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好きになったのは、空に一番近い塔の猫  作者: アレクサンドラ・シュロート


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4/21

4*うわさ話と再会

 ――昔、この国のお姫さまが年頃になって縁談が決まった。けれど、その縁談相手が遠い国のとんでもない『好色じじい』だったから、姫さまは嫌で嫌でたまらなかったそうだ。

「国のために」と我慢していたが、輿入れ直前になって姫さまは兄王子に本音を漏らしてしまった。そしたらよー、兄王子も妹姫の縁談が不満だったらしく、身代わりを立てたらしい。

 身代わりにされた娘のほうは、たまったものじゃない。有無をいわさず国から送り出されて、思いつめた娘は花嫁行列の途中で首を吊ったらしい。その場所が、あの森の中というわけさ。

 あの森には身代わり娘の恨みつらみが残っていて、通り抜けようとする人が自分を縁談相手の国に連れていくんじゃないかと思って、邪魔をする。そういうわけで、あの森を抜けるのは至難の業なのさ。


 ――ああ、お前さんのは、そっちの話ね。俺が知っているのは、兄王子が魔法使いに命じて、姫さんを殺してしまうほうさ。花嫁死亡ということにして、縁談消滅を狙ったんだ。

 もちろん姫さんは死んでいない。でも、死んだことになっているから、大っぴらに表は歩けない。こっそり森に隠れているんだ。それで森に入ると出られない。姫さんの秘密を洩らすわけにはいかないから、姫さんのそばで魔法使いが目を光らせているんだ。


 ――あれ? 魔法使いが姫さまを鳥にしたっていうのは、違う国の話だったのかなぁ~?

 例の結婚相手が輿入れした花嫁に対面したら、人間の姫でなくて鳥かごに美しい鳥が一羽いた。輿入れのお付きの面々は口をそろえて「姫さまでございます」なんていうから、結婚相手は気味悪がって花嫁一行を追い返したそうだ。それ以来、ここにはキチガイが住んでいることになっている。

 本当に魔法使いが姫さまを鳥にしたのかどうかは怪しいが、召使いは鳥を姫だと信じ込んでいたらしい。うっかり鳥へ触れようとするものなら、「無礼者」といって切りつけたそうだぜ。


 ――どの話にしてもよ、最後には、この国は縁談相手の国に滅ぼされるんだ。そんな小さな国の分際で、よくぞ我が国を謀ったな! ってね。

 え? この国はなくなっていないじゃないかって?

 正確には、縁談国によって姫さんの王家一族は皆殺しになって、そのあと空っぽになった王宮に征服した国の親戚筋が派遣されたんだ。それが今の王家。それからはずっと、平和なものだよ。



 旅人の前で、好き勝手に都人はいう。結末は少々血生臭いが、どれもおとぎ話の域を出ていない。魔法使いなんてその極みだ。

 実際にその森を抜けて都へやってきた旅人としては、笑いがこみあげてくる。今ここで、あの迷いの森の高い塔のことを話したら、この手の噂話がまたひとつ増えそうだ。


「ということだ。にいさん、気をつけていけよ」

 さんざん面白おかしく噂話で盛り上がったあと、旅人は一般的な警告をもらう。

 ここで、あれ? と旅人は思う。

 警告する都人に、宿屋の主人ほどの深刻さがない。それは旅人が一度森を抜けてきたからだろう。これから旅人は来た道を帰るだけなのだから。


「じゃあ、帰り道で身代わり娘に会ったら、もうその縁談相手はとっくの昔に死んだと説明しよう。隠れて住んでいる姫さまも、同じだな。鳥の姫さまには、何か献上してこの先の旅の安全を祈願しよう」

 旅人のほうも軽口をたたいて、都人に合わせた。食事を終えると旅人は、さっそうと城壁をくぐったのだった。


 空は青く、木々の緑が濃い。今日も良い天気である。爽やかな風が吹いて、往きと同じ姿の“迷いの森”が城壁門の外に広がっている。

 目印の赤いリボンはきちんと残っていて、旅人の道案内をする。一度歩んだ道であれば、まだまだ旅人が踏んだ下草の跡が残っていた。あっさりと旅人はあのライナルトの住む高い塔までたどり着いたのだった。




