017話 冒険者ギルドで報告するよ
我は迷いの森でまた一つ、師匠の教えを実践できたのです。
妖精、小人、そして慧変魔物。
妖精は我を称えることはしなかったのですが、それでも窮地を救ったのは事実なのです。
このまま師匠の教えを実践し続け、竜王である我がこの大陸でもっとも勇敢で名誉ある存在だということを世に知らしめるのです。
「指名依頼の達成報告ですね。今、ギルドマスターは取込み中ですので少々お待ちいただくことになりますが、よろしいですか?」
「うん、いいよ。他に行く予定もないからね」
我らは、指名依頼の達成報告をするために、冒険者ギルドにやって来たのです。
夕方なので混んでいて、ギルドマスターは他の冒険者の相手をしているようなのです。指名依頼の報告だったり、凶変魔物の討伐報告だったり、いろいろ忙しいらしいのです。
「前回と同じ応接室だな」
この建物には応接室がいくつかあるのですが、案内されたのは、先日指名依頼を受けたのと同じ部屋でした。
「そちらに座りたまえ、なのです」
「レティ、何言ってんだ。もうとっくに座っているぞ」
応接室に入ってすぐに窓辺に行き、ギルドマスターの真似をしてやったのですが、ミリアたちは既にソファーに腰かけていて、肩透かしを喰らいました。
「オホン、座りたまえ」
その直後にギルドマスターのヘレンクが扉を開けて入ってきたのです。
それは細めた目で我を見ての一言でした。
どこまで見られていたのかは不明なのですが、背筋が寒くなったのです。
竜王の我に殺気を飛ばすとはいい度胸をしているではありませんか。
やってやりますか?
でもですね、人族としての常識が素直に座れと警鐘を鳴らしているのです。
ふん。人族の殺気など、取るに足らないのです。
だから相手をしてやる必要などないのです。
我は堂々とソファーに座りました。
「今日は指名依頼の達成報告に来たよ」
エムは依頼書をテーブルの上に置き、ギルドマスターがソファーに腰かけるのを待ってから、さっき受付で言ったのと同じことを言いました。
「ほう。達成報告ですか。あなた方なら達成できると信じていましたが、とても早かったですね。それでは詳細を伺いましょう」
「えっとね、謎の屋敷に行ってきたんだけど、他の冒険者が到達できなかったのは、迷いの森に結界が張られていたからだよ」
「なるほど、結界がありましたか。それで、それはどのような結界で、あなた方はどうやってそこを通過しましたか?」
ギルドマスターは右手の親指をあごの下に当ててやや俯き気味にエムを見ています。
「魔物が見えなくなる結界と、方向感覚がおかしくなる結界、それと幻を見せる結界だったよ」
「まあ、切り抜けたのは、ボルトの転送魔法だよな」
とにかく、冒険者ギルドに来る前に、結界の解除方法については言及しないと決めていたので転送の事実だけを述べたのです。
「ボルト、とは?」
「お主ら、もう少し分かりやすく説明せぬと混乱するのじゃ。つまりじゃな、ボルトとはの、コボルトが突然変異した慧変魔物での――」
結界はボルトが冒険者から家族を守るために張った物で、謎の屋敷は、ボルトが偶然地中から掘り起こした物と、マオリーは説明したのです。
「ボルトは良い魔物だったのです。狩ってはいけないのです」
きっと、慧変魔物は凶変魔物のように、魔石が高値で取引されるのです。
ここでボルトを狩ってはいけないと強く言っておかないと、誰かが魔石目当てで狩りに行ってしまうのです。
「慧変魔物は人を騙すこともあります。ですから、良い悪いは冒険者ギルドが判断することになりますが、あなた方がそういう感想を抱いたことを、留意しておきましょう」
ギルドマスターは我をチラリと見、すぐにマオリーに視線を戻しました。
「まだ説明の途中じゃからの。ボルトはの、弱い冒険者が謎の屋敷から出てくる強い魔物に襲われないよう、さらに結界を強くして弱い冒険者が森の屋敷に到達できないようにしておったのじゃ」
「そうなのです。冒険者のことを思っての結界だったのです。だから壊したらいけないのです」
