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001話 エムの旅立ち

 私はどこかの建物の中を歩いている。

 暗く、見通しがきかない。


 あれ? 今、前方で何かが動いたかも?


 立ち止まり、目を凝らす。

 暗闇の中にわずかに差し込んでいる光。

 それは黒くて大きな、人のような姿をした異形の塊をかすかに照らす。

 輪郭がぼやけていて、所々向こうが透けて見えている。

 頭がこちらを向いたよ!?

 さらに体の向きを変え、異形の塊がこちらに向かってゆっくり歩いてくる。


 いや! 怖い!


 全身が極度の寒気に襲われ、私は恐怖心でいっぱいになり、その場で動けなくなった。

 異形の塊の手が、私に向かって伸ばされ……。


 助けて――


「はぁ、はぁ……。夢だったの……?」


 パチリと見開いた目には暗い天井が映っている。

 怖い夢を見たよ……。

 右手は、胸元のペンダントを強く握り締めていた。


「まだ夜中だね……。寝直そう」


 虫の音が優しく耳に届いている。

 今はまだ夜中だよ。

 明日は早く起きないといけないから、寝直さないと。

 右手を緩め、目を閉じる。

 それから、ドキドキしている心臓を落ち着かせるため、大きく息を吸い、ゆっくり吐き出す。また怖い夢を見るのは嫌だから、何か楽しいことを無理やり考えながら。


 この間母さんと一緒にパイを作ったときは楽しかったな……。

 どうして苦い味になったのかな?

 きっと、パイがまだ実っていなかったんだよ。熟せば甘く……。

 再び夢のよどみへと落ちていく。


「――ヨ。タスケニ、キタ……」


 ん……?

 今、誰かに声をかけられたような……?

 夢だよね?

 うーん……。また目が覚めちゃったよ。でも、まだ夜中だよ。

 超眠いし……。


「んー……」


 ベッドの上で仰向けのまま頭をやや右に傾け、片目を少しだけ開いてみる。

 目に入ったのは、月明かりが差し込む窓。


 やっぱり、今は夜中。だから誰かが来ることなんてないよ。

 村のみんなも寝ているんだから……。

 きっと声なんて夢の中のこと。気にしないで寝ちゃおう。


 目を閉じ、毛布を顔に引き寄せようとすると……。


 あれ? 何かが引っかかってない?

 お腹のすぐ横の辺りが少し重く感じるよ?


「キキッ。タスケニ、キタ」


 それに、何か声が聞こえたような気がする。


 眠さを堪えて再び片目を開き、引っかかりを感じる辺りを確認すると、そこに見えたのは、膝下ぐらいの背丈の小さな魔物のシルエット。背中に羽が生えている。


「きゃっ、きゃあぁぁぁ!!」


 驚いて悲鳴を上げ、無理やり毛布をかぶり、腕で頭を覆って身を隠す。


 なになになに? どうして魔物が部屋の中に?

 あまりの衝撃で、すっかり目が覚めちゃったよ。

 でも、これは夢……、だよね??


「エム! どうした!?」


「きゃあ! 魔物よ!?」


 父さんと母さんが駆けつけてくれたみたい。

 魔物はベッドから飛び降り、毛布にかかっていた重さはなくなった。


「おい! お前の相手は俺だ。こっちへ来い!」


「キキキッ」


 父さんが魔物を部屋の外へと誘導してくれたようで、バタンと音がして私の部屋の扉は閉じられた。

 そして、ドタン、バタンと争う音が聞こえてくる。

 その物音はだんだん、遠くなっていく。


「ぐわぁ」


「きゃあ!」


 しばらく経って、父さんと母さんの大きな声が聞こえた。

 魔物と戦って怪我をしたのかな?


 毛布の中から頭を出し、周囲を確認する。

 魔物はここにはいない。


 今はもう、争う音は収まっているし、一度、様子を見に行こう。


 ベッドから降り、扉を開くと。


「わっ、明るい。どうして!?」


 その先では、オレンジ色の明かりが揺らめいていた。

 私は急いで部屋から出る。


「父さん!? 母さん!?」


 目に入ったのは、血まみれになって倒れている、父さんと母さんの姿。

 その周辺では炎が上がり、家が燃えているよ!?


