015話 迷いの森の、朽ちた屋敷 前編
「ボクは、敷地の外で吉報を待っているっチョ」
ボルト君は立ち止まり、手を振って私たちを見送っている。
私たちは前を向き、屋敷の庭へと踏み入った。
「寂れた庭じゃの」
雑草が生い茂っている場所もあれば枯れ草だらけの場所もある。
そんな中に、いくつか朽ちた木々が力なく腰を折るように立っている。
所々で大きな岩が顔を出していて、その配置は乱雑で、美しさを求めたものではなさそう。
「何十年も放置されているような庭なのです」
寂しげな風景で、心なしか、空も暗く感じるよ。
近くで見る屋敷の正面は、やはりボロボロで、壁や柱が所々黒ずんでいて、カビが生えているみたいに見える。匂いもカビのもののよう。
屋敷の、向かって左側の端の部分は、朽ちて崩れたのか、千切れたようになくなっている。
「荒れた庭だね。歩くのが大変だよ」
草を薙ぎ払ったり、枯れ草を踏みしめたり、枯れた倒木を乗り越えたりして進む。
まずは屋敷の側面に回り、崩れた部分から内部が見えないか調査した。
しかし朽ちた床板などで塞がっていて内部を見ることはできなかった。
それから裏庭へと向かった。
「屋敷の裏まで来たが、とくに変わったことはなさそうだな」
歩いていると、時々カラスのような黒い鳥が空へ向かって飛んで行く。あれは魔物の肉を喰らう鬼で、生きている人は襲わないらしい。
ずっと荒廃した光景が続いているだけで何事もなく、すぐに裏庭に到達した。
屋敷は側面も裏面も朽ちていて、中には誰も住んではいなそう。
「気をつけるのじゃ。スケルトンが現れたのじゃ」
前方の地面がモコモコと盛り上がったかと思ったら、人型の魔物がそこから這い出してきた。
「ボロボロなのです」
朽ち果てる直前のような状態のスケルトン。立っているのがやっとな感じがする。
「ミリア。これを使うのじゃ。既に弱っておるように見えるゆえ、頭にひと振りするだけでよいぞ」
「薬? あぁ、聖水か。あまり乗り気じゃないが、やるしかないな」
ミリアちゃんはマオちゃんからガラス瓶を受け取ると、そのままスケルトンに急接近し、フタをスポッと抜いて、スケルトンの頭に聖水を振りかけた。
「ジョゴオォォ!」
ほんの少し頭蓋骨にかかっただけなのに、そこから白い煙が立ちのぼり、やがて全身からも白い煙が発生して、スケルトンは蒸発するように消えていった。
「物凄い効果なのです」
「ふー。これがあれば、楽勝だな」
「念のため購入した聖水が役に立ったのじゃ」
「高かったから、役に立たなかったら困るよー」
聖水は、教会で買った高価な物。
ポーション三つ分ぐらいの値段だったんだよ。中級ポーションに近い値段だね。
こういう補助用品は、お金に余裕があるときに買っておくべきだってマオちゃんが主張したから買い込んだんだ。必要なときに手元にないと絶対に後悔するからって。
「さて。庭を一周して正面に戻ったのじゃ。これでギルドの依頼は達成じゃの」
冒険者ギルドからの依頼は、屋敷の近くまで行き、外観を調査すること。中に入ることは求められていないから、一応達成しているはずだね。
「今から、ボルトの窮地を救うのです」
「レティはやる気だなあ」
ああ、やっぱり中に入るんだー。
困っている人を助ける心構えは立派だと思うよ。でも困っているのは魔物だったよね?
レティちゃんが屋敷の正面扉をギギギーっと開ける。
その先にはホールが広がっていた。
危険ではなさそうなので、みんなゾロゾロと屋敷の中に入る。
「朽ちただけの、普通の屋敷なのかな? カビ臭いのは外も中も同じだね」
外は土とカビの匂いがしていた。
中はホコリとカビの匂いがしている。
「とにかくボロイのです」
「まあ、これだけ荒れていれば、ここには誰も住んではいないよな」
足元の赤い絨毯のような物は、足を乗せるだけで千切れてしまう。
床もきしんでいて、底が抜けないか心配だよ。
「ここはロッテン・レストマンション。異次元迷宮のようじゃ。気を抜かずに行くのじゃぞ」
「ロッテン・レスト……。朽ちた休憩屋敷? ふざけた名前なのです」
マオちゃんが魔法で迷宮の名称を突き止めた。
マオちゃんもレティちゃんも、結構いろいろな知識を持っているよね。あれれ? 私が無知なだけなのかな?
