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100話 白い毛むくじゃら

「う……、ん?」


「おお、目を覚ましたようじゃな」


 気がつくと、やや暗い土の天井を背景に、マオちゃんの顔が目に入った。

 鼻に届く匂いは乾いた土そのもので、さっきまでの雪の中とは大違い。


「ここは? ……きゃっ、 魔物!」


 至近距離に魔物が!

 あまりの衝撃に横に転がって這いつくばる。

 そして動くことで体中が痛みに襲われた。寒さに凍え、指先や足先に引きちぎられるような痛みを感じたときの、あの痛みと同じ。ここは温かいから、寒さで強張った体が元に戻ろうとして痛みを感じているのかもしれない。

 片目をしかめ、痛みを堪えながら様子を確認する。

 マオちゃんの隣に白い毛むくじゃらの人型の魔物がいるんだよ。横も縦もマオちゃんよりもずいぶん大きい。


「魔物ではないから安心するのじゃ。遭難しておった妾たちを、こやつが助けてくれたのじゃ」


 ま、魔物じゃないの?


「たまたま近くを通りかかったッチ。そしたらなんだか只ならぬ気配を感じて恐る恐る近寄ったッチ。すると突然目の前に、めんこい妖精が助けを求めて飛んできたッチ」


 ピオちゃんが助けを呼びに行ったんだね。


「私はあんな場所で朽ち果てるわけにはいきませんから♪」


 そんな照れ隠しのようなことを言ってはいるけど、みんなのことを大事に思ってくれている証だよ。


「物凄い偶然なのです」


 私が目覚めたのが最後だったみたいで、レティちゃんは私たちが助けられた経緯について知っていた。

 なんでも、毛むくじゃらな人の名前はボーボンさんで、雪原の中、失くしたバッジを探していたとのこと。

 私たちが倒れた場所から少し離れた位置に転送の木があって、いつもボーボンさんはそれを使って村に移動している。村というのは私たちの感覚だと町のことで、そこには多くの毛むくじゃら人が住んでいる。毛むくじゃら人はビッグフットって種族なんだって。

 ボーボンさんは集落の代表として村の寄り合いに参加しているらしい。その代表者を表すバッジをどこかに落としたらしい。


「そっかー。ボーボンさん、助けてくれてありがとう。あのまま吹雪の中にいたら氷漬けになるところだったよ」


 しばらく話し込んでいる間に体の痛みは引いていき、体を動かせるようになった。うつ伏せ状態から体を起こし、土壁にもたれかかるようにして座る。


「氷漬けで済めばよいがの。生きておることに感謝せねばならぬの」


「もう少し遅れたら、足や手の指を切断しないといけなくなっていたかもしれないのです」


 凍傷で指が壊死する? そんなことになるんだ?

 倒れる直前に、マオちゃんがなんとか温かくなる魔法を発動して冷えないようにしたにも関わらず、吹雪はそれを超える寒さで私たちの体を凍らせたみたい。

 そもそも気温の低い雪原で、動いて暑くなったからといって毛皮のコートをはだけるようにして歩いたことで大幅に体力を消耗していて、行き倒れるのは時間の問題だったと、マオちゃんは反省している。


