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013話 迷いの森 前編

 朝日が昇り始めると、私たちはメルトルーの町を出て南へと向かった。

 まずは平地を歩き、山へと辿り着くと北側斜面を半日かけて登った。

 それでようやく山頂付近を越え、南側斜面に至ると、広大な森を見下ろすことができた。


「広い森なのです」


「迷いの森って呼ばれているから、入るときっと迷子になるぞ」


 過去にこの森に挑んだ冒険者が多数いて、その誰もが、森の中央にある屋敷に到達することができなかったんだって。

 それで、迷いの森と呼ばれているんだよ。


「あれが調査対象だね」


「森の中に庭つきの屋敷を建てるって、どこかの貴族の隠れ家じゃないのか?」


「建てたのなら、道があってもよかろうに。周辺は見渡す限り森じゃ。あれでは大工が通えぬのじゃ」


「きっと、地面から突然生えてきたのです」


 遠く迷いの森の中央にぽっかりとあいた空間、そこに調査対象の屋敷が見えている。空間も屋敷も、一年くらい前に突然現れたんだって。

 ここからだと拳よりも小さく見える。でも実際は凄く大きな屋敷なんだと思う。

 大きな屋敷を建てるには大勢の大工が必要で、付近には、それが歩いた形跡がないんだよ。この山も、大勢が越えたのなら道ができていてもいいはずだよね? どうやって建てたのかな?


「エム、望遠鏡を貸してくれ」


 雑貨屋で買った望遠鏡。宿代三日分もした高価な品。

 ミリアちゃんはそれを受け取ると、屋敷の詳細を調べる。


「居室らしい部分の窓には白いカーテンがあってその先は見えないな。それと、うーん、廊下だと思う部分の窓には、今のところ人の動きはないな」


「ここから眺めるだけでも、依頼を達成できそうだよね」


「側面や裏側が見えないじゃろ? それに木々が邪魔で庭の様子もよく見えぬ」


「屋敷は夜になっても暗いままだって依頼書には書いてあったのです。ギルドはここからの調査はもう済ませていると思うのです」


「まあ、屋敷の前に行くことが今回の依頼だからな」


 そうだよねー。屋敷に到達して外観調査することが依頼の内容だよね。

 これまで誰も屋敷まで到達できなかったって言ってたけどね。


「そうだね。屋敷を調査しに行こう!」


「まずは迷いの森の踏破からじゃな」


 山の裾は既に森と一体となっていて、私たちは山を下りると、木々の少ない場所を探して野営の準備にとりかかった。

 あれ? みんな野営は初めてなんだ?

 全員不慣れで、準備に結構時間がかかっちゃった。

 その中でも、薪を集めたり、火を起こしたりと、マオちゃんが大活躍だった。反対に、レティちゃんは、いろいろな面で足を引っ張っていたかも。貴族様だからしょうがないよね。


「ここまで、弱い魔物ばかりだったのです」


「凶変魔物と比べたら、何でも弱く感じるよな」


「それは、強い魔物と戦うことで妾たちが成長した証じゃ」


「うんうん。初めてゴブリンと戦ったときとは見違えるように強くなったよね」


「あのときは、包丁と草刈り鎌だったのです……」


 食事をしながら、今日の出来事、それと初めての戦いを思い出す。

 今日遭遇した魔物はファングラビットとコボルトだけで、問題なく倒した。私たちは、それだけ強くなったんだよ。

 それに、コボルトは進行中の討伐依頼に含まれるからラッキーだね。


「明日も弱い魔物にしか遭わなければいいな」


「弱々、どーんと来ーいなのです」


「これお主ら、フラグを立てるでない」


 明日の話をいくつかしているうちに真っ暗になり、みんなでテントに入って就寝タイム。

 マオちゃんが、魔物が近寄ると察知できるエアカーテンって魔法を使えるらしく、それと、レティちゃんも就寝用のキャンプバリアって技能を使えるようで、不寝の番を立てなくても大丈夫なんだって。

