滅亡しちゃうから、憑依されないようにしたんだね。
『本来、魔族の勇者は転生を繰り返し、悪魔を排除するという使命を引き継いでいく存在だったのですが、妖魔族ならびに魔族そのものの特性である争いごとを好まない性格のためか、長い年月のうちにその使命を忘れてしまいました』
「ぐぬぅ。妾が忘れたのではないからの。妾は先代魔王からそのことを引き継いではおらぬからの。先代なのか先々代なのか、妾よりも昔の魔王が、使命を忘れたということじゃ」
現代の魔族に伝えられているのは、魔剣エステシアと魔杖アルティヴェスに認められた者が魔王になるということだよね。
「ここでマオが必死に取り繕うこともないだろ。今こうして勇者が使命を自覚して集っているんだからさ」
『その通りです。この度、集まりやすいよう、憐花の勇士は人族に限定となるよう調整しました』
「まさか、我が人族に転生したのは、貴様の仕業なのですか」
『はい。勇者を守る頑強な盾としてあなたは重要な使命を帯びていますが、ドラゴンの姿ではともに行動するには都合が悪いと判断し、人族に転生するよう調整しました』
聖剣をねぐらに隠し持っていた竜王レティちゃんは、神様の計画では勇者に降参して仲間になる予定だったみたい。現実は歴代勇者の全敗で、計画を見直したとのこと。本来は「聖剣を持った勇者」が竜王に挑むはずだったからね。
竜王に勝てない勇者一行に竜王の力を秘めたレティちゃんを混ぜることで、もぬけの殻となった子供竜王を倒して聖剣を手に入れさせることにしたんだって。私たちは子供竜王を倒しはしなかったけどね。
『また、ミリア。あなたはこうして神々と交信し、勇者を導く使命を帯びています』
「これまで特別感が半端なかったからさ、なんとなくそうなんだろうと予想はしていたけど、実際に神様に言われると感慨深いな」
祈るたびに神様が現れるって、人知を超えた能力だよね。
ミリアちゃんがいたからこそ、ここまで来ることができたんだよ。
「うむ。こうして悪魔討伐の適格者が揃ったわけじゃな」
『……残念ですが、適格者が一人、不足しています』
「聖剣も魔剣もちゃんとここにあるよ? まだどこかに神剣があるのかな?」
聖剣を持つことができるマオちゃん。魔剣と魔杖を持つことのできる私。悪魔を退治する武器が揃っているよ。
『本来であれば適格者が揃っているのですが、この度、あなた方が生まれ出でる前、魂に適格者の証を刻む際に悪魔の干渉があり、証が分裂したのです』
どうやら、私の魂に適格者の証を刻もうとした際に、証が分裂してどこかに行ってしまったらしい。
そして、私が魔杖を所持できているのに、魔杖を使って魔法を撃てないのは、証が欠落しているからとのこと。
『分裂した証の所在を明らかにできたのですが、その者は現在、人族の体を失っています』
「人族の体を失っておるとは、すなわち死んでおるということかの?」
「ま、まさか、ゆーれい!?」
『魂の形であなた方に助力させるのも悪くない選択肢ですが、あなた方にとっては都合が悪いでしょう。そこでさきほど、時の神と交渉しました。その者を、命を司る私と時を司る時の神の力によって復活させましょう』
『おわっ!』
『わわっ!』
『おふっ』
『なんじゃ!?』
『空高く舞い上がりました♪』
突然私たちは、ううん、私たちの意識は、空高く、とんがり山を中心にこれまで訪れた憐花の聖地がすべてを見下ろして視界に入るくらい高い位置に浮かんだ。体は地上にあるのかな??
『証を持つ者よ、再び生の道を行きなさい。フラワーオブライフ・リンカネーション』
命の神様の透き通るような声が響くと同時に、とんがり山を中心とした地上に円がいくつも重なるように現れて眩しい光を立ち昇らせる。それは巨大な花のような模様となっている。
その巨大な花模様の輝きの中心、とんがり山の山頂に眩しい光球が出現し、高く浮かんで南へと飛び去った。
「光球はカレア王国に向かったのじゃ。落ちたのは、ジンジャー村のある辺りではなかろうかの」




