012話 指名依頼だよ!
東の森で冒険者を助けた私たちは、メルトルーの町に戻った。
途中、誰にも言わない約束で、ピオちゃんの魔法で転移したんだよ。
怪我した人に肩を貸して歩くのって大変だったし、早く病院に行って高位の回復魔法をかけてもらおうと思ったんだ。
「アンタたちは命の恩人だ。秘密は一生他言しないと誓う」
「わあ! 本物の妖精だわ。生きているわ! きっと、これは夢よね?」
ピオちゃんは戦闘が終わってすぐにポケットの中に入って隠れていて、顔を出したら冒険者のみんなが凄く驚いていたよ。
戦闘中ずっとピオちゃんが演奏していたことには、気づいていないみたいだね。
「冒険者ギルドに行って報告するのです」
町に戻ってすぐに病院に行き、それから私たちは冒険者ギルドへと向かった。
凶変魔物の魔石って、依頼を受けていなくても高値で買い取ってくれるって冒険者が教えてくれたんだ。
コボルトの討伐依頼はまだ達成していないのに、今からもう一度狩りに出るには遅い時間になってしまったから、狩りは明日に延期だよ。
「凶変魔物の魔石を買い取ってくれるって聞いたんだ。ここに提出すればいいのかな?」
受付に行き、冒険者カードと魔石を提示する。
冒険者カードは、布のように柔らかいのに、表面がツルツルしてて破れることもない不思議な素材でできているんだよ。
魔法収納を使えない人は、腰に下げたり、ペンダントのよう胸元に下げたりしている。それで動き回っても、ちょっとやそっとのことでは破れない頑丈さがあるから戦闘中も安心だね。
「凶変魔物ですか? 『うさぎの夢』Fランク!? しょ、少々お待ちください」
受付のお姉さんは、奥の事務所に入って行った。
しばらくすると戻ってきて、私たちはそのまま応接室に案内されちゃった。
「そちらに座りたまえ」
応接室の中、窓の外を眺めている紳士が振り向きざまにソファーに座るよう促した。
「私はヘレンク。ここのギルドマスターです。当ギルドでは、凶変魔物や異次元迷宮ボスの魔石は、私が直に鑑定する決まりとなっています。ですから、私が鑑定します」
なんと、依頼を受けなくても異次元迷宮のボスの魔石を買い取ってくれるんだね。この間の魔石、まだ魔法収納にしまってあるよ。ついでに出しちゃおうかな。
「異次元迷宮ボスの魔石もあるよ。これも買い取ってくれるのかな?」
ギルドマスターのヘレンクさんがソファーに座ったところで魔石を差し出す。
「これは、どちらで?」
ヘレンクさんは魔石を手に取り、光を透かすようにして見ている。
「こび……、あれ? どこだったかなー。うーん……、忘れちゃった」
小人の国は妖精の国の向こうにあって、妖精は人間が嫌いだって話だったから、正直に話したらいけないよね。内緒にしておかなきゃ。
「見たこともない紋様です。魔石の紋様を見れば、どの地域の魔物なのか見当がつくのですが、この魔石の紋様は、私の知る限り、どの地域にも該当しません」
「そ、そうかな……」
もう一度出所を聞かれたらどうしよう、と思っていると、ヘレンクさんは虫メガネのような魔道具を手にして鑑定を始めた。
「たしかに、異次元迷宮ボスの魔石です。個体名はフラットラット。倒したのは『うさぎの夢』、あなた方で間違いありません」
「へー。そんなことまで分かるのか」
ミリアちゃんが感心したように声を上げた。
「はい。しかしながら、迷宮名がルーキーズダンジョンということまで判別できるのですが、地域がアンノウンと判定されます」
「アンノウンって何だ?」
「異次元迷宮はどこかに存在しているのですが、世界地図には該当する地名がない、ということです」
まずいよ。どこで手に入れたのか、また問われそうだよ。
「あるいは、新しく発生した異次元迷宮の場合、地域になじんでいなくてアンノウンと判定されることがあります。この魔石はそちらに該当するのかもしれません」