 それを聞いて安心して、四人並んで寝たよ。


 翌朝。

 森の中を進む。

 木々の匂いと地面の匂いをふんだんに含んだ空気が頬を撫でていく。湿気が多く、ややじっとりと。


「サーチ……。おかしいのう。魔物がまったくおらぬ。このような森に魔物がおらぬとは前代未聞じゃ」


「いいじゃん。魔物がいなければ、依頼も楽に遂行できるぞ」


「くんくん。不味まずい魔物のニオイがするのです。マオリーの魔法を誤魔化せても、我の鼻は誤魔化せないのです!」


「ん? 近くに魔物がいるの?」


 レティちゃんが指差す右前方に顔を向けると、三本ほど離れた場所の木がぐらぐらと動き出し、こちらに向かって来る姿が目に入った。


「あれはウッドウォーカーじゃ。なぜ妾の魔法で発見できなかったのじゃろう……」


「まじか。レティはどんな鼻してんだよ」


「とにかく戦うよ! みんな構えて」


「がっつり受け止めるのです! イージス」


 レティちゃんより背が高く、周辺の木々よりも低いウッドウォーカー。

 接近するとすぐに、腰を折るように、茂る枝葉を高い位置からぶつけてきた。

 盾技イージスで盾の有効範囲と自身の防御力を上げて枝の一本すら後ろに通さないレティちゃん。頼もしいね。


「プリムローズ・ブラスト!」


 左前方に踏み出し、真っ直ぐウッドウォーカーに向けたレイピアの先から先端の尖った頭ぐらいの大きさの光の玉を放出する。その直前、レイピアの周囲にはいろいろな色の花が現れて消えていった。

 これは闘気を飛ばす勇者技。手の平から撃ち出すより、レイピアからのほうが威力が上がる。


「グオォォッ!」


 光の玉は幹に当たり、樹皮を大きく削り取った。

 すると、幹にある大きく裂けた口から叫び声が出た。

 反対側からミリアちゃんが投げた短剣も幹に刺さっている。


「押し返すのです!」


 レティちゃんは、寄りかかるようになっている枝葉を思い切り盾で殴って後ろに遠ざけた。

 その勢いのためか、枝が何本も折れて地面に落ち、それぞれが小さなウッドウォーカーとなった。


「囲まれたぞ!」


「少し下がるのじゃ」


 大小様々なウッドウォーカーが、扇状に私たちを囲み、一斉に葉を飛ばしてきた。

 範囲が広がっているレティちゃんの盾でも、横からの攻撃は防げない。

 マオちゃんの指示で全員三歩ほど下がり、目の前を無数の葉が飛び交って行く。

 危なかった。あのままの位置にいたら鋭い葉に切り刻まれていたよ。

 前方から飛翔する葉はすべてレティちゃんの盾に当たって落ち、地面に降り積もる。


「すべてを阻む魔王の炎、メガ・フレイムウォール。少々手荒じゃが、仕方あるまい」


 レティちゃんの前に広く魔法の火の壁が出現し、落ちている葉っぱごとウッドウォーカーの群れを焦がす。

 炎の中からは「キョエエェー」とか「グゴオォォ」とか聞こえてくる。


「一気に始末するぞ!」


 ミリアちゃんが右から、私が左から、炎の中のウッドウォーカーに攻撃を加えていく。

 焼かれているウッドウォーカーは身動きができないようで、避けることも反撃することもなく、防御すらできずに大小様々な魔石へと変わっていった。


「成敗したのです」


「うむ。よく燃える魔物で助かったのじゃ」


 炎が消えると、地面には魔石だけが落ちていて、焦げた葉は残っていなかった。


「これからどうしよう? マオちゃんの魔法でも発見できない魔物がいるんだよね?」


「まだ森に入ったばかりなのです。魔法で発見できないなら目で探して歩くしかないのです」


「そうだよな。もっと奥まで行かないといけないから、探しながら行くしかないよな」


 レティちゃんの言う通り、魔法では発見できなくても目ではきちんと見えた。これからは周囲に注意を払いながら進むしかないのかな。


「おかしいのじゃ。ウッドウォーカーなど低位の魔物。擬態しておっても妾の魔法で見破れぬはずがないのじゃ。うーむ……」


 マオちゃんが考え込んじゃったから、私たちは魔石を拾って少々の休憩をとることにした。


「この干し肉、うめーな」


「むぐむぐ。そうですか? ただ硬いだけなのです」


 干し肉はたくさん買い込んであるから、おやつ代わりに食べても大丈夫なんだよ、って、そんなに食べたらお昼ご飯、食べられなくなっちゃうよ?


「うむ、考えがまとまったのじゃ」


 みんなで座ってもぐもぐしていると、マオちゃんが立ち上がって手を打ち鳴らした。


「何? むにゃむにゃ。何か思いついたの?」


「これじゃ。これなのじゃ」


 私は干し肉を噛みながら見上げて尋ねると、マオちゃんは干し肉をみんなの顔の前を通るようにゆっくりと左から右へと動かした。


「干し肉がどうかしたのか?」


「まあ、順を追って話すゆえ、そう急かすでない。まず、妾の探索魔法で魔物を発見できなかったのは、魔物の気配を消すように、何者かがこの森に結界を張っていると考えるのが妥当なのじゃ」


 マオちゃんが言うには、世の中には探索魔法の効果を打ち消す結界が存在するんだって。


「そして、魔物の気配を消す結界を張るには、魔物の肉が必要になるのじゃ」


「魔物なんてそこら中にいるから、どれだけでも調達できるだろ?」


「あれ? 魔物を倒したら魔石になっちゃうよね。肉にはならないよ」


 これまでも魔物を倒すと死体は消えて魔石になっていた。


「魔物はの、妾たちが倒すと魔石になる。じゃが、魔物が魔物を倒すと死骸が残る」


「へー。そうなんだ」


 人が魔物を倒すと魔石になる。素材が追加で残ることもあるらしい。

 でも、魔物が魔物を倒すと魔石にならないんだね。

 滅茶苦茶不思議な現象だよ!


