101話 異次元迷宮フラッフィ・クラウズ 前編
我らは寒い氷河連山から暖かいエルフの里へと転移したのです。
防寒装備を通常の物に換装し、そのままフェルメン湖に向かおうとしたのですが、後ろから追いかけてきたエルフに行き先を尋ねられ、素直に答えたら、ダメだと言って止められたのです。
そいつは頭が固くて聞き分けがなく、我らは長老に直談判することにしたのです。
エルフの奴らにはピオピオに負い目があるのです。それでピオピオを前面に出して長老に掛け合ってみたのですが、やはりダメだったのです。いくらピオピオの頼みだと言っても、頑なに拒否されたのです。
この間の、マナ水を流す工事のときも、我らは森の中を西に進むことを拒まれていました。
エルフはケチなのです。ここから行けばフェルメン湖はすぐなのです。なぜ拒むのか理解に苦しむのです。
「ここからフェルメン湖に行けないのなら、聖クリム神国から行くしかないよね」
「聖クリム神国のう。北端のダウ・ダウの町から聖都ルレミ・ルクに向かう経路で行くしかなさそうじゃのう」
聖クリム神国の内で転移で移動できる場所はダウ・ダウの町だけなのです。
仕方がないので、我らはダウ・ダウの町に転移したのです。
「これは、ミリアの追悼で植えた花なのです」
もう二度とミリアに会うことがないと思って、北門の近くに植えた花なのです。それなのに、ベーグ帝国に行ったらミリアとあっさり再会したのです。
「なんだよ。勝手に人を殺すなよ」
「この町でミリアと別れたことがあるじゃろ? そのときに植えた、いわばミリアの門出を祝う花じゃ」
「ミリアちゃん帝国で仕事をしていたし、きっと出世できたのはこの花のおかげだよ」
「一般兵の中でも、雑用みたいな超底辺だったんだけどな」
「カレア王国を放浪していたときよりは、身分が上だったのです」
当時、ちょーほーいんだかなんだか言っていましたが、ミリアはただぶらぶらしているだけの不埒者だったのです。
「当時も今も、冒険者をしっかりしているだろ」
「その前のこととして、ミリア自身が妾たちと出会う前はぶらぶらしておったと言っておったではないか」
「そうだね! 冒険者をしっかり続けるためにはお金を稼がないといけないよ。今から冒険者ギルドに行って、どこかの異次元迷宮を紹介してもらおうよ」
「どうして、そうなるんだよ」
少々話が飛んだのですが、いつものことなのです。きっとエムの頭の中では冒険者繋がりでガッチリかみ合っているのです。
我らは、防寒装備に大金をつぎ込みました。ここで稼いでおかないと、遠くの聖都ルレミ・ルクまで辿り着けないかもしれないのです。……我は資金がいくらあるのかは把握していないのですが、持ち歩いているエムが足りないと言うのなら足りないのです。
我らはこのまま冒険者ギルドへと向かったのです。
「お前ら、また来たのか。忘れた頃にやって来るよな。はぁ……」
冒険者ギルドに入ると、小娘と目が合ったのです。今、受付はすいていて、奴は暇そうにしていやがるのです。
エムが冒険者カードを提示し、異次元迷宮に行きたいからどこかを紹介しろと言ったら、奴のそれまでのやる気のなさが一変したのです。
「お、なんだ? 称号がついているぞ。ドラゴンスレ……、はあ!? ドラゴンスレイヤーだと!? お前ら、冒険者カードにいたずらすんなよ!」
「いたずらじゃなくて、正式な称号だよ」
「嘘だろ? ドラゴンなんて、Aランク冒険者でも倒せ……、お! お前らCランクに上がっているじゃん。称号の件はもうどうでもいいや。異次元迷宮の紹介だったな。Cランクなら、たまには討伐依頼つきの異次元迷宮でどうだ?」
ごそごそと机の上の紙をめくり、なんとか見つけ出した討伐依頼書。暇にしていたのなら、机の上ぐらい片付けやがれ、なのです。
「討伐依頼? あー。『フラッフィコボルトとフラッフィスライムを、それぞれ十体ずつ討伐し、魔石を納品せよ』かあ。コボルトとスライムの討伐なら私たちでも簡単にできそうな気がするね」
コボルトは二足歩行する犬の魔物で、スライムは液体の塊のような魔物なのです。どちらを食べてもうまくはないのです。とくにスライムはお腹が痛くなりますから食べたらダメなのです。丸々太ったオークならうまいのです。じゅるり。
「当ったりめーだろ。できそうにない依頼を勧める受付があるか! ひえっ、……ありませんよね、はい」
小娘の顔が活きのいいオークに見えてきたのです。食ってもいいですか?