「お礼に、私たちがバッジを探すのを手伝おうよ」


「それは危ないッチ。また遭難するッチ」


 ボーボンさんは大きな手の平を振って否定した。


「そうじゃのう……。ボーボンと一緒に探すのであれば、なんとかならぬかの? 妾が魔法で広範囲を一気に探索するゆえに、単独行動にはならぬからの」


「失くしたのは大事な物なんだろ? マオリーに任せればきっと見つかるって」


「魔法で探せるッチ? そんなことができるなら、ぜひお願いしたいッチ」


 このような経緯で、吹雪が止んだら落としたバッジを探すことになった。ただ、吹雪はまだ止んでいないので、今はこのまま待機。

 ここは洞穴の中で、明かりは雪の上に生えていた草から採れた粉を壁に塗り込むことで得ているらしく、思いのほか明るい。


「人族がこんな奥まで来たのを見たのは初めてだったッチ。草ならもっと手前にもたくさんあるはずッチ。道に迷ったッチ?」


「迷ったというか、北を目指してテキトーに進んでいただけだぞ」


「そうじゃ。妾たちは北の魔族の国を目指しておるのじゃ」


 魔王を倒しに行くんだもんね。魔族の国に行かないと魔王に会うことすらできないよ。


「北の魔族の国ッチ!? それは無謀ッチ。この先は寒さがもっと厳しくなるッチ」


「まじか! 今まで以上に寒くなるのか」


「凍え死ぬのです。ぶるぶる……」


「ジャジャムにはどうしても行かないといけないから、困ったね」


 もっと寒くなるのなら、それに対処できるような魔法をマオちゃんに開発してもらわないといけないね。


「そんなら、海神様に道具を借りればいいッチ」


「海神様? 道具?」


 ボーボンさんの説明では、昔々、この地方を風雪の神様が治めていて、海の上に版図を広げようとした。

 その際、海の神様と喧嘩になって、それでも風雪の神様が優勢だった。

 ある日、その勢力関係がひっくり返った。

 それは海の神様が、冷気を撥ね除ける道具を使うようになったから。

 そして、今日こんにちのように海と氷山との境界ができたんだってさ。


「神様どうしが喧嘩するんだ?」


「伝説上、そう言われているだけッチ。実際のところは単なる力比べじゃないかって噂されているッチ」


 力比べかあ。なんだか楽しそうに争っている姿が頭に浮かんでしまう。


「とにかく今の話だと、陸の者と海の者が争っていたんだろ? 貸してくれと言って貸すような間柄なのか?」


「争っていたのは、とんでもねー昔のことッチ。今は何も争っていないッチ」


「それなら会ってみるのがよいのじゃろうのう。ほかに手立てがないのじゃから」


「会いに行くって言っていますが、どこに行くのですか? マオリーは知っているのですか?」


「さあの」


 名前からするとどこかの海の中。初めて聞いた神様だよ。


「海神様は、東の海の中にいるッチ」


「この寒いのに海に飛び込むなんて、考えたくもないぞ」


「凍え死ぬのです」


「とてもじゃないが、海には入れぬのう」


「おや? こう、毛を逆立てて飛び込むと毛と毛の間に泡がいっぱいできるッチ。寒くないし、それで息を繋ぐこともできるッチ」


「この毛皮のコートじゃあ、そんなことはできないからな」


 ボーボンさんは体毛を逆立ててツンツンにして見せている。

 毛皮のコートでそんなことはできないよ。


「皆さんがシールド魔法を使えれば、何の問題もなく海に飛び込めるのですが♪」


「ピオピオだけが行けばいいのです。我は応援してやるのです」


「そうか、その手があったか!」


「ピオちゃん無双だね!」


「嫌ですよ。これは皆さんの旅なのですから。私はただの監視役です♪」


 何、監視役って。パーティーにそんな役職を設けた覚えはないよ?


「そんなら、ビッグフット族に伝わる話を教えるッチ。海神様の神殿は、南にある広大な湖と繋がっていて、そこから出入りできるッチ」


「南の広大な湖のう……。フェルメン湖のことかの。ほかに広大な湖と呼ぶような湖があるとは聞いたことがないからの」


「フェルメン湖かあ。この間マナ水を流し込んだ湖だよな。で、どうやって海神様に会うんだ? また飛び込めとか言うのか?」


「さあて。言い伝えは以上ッチ」


 この付近の冷たい海に飛び込むよりは、南のフェルメン湖に飛び込むほうがましだよ。

 海神様に会うしか氷河連山を越える手段がないから、もうフェルメン湖に行くしかないねと、みんなの意見が一致した。


 その後もいろいろ話をしながら、ずっと洞穴の中で座って吹雪をやり過ごしていると、入り口のほうから聞こえる風音が徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。


「吹雪が止んだッチ。外に出るッチ。今日の吹雪はこれで終わりッチ」


 ボーボンさんのバッジを探す約束になっているから、みんな洞穴の入り口へと向かう。すると、外に近づくにつれ、足元が白い雪で覆われていた。多くの雪が吹き込んでいたんだね。奥までは届いてなかったから、洞穴って吹雪を凌ぐのに最適だね!

