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102話 異次元迷宮フラッフィ・クラウズ 後編

「ねえ、あの雲、なんか怪しくない?」


「そこに乗れと言わんばかりの配置じゃのう」


 道からほんの少しだけ離れた位置に、四角いクッションのような雲が浮かんでいます。ここから跳べば余裕で乗っかることができる位置なのです。


「ピオピオ。先に行って、乗っかれるか試すのです」


「はーい。調べて参りまーす♪」


「レティは臆病だなあ」


 そもそも雲の上を歩いていること自体、我には理解不能なのです。もし飛び乗って下に落っこちたら、今の飛べない我なら死んでしまうのです。まだ竜王の座に戻っていない我が、こんな所で死ぬわけにはいかないのです。


「大丈夫ですよー♪」


 ピオピオは、離れた雲の上でぽよんぽよんと尻で弾んでいます。


「じゃあ、私から行くよ」


 エム、ミリア、マオリーが飛び乗り、最後に我が乗っかりました。


「わわっ。動き出したよ?」


「おもしれー!」


 足元の雲が、何もない空間をゆっくり、ややぷかぷかと上下に揺れながら進んで行きます。

 そして、向こうに見えていた雲の道に接すると停止しました。


「ひゃあ。とっても面白かったぞ。もう一回乗ろうぜ」


「ミリア一人で乗るのじゃ。妾たちは先に進むでの」


「なんだよ。つれないなあ」


 浮かれているミリアを放置して探検を再開します。

 何度か分岐がありましたが、何も考えず、テキトーに進んでいます。


「あそこでまた雲が盛り上がっているよ? 何か出てくるのかな?」


 前方に盛り上がりがあり、武器を構え警戒して歩いて行くと、その手前で、足元からもくもくと魔物が二体、浮かび上がってきました。


「おおぅ。フラッフィスライムじゃの」


「盛り上がりから出てくると思わせて、その手前からか。警戒していたから被害はなかったけど、知らずに歩いていたら思わず惨事になっていたかもしれないぞ」


「弱そうだから、早く仕留めるのです」


「うん。スライムだよね? あのコアを狙えばいいんだよね?」


 雲の体の内部に赤い玉が浮かんでいます。きっとあれがコアなのです。


「そうじゃ。まずは妾が。立ち塞がる者を穿つ魔王の槍、メガ・エアランス!」


「私もやっちゃうよ。えいっ!」


 マオリーの風の槍が右の個体のコアを貫き、エムが二歩踏み出して突き出したレイピアが左の個体のコアを貫いたのです。


「あっさり魔石になったぞ」


 魔物に攻撃させる暇を与えずに魔石に変えました。

 この調子で行けば、十体など、すぐなのです。


「行き止まりなのかな? どうする?」


「また盛り上がりから魔物が出てくるかもしれぬじゃろ? 中に潜んでおるかもしれぬゆえ、調べてみぬか?」


「しゃーないな。今回出番のなかった私が調べてやるぞ」


 ミリアが雲の盛り上がりに近づき、体の側面をそれにややめり込ませるように沿わせて物音を確認しています。何をやっているのですか。さっきまでの魔物は動く際に音など立てていなかったのです。

 そして、音がしないと判断してから、ミリアは盛り上がりに手を突っ込み、それから顔の半分を突っ込みました。


「おおっ! 中に入れるぞ」


 半身を入れ、遂には体全体を中に入れました。


「どうじゃ? 魔物はおらぬのじゃな?」


「うん。みんなも来いよ。ここから向こうに抜けられるぞ」


 なんと、この盛り上がりは小部屋になっていて、向こう側に出口があるようなのです。

 エムを先頭に、マオリー、我の順で入ります。盾役の我が最後なのは、雲の迷宮が、我にとってはまだ懐疑的だからなのです。

 そして向こう側に抜けると、


「何か向こうに気流が見えるのじゃが、あそこにも何かありそうじゃの」


「行って調べましょう♪」


 ピオピオは好奇心旺盛で困るのです。ここは雲の上なのです。一歩間違えたら地上にドスンなのです。だから慎重に行動すべきなのです。


「レティ、ここからはお前が先頭を歩く番だぞ」


 ミリアに背中を押され、先頭を歩きます。我は盾役なので先頭を歩くのは致し方ないことなのです。


「おふっ!?」


 咄嗟に盾を前方下に向け、盾技シールドチャージを発動して突然足元に現れた魔物を、突き飛ばしました。


「なんじゃ。フラッフィコボルトも足元から湧いて現れるのじゃな」


「この迷宮は、マオリーの探索魔法が全然有効じゃないな」


 マオリーは、ほぼ途切れることなく探索魔法を発動しています。それでも、魔物が足元から現れたのです。


「受付の娘が執拗にここを勧めた理由が分かった気がするのぅ」


「突然魔物が現れて気が抜けないから、人気がない、ってことかな?」


 エムにしては珍しく的を射ているのです。でも、戦闘中に完全に気を抜いているのは気のせいですか?