「キキッ。ハイジョ、シタ……」


 父さんと母さんの傍に立っている魔物は私に気づき、こちらに顔を向けた。


 私の全身を貫く恐怖感。

 悲しさと恐怖で胸がいっぱいになり、頭の中が真っ白に――。


「プリムローズ・ブラスト!」


 無意識に魔物に向けられた手の平。

 輝きを伴い、そこから発せられた光の玉が、真っ直ぐに魔物に向かって行く。


「ギョエエェェ!」


 直撃にはならなかった。

 でも、痛手を負わせたようで、魔物はどこかへと逃げ去った。


「父さん! 母さん!」


 二人の傍へと駆け寄り、しゃがみこむ。


「エム……。今の技は……、勇者の、技……」


 たくさん血を流し、わずかに残っている力を振り絞って話しているように見えるよ……。


「待ってて! すぐに村の誰かを呼んでくるから!」


「勇者の、力に、覚醒、した、の、ね……」


 母さんは、それだけ話すと、力なさげに床へと顔をつけた。


「どうした! 何があった!?」

「火事だ! 誰か、水を!」

「突入するぞ!」


 私が呼びに行くまでもなく、異変に気づいた近所の人が駆けつけてくれた。

 力任せに扉を叩き、返事を待ちきれずに無理やり扉を壊して、何人か、家の中に入ってくる。

 それで私は安心し、力が抜けていく感覚に襲われ、記憶はここで途絶えた――



 あの痛ましい出来事から数年。

 父さんの顔や腕には火傷の痕、母さんの背中にはツメで引っ掻いたような傷痕が今でも残っている。

 私たち一家は、炎の中、近所の人に助け出され、一命をとりとめることができた。

 焼け落ちた家は、村のみんなの力で新しい家に建て直され、生活ができるようになった。少し狭くはなったのはご愛敬。

 生活できるようになったとはいっても、私の大事な両親に深い傷を負わせ、家まで焼いた魔物を私は許せない。


「父さん、母さん。これまで面倒を見てくれてありがとう。私は旅に出ることにしたよ」


 この手で両親の仇を討つんだ。仕返しなんて生ぬるいものじゃない。だって、大切な人を傷つけられ、日常を奪われたんだよ?

 二度と同じことが起きないよう、その根源を絶つんだ。

 そしてもう、それができる年齢になった。

 だから、独り立ちする決心をした。


「エム。あなたのその勇者としての心掛けは立派よ。でも、いつまでもここに居ていいのよ」


「うん、ありがとう。もっと母さんの優しさに甘えていたい気持ちもあるんだよ。でもね、これからも父さんや母さんみたいに酷い目に遭う人がでるかと思うと、ここでじっとしていてはいけないと思うの」


 私は小さい頃に母さんから譲り受けた大事な赤いペンダントを握り締め、母さんの目を見据える。


 このペンダントは、私が生まれたときに握っていた物なんだ。

 私だけが触れることのできる、本当に不思議なペンダント。

 身につけていると安心感のようなものに全身が包まれて心地良く、いつも首元にぶら下げていて、寝るときも、つけたままなんだよ。


「魔族の国に行くのね? 魔族は人族と敵対しているから、本当に危険よ。それでも行くのね?」


 あの出来事の晩、私は勇者の力を覚醒させたみたいなの。

 母さんは勇者の末裔で、勇者の力に覚醒した私こそが、現代の勇者なんだって。

 それで、勇者は北に棲む魔王を倒すことが使命らしいの。そのように伝承されている。母さんは伝承に従うことなんてない、そう考えていて、あれ以来ほとんど勇者についての話はしてくれなかった。


「うん。行かないといけない。そう強く思うの。だって、魔王は父さんと母さんを傷つけた張本人だよ。私がやらないで、誰がやるの」


 あの出来事の数日後、近くの町の冒険者ギルドから調査員が来て、いろいろ調査していた。

 私もいくつか質問されて、両親を傷つけた魔物はその特徴から、魔族が使役している使い魔に違いないと知らされたの。しかもそれなりの戦闘能力を持っていると推測されるので、ある程度高い地位にある者の使い魔だろうって。魔王の使い魔に違いないよ!


