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好きになったのは、空に一番近い塔の猫  作者: アレクサンドラ・シュロート


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2/21

2*空に一番近い塔

 そばまで近づくと、塔はとても巨大なものだった。ぐるりとその周りを一周する。それなりの規模の邸宅に相当する土台がある。

 塔を一周する途中で、扉が見つかった。数段のドアステップがありファサードで飾られた扉は、明らかにこの塔の入り口である。

 呼び鈴のようなものはない。かといって、扉とその周辺が汚れているとか傷んでいるとかいうふうでもない。通常の人の出入りがあるような様相であった。

 

 好奇心に駆られて、旅人はドアノブに手をかけた。

 人の出入りに関係なくこういったものは施錠はされているはず、それを承知の上での行動だった。


「!」


 扉からの硬い手ごたえを想像していたのに、それはなかった。

 簡単に扉が開いて、旅人は中に入ることができたのだった。



 †††



 塔の内部は、暗くなかった。外観を調べた限りでは窓を見つけることはできなかったのだけど、旅人が気付かなかった高いところに明り取りの窓があるようだ。

 ほんのり照らされた塔の内部は、ぱっとみたところ、がらんどうで何もない。

 好奇心のままに旅人は、一歩踏み入れた。


 入塔したときこそは目が慣れずやはり暗いと思ったが、しばらくすればそうでなくなる。頭上を見上げれば四角い穴があり、それが明り取りの窓の正体だった。その窓は点々とリズミカルに螺旋を描いて上へと伸びている。

 入口ドアを振り返れば、明り取りの窓に呼応するように、手すりのない階段がドア横から出発していた。


 踏板だけの階段をみて旅人は思う。危険な階段だなと、足を踏み外せばここまで真っ逆さまじゃないかと。

 

 よせばいいのに、またもや旅人は好奇心にそそのかされる。

 あろうことか、旅人は階段を登っていったのである。


 塔の内壁に手を添えて、ゆっくりと階段を上っていく。

 明り取りの窓が規則正しく光を入れているので、足元は暗くない。階段踏板も充分な幅があり、余程不注意にならなければ転落することはなさそうだ。


 階段下の床をみれば、明り取りの光はそこまで届かず、柔らかな暗闇が階下を埋めている。必要以上に最下層が鮮明でなければ、そこまで恐怖心はわき起こらない。

 翻って上方をみれば、こちらも数段先はよくみえるが遥か彼方の天井の様子はよくわからない。最下層と同じ柔らかな暗闇が先方を隠している。


 塔を上っていくにつれて高所という恐怖はぬぐえないが、それ以外の不安はない。もう旅人にあるのは、塔のてっぺんがどうなっているのかという好奇心のみだ。

 “迷いの森”のことといい、“突如現れた塔”のことといい、とても好奇心旺盛な旅人である。


 そして、どのくらい上った頃だろうか?

 小さな城ならその天守キープに相当する高さにまで、旅人は登っていた。

 相変わらず目の前の数段しか見えない塔の階段道に、一枚の扉がぬうっと姿を現した。階段は、この扉の前で終着となっていた。


 上り階段が終わりとなっても、旅人の好奇心は終わらない。階段途中の扉の存在に、それは助長されるだけ。

 扉の前で、旅人は天井を仰ぐ。

 なんと、天井が頭のすぐそばまできていた。扉の正面付近こそは扉の開閉に合わせたらしき空間が抉り取られているが、あとは同じような薄闇がひろがっている。

 明り取りの窓のおかげで塔内部がずっと同じ調子の明るさだったので、行き止まりになったことに気がつかないでいたのだった。


 ここから先は、扉を開けなければ進めない。

 真っ平らになって行き詰った天井から、この扉の先は部屋になっていると思われた。


 この先が部屋だとしたら、一体、何の部屋だろう?


 同時にこうも期待する。

 仮にこの塔が物見やぐらであったとして、この先に部屋があったとしよう。それは物置であったとしても、きっとその部屋からは都まで一望できるはず。振り返れば、宿屋からここまで歩んだ道もみえるはず。

 この塔の上から現在地点の確認をすると決めて、旅人は扉に手をかけた。


 軽い手ごたえとともに、扉が開く。予想どおり、こんな階段の最上階での扉は必要以上に重くなく、必要以上に軽くなかった。

 薄く扉を開ければ、しっかりした光量が筋となって塔内部に走る。

 急変した光の強さに旅人は目を眇める。しばらくすれば目が落ち着いてきた。旅人は大きく扉を開けて、先へ踏み込んだ。

 そこには光あふれる空間が広がっていた。



 †††

 


『にゃ!』


 そこは、一般家庭のリビングであった。壁は今までの薄暗くて厳めしい石の壁でなくて、柔らかな木材のもの。


『にゃ! にゃ! にゃあー!』


 扉から先の床は段差のある階段踏板から、なめらかな寄木のフローリングに変わっていた。隅から隅までピタリと敷き詰められている。上ってきた階段と違ってすき間などなく、転落することはない。

