014話 迷いの森 後編
「次を探しましょう♪」
ピオちゃんが結界の境界線に沿って飛んで行く。
私たちは魔物に警戒しながら、その後を追う。
途中、膝ぐらいの背丈の、歩く果物の魔物マッドベリー二体と遭遇した。それはただ種を飛ばしてくるだけで脅威にはならなかった。
「はぁ、はぁ。結構進んだのです。ピオピオ、あとどのぐらい行くのですか?」
私たちの中では一番重装備なレティちゃんが、息を切らせ気味に尋ねた。
いつ魔物が現れてもいように大きな盾を持ったまま早歩きしているんだもんね。疲れるよ。
「そうですねー。あと、十本ぐらい先になりまーす♪」
「うへぇ。遠いのです」
森の中では木々を避けながら進むから、真っ直ぐには進めない。
それに木の根や枝に注意しながら進んでいる。
十本先といっても、本数以上に遠く感じる。
「それを消したら、一旦休憩じゃな」
「そうだね。そうしよう」
ここからはそれほど急がずに歩いて移動する。
進み続けること十三本目。そこでピオちゃんが止まった。
「よーし、消すぞ」
幹のフタを開け、中の干し肉を消し去る。
すると。
「わお。一つ目の結界が消え去りました♪」
「お? 結界が消えたのか。意外に早かったな。あと五本ぐらいは解除するつもりでいたんだけどな」
「今、ピオピオは一つ目と言ったのです。もう一つあるのですか?」
額の汗を拭い、ふーっと大きく息を吐いてから、レティちゃんが尋ねた。相当疲れているみたい。
「さっきまでは見えなかったのですが、内側にもう一つ、違う色の結界が見えるようになりました♪」
「二種類の結界を張る慧変魔物。なかなかに賢そうじゃの」
外側の結界を解除したからマオちゃんの探索魔法で魔物を探知できるようになり、私たちはそれに頼る形で休憩をとった。
休憩しながらみんなで話し合った結果、もう一つの結界は、おそらく方向感覚を狂わせるものだろうということになった。
どうしてかというと、他のどの冒険者が森の中央にある屋敷に向かっても誰も到達することができなかったから。
「この先が、第二の結界です♪」
「それではミリア、出番じゃ。お主、一人で結界の中に入ってみるのじゃ」
休憩を終えると、ピオちゃんの先導で森の奥の方向、二つ目の結界の境界線の傍まで移動した。
そこで結界の効果を調べるため、ミリアちゃんだけが境界線の向こう側に行く。
私たちは境界線の向こう側には行かない。ここでミリアちゃんの動きを観察して結界の効果を見定める。
「ほ、本当に大丈夫なんだろうな? って、お、おい、押すなよ」
「早く行くのです」
レティちゃんの後押しで、ミリアちゃんは結界の中に入った。
「体に異変が起きる呪い系なら、ギルドに報告が上がっておるはずじゃ。それがないゆえ、安心するのじゃ」
これまで、他の冒険者が森の奥の屋敷を目指していた。でも、到達できなかっただけで、体に異変を生じたという報告はなかった。
そして、一番身軽だからという理由でミリアちゃんが選ばれた。
「ミリア、奥に向かって真っ直ぐに歩くのです」
「ちっ、分かったよ。歩きゃあいいんだろ、歩きゃあ」
不服そうに歩き出したミリアちゃん。
だんだん右に逸れて行く。
「これ。真っ直ぐに歩くのじゃ」
「はぁ? 私は真っ直ぐに歩いているぞ」
「おお! これが結界の効果なのですか!」
「やはり、方向感覚を攪乱する結界のようじゃの」
「もういいよね? それじゃあミリアちゃん、そろそろこっちに戻ってきてよ」
あれれ?
戻りは真っ直ぐに歩いているよ?
森の奥に向かうときだけ勝手に逸れてしまう結界なのかな?
ミリアちゃんは無事境界線を越え、こちら側に戻ってきた。
私には境界線は見えない。でも、ピオちゃんが「無事、境界線を通過しました♪」って言ってたからね。
「実験、成功なのです」
「まー、なんともなかったな」
やっぱり、本人は何も感じずに勝手に曲がっていたようで。
「それではピオピオや、結界の解除作業に取りかかるとするかのう。皆の者、結界の内側に入らぬよう、境界線の外側を意識して歩くのじゃぞ」
「はーい。行きますよー♪」
ピオちゃんは、結界の境界線から少し離れた位置を飛んで行く。
結界の内側に入ったとしても、そこから出る分には影響はなさそうだった。それでも、念のため入らないように離れた位置を進んでいる。
「あの木です♪」
「意外と近かったね」
十本ほど木々の間を抜けて行くと、ピオちゃんが一本の木に向かって加速した。
広大な森に張られた結界だから、もっと遠くまで行かないといけないと思っていたよ。さっき消した外側の結界の頂点に近い位置に仕込むようにしているのかな?