 話をしている間に、転がるフラッフィコボルトをミリアが追いかけ、ハリセン技ハリケーンスマッシュをぶち当てて魔石に変えたのです。

 細かいことを気にすると、今、魔物が転がったのは、体全体に盾を当てたからなのです。体の一部に武器を当てた場合は武器が通り抜けるだけなのです。


「弱い魔物なのにCランク以上推奨だったからな」


 ミリアが魔石を拾って戻ってきました。

 隊列を整え、前進を……。


「楽しいね!」


「うん、弾んで面白いぞ」


 後ろの三人が、ぴょんぴょん跳ねて進んでいるのです。

 警戒心ゼロなのです。気が抜けないから人気がないと言ったのは誰なのですか。

 はあ……。

 我だけが警戒を厳にして……、


「おわふっ!」


 ミリアに手を掴まれ、一緒に跳ねました。

 こうなるとミリアが先頭で、我が先頭を歩く意味がないのです……。


「気楽に行こうぜ」


 いつも、ここまで気を抜いて探索することはないのです。

 ひょっとすると、この迷宮には警戒心を低くする効果があるのかもしれません。我だけが耐性を持っていて、平常心なのかもしれないのです。


「そうだよ。ここって、もくもくしていて面白いよ」


 これはエムの平常運転の気がしてきたのです……。


「さて。この気流はなんじゃろうな?」


 我らは、手を伸ばせば届く位置まで気流に接近したのです。

 気流は、雲の道の隣を上に向かって流れています。


「触ってみようか? わっ、わああー!」


「エム!」


 エムが指先でちょんと触れると、そのまま体ごと気流に飲み込まれ、見上げる高さの雲の上まで飛ばされたのです。


「ど、どうする? 追うか?」


「行くしかないじゃろ」


「行きましょう♪」


 我らは気流に触れ、上へと飛ばされました。

 気がつけば雲の上。我は背中から落下したので、まずは腰を起こし、それから立ち上がりました。気流のほうに目をやると、さっきまでいた雲の道を見下すことができます。


「見た目よりも早い流れだったな。目が回ったぞ」


「投げ出された先が柔らかな雲の上で助かったのじゃ。石畳じゃったら怪我をしておったことじゃろう」


「みんな、待ってたよー」


「ここは第二層のようですね。さあ、探索開始です♪」


 ピオピオだけ、空中でうまく姿勢を制御して雲の上に落下することはなかったのです。

 ピオピオは第二層だと判断したようなのですが、さっきまでと何も変わっていないのです。ここも弾力のある雲の道。きっと弱い魔物が現れるだけなのです。

 我が先頭になり、ぽよんぽよんと跳ねて進みます。もう真面目に歩くのが面倒になったのです。


「お、あれは小部屋か?」


 分岐を三回曲がったところで、盛り上がった部分を発見したのです。

 そして先ほどと同じように、足元から魔物が湧き出してきたのです。


「フラッフィコボルト二体じゃの」


 言われなくても見れば分かるのです。

 今度は胸をこん棒で殴られないよう、一歩下がって盾を構えました。


「さっさとやっちまえ、なのです」


「うん。すぐに倒しちゃうよ」


 我の前に出たエムのレイピアがすり抜けるように二体の胴体を通過し、さらに右からミリアのハリセンが竜巻を起こしてフラッフィコボルトの四肢をバラバラに千切りやがったのです。


「うむ。やはり風属性がよく効くようじゃの」


 魔石を拾い、我らは盛り上がりの小部屋に近づいて行きます。

 おや? あれは犬なのですか?