「そ、そうだよね。新しい感じがしたよね」
「異次元迷宮の規模は、古い物ほど大きくなる傾向にあります。そして大きい異次元迷宮になると、強いボスが存在します。魔石の大きさから察するに、新しい異次元迷宮だったと考えるのが妥当でしょう」
魔石の大きさは、魔物の強さと密接な関係にあるんだって。魔物が強ければ魔石は大きくなるらしいよ。
「それでは、こちらを異次元迷宮ルーキーズダンジョンを踏破した魔石として買い取ります。よろしいですか?」
「うん。それでお願い」
ヘレンクさんはテーブルの上の鈴を鳴らして事務員を呼び出し、魔石と鑑定書を渡した。
「それでは本題に移ります。凶変魔物イビルディアについてです。こちらは他のパーティーとの共闘だったのでしょうか?」
「それはね、冒険者の人たちが倒れていたから私たちが助けに入ったんだよ」
「その倒れていたパーティー名を教えてください」
「え? 何だったかな?」
「『浮雲の集い』じゃ」
あ、マオちゃんの知り合いだったよね。
「はい。たしかに合っています。そちらとの報酬の配分は決まっていますか?」
「あいつら、不意に襲われて身を守ることで精いっぱいで、倒そうとは思ってなかったって言ってたぞ」
「うん。それで魔石を冒険者ギルドに持って行くといい、って教えてくれたんだよ」
「その経緯とダメージ比率から勘案すると、報酬は全額『うさぎの夢』に渡すことで了承しているとみなしますが、念のため、『浮雲の集い』には、後日確認をとらせていただきます」
「冒険者の人たち、入院しちゃったからね」
魔石には、どのパーティーがどれだけ傷を負わせたか記録されているんだって。その記録は、日を跨いで全快状態になると消えるらしい。不思議だね。
「どうしてそんな面倒なことをするのですか? テキトーにやればいいのです」
「不埒なパーティーが、凶変魔物と戦闘している他のパーティーを発見した際にずっと身を潜めて観察を続け、倒せそうになると乱入して魔石を横取りする事例が何度も発生していますので。ギルドとしては厳密に対処しないといけないのです」
大金が動くんだもんね。慎重にしないといけないよね。まだいくらになるか聞いていないけど。
横取りが発覚すると除名処分になって、冒険者として依頼を受けられなくなるんだって。
「凶変魔物についての聞き取りは以上です。次に、凶変魔物を倒し、異次元迷宮を踏破された『うさぎの夢』には、指名依頼をしたいと思います」
指名依頼は、報酬が高く設定されるそうで。
もちろん、難しい案件にしか指名依頼は発生しないから、元も高い。
「その内容は、メルトルーの南にある山を一つ越え、そこに広がる森の中に突如現れた屋敷を調査してもらうことになります。今回は近くまで行っての外観の調査です。屋敷の中に入る必要はありません」
テーブルの上にひらりと置かれた依頼書。
おおー! 依頼書にはゴブリンやコボルトを何十匹も討伐しないともらえないくらいの高額の記載があるよ。
「森の中に現れた謎の屋敷の外観調査? わざわざ指名依頼しなくても、普通に行くだけですぐに済むと思うけど、何か裏があるのか?」
人が住んでいるのかどうかを、外から調べる依頼だし、誰でもできそうだよね。
「はい。件の屋敷は、山の上から見下ろすことができるのですが、いざ森の中に入ると、そこに到達することはおろか、見ることさえもできません」
「つまり、誰も近くまで行っておらぬゆえに、何が起こるか分からぬ、と言うのじゃな?」
「ふふふ。凶変魔物を倒し、異次元迷宮を踏破した『うさぎの夢』には依頼を達成できる実力があるとみなします。きっと、何かを……、ごほっ、皆が到達できなかった場所へと至る術を発見することでしょう」
