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好きになったのは、空に一番近い塔の猫  作者: アレクサンドラ・シュロート


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21/21

21*魔法と約束

 継承の際にはいろいろあったが、最終的にはアルヴィンは三代目公爵に収まった。下級貴族の変わり者令息が、大出世したのである。

 アルヴィンが公爵になった際に、幼なじみの旅人も従者として一緒に公爵家に移動した。ここでライナルトという名前をもらう。こんなアルヴィンのセリフとともに。


 ――僕のような()()()()()が公爵なんて、なんか理由(わけ)があると思ったら、初代公爵の初恋の人の極秘調査がついていた。

 ――まぁ、どうあがいても公爵になんかなれない下級令息を拾ってくれた恩だ、その調査を引き続き行おうと思う。

 ――そういうことで、おまえ、改名しろ。行方不明のクリスティーネの兄の「ライナルト」に。自分と同じ名前の王子を探すなんて、なかなか面白いことだと思わないか?


 なんとも理解しがたい理論で、アルヴィンの幼なじみはこの日から「ライナルト」になったのである。

 十五年呼ばれていた名を捨てて、ライナルトになったときは変な感じがした。

 でも「誰の調査をしているんだった?」と迷いが出たときに、新しいこの名前に触れることで、「ああそうだった、クリスティーネとライナルトを探していたんだった」とすんなり我に戻れた。もしかしたら、主はこれを狙っていたのかもしれない。



 潮風に吹かれながら、そんな昔のことを旅人は思い出す。

 ライナルトと名乗って約七年、あれだけ王族に「ライナルト」はたくさんいるのに、旅の途中でひとりも「ライナルト」には会わなかった。王家に人気のある名前というのは、庶民が自分の子供に付けるには畏れ多いのだろう。

 だから、”迷いの森”で()()()()()()()()()()()に出会ったのは、衝撃的であった。


 王族以外の「ライナルト」の存在に驚きもすれば、その彼が飼っている猫の名前が「クリスティーネ」という。自然科学の摂理の中でアルヴィンとともに生きていた旅人は、よくできた偶然だと感心した。

 だってそうだろう、”迷いの森”という胡散臭い臭いがプンプンする舞台で、自分が調査している過去の王族と同じ名前を持つ人間と猫が住んでるなんて。

 しかもあの塔は、森の奥深いところに建っていて人を寄せつかない。まるで、隠れて住んでいるかのようだ。


 どれだけ怪しい人物かと疑い、でも興味もあればそのライナルトと話をする。

 客人を迎えるライナルトは、高い知識を有する人物であった。天文学者だということにも納得がいく。その彼との対話は、主アルヴィンの講義を受けていた少年時代を思い出させた。

 世俗から離れた森の奥で、知識人と純粋に科学知識だけの世界に浸り、議論を交わす――ライナルトの見識は深く、討論はひどく盛り上がった。「クリスティーネとライナルト」を探す旅に出て、はじめて出会った愉快な時間だった。

 だから旅人は暇乞いをタイミングを逃し、宿を借りることになったのだ。


 そして、猫がいた。クリスティーネというから雌猫とわかる。

 彼女の人見知りする様は、珍しくない。飼い主にしか懐かない愛玩動物はごまんといる。そんな猫クリスティーネだが、飼い主に似てとても気品のある猫であった。その高貴な雰囲気に、旅人は魅了されたといっても過言ではない、勝手に彼女に土産物を用意してしまったのだから。


