109話 フェルメン湖の黒い汚れ
「リバサン、助かったのです。ドラゴンもどきの貴様に助けられる日が来るとは、我としては不覚なのですが、とにかくありがとう存じます、なのです」
『有象無象ハ知ラヌ。我ハ名ヅケノ者ヲ、助ケタマデ』
「名づけの者かあ。そんなつもりなかったんだけどなあ」
「聖クリム神国の国家元首が妾たちのことを使徒だと公言しおったからのう」
使徒様って、前にカレア王国で呼ばれたことがあるけど、あれは私たちが勝手にご神託を受けたって嘘をついていただけで演技だったんだよ。それなのに、まさか本当に使徒様だと認められる日が来るなんて、夢にも思わなかったよ。
これまでのエセ使徒様から、教皇様が認める正式な使徒様へとアップグレードされたんだよ。
「まさかとは思うが……、やっぱりか!」
「どうしたのですか? ふごっ!」
ミリアちゃんとレティちゃんが、冒険者カードを取り出して驚いている。
私も見てみよう。
ぼ、冒険者カードのパーティー名の所に「水神の使徒」って称号が追加になっているよ!?
冒険者ギルドの受付では「ドラゴンスレイヤー」だけでも驚かれているのに、「使徒様」が追加になったらどんな反応をされるのやら……。
「でもさあ、称号になるの、遅くない?」
「言われてみれば、ドラゴンスレイヤーのときはすぐだったよな」
「ミリアがリバサンに名前をつけたのは随分前のことなのです」
「うむ。ドラゴンスレイヤーの場合は妾たちにドラゴンを倒した自覚があったからで、水神の使徒の場合は今日まで自覚がなく、初めて公認されたことで称号になったのではないかの」
称号ってそんなものなんだね。
勝手についちゃうから、もしかすると、悪いことをしたらとんでもない称号になっちゃうのかも?
『議論ハ、終ワッタカ?』
「リバサンに一つ、尋ねてもよろしいかの?」
『申セ』
「今、お主の背中に乗れておるのは、なぜじゃ? お主と相まみえたときは、お主の体はあらゆる物理攻撃を素通りさせておったじゃろう?」
そうだよ。あのときはレイピアもハリセンも、みんな素通りしちゃってたよ。マオちゃんの魔法に至っては消されていたし。
『我ノ意志デ物質化、アルイハ、マナ化デキルダケノコト』
「なるほどの」
「便利な体なのです」
『ツマラヌ話ハ、終ワッタナ?』
「終わったぞ。で、リバサン、いつまで浮かんでいるんだよ? そろそろ降ろしてくれよ。ここじゃなく、フェルメン湖の湖畔で頼むぞ」
今、私たちは、どう見てもフェルメン湖の真ん中の上空にいる。ここで降ろされたらとんでもないことになるよ。
『名ヅケノ者ヨ。我ハ困ッテイル』
「突然どうしたんだよ?」
「困っている者を助けることこそが、真の使徒なのです」
レティちゃんは認めるんだね、使徒様になったってことを。
『今、我ヲ助ケルト、誓約シタナ?』
顔は見えないけど、リバサンの目が光ったような気がした。
「困っておる内容を聞かねば、確約はできぬのう」
『我ノ棲ミ処ヲ、トクト見ヨ。東ノ端ガ黒クナッテイル』
リバサンはゆっくりと東へと進み、徐々に高度も落としている。
「ああ、あれか。たしかにあの辺が黒くなっているな。それがどうしたんだ?」
『我ハ水神。水ヲ穢ス物、コレヲ認メズ』
「要するに、黒い汚れを除去してほしいんだね?」
やがて湖面に近づくと、そのまま着水した。黒い湖面からはそれなりに離れた位置。
「妾たちを頼らぬでも、リバサンは凄い力を持っておろう? お主の力で、黒い汚れもろとも吹き飛ばすことができそうじゃがの」
『我ハ、アノ穢レニ触レルコトハ、デキナイ』
「なんだよ。ただの潔癖症かよ」
『リバサン、潔シ』
それは意味が違わない?