 この裏側が、さっきまで旅人の頭の上にあった塔の天井だ。階段を上っていくうちに、真っ平らな天井が突然現れた理由がわかった。


 さわさわと優しい風が頬を撫でた。塔内部にはなかった風。この風で、ここまで上ってくるまでに掻いた汗が引いていく。

 ただの四角い穴だった明り取りの窓はこの部屋では木枠のガラス窓となり、アイボリー色のカーテンがかかっている。しかも通常住宅と変わらない間隔で並んでいる。この部屋の明るさと風の入り具合が説明できた。

 塔を上ってたどり着いた旅人の感想は、こうだ。塔の上には、部屋がある。居心地のよさそうな。


『フー!』


 旅人が塔の上層階の様子に感心している間にも、猫は素早く部屋中央にあるソファセットの裏側に逃げ込んでいた。そこから突然現れた侵入者に向って威嚇する。


『フー! フー!』


 人の気配はなく、怒った猫が一匹。敵意をむき出しのシルバーグレイの猫が、ソファ裏から旅人のことを睨んでいる。


 そんなに怒らなくてもいいだろうに……

 

 森の中で塔を見つけ、それを上っていけば猫がいるリビングにたどり着いた。旅人の目的地は森の向こうの都である。好奇心に駆られて寄り道をしたのだが、奇妙なこととなった。

 予想とは違う展開になり、旅人は考える。

 はてさて、どうしようか? 

 猫と一対一で向き合ったまま、旅人が次の行動を決めかねているときであった。


「クリスティーネ、どうしたの?」


 どこからか扉が開く音がして、若い男性の声がきこえた。この部屋に、猫以外の住人がいたのであった。



 †††



 現れた青年はこの塔の住人で、ライナルトという。王宮のお抱え天文学者だった。

 クリスティーネというのは彼が飼っている猫で、ライナルトは猫とふたりでこの塔の上で天体観測をしているとのこと。

 確かに、これだけの高さのある塔は観測場所にうってつけだ。辺り一帯が森であれば、夜の街の明かりに観測の邪魔をされることもない。


「ここは、空に一番近い塔だからね」


 朗らかにライナルトはいい、ソファ背後に隠れて毛を逆立てる猫、クリスティーネを抱き上げた。

 保護されたクリスティーネはライナルトの腕の中から、胡散臭そうに旅人を凝視する。

 ライナルトに抱かれてはじめて旅人は、猫をじっくり観察することができた。

 猫は、右目が空色で左目がオレンジ色。オッドアイの猫だった。毛色がライトグレイであれば、その二色の目の色はとても鮮やかにみえた。


「みたところ、君はこの近くの者じゃないね。あいにくとここに金目のものはない。君が泥棒でないことを願うよ」


 ソファに座るライナルトは猫を撫でる。猫はゴロゴロと喉を鳴らして、彼に甘えていた。

 猫をあやすライナルトは、侵入者に対して余裕の態度で接する。

 ライナルトの向かいに座る旅人は、全然警戒されていないことをありがたく思って自己紹介をした。


「泥棒ではありません。ただの旅人です。都への御用の途中で偶然見つけたこの塔が気になって、上ってしまったんです」

「この塔に年に数人、君みたいな旅人がやってくる。彼らは皆が皆、塔の横を通っても上ることはあまりないのだけれど。こうやって人がくるのは……そうだな、三年ぶりかな?」


 なんと、旅人は三年ぶりの訪問客であった。場所が場所だけに、無理はないと旅人は思う。だって、ここは“迷いの森”とも呼ばれているのだから。

 猫と気ままに研究して暮らしているが人恋しくなるときもある。そうライナルトは告白し、旅人さえよければいま森の外で起こっていることを話してくれないかと懇願した。


「そうですね、僕も天文学のことをききたいです。そういった学問とは、なかなか縁がなくって……」

「いいですよ。私にわかることでしたら、お教えしましょう。お互い、情報交換ということで」

と、先を急がない旅人と森の中で猫と暮らしている天文学者の会話がはじまった。




 旅人と天文学者は、初対面にもかかわらず大変、馬が合った。次から次へと話題が飛び出しては、会話が弾む。

 クリスティーネは、猫であれば人間の話などわからない。自分の飼い主が楽しそうに旅人と話をするのをみて、はじめこそは警戒してふたりのやり取りを凝視していたが、そのうちに飽きてライナルトの腕から抜け出した。

 優雅にライトグレイのしっぽを振って、どこへともなく消えていった。


「クリスティーネには、難しかったかな?」

「人間の言葉がわかるのですか?」

「それはどうだろう? でも私の気持ちを察してくれるよ。いい猫だ」


 ライナルトは、猫バカよろしく愛猫を褒めた。

 ふと気がつけば、部屋がトワイライト色に染まっていた。たくさん話をしているうちに、夕暮れとなっていたのだ。

 夜の森をゆくのは危険だから泊まっていきなさいと、ライナルトは旅人に一夜の宿を提供した。



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