 ある晩に、その猫が、魔法が解けて美しい女性となった。毛並みと同じ銀色の髪をした、青い瞳の美女となったのだ。

 彼女はいう、父が決めた政略結婚から逃れるために、兄にお願いして猫になる魔法をかけてもらったのと。


 その兄のライナルトとは、科学技術の会話を楽しんだ。なのに妹は、魔法などと兄の科学を真っ向から否定するようなことを口にする。

 ライナルトが寝込んで、雨にも降られて、ふたりで家のことを行っているときであった。人間のクリスティーネは、ますます旅人を驚愕させるようなことを告げていく。

 そう、その内容は初代公爵の不幸な結婚の裏側をなぞっているかのようだった。


 旅人は、魔法なんて信じちゃいない。いま港で船の準備ができるのを待つ間も、その信念に変わりはない。主アルヴィンだって、同じである。

 でもあの雨の”迷いの森”で、現実世界から切り離されたような塔の中では、魔法を否定するのは難しかった。否定すれば、クリスティーネの話が続かないのだ。だから、一時の仮定として魔法の存在を認めた。

 しかし、魔法を認めながらも、もう明後日にも救援隊が出されるという現実もあった。ライナルトだって、瀕死に陥ったままで回復しそうにない。魔法がこの塔の中で君臨していても、その魔法にほころびもあるのだ。

 細かい追及はあとにして、旅人は人命救助を優先した。



 旅人は目深に帽子をかぶり直して、うたた寝をするふりをした。帽子の裏で瞼を閉じて、”迷いの森”のことを回想する。いろいろな出来事があったが最後にいきつくのは、決まってあの雨の朝の出発のことである。


 ――ひとつだけ、願いを叶えてくれる? 私、好きな人とキスをしたいの。

 突然抱きついて、そういったクリスティーネの瞳は真剣そのものだった。猫とはうまく心をつかむことができたと思っていたが、まさかクリスティーネにまで及んでいたとは!


 ――ちょっと、待って! 僕なんかでいいの?

 ――私のこと、嫌い?

 ――え、いや、そうじゃなくて……

 ――そうじゃないのなら、なに?

 ――いや、お姫さまの相手が僕なんかでいいのかなって……


 そうなればいいなと思っていたところに、その願望が形となった。今となっては、僕のどこがよかったのか、謎である。

 でもあのときは、単純にクリスティーネに求められることが、とても嬉しかった。


 ――私、もう王女じゃないわ。

 ――え、そうなの? いやいや、そうじゃないだろ!

 ――でも、王女クリスティーネは輿入れの途中で行方不明になったわ。ここにいるのは、ただのクリスティーネよ。


 年代とか、地理的条件とか、細かいことを突き詰めていけば、クリスティーネが旅人の調査しているクリスティーネの可能性はない。

 でも『ただのクリスティーネ』なんていわれると、目の前にいるクリスティーネは自分が探し求めていた公爵の花嫁のクリスティーネなのかもしれない。


 目を閉じていれば、自分のことを好きだといったクリスティーネのセリフが何度も甦る。いまでも塔の最下層で抱きしめた彼女の温もりや体の柔らかさ、すべすべした頬に煌めく銀の髪と、どれも鮮明に思い出せる。

 しかし現実は、塔から一歩外に出た途端、あの場所へは戻れなくなった。クリスティーネとは出発直前にふざけたキスをして、それきりになってしまったのだ!

 魔法なんて信じていなかった。でも、魔法を肯定しないとクリスティーネは存在しないし、肯定すればもう二度と彼女に会えないという現実が存在することになる。


「…………」


 不意に足元で奇妙な感覚を得る。何かがいると思ったら、焦げ茶色の瘦せた猫がいた。猫は組んだ足の靴先に頭を擦り付けたり、離れたり、匂いを嗅いだりしている。

 この茶色の猫は、首輪もなければ毛艶も良いとはいいがたい。間違いなく野良猫だ。

 ここは港で、多くの人が行き来する。その中で、面白がって猫に餌をやる人がいるのだろう。こうやって愛想を振り撒けば、そのご褒美に与れるというものだ。野良猫の生存戦略である。


「悪いな、もう全部食べてしまった」


 そう旅人が詫びると、猫は意味がわかるのか、ふんという顔をみせてとっとと去っていく。待合室の反対側の親子連れのところまでいけば、旅人にしたのと同じような仕草をする。