じっと見つめていると、突然おとなしくなったのです。
エムは異次元迷宮の場所を確認してから依頼を受け、我らは冒険者ギルドをあとにしました。
★ ★ ★
ダウ・ダウの町からそう離れていない林の中。
石板の斜め前に木の看板が立てられています。
「看板には、異次元迷宮フラッフィ・クラウズ入り口って書いてあるよ」
「その石板に触れると、異次元迷宮に転送されるのじゃろうな」
「さっさと魔物を蹴散らすのです」
「行きましょう♪」
我らは異次元迷宮フラッフィ・クラウズの入り口にやって来たのです。
一斉に石板に触れ、異次元迷宮の中へと入りました。
ん? 雲海の上なのですか!?
お、落ちるのです!
「うわあ。雲の上にいるみたい。楽しいね、面白いね!」
お、落ちないのですか?
エムは雲の上で飛び跳ねているのです。
でも、我は知っているのです。雲は水蒸気の集まりだということを。我のねぐらは雲よりも高い位置にありますから、よく雲を突き抜けて地上へと飛んで行ったものなのです。もし、雲に乗っかれるのでしたら、頭をぶつけているか、雲をぶち壊しているはずなのです。
それなのに、今、我は雲の上で立っているのです……。
足先でつついても突き抜けることはありません。
「レティ、高所恐怖症か? この地面、弾力があって面白いぞ」
所々隙間から、地上と思われる緑が見えているのです。ですからこれは高所に浮かぶ雲に違いないのです。
「怖い物知らずのレティシアでも、高い所が苦手だったとはの」
「我が高い所を怖がる意味が分からないのです。雲の上に乗って平気でいられる貴様らのほうがおかしいのです」
「そうか? ほら、一緒に弾もうぜ」
「おわっ! おふっ!」
手を繋がれて強制的に跳び上がり、雲の上に着地するたびに嫌な汗をかきます。突き抜けないか心配なのです。
「こういう迷宮なのじゃ。楽しまねば損じゃぞ」
ロリババアも跳ねているのです。
それを見ていたら、心配しているのが馬鹿らしく思えてきたのです。
「探検開始です♪」
雲海のように見えて、雲と雲の間には所々隙間が空いていますから、やはり迷路のようになっているのです。
雲自体が立体的で、高さ方向にも広がりのある迷宮なのです。
「サーチ。……前方やや右にフラッフィユニコーンがおるのじゃが、雲が邪魔で姿が見えぬの」
「うーん。倒しに行こうにも、これじゃあ無理だぞ」
右側にある盛り上がった雲は壁の役割をしているようなので、登ることができません。つまり、このままでは発見した魔物と戦うことができないのです。それでもマオリーの探索魔法は察知しているのです。
「どこかに繋がる道があるのかもしれないね」
「フラッフィユニコーンは依頼に含まれていなかったのです。そんなのは無視すればいいのです」
我らは雲の上を弾みながら進みます。
雲の道はなんとなく右に湾曲していて、おそらく今、右に向かえば、さっきのフラッフィユニコーンを倒すことができるのですが、依頼に含まれない魔物は無視するのです。
「あれれ? 行き止まりかな?」
前方がもくもくとした雲で塞がれています。
「あの雲、傾斜がついているから登れるかもしれないぞ」
「近づいて確認するのがよいじゃろう」
弾みながら前進を続けると、
「わわっ!」
雲の中から魔物が出現したのです。
マオリーの探索魔法には反応しなかった魔物なのです。
「雲の中に隠れておる魔物は探索魔法に反応しないようじゃの」