「リバサンは困っているのですから、我らがどうにかすればいいのです。マオリー、早速魔法でぶっ飛ばすのです」
「もう少し近づいてもらわねば、魔法が届かぬのじゃ」
「リバサン、もっと近くに行ってよ」
最初の上空にいた頃よりは、だいぶ東の方に来ているよ。
でも、まだ岸辺は遠いから。
「聞こえないのですか? 汚れにもっと近づくのです」
レティちゃんがそう言った途端、
「わあっ!」
「ぬおっ!」
「うわっ!」
「ふえっ!」
私たちの足元が弾んで、全員高く空中へと放り出された。
リバサンの、上下にくねくねできる胴体が私たちを弾き飛ばしたんだよ!
「リバサン、お主!」
バシャン!
「あれ? 濡れてないよ?」
「なんだこれは?」
「浮かんでいるのです」
私たちは大きな気泡のような物に覆われて、湖面に浮かんでいる。
リバサンが用意してくれたんだね。
リバサンって、本当にいつも説明が下手なんだから!
下手というより、説明そのものをしてなかったよ。
「このまま動けるぞ」
「待て待て。四人の意思が揃わねば、気泡が割れてしまうかもしれぬぞ」
ミリアちゃんが前に進むと気泡が前方に膨らんだ。
マオちゃんが言うように、四人が同じ方向に進まないと、気泡が割れちゃうかもしれないよ。
「じゃあ、みんなで前に進むよ。いーち、にー、さーん……」
「めんどくさいのです……」
黒い汚れに近づき、マオちゃんが黒い浮遊物を風属性魔法で湖の外へと飛ばした。
あれれ? 綺麗になったと思ったのに、じわじわとまた黒い色に戻ってない?
「この汚れは、湖面に浮かんでおるというより、湖中から浮かび上がってきておらぬかえ?」
「うーん。浮かび上がってくるのか、それともどこかから流れてきているのか判別がしにくいけど、マオが綺麗にした部分が、もう黒くなりつつあるよな」
『水中ニ、根源ガアル。速ヤカニ、除去セヨ』
そんな離れた位置から指示を出さなくてもねー。
「水中って、まさか、この気泡は沈むこともできるのか?」
「風魔法をそのまま通したのじゃ。ただの気泡ではないのじゃろう」
「沈んでみるのです」
「わわっ」
レティちゃんが沈もうと意識したのか、気泡の半分が湖面の位置まで沈み、やがて全体が湖中へと沈んだ。
「これは面白いぞ!」
「面白がっておる場合ではなかろう。早く汚れの根源を見つけるのじゃ」
ミリアちゃんが飛び跳ねていて、それで気泡がぼよんぼよん揺れている。この程度だと割れることはなさそう。
「どこかなあ?」
「前に進むのです」
レティちゃんの勘に従い、前方、つまり、岸辺の方向へと進んで行く。
「だんだん汚れが酷くなってないか?」
「そんな気がするね」
進めば進むほど、水がどんどん黒ずんできた感じがする。
きっと、この辺に汚れの根源があるんだよ。
「あそこに木の根らしき物体があるのです。真っ黒なのです」
「あの周辺の黒さが半端ないな。きっと、あれが根源だぞ」
木の根のような物が、三本、水中に突き出ている。
それを辿っていくと、どうやら岸辺から続いているよう。
「不思議じゃの。近くにはこのような太い根を持つ木など生えておらぬのじゃがのう」
「そうだよな。この根は、岸辺付近に生えている木の幹ぐらいの太さがあるぞ」
「どの木の根でも関係ないのです。全部、ぶっちぎればいいのです」
レティちゃんの言うように、汚れの根源をなくしちゃえば、リバサンの困りごとは解決だよね!
「もう少し原因を深く探るほうがよいと思うのじゃがの」
「いいじゃん、やっちゃおうぜ」
ミリアちゃんの勧めもあり、マオちゃんは風魔法エアスラッシュで根を切断した。
「これ、切っただけじゃダメだよ。もっと根元まで処理しないと、黒い汚れがどんどん流れ出しているよ」
切断面から黒い汚れがじわり、じわりと染み出している。
このままだと、また水が汚れてしまうよ。
「うむ。根は岸辺ギリギリまで切断し、さらに端部を焼いて処理するしかなさそうじゃの」
マオちゃんは意を決してさらに根を切断し、気泡をもっと岸辺に近づけて火魔法で焼いた。続けて土魔法で付近を岩に変えて新たな根が水中に張り出さないようにした。
「合格なのです」
「いや、まだだろ。新たに汚れが発生しなくなっただけで、漂っている汚れはそのままだからな」
それからマオちゃんはなぜか火魔法で汚れを炙りだした。
これまでのように風魔法で飛ばさないのはどうして?