「それで、魔物の肉を使うことが可能になるのじゃ。これに思い至るまでに時間がかかったのじゃ」


「とにかく誰かが結界を張った。それが結論だな」


「だから、そう結論を急ぐでない。ミリアは大事なことを見落としておるのじゃ」


 マオちゃんは、得意げな顔をして親指を立てたミリアちゃんの頭を拳で挟んでぐりぐりしている。


「結界に精通しているのはエルフ、それと、ごく一部の人間。しかしながら、両者が魔物の死体に触れると、死体は消えてしまうのじゃ。そのため肉は扱えぬ」


「魔物の肉を使って結界を張るのに、誰も肉を触ることができないのなら、矛盾しているのです」


「そうだよね。分かんなくなってきちゃったよ」


 実際に結界が張ってあるのに、どこにも結界を張れる人はいない。そう聞こえるよね。


「それが見落としなのじゃ。まだ結界を張れる者がおるのじゃ。結論を言うとじゃな、魔物が結界を張った可能性が高いのじゃ」


「む? 普通の魔物には結界を張れるような知能はないのです。ドラゴンなら知能が高いですから、きっと結界を張ったのはドラゴンなのです。えへん」


「いやいや、ドラゴンが迷いの森にいるのなら、屋敷よりも先に調査依頼になっているか、注意喚起されるはずだぞ」


 ドラゴンは、遠く北にある山岳地帯にだけ生息していると聞いたことがある。

 こんな所にいたら大事件だよ。


「我は調査対象ではないのです」


「意味分かんねーぞ」


「話が逸れておるが、世の中には突然変異で賢くなった魔物、慧変けいへん魔物が存在しておるのじゃ。おそらくそやつが結界を張ったのじゃ」


「この間の凶変魔物みたいに、変化した魔物か! 出くわしたらやばそうだぞ」


 凶変魔物はとっても強かった。

 あれに賢さをプラスしたら、手に負えなくなっちゃうよ。


「慧変魔物は突然変異で賢くなっただけで物理的な攻撃力はたいして向上しておらぬと考えられておるが、妾も実際に会ったことはないので断言はできぬ。ゆえに、ここから先は十分に注意して進むのじゃ」


「うん、注意して進もう!」


 私たちは休憩を終了し、森の中を進みだした。


「ちょっと、いいですかー?」


「なあに、ピオちゃん」


 私の左肩にいるピオちゃんが、何か言いたいことがあるようでふわりと浮き上がり、みんなの顔が見えるよう、前に行った。


「さっきの話ですが、結界があるから魔物を検知できないのですよね? それでしたら、結界を壊しちゃいましょう♪」


「それができたら苦労はせぬわい。いずれかの木に魔物の肉を仕込んでおるのじゃろうが、これだけ多くの木があっては、探しきれぬのじゃ」


「大丈夫ですよ。私には、結界の境界線が見えていますから♪」


 この森を囲むように仕込んである結界。それは、魔物の肉を仕込んである木と木を結ぶことで森を一周しているらしい。

 ピオちゃんの目は、その、木と木を結ぶ境界線を見ることができるんだって。


「任せてください。ほら、あの木です♪」


「こんな近くにあるとは、ラッキーじゃの」


 近づいてよく見ると、木の幹に部分的に切り込みが入れられてフタになるように加工されている。そのフタを開けると、中には魔物の干し肉が入っていた。


「おわっ、消えたぞ」


 ミリアちゃんが干し肉を取り出そうとして手を中に入れ、触れた瞬間に干し肉は消滅した。


「消えたのなら、魔物の肉で確定なのです」


「境界線が内側に移動しました。この木を無視するように繋がっています♪」


「結界の頂点が一つ減ったのじゃな。たとえば五角形じゃったら四角形に、四角形じゃったら三角形になったようなものじゃの。実際には頂点はもっと多いじゃろうがの」


「今みたいに、結界の木を全部探して、干し肉を消していけばいいの?」 


「森を一周する感じか」


 広い森をぐるりと一周するのって大変だよね。

 対象の木は何本あるのかな?


「それには及ばぬのじゃ。いくつか消せば、頂点どうしの距離が遠くなりすぎて繋がらなくなるのじゃ」


「次を探しましょう♪」

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