「そうか。あのとき、俺は魔物の相手にすらなれなかったが、エムならやれる。俺は信じる。思う存分、戦ってこい!」


 本当は父さんも勇者の使命には消極的。だって、勇者の力に覚醒した人なんて、母さんの記憶の限り先祖に遡ってもいないんだから。それでも本心を隠して背中を押してくれた。とても優しいよ……。


「一人だけでは危ないわ。町に行って、仲間を見つけなさい。共に戦う仲間を」


「うん。冒険者ギルドに行って、仲間を探すよ」


 今年、ちょうど冒険者として登録できる年齢になった。だから、冒険者ギルドで仲間を募って、魔族の国に乗り込もうと思うの。

 調査員には冒険者についていろいろ尋ねておいたし、このやり方で問題ないはずなんだよ。調査員も、一人で魔族の国に行くのは危険だって言ってたからね。



 次の日。

 私は村のみんなに旅立ちの挨拶をし、生まれ育った村を出た。

 道を北へと進み、近くの町ベリポークを訪れる。


「ここが冒険者ギルドかな?」


 町に入ってすぐの所にある、大きな建物。

 看板を確認し、扉を開けて中に入る。


「あれれ? 思っていたよりも閑散としているよ?」


 荒くれ者がいるだとか、目つきの悪い者が睨んでくるだとか聞いていたのに、それらしい人が誰もいないよ?


「あら? 初めて冒険者ギルドにお越しになられたのですか?」


 キョロキョロしていたら、近くの掲示板の前で何か仕事をしている事務員が声をかけてくれた。


「うん。冒険者になろうと思ってここに来たんだよ。でも、誰もいないね?」


「そうですか。この時間帯は、皆さん外で依頼をこなしていますから、ここにはいないんですよ。えっと、冒険者としての登録をされるのですね? では、手続きをしましょう。あちらの受付カウンターへどうぞ」


 私がうなずくと、事務員はカウンターの向こう側に行き、「私は受付担当のアメリアと申します」って言ったから、私も「私はエムだよ」って名乗ったら、


「名前は、こちらに記入してくださいね。代筆も承っておりますから、遠慮なく申し出てください」


 と、受付用紙を差し出してきた。

 名前などを記入し、受付用紙をアメリアさんに渡すと、冒険者ギルドの仕組みを説明してもらえたんだ。

 ざっくりまとめると、掲示板に張り出してある依頼を受けて、冒険者ランクなるものを上げて欲しいって内容だった。

 私は魔王を倒しに行くから、冒険者の仕組みってあまり興味がなかったんだけど、


「ほとんどの依頼は、一人でこなすことは難しい内容となっております。今はありませんが、今後、掲示板に仲間の募集が張り出されましたら、ぜひご加入を検討してください」


 こんな感じに、最も欲しい情報を教えてくれたんだ。


「次は、いつ張り出されるの?」


「募集は、どこかの冒険者パーティーで欠員ができたときか、増員が必要なとき、あるいは新規結成のときに行われるのがほとんどですから、次がいつになるのかは、分かりませんね」


「そうなんだー。ん? 新規結成? 私が新しく冒険者パーティーを作っちゃえばいいってことかな?」


「それはもちろん間違いではありませんが、エムさんには実績がありませんので、希望の仲間を集めることは難しいかと……」


 新規結成する人って、友人などで最初から仲間が数人決まっているか、所属先が解散して実績のある人が行うことなんだって。

 冒険者ランクが最低のFの私がゼロから仲間を募っても、通常であれば誰も来ないらしい。


「大丈夫だよ。人族の敵を倒しに行くんだから、きっと集まるよ」


「そうですか、人族の敵ですか……」


 アメリアさんはためらうようにあごに手を当て、首を傾げてから募集用紙を渡してくれた。

 私はすぐに必要事項を書き込んで返すと、アメリアさんは目を丸くしながらも、掲示板に張り出してくれた。

 その際、とっても不自然な笑みをしていたよ。どこか書き間違えていたのかな?


