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010話 誘拐事件を解決するのです 領主編

 領主館の執務室。

 執務椅子に座り、ワシは町の経営について思いを巡らせる。

 ここ近年、我が町メルトルーでは、税収が減り続けている。

 街道を利用する者が町へ立ち寄る数は減ってはいない。

 しかし、町の人口はやや減少。それに、税収の基盤となっている商人の数が大きく減少している。

 商売をしても儲からないらしい。

 一部の豪商だけが儲かっており、そこに富が集中している。


「今年も、税収はえらく減ったままだ。その税収の大半を占めるはずの商人の数が減り続けて止まらない。困ったものだ……」


 商人の数が減ったのなら、その分、儲かっている商人から税を多くとれば済むように思える。

 ところが、商業税の決定は商業ギルドが管轄しており、領主の一存では決められない。

 一応、取引の多い商人は段階的に税が高くなる仕組みになってはいるが、その上限が低い。それゆえに、商人の数そのものが税収に直結することになっている。


「商人を減らさないよう、いくつか施策を施したが、いずれも効果はなかった」


 ワシは領主として、いろいろ手を打ってきた。商人に税を還付することさえも行った。が、何の効果も得られていない。

 もう既に町の経営が成り立たぬレベルまで、商人の数が減少してしまった。


「先日のジンジャー村襲撃事件のせいで、町民の間では過激な盗賊に対しての不安が広がっており、区画代表者から多くの陳情を受けた。その結果、多くの衛兵を新規に雇うことになった。町民の前で金がないなど言えないからな……」


 ここメルトルーの町では、領主館を中心として八方位に区画を区分して運営しており、それぞれに代表者を置いている。

 通常であれば、飲み屋の多い区画なら酔っぱらいが騒がしい、空き家の多い区画ならネズミをどうにかしてくれ、不倫が発覚した者の住む区画なら不倫者を裁いてくれ、などの他愛もない陳情があげられてくる。

 しかし昨今はどの区画の代表者も一律に「衛兵を増員し、さらに見回り頻度を上げてくれ」との陳情をあげてきている。

 正直言って、衛兵を増員する金銭的余裕はない。それでも貴族として、いや町の領主として、民草には格好良い所を見せないといけない。

 いくつか、使っていない別荘などを売り払い、それを元手として衛兵を増員した。

 もちろん、長期的な維持費のことは先送りであり、具体策は今は考えていない。


「町民の税は去年上げたばかりだ。今でも不満が蔓延した状態のままで、今年再び上げると暴動が起きるかもしれぬ。だから上げるわけにはいかない……。しかし、このままでは町の経営が立ち行かぬ。国に納める税を満額払えずに、そのカタとして、領地の一部が没収されるかもしれない……」


 国に納める税も、満額を支払うには厳しい状況だ。それゆえに、税の代わりとして領地の一部を没収されることは十分にあり得ることだ。そのようなことがあれば、末代まで語り継がれる恥となる。

 なんとしても、国に納める分は確保せねばならぬ。


「そうだ……。金がなければ、金のある所から拝借すればいいのだ」


 名案を思いついた。

 現在、富は一部の豪商に集中しており、そいつらから金を拝借すればいい。


「クーゴ、相談がある」


 執務机の上のベルを鳴らし、執事のクーゴを呼びつけた。

 彼は、前任者が他界し三年ぐらい前に雇った者だが、とても優秀かつ見識が広く、さらに手際がよく、今では何でも彼に任せている。


「ご主人様、いかなるお話でしょう?」


 クーゴはチラリと執務机の上の書類の山を見た。それだけで、彼はこれからどういった方面の話がされるのか見当をつけている。


「他言無用の話だ。実はな……」


 目先の金が必要ゆえの、苦渋の決断だと前置きして、心の内にある計画を話した。

 それは、こうだ。

 ワシが計画したことがバレないよう、慎重かつ内密に、豪商の娘を誘拐し、多額の身代金を要求する。そのすべてを執事のクーゴに任せる。

 もちろん、クーゴが直接動くのではない。彼には伝手があるようで、それを動かすことで、これまでも汚れ仕事をいろいろ「内密に」こなしてきた。


「承知しました。吉報をお待ちくださいませ」


 計画から十日ほどで、誘拐は実行に移された。

 よく晴れた本日、誘拐まではうまくいったとの報告を受けたのだ。

 しかし、多額の身代金を引き出すためには商人をじらす必要がある。

 一晩監禁し、翌日、身代金を要求する段取りになっている。

 もちろん、娘に傷はつけない。そんなことをしたら身代金が受け取れない、あるいは減額になってしまう。身代金は身柄と交換になるからな。


「明日、商人から金をせしめることができるぞ。今夜はいい夢が見られそうだ」


 貧乏が板についてからは、妻は別室で寝ており、ワシは一人寂しく就寝した。


 パシン!