「この汚れはカビのような物じゃ。風魔法で飛ばしては広がるだけじゃから、広範囲魔法で焼くしかないのじゃ。ピオピオや、魔力を上げる曲を頼めるかえ?」
へー、そうなんだ。カビは焼くと除去できるらしい。
とにかく、ピオちゃんにも手伝ってもらい、水中を漂う黒い汚れを広範囲火魔法で掃除する。
「はーい。魔力アップの旋律、奏でまーす♪」
「すべてを灰にする魔王の獄炎、メガ・ヘルファイア」
ドバーン!
一瞬前方に何かが飛んで行き、離れた位置で炎となって勢いよく広がると同時に大量の気泡が発生し、それらが弾けるように爆発した。
火魔法というより、風魔法っぽくない?
「おわっ! 流されるぞ!」
「おおう。やはりこうなりおったか。妾は着弾点を中心に広がる火炎を生成したのじゃが、水が瞬時に過熱された結果、気泡が発生し、爆発したのじゃ」
爆発の勢いで、私たちの気泡が流されている。
それでも構わずにマオちゃんはあちらこちらで爆発を発生させ続ける。
「爆発しても、熱は伝わっておる。カビは無力化できておるから安心いたせ」
焼くまでいかなくても、熱することでカビを無力化できるんだね。マオちゃん、やっぱり物知りだよ。
「周囲にばら撒いているだけに見えるけどな」
「根源を絶ちましたから、ばら撒いても大丈夫ですよ♪」
「うむ。周辺に散らしておるのは事実じゃ。完全なる除去は無理じゃからの。カビなど、そこら辺どこにでもおる。根源がなくなった今、放っておけば、自然と綺麗になるじゃろうて」
「だから、汚れの酷い所ばかりを狙って爆発させているんだね!」
「狙いについては、偶然じゃがの。妾たちは爆発で流されておるからの」
汚れの酷い場所をこれでもかと爆発させ、黒さがだいぶ薄まった頃。それまでこの周辺にいなかった魚が行き来するようになった。
もう作業を終了しても良さそうだよね?
私たちは湖面に浮かんでリバサンのほうに向き直った。
「そろそろいいじゃろう。リバサンよ、これで満足いたせ」
『大義デアル。今後モ、励メ』
リバサンって表情がないから、これで喜んでいるのか、それとも不満に思っているのか判別できないよね。とりあえず作業は終了していいことだけは伝わった。
「なあ、この気泡を使えばさ、海神様の神殿に行けるんじゃないのか?」
「それは名案なのです。フェルメン湖から行けるのですから、このまま入り口を探せばいいのです」
「うむ。よい考えじゃの。しかしじゃ、妾は海神様に会いに行く前に、神を識別できる魔道具を作成したいのじゃ」
「どうして? 後でもいいんじゃないの?」
海神様の神殿にこのまま行けば手間はかからないし、魔道具を作成するってことは、また素材集めになるんだよね? 二度手間になりそうだよ。
「神じゃ。神に会うのじゃ。海神様となれば、二度も会いに行くことはなかろう? ゆえに、会ったその日に識別したいのじゃ。そのためには、先に魔道具が必要になるのじゃ」
「魔道具は教皇が持っていたのです。ぶん捕るのですか?」
「うわ、私、牢屋に入りたくないぞ~」
「作る、と言ったじゃろうに。確実ではないが、教皇猊下が持っておるということは、帝国の魔道具研究所でも作れるのではないかと思うのじゃ」
「おじいさんのは、代々伝わる伝説の魔道具とかだったりして」
「ま、帝都に行ってみれば明らかになることじゃ。湖畔に花を植えたら、ピオピオや、帝都に連れて行ってくれぬか」
「はーい。オーダー入りましたー♪」
私たちは岸辺まで歩いて近づき、湖面から完全に出ると、気泡が消滅した。
「気泡は、陸に上がると消えるのじゃな」
「むしろ、どうやって消すのか知りたかったからスッキリしたぞ」
今からお出かけするのに、ずっと気泡に包まれていたら、すれ違う人から変な目で見られるよね。
湖畔に花を植え、私たちはベーグ帝国の帝都に転移した。