「本日は、こちらに掲示してあります常設の薬草採取の依頼をこなされるのはいかがでしょう?」


 常設依頼は、とくに手続きをしなくても受けられる依頼。

 報酬は安い。それでも薬草採取は一人でもできる仕事なんだって。


「そうだね。ここで待っていても、しょうがないよね。薬草採取に行ってくるね」


 説明の最中に渡された冒険者カードって物を魔法収納にしまい、冒険者ギルドを後にした。



 三日後。

 いつものように薬草を採取して冒険者ギルドを訪れると、受付のアメリアさんがうれしい知らせを届けてくれた。


「エムさんの仲間募集に応募された方がいます。あちらのテーブルでお待ちになっていただいておりますので、お会いになってください」


 右後方のロビーに顔を向けると、アメリアさんが言うように、女の子が丸テーブルに備えてある椅子に座って待っている。


「ありがとう。早速会いに行くね」


「はぁ。あの募集内容で、よく応募がありましたね。まさか本物の勇者でしょうか……」


 会話の途中で受付から離れ、女の子が待つテーブルへと向かう。


「どもー。初めまして。加入申請をしてくれてありがとう。私はエムだよ」


「うむ。わらわは魔王なのじゃ」


 募集要項には「魔王を倒す仲間を募集」って書いたから、目的は理解しているはずだよね?

 それでも自己紹介で魔王だって言うなんて、ふざけているのかな?

 名前を再確認しなきゃね。


「魔王を倒すのは旅の目的だよ。君の名前は?」


「おおう、そうじゃった。妾はマオリーじゃ」


「マオちゃん、よろしくね」


 軽くお辞儀をしてから握手する。


「おお!? お主、そのペンダントは?」


「これ? これはね、母さんにもらった大切な物だよ」


 マオちゃんは私の胸元のペンダントを凝視している。

 アクセサリーに興味があるんだね。

 でも、これは飾るために身に着けているんじゃないんだよ。

 生まれたときに握っていた物なんだよね。でも、そんなことを言っても普通信じてもらえないよね。

 母さんにもらったのは本当のことだし、嘘は言ってないよ。


「そうか。そうじゃの。たしかにオーラみたいなものは一切感じられぬから、妾の勘違いかもしれぬの……。見た目はそっくりなのじゃが……。ブツブツ……」


 握手する際に立ったのに、また座り込んで考えにふけるマオちゃん。

 顔合わせが終わったから、明日改めて集合って話で締めくくったのに、マオちゃん全然聞いてなかったよ。


「……はっ。今、何か言ったかの?」


 マオちゃんが妄想から戻ってきて、立ち上がった。


「今日はもう遅いし、活動は明日からだね」


 大事なことなので、もう一度言ったよ。


「では、お主の宿で一休みするとするかの」


 パーティーの仲間だから同じ宿屋に泊まるのは当然のことだよね。

 で、宿屋に行くと。


「お主の部屋に、早く案内するのじゃ」


「先に、マオちゃんの部屋の手続きをするほうがいいと思うよ?」


 私の部屋で遊んでいるうちに満室になったら目も当てられないよね。


「この宿は一室銀貨八枚と掲示してあるのじゃ。ルームチャージの宿じゃから、お主の部屋に泊まればよかろう?」


「ええ~?」


 マオちゃんにはお金の持ち合わせがなく、結局、夕食を含め、今日は私がすべて支払うことになっちゃった……。

 夕食は新しい仲間の歓迎会になるから、リーダーである私が支払うべきだと。

 そーなんだ?

なっしんぐ☆です。

第一話、お読みいただきありがとうございます。

ファンタジー色の濃い物語になるよう頑張りますので、最後までお読みいただければ幸いです。

※なろうリニューアルに伴い、行間設定をどこですればいいのか分からなくなりました。発見できましたら少々行間を狭くする予定です。

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