 小部屋から、小さな犬が顔を覗かせたのです。二足歩行犬のコボルトではなく、四つ足の子犬なのです。


「わあ、ワンコだね。可愛いね」


 エムが我の前にしゃがみ、首を傾げる子犬に手を差し伸べ……。


「ガルル!」


「わっ!」


 大きく開いた口には、長いキバが生えています。さっきまでそんな物はなかったので、伸ばしたり縮めたりできるのかもしれません。

 エムは尻もちをつきながらも、瞬時に手を後ろに下げることで噛まれることはなく、代わりに我の盾が奴の口を殴打したのです。


「そやつはフラッフィウルフじゃ。犬ではないからの」


「雲の塊じゃあ、犬と狼の見分けがつかないぞ」


 湧き出る魔物や小部屋の魔物には探索魔法は役に立ちませんし、おそらく識別の魔法も、顔だけを出した状態だとうまく作動しないのです。

 だから、エムに噛みつこうと全身を小部屋から出した時点で初めて識別の魔法の対象になったのです。


「次から気をつければいいですよ♪」


 ピオピオの言う通りなのです。次からは狼だと認識すればいいだけのことなのです。

 この魔物は標的固定すらしていないのに、執拗に我の盾に噛みつく単細胞ですから、隙を見せなければ簡単に倒せるはずなのです。


「もう、驚かせないでよ。えいっ!」


 立ち上がったエムがレイピアを一閃。

 高めの断末魔を上げてフラッフィウルフは魔石に変わったのです。風属性でもない一撃で倒せたのです。


「ちょっと罪悪感が残るのは、どうしてかな?」


「まだ心のどこかで子犬だと思っておるのじゃろ。相手は魔物じゃ。油断は禁物じゃぞ」


 油断しまくって跳ねて進んでいるマオリーが言っても説得力がないのです。


「さ、小部屋に入ろうぜ。そろそろ宝箱でも見つからないかな」


 ここにも緊張感のない危険人物がいたのです。警戒もせずに小部屋の中に入って行きました。


「おっ、なんだこりゃ。ほうきがあるぞ」


 安全なようなので、みんなが次々と小部屋の中に入って行きます。我は最後に入りました。


「なんだろうね。これで雲の道を掃除しろってことかな?」


「うーむ……。おそらくは、こうして使うのではないかの?」


「おおっ、浮いたぞ!」


 ほうきにまたがるように乗ったマオリーが、ふわりと浮かび上がったのです。

 面白い物好きのミリアが真っ先に真似して浮かび上がり、エムと我も後に続きます。小さなほうきはありませんから、ピオピオはいつものように羽で飛んだままです。

 このほうきは我の意思で動くようで、みんな上手に操作して小部屋から出ました。

 小部屋の中では何本もほうきが壁に吊るされていて、お土産にいくつか持って帰りたかったのですが、一本しか手に取ることはできず、残念だったのです。


「いやっほう!」


「わお、速いね、どんどん進むね!」


 浮いた状態で、雲の道をどんどん進みます。

 この状態だと我は盾を使えませんし、先頭はミリアに譲って進んでいます。


「前方の分岐を左折すると、フラッフィコボルトが三体おるのじゃ」


「曲がったらほうきから降りて戦おう」


 ミリアが左に曲がり……、あれ? 降りないのですか?


「どうやって止まるんだ?」


「わわっ、ぶつかる!」


 魔物に向かって突進して行くのです。

 このほうき、上げた速度を落とせない仕様のようなのです。


「な、何かボタンがあるのじゃ。とりあえず押すのじゃ。ぽちっと」


「え? ボタン? どれ? あ、これ?」


「押すぞ! そらっ」


 ほうきにはボタンがあり、マオリー、エム、ミリアがそれを押したようなのです。すると、ほうきの先端から風の槍が飛び出し、魔物を貫いて魔石に変えたのです。


「便利なほうきじゃの」


 魔石はほうきの先端に吸い寄せられ、わざわざ拾わなくても入手できたのです。


「でも、どうやって止まるんだよ?」


「飛び降りようとしても、ほうきが足から離れないよ?」


「その辺の雲の壁にでもぶつかってみるかえ?」


「そもそも、壁を自動で避けている感じがするのです。たぶん、ぶつかることはできないのです」


 さっき曲がる際に操作を誤って大回りになって壁にぶつかりそうになったのですが、なぜかうまく曲がれたのです。

 それに、雲の道と道が並走するようになっている場所でも、隣の道に行くことができなかったのです。

 ですから、このほうきは雲の道から外れるようなことには使えないのです。


「どんどん進みましょう♪」


 止まれないので進むしかないのです。

 それから我らは幾たびも分岐を曲がり、魔物を串刺しにし、雲の道を爆走して行きました。


「なんかさあ。もう魔石、揃ったよな?」


「うん。ばっちり揃ったよ」


 フラッフィスライムのコアも、ほうきがあれば一撃だったのです。


「では、どこで降りられるのか、探すしかないのう」


「って、この先は行き止まりなのです。旋回、旋回するのです!」


 これまでは行き止まりでは旋回できたのですが、なぜかここでは直進のまま変更できないのです。


「ぶ、ぶつかる!」


「わー!」


 我らは雲の壁にぶつかり、その中へと放り込まれたのです。


「むぅ。ここはボス部屋なのですか? 大部屋なのです」


「あれは宝箱じゃないのか?」


「白い円環もあるようじゃの。おそらくここはボス部屋で、ボスは討伐済みでまだ再生しておらぬのじゃろうな。宝箱は偶然出現したと考えるべきかのう」


 さっきまで股にくっついていたほうきは消え、我らは足で歩いて宝箱の前に行きます。


「罠はなさそうだ。鍵もかかってないぞ。それっ!」


 ミリアは両手で宝箱のフタを開けました。

 中には、細長い筒のような物が転がっています。


「うむ。それは吹き矢の筒じゃの。飛距離アップ、命中アップ、毒効果アップの効果が付与されておるようじゃ」


「吹き矢なら、ミリアちゃんの物だね」


「よっしゃあ。ハリセンに続き、吹き矢もパワーアップだ!」


 ミリアは最近吹き矢を使っていない気がするのですが、新調を機に使うようになればいいのです。

 我らは白い円環に触れ、異次元迷宮から脱出しました。

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