なんだか笑って誤魔化された気分だよ。でも、私たちならできるって言ってるし、報酬も欲しいから、受けちゃうよ。
「みんな、この依頼、受けてもいいよね?」
「ギルドが困っているなら助けないといけないのです」
「リーダーのエムが受けると決めたのなら、異論はあるまい。妾たちの旅は急ぎではないからの」
みんなから反対意見は上がらず、指名依頼を受けることにした。
それから事務員が部屋に戻ってきて異次元迷宮と凶変魔物の報酬を受け取り、応接室を出た。
「最後に、この依頼を達成したら冒険者ランクを上げてくれるって言ってたな。もしそうなれば、もっと報酬の高い依頼を受けられるようになるな!」
「報酬の高い依頼は、難度も高くなるのじゃ。ぬか喜びはせぬことじゃな」
そもそもFランクだと異次元迷宮とか凶変魔物の依頼は受けられない。それでも、私たちはもう経験しちゃったんだよね。だから、冒険者ランクを上げるのが妥当なんだって。しかし、正式に依頼を受けて達成したわけではないから、まだランクは上げられないって言ってた。
それで今回、難しめの依頼を達成することで晴れてランクアップしてくれるらしい。
あれ? Fランクって難しい依頼を受けられないんだよね?
ま、いっかー。外観調査なんてきっと簡単に済ませられるよね。
「これから野営の部材を買い揃えるのです」
「そうだね。まずはテントでしょ、毛布に着替え、それと……」
「食器と食材、それと乾パンも忘れるなよ」
指名依頼の準備金をもらったから、それを元手に依頼達成に必要な物を買い揃えることにした。
商店街に行き、いろいろな店を覗き、少々無駄遣いしつつ魔法収納に物がどんどん入って行く。
「ミリア。お主、今その肉を食べたら、明日の備えにはならぬじゃろ?」
「これは、明日に向けた腹ごしらえだ」
露店で串焼き肉を人数分注文したミリアちゃん。
支払いはパーティー資金から。
「もぐもぐ。これはこれでおいしいのですが、もっと手の込んだ料理も食べたいのです」
「そうだなー。買い物が終わったら、打ち上げだ!」
「打ち上げは指名依頼を達成してからじゃ。ほれ、あの干し肉も買っておくとよいのじゃ。早う買いに行け」
「あそこの店はテントを売っているのです!」
「はむはむ。まだ食べてるから、待ってよー」
みんなで買い物するのって、楽しいね!
異次元迷宮と凶変魔物の報酬があるから、目に入った物を何でもどんどん買っている感じ。
こんな大金、持ったことがないから、なくなる感じがしないよ。
って、まだどれだけ使ったのか計算はしてないけどね。
そういう難しいことはマオちゃんに任せるからいいの。
私は結果だけを管理するから。
「むむ? テントが妾の魔法収納に入ったのじゃ。魔力は小さくとも、魔法容量はそれなりにあるようじゃの……、ブツブツ」
テントは大きすぎて私の魔法収納に入らなかったからマオちゃんに頼んだら、すんなりと入ったよ。まだまだ大きな物が入りそう。
「お花も買い足してください♪」
ポケットの中からリクエストがあり、鉢植えの花も多数買い揃える。ピオちゃんは花が近くにないと生きていけないもんね。可愛い花を選んでおいたから、きっと喜んでくれるよ。
「暗くなってきたな。大体揃ったか?」
「うん。思いつく物は全部買ったよ。みんなも、思いつく物があったら早く言ってね」
「大きなベッドがいいのです」
「それはテントに入らないのじゃ。ベッドが恋しいのなら、明日以降の分まで、今日のうちに寝ておくとよいのじゃ」
「よーし。今日は明日に備えて早く寝るぞー!」
買い残した物はないようなので、私たちは宿に戻って早く寝ることにした。
なっしんぐ☆です。
本文中に記載していませんが、受付に提示した冒険者カードは、読み取りの魔道具にかざすとすぐに返却されます。