「うはっ! な、ななな、何かが足に当たった?」


 夢、なのか?

 いや、実際に足の裏がじんじんしている。

 やや腰を起こして左右を確認すると。


「何か音楽が流れているのか? ん……。眠くなるような、母に抱かれているような……」


 ゆったりとした低音、それに綺麗な和音の旋律が乗っている。

 ここはやはり、夢の中なのか……。

 有り難い気持ちになって、まぶたが重くなる。


「我はクリム神……。領主ブワデーよ、眠るな! なのです」


「く、クリム神様!? い、いや、女神様のお声だから、女神フレシュ様!」


 突然、女神フレシュ様のお声が届いた。

 なんと有り難いことなんだ。

 今、ワシはフレシュ様に直接お声をかけていただいているのだ。

 驚きのあまり、完全に目が覚めた。


「フレシュ様、今、お声は届いているのですが、お姿が見えません。どちらにおられるのでしょう?」


 フレシュ様に向かって礼拝をしないといけない。しかし、その姿が見えない。どうしたものか。


「我ですか? 我は貴様の心の中にいるのです。だから、貴様の悪事が詳らかに見えているのです」


「おお、どおりで下のほうから響いているのですか。で、あの、その、ワ、ワシの悪事とは一体……」


 これでも領主として長年振る舞ってきた。些細な悪事ならあるかもしれないが、フレシュ様がわざわざお見えになるほどの悪事など、公にはなっていないはずだ。


「とぼけるな、なのです。貴様は、商人の娘を誘拐し、監禁しているのです」


「そ、そ、そ、そ、それは……。フレシュ様はすべてをお見通しですか……。大変申し訳ないことをしました!」


 なんとフレシュ様は、ワシの誘拐計画のことをお見抜きになられていた。

 本件は内密に進めたことだ。誰にも話したことなどない。

 執事クーゴがこれまた密かに適任者を操っており、それさえも知られていないのだ。首謀者が私であることを知る者などクーゴの他には一切いないはずだ。私はあれから追加でクーゴに指示を出したことさえもない。


 やはり、ワシはフレシュ様に心の中を見られているのか……。

 汗が、体の震えが止まらない。


「クリム神が命じるのです。今すぐ娘を解放し、貴様の罪を謝罪するのです」


「はっ、ははーっ。今すぐ娘を解放いたしますー」


「おおっと、ちょっと待った。私もクリム神だ。お前に話がある」


 フレシュ様のご神託に従い、早速娘を解放に向かおうとすると、今度は男神カスタ様からお声をかけていただいた。

 北の山の盗賊団のアジトに衛兵を送り込み、盗賊団を全員捕らえろ、と。

 あの盗賊団は烏合の衆で、取るに足らない集団だ。それがカスタ様に目をつけられるとは、一体、何をしたのだろう?

 まあ、いずれにせよご神託なのだ。一人も逃がさずに捕えて見せよう。

 ああ、今気づいた。

 カスタ様は、ワシが衛兵を増員したことを全知全能のご神力でお知りになっており、それを動かせとのご神託なのだな。


「それでは早速、娘の解放と、謝罪をば……。クーゴ、おい、クーゴ! 今すぐここに!」


 続き間になっている隣の部屋に行き、ベルを鳴らし、さらに声を出して執事のクーゴを呼び出す。

 眠っていたはずだろうに、いつもの紳士然とした身なりで、クーゴはやって来た。


「ワシは、つい先ほどご神託を授かった。一つは、誘拐した娘の即時解放と謝罪。もう一つは、北の山の盗賊団の捕縛だ」


「はい。ご神託をお授かりになられるとは、ご主人様、おめでとうございます。それでは、すぐに手配いたします。祝宴の用意もいたしましょう」


「待て。宴など開かない。準備は無用だ。それと、娘の解放にはワシも同行する。フレシュ様はワシの心の中をお見通しになり、誘拐計画を嘆いておられた。今さらではあるが、やはり、悪いことなど、してはいけなかったのだ」


