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好きになったのは、空に一番近い塔の猫  作者: アレクサンドラ・シュロート


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20/21

20*旅人ライナルト

 この公爵家は先々代から始まって、アルヴィンでまだ三代目だ。

 一代目となる先々公爵は、当時の王家の第二王子であった。美貌の王子であったらしい。文武両道であれば人柄もよくて、家族仲もよかった。王太子である兄王子を盛り立てる理想的な弟王子で、国はますます発展してくだろうと誰もが疑わなかった。

 そんな先々公爵であれば、ひどくモテた。完ぺきな王子であれば、無理もない。それゆえに彼を慕う女たちの嫉妬が災いして、一代目は結婚が妨害されたのである。


 弟王子は結婚を妨害されたとは?――わたくしこそが王子に相応しいと、国中の令嬢が妻の座を競い合った。競い合うだけであれば、それでいいのだが、それがエスカレートしていって最終的には「王子は皆のもの、ひとりじめは許さない!」という状態になってしまった。

 好きが極まって、好きの対象(アイドル)の行動を、愛好者(ファン)が束縛するようになったのである。


 これに困ったのは、本人もさながら、父王や兄王子である。こんな状況下ではどんな名家の令嬢を弟に引き合わせても、うまくまとまらない。

 弟王子の結婚候補者になっただけで、指名された令嬢は嫌がらせを受け、つま弾きにされ、誹謗中傷に苛まれる。その程度、並大抵のもではない。それに耐えかねた候補者は結婚の辞退を申し出て、逃げ出す始末だ。

 こうして、モテるけど一向に妻を得ることができない美貌の王子が出来上がる。女の嫉妬は恐ろしい。

 こうなれば国内の貴族令嬢に王子妃を求めるのは無理となる。

 そこで弟王子の結婚相手を、国外に求めることにした。政略結婚という形を取れば、名目が名目だけに反対する令嬢らは太刀打ちできないだろう。国益にもなって一石二鳥だと、父王と兄王子は弟王子の縁談を進めたのだった。


 だが、これもうまくいかない。なぜなら、近隣諸国にまで弟王子の取り巻き令嬢らの手が回っていたから。彼女らはとんでもない弟王子の噂を流し、不運にもそれが鳴り響いてしまっていた。


 令嬢らが流した噂とは?――弟王子はとんでもない醜男で、だらしなく太っていて、文武両道どころか放蕩者。お遊びが過ぎて散財を繰り返し、婚期を逃したダメ王子というもの。真実とは真逆の噂だ。ただ弟王子の政略結婚を阻止するためだけに、流された。嘘のような本当の話である。

 この噂は、野を駆け山を駆け、国外に広まっていく。悪評ゆえにその勢いは凄まじい。名誉棄損なこと、限りなしだ。

 こんなことをされてしまって、弟王子は参ってしまう。ひとえに自分は、王家に忠実に、清く正しく生きてきただけであったのに、だ。


 父王が近隣諸国へ伺いを立てても、届くのは縁談辞退の返事ばかり。それでも父王らは諦めず、隣の国がダメならその隣の国へ、その隣の国がダメならもうさらに隣の国へ……という具合に、どんどん遠くの国へ使者を出した。

 そして、何回目の辞退の文を受け取ったあとであろうか、ついに結婚に同意した姫が現れた。その姫の名が「クリスティーネ」。兄弟に「ライナルト」という王子のいる姫であった。


 やっと見つかった花嫁に、よかったよかったと王城では大騒ぎとなる。だが、弟王子の不幸はこれで終わらなかった。

 なんと、花嫁のクリスティーネが弟王子の元へ輿入れ最中に行方不明となってしまったのだ。

 盗賊に襲われたわけでもなく、嵐に遭遇したわけでもなく、森の中で忽然とクリスティーネが消える。まるで、神隠しにでもあったかのように。

 両国を挙げてクリスティーネの捜索が行われる。だが、彼女自身どころか、彼女の痕跡すらも見つからない。数ヶ月を費やしても、依然手がかりなし。両国とも精魂尽き果てて、捜索は打ち切られたのだった。


 もちろん現在では、その先々代公爵の花嫁のクリスティーネは死去している。

 だが、一代目が生きていたときは、彼女は死亡でなく行方不明とされていた。クリスティーネの遺体が見つからなかったから、生存の可能性が捨てきれなかった。

 さんざん己の結婚を妨害されて、その果てにやっと見つけた花嫁であれば、弟王子はまだ見ぬクリスティーネのことを、この上もなく愛してしまっていた。

 だから、花嫁行列の最中に消えてしまったクリスティーネのことを、いつまでたっても弟王子は諦めることができない。

 行方不明の期間が長くなり父王、兄王子がクリスティーネの死亡したものとして、次の縁談を勧める。だが弟王子はどうしても認めない。


 ――私の花嫁のクリスティーネは、きっとどこかで生きている。

 ――生きて、私が迎えにくるのを待っている。

 ――そんなクリスティーネを裏切って、別の花嫁を娶ることなどできない。


 国内の弟王子の取り巻きは、相も変わらずの弟王子崇拝をやめない。弟王子本人も、クリスティーネ以外、眼中にない。

 そう、弟王子はこんな私情を抱えながらも、国政の一端を担い、模範的な王族として立ち振る舞う。クリスティーネの想いが強いゆえに、彼は独身を貫いた。最後には公爵位を新しく創設してもらい、王都を離れ残りの人生を国境防衛に捧げたのである。