「ここでも幹に同じ細工がしてあるな」
「フタを開けるのです」
全員、目的の木の前に集まると、レティちゃんがフタを開けた。
中には剣を砕いたような小さな破片がある。サビついていて、とても古そう。
「それは触れても消えないのじゃな」
「魔物の持ち物じゃなく、冒険者とかが捨てた剣なんだろうな」
レティちゃんが破片を取り出し、その指先をみんなで見ている。
壊れた武器って、森の中に時々落ちてたりするんだよね。
鍛冶屋に引き取ってもらっても大してお金にはならないらしいから、捨てちゃうんだろうね。
それを拾ったのかな。
まれに、冒険者から武器を奪う魔物もいるから、そっちの物かもしれないね。
「ゴミなのです。ポイっ」
レティちゃんは破片をどこか遠くに投げ捨てた!
「いや、証拠品だろ? ギルドに提出するほうがいいんじゃないのか?」
「安心するのじゃ。まだまだ入手できるはずじゃからの」
破片を取り出すことで、結界の境界線が森の奥のほうに移動し、他の木々を結ぶようになった。
もちろん、まだ結界自体は機能したままなので、フタのある木を探さないといけない。
「次行こう、次!」
気合を入れて探すぞー!
再び探索を始める私たち。
途中、腰ほどの大きさのリス形の魔物、エイコンボンバーに遭遇し、戦闘になった。
膨らんだ頬の中には爆弾となる大きな木の実をいくつも入れていて、それを口からピュッと飛ばし、爆発を起こす危険な魔物。
少々傷つきながらもレティちゃんが爆弾を盾で防ぎきり、エイコンボンバーには爆弾を吹き出した直後に大きな隙ができていたので、四発目で、私とミリアちゃんが攻撃して倒した。
「この木です♪」
エイコンボンバーとの戦闘から木々を過ぎること十五本。
私たちはフタつきの木の前に到着した。
「ここも同じなのです。開け……」
「人間、待ってチョ」
「コボルト! いつの間に!?」
二足歩行する犬の容姿の魔物、コボルト。
それが森の奥のほう、やや離れた木に半身を隠すようにして話しかけてきた。
「あれを倒せば、依頼達成だよ」
「ちょ、待てって言ったチョ。ボクには戦う意思はないチョ」
コボルトは慌てるように両手を上げて全身を露わにした。
コボルト討伐の依頼は、あと一体で達成だよ?
それなのに両手を上げられたら、倒せないよー。
「あれはおそらく結界を張った張本人、慧変魔物ワイズコボルトじゃ。妾たちを惑わそうとしておるのかの?」
「師匠は、幻惑する魔物がいると言っていたのです」
「マジ、待ってチョ。ボクの話を聞いてチョ」
「エム、どうする?」
「うーん、両手を上げている魔物を狩るのには罪悪感があるよね……。騙されたと思って話だけ聞いてみようか」
もし本当に騙していたら、すぐに魔石にしちゃうからね。
「ありがとチョ。ボク、誰も騙さないチョ。ボクは――」
このワイズコボルトは、数年前にこの森で生まれ、家族と一緒に過ごしている。
一年ぐらい前、森の中心付近を通りかかったところ、地面の下から何かを感じ、穴を掘ってみると、黒カビにまみれた木彫りの屋敷が出てきた。それは手の平に乗る大きさ。
これはなんだろうと観察していると、木彫りの屋敷から目も眩むような光が放たれて周辺の木々が消え去っていった。
その際、眩しさに耐えられずに目を閉じた。ほんの少しの間、目を閉じただけだった。しかし、目を開くとどこか知らない家の中にいた。
そこは行き止まりで、豪華な扉の前。
「ボクは勝手に誰かの家に入ったと思って、慌てて外に出ようと廊下を走ったチョ」
長く迷路のように曲がっている廊下を進むと、そこは最上階だったみたいで下りの階段があった。
階段を下り、さらに廊下を進んで行くと、時々聞こえてくるすすり泣くような声。通り過ぎる部屋の中から聞こえてくる。
気になってこっそり扉を開けて様子を確認すると、死霊系の魔物がいた。
「もう、恐ろしくて一目散に廊下を走ったチョ」
「お前、魔物なのに、魔物が怖いのか?」
「それはそれは、死霊系なんて、怖すぎるチョ」
「説明になっていないのです」
「人間がヘビを怖がるのと似た感覚かのう」
もう一度階段を下り、なんとか出口まで辿り着いた。
ホールの扉を開け、屋敷の外に出ると。
そこは、この森の中心だった。
「つまり、調査対象の屋敷は、お前が作ったのか!」
「今の話じゃと、偶然、出現したのじゃろうがな」
「あの屋敷からは時々、魔物が出てきて見境なしに襲い掛かってくるチョ。ボクの家にも来て困っているチョ」
屋敷の中、最初に立ちすくんでいた場所にあった豪華な扉は、今思えば、あれは異次元迷宮ボスの部屋に違いない。
死霊系の魔物が屋敷の外に出て困っているから、ボスごと退治して欲しいと。
「なんで魔物から頼み事をされなきゃならないんだ?」
「窮地にある者は、救わないといけないのです」
「いくつか尋ねてもいいかの? この森に結界を張ったのはお主じゃろう? 異次元迷宮を攻略して欲しかったら、冒険者を遠ざけるような結界なぞいらぬのではないかの?」
そうだよね。今、私たちに攻略を頼んでいるくらいなのに、結界で冒険者を近づけないようにしているのはおかしいよね?