 到底きれいとはいいがたい猫であったが、子供には関係ないらしい。母親から許可をもらうと、子供は手持ちのパニーニからハムを小さく引きちぎって猫に放り与えた。しっぽを振って猫はハムにがっついた。

 しばらくして案内係の声が大きく響いた。

「お待たせしました! ……方面の船の乗船を開始します!」

 自分の乗る船の準備ができた。旅人は立ち上がった。



 †††



 とある国の森の中に高い高い塔が一本建っていて、そこにはお姫さまがひっそりと住んでいるという。

 それは、おとぎ話のことなんだと、無条件に信じ込んでいた。

 そして、よくある童話であれば、きっとその姫さまはいわれなき罪で幽閉されている。 

 さらに、よくある展開であれば、そばを通りかかった王子によって姫さまは助け出される。

 ついでに王子は姫さまを閉じ込めた悪人を成敗して、ああ、めでたしめでたしという流れ。

 お約束である。


 お約束とはいうものの、何にでも例外がつきものだ。

 姫さまはいわれなき罪で幽閉されているのではなくて、自ら隠れていたかもしれない。

 王子がそばを通りかかっても、彼は姫のことなど気がつかないかもしれない。

 姫の存在に気がつかなければ、成敗される悪人もいないし、王子は王子で目的を達成できず永遠に諸国をさ迷っているかもしれない。

 めでたしめでたしという流れにはたどり着かないこともあるようで…………

 約束が、絶対に守られることはないのだ。



 旅人の耳にクリスティーネのセリフがこだまする。


 ――すぐに戻るよ。

 ――ええ、期待して待っているわ。


 守ることができなかった約束が、旅人の心に棘を刺す。


 ――私は大丈夫。お兄さまと一緒にここで待っているわ。


 もう一度、”迷いの森”へいけば、今度こそライナルトの塔を見つけることができるだろうか?

 あの塔が見つかれば、ライナルトとクリスティーネに会うことができるのだろうか?


 魔法はきっとライナルトの死とともに解けた。ライナルトの魔法が解けてしまえば、あの森の中の高い塔は消える。バックパックの荷物と同じように。

 後日、何度探したって見つからないのは、きっとそれに違いない。

 魔法によって自分たちの生命も迷いの森に繋ぎ止められていたことを、クリスティーネは知っていたのかもしれない。だから……


 ――ひとつだけ、願いを叶えてくれる?

 ――え?

 ――私、好きな人とキスをしたいの。


 だから、今生の願いとしてクリスティーネはキスをねだったのかもしれない。

 そして、自分たち兄妹が消えるときがきたと知っていて、それを微塵も感じさせないようにクリスティーネは振る舞って、旅人の自分のことを送り出したに違いない。

 魔法と現実の狭間で矛盾が生じれば、その先に何が起こるのか?

 それは、誰にもわからない。ただひとえに、その厄介ごとに旅人を巻き込まないように、クリスティーネは行動した。



 今度旅人が向かうところは、砂漠の国。雨など降らない砂漠の国だ。先の”迷いの森”は雨ばかりで、それと対照的である。

 守れなかった約束は、思い出すたびにきっと旅人を苛める。でも時間が経てば、その頻度は減っていくに違いない。

 もう二度と会えないのなら、どんなに好きであっても、いつかは想い人を忘れてしまう。

 でもそうなってしまう日がくるまでは、クリスティーネのことをきれいな思い出として、旅人は大事にすると決めたのだった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました(^^)

悲恋な話を書きたくなって、執筆しました。人生初の悲恋ものとなりました! 主アルヴィンとともに旅人ライナルトも独身を貫きそうです。

読後感としてはいかがなものかと思いますが、たまにはこういうお話も悪くはないかと思う次第です。

また何かお話が浮かび上がれば文字に起こしたいと思います。そちらでもお付き合いいただけたら、幸いです。

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