ボルトは我の弟子なのです。弱きを助け、強きをくじく仲間なのです。ですから、良い印象を持ってもらわないと困るのです。
「慧変魔物については、理解しました。それで、肝心の屋敷についての報告をそろそろ聞かせてもらえませんか?」
そうなのです。謎の屋敷の外観調査こそが今回の指名依頼だったのです。
「実際の屋敷はね、遠くで見るのとは違って、ボロボロで今にも崩れ落ちそうだったよ」
「そうじゃの。周囲を一周したのじゃが、壁が朽ちておったり黒ずんでおったりして、今にも朽ち果てそうなボロさじゃったの」
「ほぅ、黒ずんでいたと!」
ギルドマスターは、変な所で驚いたのです。
木はボロくなったら倒れて腐っていきます。その過程でカビが生えて黒ずむことも白くなることもあるのです。このギルドマスターはきっと引きこもりで山に行ったことがないに違いないのです。
「庭も寂れていて、雑草と枯れた草木と岩だらけ。裏庭では、スケルトンが現れて襲ってきたよ」
「死霊系魔物が潜んでいる、と」
「それもそうだぞ。あの屋敷は異次元迷宮になっていて、名前はたしか、ろってん……」
「ロッテン・レストマンションじゃ」
今、ギルドマスターの目が輝いたのです。
あれは是非行きたいという顔なのです。
そんなに行きたいのなら、依頼など出さないで自分で行けばいいのです。
「これが、ボスの魔石だよ」
「ボス!? いやいや、まさか……」
「屋敷から魔物があふれ出て困るってボルトが言っていたのです。だから踏破してボスを倒してやったのです」
ギルドマスターは、震えを帯びた手でエムから魔石を受け取ると、恐る恐る鑑定の魔道具で鑑定を始めたのです。
「ふーっ……。たしかにこれは、ロッテン・レストマンションの魔物の魔石です。そうですか、やはり……」
ため息なのか安堵の息なのか分からない息を大きく吐いてから、鑑定結果を述べやがりました。手の震えは止まっています。
ふん。ボスは死霊系でしたが、奴の生前は竜王にも匹敵する強さだったと推測できたのです。きっと、そんな強大なボスを我らが倒したことが信じられないだけなのです。
我は竜王ですから、朽ちかけている骨のドラゴンなど、おととい来やがれだったのです。
「異次元迷宮につき内部には住人はいなかった、でよろしいでしょうか? 他に見た物はありませんでしたか?」
「そうだよ。死霊系の魔物しかいなかったよ。小部屋には一度も入らなかったけど、あそこは人が住めるような場所じゃなかったよ。中も腐りかけていて所々黒くなっていたからね」
迷宮内で倒した死霊系魔物の魔石を渡すエム。
普通に森で討伐するよりも多くの魔物を狩ったのです。しかもほとんどが聖水でジュワってなったから、楽勝だったのです。
「ほぅ、そうでしたか……。分かりました。以上の報告をもちまして、本依頼は達成したと判定します」
ギルドマスターが依頼書にサインしてベルを鳴らすと、前回見た職員がこの部屋に入ってきて何かをギルドマスターから聞き取り、依頼書と魔石を持ち出しました。
「『うさぎの夢』には依頼以上の成果を上げていただき感謝します。魔石の買い取りには少々色をつけておきましたので、期待してください」
「わあ、ヘレンクさん、ありがとう!」
「これで、今夜は打ち上げ決定だな」
「打ち上げは宿屋でやるよりも、もっと上品な料理が出る店でやるのがいいのです」
「ハメを外しても、一人金貨一枚以内じゃぞ」
我らは安い宿に泊まっていますので、そこで打ち上げをしても手を抜いた料理しか出てきません。
どこかまともな料理屋で、まともな料理が食べたいのです。
きちんと、前菜から始まる正式な料理がいいのです。
「盛り上がっているところに水を差して悪いのですが、あなた方にはもう一度指名依頼を受けていただきたいのです」
「また指名依頼? 今回みたいに簡単なものなら、受けちゃうよ?」
エムの反応を見て、ギルドマスターは依頼書を胸元から取り出し、テーブルの上に置いて広げました。
「謎の構造物の調査? なんだそりゃ?」