「最初は、屋敷なんてなかったチョ。結界は家族を守るために作ったんだチョ。屋敷が出現してからは、屋敷の中から怖い魔物が出てくるから、何も知らずに弱い冒険者が近づくと危険だチョ。だから、より強力な結界に張り替えたんだチョ」
「つまり、弱い冒険者が危険な目に遭わないよう、善意で奥に行かせないようにしておったのじゃな?」
「それと、家族を守るために結界は必要だったのです。家族愛なのです」
「そっかー。善意の結界だったのかあ。壊してごめんな。こりゃあ、償わないといけないかあ」
レティちゃんは両手を組んで大きく頷き、ミリアちゃんは片手を手刀状にしてテヘペロしている。
なんかもう、ワイズコボルトからの依頼を受ける流れになっているよね?
「あの程度なら、すぐに直せるっチョ。大きな問題はないっチョ」
って、まだ名前を聞いてなかった。
「君の名前は?」
「名前? ボクには名前なんてないチョ」
「それなら、お前の名前はボルトに決まりだ」
「ワイズコボルトだから、ボルトかの……」
「ボルト……、ありがとチョ。ボクはボルト。結界を越えられる強い冒険者を、お化け屋敷に案内するチョ」
「ちょ、まだ依頼を受けるって言ってないよー」
「困っている者は、救わないといけないのです」
ボルト君の後ろを歩いて行く。
方向感覚を惑わせる結界の影響は、ボルト君の近くにいれば受けないみたいで、素直に森の奥に進んで行ける。
真っ直ぐ進んでいるように思い込んでいるだけだったりして。
「ちょちょいっチョ」
少し進んだところでボルト君が木の幹のフタを開け、何かを操作すると、足元に魔法陣が現れ、私たちはどこかに転送された。
「着いたっチョ」
「おい、あそこに屋敷がある。今にも朽ち果てそうだぞ」
前方の木々の間からは、大きな屋敷が見えている。それは広い空間を敷地として使っていて、ここで森が途切れてるように思えてしまうほど。
屋敷の外壁の所々が黒ずんでいて、そしてあまりにも老朽化していて、今にも崩れ落ちそう。
「山の上から見ていたときには、あのようなボロイ屋敷はなかったのです」
そうだよね。あんな大きな屋敷なら、山の上からも見えているはずだよね。
どこか別の森に来ちゃったのかな?
「あれは、森の中心の屋敷っチョ」
「嘘を言うでない。森の中心にある屋敷は、真新しい状態だったのじゃ……。む? そうか、そうなのじゃな!」
「マオちゃん、何か分かったの?」
拳を手の平に打ちつける、何かを思いついたような仕草。物知りなマオちゃんだから、これは期待できそう。
「うむ。妾たちが山の上におるときに見ておった物は幻影なのじゃ」
「幻影? どうしてそんな物が見えるんだ?」
「我も理解したのです。結界の影響なのです。三つ目の結界が幻影を見せているのです」
「その通りっチョ。幻影の結界の外からは、真の姿は見えなくなるっチョ。森の中には、大きな屋敷は一軒しか存在しないっチョ」
つまり、目の前にあるボロボロな屋敷が真の姿で、調査依頼対象だってことだね。
「そうだとしたら、あれは調査対象だよね。まずは庭から調べよう」
「ボクは、敷地の外で吉報を待っているっチョ」