 †††




 森に入る前は快晴であったが、塔にたどり着いたころには空に雲がかかっていた。

 はじめて訪れたときとおなじように、塔には施錠されていない入り口ドアがある。扉を飾るサファードも同じ。扉を開ければ、天候のせいで時間の割には暗い内部だ。

 これだけみればあまりいい感じがしなくて、わざわざ塔に踏み入れる人はいないだろう。

 しかし旅人は違う。この塔へは二回目の訪問で、すっかり知り合いになった人の住居である。疑わしいものは何もない。

 丁寧に扉を閉めて、旅人は踏板しかない階段を上って行った。


「ああ、よくきたね。再び会えてうれしいよ」

 塔のてっぺんで天文学者の部屋をノックすれば、両腕を広げたライナルトに出迎えられた。しかし、猫の姿は見当たらない。

「もう少し先になると思っていたんだけど……もしかしたら旅路を急ぐのかい?」

 旅人を部屋中央のソファセットへ誘導しながら、ライナルトが訊く。

「いえ、特に期限は切られていませんので。といっても、あまり帰国が遅いと叱られますので……」


 旅人は“迷いの森”に入る前の宿屋の主人のことを思い出した。自分が森に入って二週間したら、捜索隊を出してほしいと約束してあった。

 これを考えると帰国のこととは別にして、無条件に長居はできない。ライナルトにだって天体観測の都合があれば、仕事の邪魔をしてはいけない。


「……でも二日ぐらいなら、問題ないでしょう」

 と、旅人は自主的に期限を設けた。

「それと、こちらをどうぞ。都でのお土産です」


 旅人は鞄から数冊の本を出した。都で売られていた旅行関係の本で、これには地図が載っている。

 ずっと森の中に住んでいるライナルトは、旅人に外世界のことを熱心に質問した。なんとなく近いうちに今の仕事が終了となって、ここを離れるのではと旅人は思ったのだ。それゆえに、ガイドブックが役に立つだろうと結論付いたのである。


「こちらは魚の干物。偶然、臨海国の行商人と鉢合わせできて手に入りました。珍味かと。あとこれは、クリスティーネさんに」

 干物は単純にライナルトの食事にバリエーションをつけてあげたかったから。自分がここで食した分の埋め合わせでもあるが、どうせなら違った味が楽しいだろう。


 猫には、リボンだ。

 シルバーグレイの毛並みなら、赤いリボンが似合うと思うのだが、如何せん、それは森の中に付けてきた道しるべのリボンと同じ色になる。

 クリスティーネという名前、手入れされた美しい毛並み、品格漂うこの猫には、それに似合うものを贈りたい。何軒か店屋をめぐって旅人が手に入れたのは、細かいピコットレースで縁取りされた青色のリボンである。


「こんなにたくさん、ありがとう。クリスティーネ、お前にもプレゼントだよ」

 ライナルトの呼びかけに、「にゃあ」と猫が答えた。

 今までずっと猫の姿はなかったのだが、なんとクリスティーネはライナルトの座るソファの後ろ側にいた。呼ばれたクリスティーネは軽やかにソファの上に飛び乗って、すとんとライナルトの膝の上に収まった。


 自分に貢物があるとわかるのだろうか?

 胡散臭そうに旅人の顔をみるが、前回ほどの敵意はない。認められているとは思えないが、警戒を少し解いていた。

「ほら、青いリボンだよ。お前のシルバーグレイの毛によく似合う。深窓の令嬢みたいだ」


 深窓の令嬢――深い森の奥で、誰に知られることなく大事に飼われている猫は、まさにそう。

 うまいこというなと、旅人は思う。


 クリスティーネは背筋を伸ばし、大人しく首にリボンをつけられるのを待っていた。

 丁寧な手つきでライナルトがつけてやると、クリスティーネは彼の胸元に頭を擦り付ける。ゴロゴロと喉を鳴らし、ひととおり甘えたら、前と同じように優雅にしっぽを振って去っていった。




 都のこと、天文学のこと、望遠鏡の使い方などを、旅人と天文学者が話しているうちに、すっかり時間が経っていた。ふとみれば、窓外に闇色が迫っていた。

 夕暮れの時間かと思ったが、懐中時計をみると違う。まだ日没には早い。これは曇り空のせいであった。

 そんなことに気がついたら、ぽつぽつと雨が降ってきた。


「雲行きが怪しいと思っていたけど、やっぱり降ってきたな」

 予想どおりだと、ライナルトはいう。雨はしっかりとしたもので、やがて窓ガラスをたたく音が小さくきこえてきた。

「これでは今晩の観測はできない。だけど、もう少し話をすることができる。お付き合いいただけるかな?」

「ええ、喜んで。僕のほうも雨の夜の中をいく趣味はありませんし、急ぐ旅ではありませんから」

 そうして、ふたりの歓談が続く。

 旅人が観測室の客間に入室したのは、深夜も過ぎた頃であった。



 都から森を分け入りここまで上ってくるという旅の疲れもある。都でのイータリーでは子供騙しのような昔話をきかされて、ライナルトとは知的好奇心を刺激する会話を交わす。一日のうちに、たくさんのことを旅人は体験した。

 そう、旅人は肉体的にも精神的にもすっかり疲れてしまった。だから、ベッドに入るとすぐに、深い深い眠りに落ちたのだった。

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