「迷宮の小部屋みたいなものか」
「とにかく、戦うよ!」
魔物は雲の塊なのですが、その形状はコボルトなのです。
「うむ。フラッフィコボルトじゃの。特技は雲迷彩。はて、聞いたことのない特技じゃのう」
マオリーは魔物を凝視することで識別の魔法を発動させたのです。名前や特技などを知ることができるのですが、聞いたことのない特技を所持していると見抜いても、何の役にも立たないのです。
「ばんばん倒して行こうぜ。依頼の討伐数は十体だからな」
ミリアが率先して前に出てハリセン技で殴りつけます。
それでもフラッフィコボルトは受け止めることも避けることもせず、ゆっくり前進してきます。
「うはっ! すり抜けたぞ!?」
「当たらないの? それなら、これはどうかな? プリムローズ・ブラスト!」
エムのレイピアがフラッフィコボルトに向けられ、その先端から闘気玉が発射されたのです。
「通り抜けちゃったよ!?」
闘気玉は体を突き抜けて向こう側へと飛んで行きました。
「いや、攻撃はきちんと当たっておるようじゃ。が、痛がるそぶりを見せぬゆえ、効果がないよう見えるのじゃ」
言われてみれば、ハリセンや闘気玉が通った部分は雲の密度が減って向こう側が透けて見えているのです。
攻撃を受けても怯まずに接近してくるフラッフィコボルト。
こうなると我の出番なのです。万一攻撃が後ろに抜けることがないよう盾技イージスを発動し、盾の有効範囲を広げてからフラッフィコボルトの至近距離からのこん棒の殴打を受け止めます。
「おふっ」
卑怯なのです。
大きく振りかぶったこん棒攻撃など、目を閉じていても余裕で受け止める自信があったのです。
それなのに、奴の攻撃は我の盾をすり抜け、我の鎧を殴りつけたのです。
胸に受けたあまりの衝撃に、息ができなくなってせき込み、それでも盾役の我が抜かれるとパーティーとして崩れてしまいますから、掴みかかってでも奴の動きを止めようとしたのです。
「掴めないのです!?」
「雲じゃからかのう? これならどうじゃ。立ち塞がる者すべてを薙ぎ払う魔王の刃、メガ・エアスラッシュ!」
ほぼ我と重なっているフラッフィコボルト目掛け、マオリーがかまいたちを発生させました。我は背中から真っ二つに……、
「安心いたせ。妾の魔法は味方には影響はないからの」
「驚かせるな、なのです」
我は二つにはならなかったのですが、フラッフィコボルトは斜めに切り裂かれ、魔石となりました。
「結局、強いのか弱いのかよく分からない魔物だったぞ」
「弱い認識でよいのではないかの。単純に風魔法が弱点だったようじゃしの」
「霧のように細かい粒子が集まった存在ですから、攻撃の効果はその粒子が四散することで現れていました♪ 風魔法の効果が高かったのは、粒子を飛ばす効果が大きいからでしょう♪」
「それなら、我の盾を抜けて我の鎧を殴ったのはどうしてなのですか?」
「それも同様で、魔物は最初からレティさんの胴体を狙っていて、それ以外のものは粒子が分散して避けていたと考えられますよ♪」
「めんどくさい魔物なのです」
「もう、全部マオちゃんに任せようか」
「ミリアも風属性の攻撃を使えたじゃろ? ハリケーンなんちゃらじゃったかの」
「ああ、ハリケーンスマッシュか。心に留めておくよ」
弱い魔物の攻撃をまともに喰らったことが解せないのですが、次からは受けに回る前に早めに倒してもらうことで話は落ち着き、我らは先に進むことにしました。