 吹雪には二種類あって、しばらく吹き続けてそれで終わりのものと、吹いたり青空になったりを何度も繰り返すものがある。今回の吹雪は前者だったってボーボンさんは言う。雲を見れば判断できるらしい。


「さて、この辺りから探すとするかのう。サーチ」


 待機している間にバッジの特徴や材質を聞き出していたマオちゃんは、早速探索魔法を発動した。魔物や倒れている冒険者を探すいつもの魔法と同じだよ。あの魔法でバッジも探せるんだね。


「どうなのです? あったのですか?」


「む……。そう簡単に見つかるものでもなかろう」


「つまり、なかったんだな」


 洞穴の前から、転送の木に向かって歩く。

 ここは山間やまあいで、右を見ても左を見ても白い山しかない。そんな白い雪の上に生えているのはマナでできた不思議な木。まるで雪が地面になっているかのように根を下ろしている。


「この辺りでもう一度探索魔法を使うのじゃ。サーチ……」


 このように、探索魔法の有効範囲の端に来るたびに探索魔法を再発動してバッジを探す。今回、移動は休憩を挟みながらゆっくりとしている。みんな、体力の温存が重要だって学んだんだよ。

 それを四回繰り返し、五回目で。


「サーチ……。おお! 反応があったのじゃ。あの丘の近く、大き目の木の根元じゃ」


「あの木の根元ッチ!」


 ボーボンさんは走って先に行ってしまった。私たちはゆっくり後を追う。


「あった、あったッチ!」


 大きな手で雪を掻き出すように掘り、上半身が埋まるぐらいの深さまで堀ったところで、目的のバッジが見つかった。

 堀った穴から出て、バッジを掲げて見せている。

 それはボーボンさんの手の平を模ったような形状。バッジと呼ぶには大きすぎる気がするよ。でも、ボーボンさんの胸に取りつけると違和感はない。


「ボーボンさん、よかったね」


「見つかってよかったのじゃ」


 私たちは、ようやく近くまで歩いて行けた。


「ふっふっふ。今回も我の活躍で悩める者を救うことができたのです」


「レティは何も活躍なんてしていないだろ!」


 容赦のない一撃がレティちゃんの腰を襲った。

 今回もって言っているけど、レティちゃんは前回も何もしていないよね。ごろごろしていただけだったから。二回ともマオちゃんの手柄だよ。


 それから私たちは、ボーボンさんがいつも使っている転送の木の場所まで案内してもらった。

 氷でできた木だね。私には見分けがつかないけど、氷でできた木にはいろいろ種類があるらしい。

 それで、この転送の木には、利用者を奥地にあるビッグフットの村に転送する機能がある。

 いずれ海神様に会って氷河連山に戻ってきたら、私たちは転送の木を使ってビッグフットの村に行く予定なんだよ。氷河連山を歩いて縦断するより断然楽だってボーボンさんが使用することを勧めてくれたからなんだ。歩いて行っても遭難するだけだからぜひ使えと……。次回は楽できそうだね!

おおう。遭難して死にかけた話が100話記念になったのじゃ。不吉よのう。


マオリー、違うのです。死の淵から生還した目出度い話なのです。


なんでもいいじゃん。100話だぜ。もっと祝おうぜ。


わーい、100話だよ、おめでとー!


気を抜いたらダメなのじゃ。まだ魔族の国ジャジャムにすら到達しておらぬのじゃからの。


うん。魔族の国って遠いよね……。でも、もうすぐだよ。


ここまで読んでくれた貴様らには感謝するのです!


おいレティ、もっと丁寧に言えよ。読んでくれてありがとな!


ミリアちゃん、全然丁寧になってないよ。


作者に変わって感謝するのじゃ。ありがとうなのじゃ。

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