 アルヴィンが継いだのは、こんな弟王子からはじまったいわく付きの公爵位である。この公爵位を継承するための条件は、先のとおりの、ふたつ。

 ひとつ目の条件の「実子を儲けないこと」というのは、弟王子が独身を貫いたため。それもあるが、後継者にはクリスティーネの捜索に集中してもらいたいという願いもある。家族ができることで、クリスティーネ探しがおろそかになるのを回避したのだ。

 二代目は弟王子の甥にあたる。彼は不幸な叔父の結婚の事情を、実際に目の当たりにしていれば不憫にも思っていたので、忠実に叔父の要望に従った。己も結婚はしても実子を持たず、クリスティーネの調査を継続する。


 この「クリスティーネ問題」だが、寿命からとうに彼女は死亡していて、その詳細も不明のままで一向に進展がない。探したって、答えがあるような無いようなクリスティーネの末路の調査で無理もないのだが、これは一代目の御意志である。

 二代目は一代目のご意思を尊重すれば、誤魔化すようなことはせず愚直に調査した。調査はしたが彼の御代でも、はっきりとしたクリスティーネの消息を見つけることができなかった。

 そして自身の代では「クリスティーネ問題」は解決しなかったので、後継者にも同じ条件を課したという次第である。


 こんな難題で曖昧でセンチメンタルすぎる条件が公爵位継承につけられていたのだが、こんなの、堅物家令セルジュが認めるわけがない。家令の能力は優秀でも、この「クリスティーネ問題」はデリケートすぎてきっと理解されないと二代目は判断し、セルジュには何も伝えなかった。その結果、現在の公爵家は主でなく家令が幅を利かせる家となっている。


「今度のクリスティーネは、砂漠の国のクリスティーネだ。なんとなく褐色の肌の美人な姫のような気がする」

 次の旅人の行き先を想像して、アルヴィンがいう。

「それはどうでしょうかね? 美女には違いないでしょうから、先々代とはお似合いかもしれません」

 そう旅人が答えれば、ふたりは軽く噴き出した。


 このふたりの主従はアルヴィンが十歳のときからはじまっている。セルジュなんかよりもずっと長い付き合いのふたりだ。

 セルジュのことがなければ、もっと主と話をしていたい旅人だが、そうはしていられない。もしセルジュがこの現場を目撃すれば、いい顔をしない。まだまだアルヴィン公爵は「ひよっ子公爵さま」なので、彼の手が必要だ。彼にへそを曲げられては、この公爵家の運営が難しくなる。ふたりとも、それをよくよくわかっていれば、さっさと次に移った。

「では、いって参ります」

「ああ、よろしく頼むよ、()()()()()

「はい、仰せのままに」

 旅人ライナルトは用意された馬に乗り、散歩に出るかのような気軽さで、公爵邸裏庭を出ていった。

 あとには、眠い目をこするアルヴィンと、旅人と公爵のことをよく知る使用人が見送るのみであった。



 ***



 潮の香りがする。”迷いの森”では全く嗅ぐことのない匂いだ。

 旅人ライナルトは船着き場の待合室で、ぼんやりと海を眺めていた。水平線がみえて、青い空の中に白くて薄い筋雲が棚引いている。

 公爵邸の馬は元軍馬であれば、予定よりもずっと早い時刻に港へ着いてしまった。それゆえにライナルトは待合室で、船着くまで今までのことを整理していく。


 主アルヴィンは、一族の中でも少し変わった子供であった。通常の貴族と違って自然科学に強く関心を持ち、部屋で書物を読んで過ごす子供であった。いわゆる学者肌の地味な令息であった。

 それゆえに年頃になっても社交場へ出ず、アルヴィンは学校へ入り浸っていた。家も男爵位であれば貴族といっても最下位なので、将来は学士となって学校に残り、そこで一生を終えるものだと周りから思われていた。

 旅人はそんなアルヴィンの幼なじみである。両親がアルヴィンの屋敷に勤めていたゆえの縁である。

 少年アルヴィンは学校から戻ってきては、旅人にその日学んだことをとくとくと講義した。幼なじみの少年としては特にききたいわけではないのだが、人見知りするアルヴィンが熱心に教えるのを無下にすることはできなかった。

 こんな具合に少年期のふたりは、学問に触れる時間を共有する。旅人が「魔法など非科学的で信じない」のは、このせいである。


 やがて通常貴族とは異なる行動をするアルヴィンが、二代目公爵の目に留まる。

 社交界に興味がなければ女への興味は薄い、実子を持つ可能性は低いだろう。学問に深く傾倒していれば軍司令官としての資質に問題はない、公爵家の国防の責務に耐えられる。

 二代目公爵にすれば、アルヴィンはまさに理想的な後継者にみえたのであった。

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