「メルトルーの北東にある山中の奥地で、謎の石の構造物が発見されました。それは、あなた方が調査した謎の屋敷と時を同じくして現れた物です」
大きさは、我らが寝泊まりしている宿屋よりも大きくて、外観は、人が住むような形をしていると依頼書には書いてあります。
「明らかに人工の石の構造物だと判断できるのですが、中に入ることができません。単なるオブジェクトとしてあのような山中に配置するのもおかしな話です。きっと中に入る手段があるはずです。それを調査して欲しいのです」
「入り口を見つければいいんだね」
エムは依頼を受ける気でいるのです。
入り口なんてすぐに発見できるのです。なければ、壊して入ればいいのです。
ゴブリンごときを討伐しても到底及ばない高い報酬が設定されていますから、我も受けることには賛成なのです。
「はい。今回はあくまでも入り口の調査ですから、奥深くに入る必要はありません。が、もしもそれが異次元迷宮であり、最奥部まで到達されるようなことがありましたら、報酬は弾みます」
「私たちは駆け出しだぞ? ここは、ギルマスとしては中に入るなと止めるべきじゃないのか?」
「いえいえ。あなた方は誰も到達することのできなかったロッテン・レストマンションに到達し、さらに内部を調査して無事生還しました。ですから、異次元迷宮の中に入ることを拒む理由はありません」
「えーっと。とりあえず受けてみて、入り口が見つからなかったら引き返せばいいだけだよね。中に入ったとしても、怖いゆーれいが出る場所なら即撤退で!」
エムとミリアは怖がりなのです。
幽霊なんて、全然怖くないのです。見境なく襲ってくる死霊系魔物のほうが危険極まりないのですから。奴らは食べても不味いのです。
ん? エムは死霊系魔物を怖がっていたような気もするのです。まあ、どうでもいいのです。聖水を補充しておけば、どうってことはないのです。
「失礼します」
さっきの職員がワゴンを押して入ってきて、報酬の入った皮袋と明細書をテーブルの上に置きました。明細書には報酬についての数字のほかに、我ら「うさぎの夢」構成員に対する冒険者ランクアップについてのことが記載されているのです。
パーティーを組んでいますから、リーダーのエムだけが受付で冒険者カードを提出すれば、我が冒険者カードを提出しなくても、我の実績も冒険者ギルドに自動的に記録される仕組みになっているのです。
「こちらが謎の屋敷の調査依頼達成報酬となります。そしてこちらは新しい依頼の支度金になります。山奥になりますから、十分な準備をお願いします」
大きな皮袋が達成報酬で、小さな皮袋が支度金。
そして、エムがなんとなく魔法収納から取り出した冒険者カードを、我が横目で見ると、ランク表示がFからEに自動で変わっていました。きちんとランクが上がっているのです。
エムは新たな依頼書を含め、テーブルの上のすべてを魔法収納にしまいました。
「今回の依頼を達成されましたら、あなた方の冒険者ランクをもう一度上げることを約束しましょう」
「大盤振る舞いだな」
外観調査依頼だったのに内部の踏破までしてやったのです。高評価は当然のことなのです。
新しい依頼も、文面以上の内容で達成して高評価を得てやるのです。
期待を胸に、冒険者ギルドを後にしました。
「悪ぃ。ちょっと知人に会ってくるわ。先に宿屋に帰っててくれ。遅くなったら先に始めていてもいいぞ。もちろん、私の分は残しておいてくれよな」
「うん、分かったよ。宿屋で待っているね」
「ぶー。高級料理を食べたかったのです。宿屋だといつもの料理の品数が増えるだけなのです」
「金貨一枚分、何を選んでもよいのじゃぞ。こんな贅沢は滅多にできぬからの」
ミリアは夕方の雑踏の中、どこかに消えていきました。
知人って、そんなに頻繁に会わないといけないものなのですか?
先日会ったばかりのはずなのです。
人族の常識が、いまひとつ理解できません。
人族はドラゴンよりも寿命が短いですから、知人に会いに行く頻度が高くなるのかもしれません。