「さっさと階段を上がろうぜ。ボルトの奴、最上階から下りてきたんだろ?」
「うむ、そうじゃな。地下へ向かう階段も見えておるが、ボス部屋らしき物が最上階にあると分かっておるから、ここは上に行くべきじゃな」
「上に行こう!」
地下に向かう階段には目もくれず、上に向かう階段に足を乗せる。すると、鈍い音がして階段の板が少し撓んだ。
なんだかこの板、古く腐りかけていて足が突き抜けそうだよ。
広い階段なのに、階段の板に穴があくかもしれないから、みんなが同じ段に乗らないよう気を使いながら階段を上って行く。
私の体が重いとか、そんなんじゃないよ!
「二階なのです」
今上った階段は二階までで終わりで、ここから先は廊下を進んで三階への階段を探さないといけない。
「たはー。廊下が迷路のようになっているぞ」
近くだけを見れば、朽ちかけてはいるけれど立派な屋敷。所々黒ずんでいるのは、一階もここも同じ。
しかし、もっと遠くまで視線をやると、二階の廊下は外で見た屋敷の形からは想像できないくらいに入り組んでいて、ここが異次元迷宮だと再認識したよ。
どこで魔物に遭遇するか分からないから、ここからは隊列を組んで進む。
「エムや。小部屋に寄って行くかえ? 妾の魔法では小部屋の中までは探知できぬゆえ、魔物がおるやもしれぬぞ」
少し進むだけで小部屋に通じる扉の前に至った。しかも、この通路のもう少し先にもいくつも扉が見えている。
大きな屋敷の中だから小部屋がたくさんあっても不思議じゃないよね?
「うーん。通り過ぎて後ろから襲われるのは嫌だよね。でも、小部屋がたくさんありすぎるから扉を全部開けるわけにもいかないし。仕方ないからここは開けずに行こうか」
と言った矢先。
三つ先の扉が突然バタリと開いて勝手に閉じた。
「おおぉ! ビックリしたのです」
「ポルターガイスト系の魔物じゃの。基本、驚かせるだけで襲ってくることは稀じゃ」
音を立てて怖がらせるだけの魔物のよう。
ただ、皿や椅子を飛ばしてくることもあるらしい。
面倒だから、今回はスルーだね。
そのまま扉を無視して歩いて行く。
「何というか、幽霊とかそういうの、私はあまり好きじゃないな」
両二の腕を互いに掴むようにして歩いているミリアちゃん。
私も、幽霊が現れたら怖いと思うよ。
外にいたスケルトンも、見るだけで寒気がしたからね。
「安心するのです。現れるのはあくまでも魔物なのです。本物の幽霊ではないのです」
「そうじゃの。ここは異次元迷宮。ここに限れば現れるのは魔物じゃの」
「おい、他に本物がいそうな言い方するなよ。夜眠れなく……」
途中でミリアちゃんの顔色が変わり、震える指で何かを指し示す。
「わわ! ゆ、ゆーれい!?」
うそ!?
前方に、半透明な何かがフラフラと浮かんでいるよ。
ゆ、ゆゆ、ゆーれい?
私はミリアちゃんに抱きつき、一緒に震える。
耳にはすすり泣くような声が聞こえてきて、体の震えが加速する。寒気MAXで、冷気の魔法に包まれているような気分だよ。
「エム、ミリア! しっかりするのじゃ。あれはザビングゴースト、魔物じゃ」
「役立たずは放置するのです。マオリー、聖水を我に渡すのです」
ミリアちゃんと抱き合って目を閉じている間に、レティちゃんがゆーれいを退治してくれた。
この異次元迷宮、めっちゃ怖いよ。ゆーれいが出るんだよ?