 それから着替えて数名の従者を連れて屋敷の外に出て、実行に関わっている者と面会して監禁場所に行き、娘を解放した。

 もちろん、夜中であることもあり、商人の屋敷まで馬車で手厚く送り届ける。


「ここが商人メルチェの屋敷か」


 豪華な屋敷だ。儲かっておるのだな……。

 娘の行方が心配だったのだろう、屋敷の中、さらに外に至るまで明かりがついていて、家人は起きていた。


「これはこれは、ブワデー様。夜分遅くにいかがなさい……、おお! エノバ! 帰ってきたのか! 心配していた!」


「お父様!」


 従者が先に馬車から降り、訪問の旨を伝えると、すぐにメルチェが出てきた。ワシが馬車から降りるのとほぼ同時にだ。


「メルチェよ。娘を無事、送り届けたぞ。そして、すまぬ、この通りじゃ」


 メルチェは娘を視界に入れるとすぐに前に出て抱擁した。ワシは一歩下がり、そこで地面に頭を擦りつけて謝罪する。


「ブ、ブワデー様!? どうなされたのですか? 頭をお上げになってください」


「いいや、メルチェ。ワシはお前の娘を誘拐し、身代金をだまし取ろうと計画していた。それを実行に移してしまい、誠にすまぬことをした。どうか赦して欲しい」


「誘拐ですと?」


「そうだ。そして、つい先ほど、ワシにご神託が降りた。クリム神様は、ワシを、ワシらの心の中を見ておられるのじゃ。誘拐計画はすべてお見通しで、すぐに娘を解放し、謝罪せよとのご神託だった」


「ク、クリム神様が、私どもの心の中を!?」


「そうだ。心の中におられて、悪事はすべてお見通しだともおっしゃっておられた。懺悔せよともな」


「なんと! 悪事はすべてお見通し……。ああ、クリム神様。これまでに私は多くの過ちを重ねてまいりましたこと、告白いたします」


 メルチェは娘を従者に任せると、その場で両膝を地面につき、両手を組み合わせて月を見上げ、懺悔を始めた。


「私は、この町にいる商人たちの商売の邪魔をして、利益を独占できるよう多くの画策をしてまいりました」


 利益を独占しようとするのは、何もメルチェだけのことではあるまい。


「競合の商人が得意とする商材を生産者から高値で買い占め。安く販売する。これを繰り返し、また、他の商人にも手を広げて客足を私の店に集中させるよう、仕向けてまいりました」


「ん? 取り込み中悪いが、それは悪事ではなく、お前の店が損をしているだけではないのか?」


 顔を上げ、メルチェのほうを見る。

 腑に落ちず、つい口を挟んでしまった。


「はい。一定の損はしますが、競合が干からびるまでの間の期間限定販売ですから大きな損にはなりません。結果として、客寄せの効果があります。そして長い目で見ると大きな儲けに繋がっているのです」


「そういうものか……」


 最初は小さな商人から排除し、徐々に大物を潰していったと。

 メルトルーの町の商人が減少し続けていたこと、それにより財政がひっ迫していたのは、すべてこのメルチェが原因だったのか。

 ワシは悪人の娘を誘拐した悪人だったのか……。


「競合を廃業に追い込んで独占的に販売できるようになってからは、粗悪品を混ぜ込んでみたり、腐った食材を調理して販売したり……。いろいろ悪事を働きました」


 メルチェは、また月を見上げ、懺悔を始めた。


「クリム神様。今ここですべてを告白したいのですが、そうすると夜が明けてしまいます。今後は、悪しきことから足を洗い、まっとうな商人としてやっていきます。クリム神様、どうか罪深き私を、赦していただけないでしょうか」


「メルチェよ。ワシは領主として、聞き流してはいけないことを聞いてしまった。夜が明けたら、領主館に来てもらえるな?」


「はい。それこそが私の犯した罪の償いとなるのでしょう。娘が攫われたのは、悪事を働いたことの報いなのです。てっきり、廃業した元商人が犯人だと思っていましたが、まさか領主様が……。これも何かの縁なのでしょう。この身をもって、きっちりこれまでの悪事を償います」


 ワシは、ワシ自身を裁く前に、領主としてメルチェを裁かないといけなくなった。メルチェはそれに快く応じ、ワシは馬車に乗って領主館へと戻った。

なっしんぐ☆です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

とくに、ブックマークしていただいた方、本当にありがとうございます。

皆様、今後ともよろしくお願いします。

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