もう、これ以上進むの止めようかな。
「や、やっぱ、撤退しよっか?」
「エムとミリア。ここに現れるのは基本、魔物じゃ。怖がる必要などないのじゃ」
「窮地のボルトを救わないといけないのです。だから撤退はあり得ないのです」
たしかに、怪我をしたわけではないし、武器が壊れたわけでもない。
立ち向かうことが困難な強大な魔物に遭遇したわけでも……、ん? やっぱり怖くて立ち向かえないよー。ゆーれいイヤだよ。
「幽霊なぞ怖がることはないのじゃ。もしもじゃ。本物が現れたとしても、お主らには、死人に恨まれるようなことをした覚えはなかろう? じゃから、よっぽどのことがない限り、害は及ばぬ。堂々と対峙することが肝要じゃ」
「それでも、霊の不可侵領域に入った場合はヤバイのです。呪われるかもしれないのです」
「え、え、え~?」
「これ、レティシア。怖がらせてどうするのじゃ」
結局、私たちは先に進むことになり、曲がりくねった廊下を歩いて行く。
何度か死霊系の魔物に遭遇し、その都度、聖水で浄化できた。
ミリアちゃんが嫌そうに振りまいてくれたんだよ。
もう、こっちに寄るなーって感じで。
ミリアちゃんは、半透明で揺れているゆーれいはダメなのに、スケルトンのような形のあるものは大丈夫みたい。
人型だけじゃなく、犬だかオオカミだか分からない骨も現れて、それなりにすばしっこく動いていたけれど、やっぱり聖水ですぐに白い煙になった。
聖水パワーでどんどん廊下を進んで行く。
「イヤー! 今度はミイラだよ~」
二つ前の小部屋の扉が開いて、何カ所か包帯がほつれているミイラが一体、また一体と合わせて二体、襲い掛かってきた。
「マオ、こいつらにも聖水は効くのか?」
「マミーは死霊系の魔物じゃ。ゆえに効果があるはずじゃ」
ミイラの動きは鈍く、ミリアちゃんは引っ掻き攻撃をサイドステップで躱し、余裕をもって尋ねた。
このミイラ、体が腐っているよね? 凄く臭いし。
気持ち悪さを抑えながらも観察できるくらい、私にも余裕があった。
怖さに勝る気持ち悪さ。部分的にぐちゃーっとしてて、ほんと、イヤ。
ミリアちゃんは答えを聞くとすぐに聖水のビンを手にして前方へ大きく踏み出し、ミイラの包帯による打撃をしゃがんで躱してからひと振り、次は横っ飛びしながらもう一体にひと振り。
「ボフォオォォ……」
上を向き、大きく開いた口から臭い息を吐き出しながら、ミイラは二体とも消えていった。
「ふぅ。聖水があって助かったぞ」
「そうだよね。あんなのとは戦いたくないよね」
何回も切りつけると、きっと、あふれ出た臭いが体に染みついちゃうよ。
途中で腕とかがもげたりしても嫌だし。
何度か服をはたいてから歩きだす。
その音を聞いて不思議そうにレティちゃんが振り向いた。
私は何事もなかったように真っ直ぐ前を向いたまま歩く。
なんとなく臭いが残っている気分だったから、服をはたいたんだよ。
私はミイラには接近していないから、大丈夫だって分かってはいるよ。でもねー。やっぱりねー。
「上への階段なのです」
「次は最上階のはずじゃの。ボス部屋を探すのじゃ」
廊下はただジグザグになっているだけで分岐は多くなく、上へと続く階段はそれほど手間なく見つかった。
階段を上り、三階の廊下へと出ると。
そこは一本道で、おそらく突き当たりにあるのがボス部屋への大きな扉。
「あれがボス部屋の扉だね。真っ直ぐ進もう」
「おわっ。悪霊退散!」
真っ直ぐ進んで行くと、右の壁を透過してゴースト系の魔物が現れた。
ミリアちゃんが条件反射で聖水を振りまき、この魔物はすぐに魔石へと変わった。
「今までで一番早く決着がついた戦いじゃったの」
うんうん。めっちゃ早かったよね。
私が恐怖の世界に入る前に、もう、倒しちゃってたからね。青い顔にはなったけど。だって、半透明なゆらゆらが浮かんでいたんだよ。
「ずっとミリアが倒し続ければいいのです」
「無茶言うなよ。こっちは必死だったんだぞ」
気を取り直して進んで行くと、すぐにボス部屋への入り口と思われる扉の前に到達した。
この扉には装飾が多く、これまでの扉とは違うぞと自己主張している。
「ちょっと覗いてみて、無理そうなら諦めようか」
「うむ、それがよいのじゃ」
「我が見てやるのです」
レティちゃんが扉を少しだけ開けて部屋の中を覗き込み、
「って、貴様! 我に無断でこんな所にいるのですか! 謀反なのですか!」
「あ!?」
「レティシア、お主……」
レティちゃんが突然訳のわからないことを叫んで部屋の中に入ってしまった。




